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【完結】最弱アイテム士は世界を科学する〜最弱の職業と呼ばれ誰にも期待されなかったけれど、気づけば現代知識で異世界の常識を変え無双していました〜  作者: 東雲 寛則
最終章 そして、

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526話 狂気の産声

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォン……。


 世界を支えていた巨木が、音を立てて砕け散った。

 涼介の放った一撃と、連鎖爆発した「ラグナロク」のエネルギーにより、神樹ユグドラシルは粉々に破壊された。

 舞い散る木片は紫色の閃光と爆炎に包まれ、真空に散っていく。

 あまりにも巨大すぎるゆえに、完全消滅までは時間を要するだろう。


 だが、もう取り返しはつかない。

 世界の支柱は、折れてしまったのだ。


「あ……ああ……お母、様……っ!お母さまーーーーー!!!」


 それを目の当たりにしたハルカが、膝から崩れ落ちた。

 喉が張り裂けんばかりに泣き喚き、絶叫する。


「嫌だ!嫌だぁぁぁぁっ!お母様ぁ……」


 少女の慟哭が、虚しく木霊する。

 その隣で、アマテラスもまた呆然と天を見上げていた。

 神剣を失い、自身は疲労困憊。


 愛する妻を守るために駆けつけることすら叶わなかった。


「……加奈……加奈……すまな……い……」


 悔しそうに拳を握りしめるが、その手にはもう力が入らない。


 ドサッ。


 少し離れた場所で、膝を折る者がいた。

 マーガスだ。


 不死身の再生能力を誇っていた狂戦士の身体から、急速に赤きオーラが失われていく。

 オリハルコンの剣から聞こえていた「声」も、流れ込んでいた無限の力も、供給源であるユグドラシルが破壊されたことで完全に断たれたのだ。

 その反動が一気に押し寄せる。


 変化は、エーデルガッシュにも起こっていた。


「くっ……オーバーロードが……!」


 神の如き力が、霧散していく。

 ユグドラシルの死に呼応するように、彼女を支えていた神秘の加護が消え失せ、ただの少女へと戻っていく。


「隙あり!とどめだ、チビ!」


 好機と見た千夏が、殺意を込めて拳を振るう。


「待って千夏! もういいよ!」

 それを止めたのは、美咲だった。

「勝負はついた、と思う。……もう、これ以上は必要はない」


 美咲の声に、千夏は不満げに舌打ちをしつつも拳を下ろした。


 戦場に静寂が訪れる。

 勇者パーティは涼介、美咲、千夏。

 誰一人として重傷者はいない。


 涼介は千夏の気功で回復し、美咲と千夏も余力を残している。


 一方、遥斗達の惨状は見るに堪えないものだった。

 大輔とさくらは、涼介に拒絶されたことで『勇者の加護』を失い、大幅なステータスダウンに見舞われている。

 マーガスとエーデルガッシュは力の源を失い、満身創痍。

 エレナは白虎が半壊し、意識を失ったまま。

 アマテラスとハルカは、傷こそ癒えているものの、心を折られ、戦意を完全に喪失していた。


 そして——遥斗は。

 地面に突っ伏したまま、ピクリとも動かない。


「……ふぅ。終わったな」


 涼介が砕けた剣の柄を下ろし、満足げに息を吐いた。

 勇者の完全勝利だ。


「さすが涼介!『暁』が上手くいったね!」

「ああ」

「見たかテメーら!これが涼介だ!これが勇者だ!逆らう事の愚かさ思い知ったかよ!アハハハハハ!」

 千夏は涼介を賞賛し、敵対したものを嘲笑している。


 だが、もはやそれに意を唱える者など誰もいない。


 全てが終わった。


 美咲は遥斗を気遣い、慰めようとした。


 その時。


 ズズズズズズズズズ……ッ!


 地面が、不気味に揺らぎだす。

 地震ではない。

 世界そのものが歪み、大地が悲鳴を上げているような振動。


「な、何!? また敵!?」

 千夏が身構える。


「……違う」

 美咲の顔色が青ざめる。

「星が……壊れる……」


 ユグドラシル、いや加奈が、闇のいたる所に飛ばしていた『マルチビット』。

 それが展開していた重力制御フィールド。

 惑星の崩壊を食い止めていたその結界が、エネルギー源を失ったことで霧散したのだ。


 遥斗が言っていたことは、真実だった。

 この星は今、緩やかに、しかし確実に崩壊へと向かっている。


「……やっぱり、遥斗君の言っていたことは間違いじゃなかったのね」


 美咲は唇を噛みしめた。

 自分たちは、一つの世界を滅ぼしたのだ。


 しかし、涼介の表情は晴れやかだった。


「だからどうした?これで『闇』もろともこの星は消滅する。俺たちの世界への脅威はなくなるんだ」


 彼にとっては、どちらに転んでもいい事だった。

 むしろ、後顧の憂いが完全に断たれたことを喜んでいる。


「……そうね。そうだよね」


 美咲は胸が痛んだが、無理やり自分を納得させた。

 そこには、恍惚の表情を浮かべる涼介がいたから。


 彼のあんなに屈託のない笑顔を見たのは、いつぶりだろうか。

 母を失い、心に闇を抱えていた少年が、ようやく救われたのだ。

 それだけで、美咲は自分の罪が許されたような気がした。


「グズグズしてられない。私たちはこの世界と運命を共にする訳にはいかないもの。待っている人たちがいるんだから」


 美咲は杖を構えた。

 異世界への門を開かねばならない。

 涼介、美咲、千夏。

 そして大輔、さくら、遥斗。

 6人で無事に帰るのだ。


 美咲は周囲をざっと見渡した。

 レベルアップと涼介の加護により、今の美咲の空間魔法なら、6人に加えてあと2人くらいは転移させられそうだ。


(ここにいる人たちを、ひとりでも多く救いたい)


 それが偽善だとしても。

 この世界と共に闇は滅ぶ。

 それは自分たちの責任ではない——そう言い聞かせても、罪悪感は消えない。

 せめてもの贖罪。


(全員は無理でも……せめて遥斗君に選んでもらおう)


 それが彼をより苦しめる選択になるかもしれない。

 誰を生かし、誰を見殺しにするかを選ばせるなんて、残酷すぎる。

 それでも。

 母を失った彼には、その権利があるはずだ。


 美咲は、突っ伏している遥斗の元へ歩み寄った。


「遥斗君……」

 美咲は遥斗の肩に手を置き、優しく声をかけた。

「帰ろう?もう、終わったの。……あと二人だけなら、連れて行けるから。だから……」


 遥斗が、ゆらりと顔を上げた。


「っ!?」


 美咲は、思わず後ずさった。

 喉の奥から、悲鳴がせり上がりそうになるのを必死で堪える。


 遥斗の瞳は、真っ赤に染まっていた。

 そこに理性の光はない。

 あるのは、あらん限りの怒りと、世界を焼き尽くさんばかりの憎しみだけ。


 感情を表現するのが苦手だった、気弱で優しい少年は、もうどこにもいなかった。

 そこにいたのは、狂気に染まった復讐者。


「……は、遥斗、君……?」


 ゆらり、と遥斗が立ち上がる。

 その異様な様子に、勝利に沸いていた涼介たちも、絶望に沈んでいたアマテラスたちも、全員が騒然とする。


 しかし、千夏だけは違った。


「はぁ? 何?何なのその目。あんた何逆恨みしてんの?」

 千夏は腰に手を当て、呆れたように吐き捨てた。

「涼介だって苦渋の決断をしてくれたんだよ?私たちの世界を救うために!しかも、あんたを連れて帰るためにどれだけ心を砕いてると思ってんの!いい加減にしなよ!」


「やめろ千夏!」

 大輔が叫ぶ。


 だが、千夏は止まらない。

 彼女にとって、涼介に刃向かった大輔とさくらの裏切りも許せないのだ。

 本当なら置いて帰りたいくらいだった。


「苦渋の決断……?」

 さくらが、ポツリと呟いた。

 その声は震えていたが、怒りが滲んでいた。

「話も聞かないで……人のお母さんを殺しておいて……何が……」


 パァンッ!!


 乾いた音が響いた。

 千夏が、さくらの頬を平手打ちしたのだ。


「グルルルッ!」

 るなが牙を剥くが、千夏は動じない。

 冷酷な目で見下ろす。


「生意気な口きいてんじゃねーよ、裏切り者が。……一緒に帰りたくないなら、それでもいいんだよ?置いてっても困んねーからさ、私らは!!」


 切り札を握っているのは涼介たちなのだ。

 この崩壊する世界から脱出する手段を持つ者が、絶対的な強者。

 大輔もさくらも、俯くしかなかった。


「……ふざけるなよ」


 遥斗が、低く呟いた。

 紅き瞳は、涼介だけを捉えて離さない。


「あ? なんか言った?」

「……ふざけるなと言ったんだ!!」


 遥斗の全身から、どす黒い殺気が噴き出した。

 それはマーガスやエーデルガッシュですら身の竦むような、純粋な殺意の塊。


 怖い。


 誰もがそう感じた。何かを言えば、その瞬間に殺されてしまいそうな威圧感。


「それで? どうする?」

 涼介だけが、涼しい顔で問いかけた。

「俺を殺すか?ここで?……帰る以外に、もはや選択肢はないだろう、遥斗」


 遥斗の表情が、さらに深い憎しみに染まっていく。

 地面が大きく振動し、世界の崩壊が加速する中、遥斗は一歩を踏み出した。

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