523話 届かぬ叫び
涼介の剣に、大地を消滅させかねないエネルギーが凝縮されていく。
その光は、周囲を照らし、白い大地を焼き焦がすほどに強烈だった。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
遥斗が絶叫した。
奥底に沈めていたはずの心が、恐怖と絶望で揺り動かされる。
なりふり構わず、遥斗は涼介に向かって走り出した。
「涼介!!!やめて!お願いだ!!!」
今まで見せたことのない、悲痛な叫び。
それを聞いた涼介の表情に、歪んだ優越感が浮かび上がった。
「……気づいたのか、遥斗」
涼介は剣を構えたまま、ゆっくりと遥斗の方を向いた。
その顔には、勝利を確信した者の余裕と、友を絶望させることへの背徳的な悦びが混じり合っていた。
「俺の狙いは最初からこいつだ。……この忌々しい木がなくなれば、全て終わる」
「違う!あれは……あれは木なんかじゃない!」
遥斗は走りながら懇願した。
プライドも、駆け引きもかなぐり捨てて。
「姿は変わってしまったけど……あれは僕の母さんなんだ!生きてるんだよ!時間をかければ……もしかしたら何とか出来るかもしれないんだ!人間に戻せるかもしれないんだよ!」
それは、まるで根拠のない、息子としての単なる願望だったかもしれない。
それでも、遥斗にとっては唯一の希望だった。
「だから……やめてよ!破壊しないで!」
遥斗の必死の訴えを聞いて、涼介の顔がふっと穏やかになった。
剣に集束していた光が、わずかに揺らぐ。
(届いた……?)
遥斗は少しだけ安堵した。
優しい涼介なら、きっと分かってくれる。
しかし。
次に涼介の口から紡がれた言葉は、遥斗の希望を粉々に打ち砕くものだった。
「……確かに、母を失うのは辛いな。俺にはその気持ちは、痛いほどわかる……」
涼介は優しく微笑んだ。
しかし、その目は笑っていなかった。
「だけどな……俺は勇者だ」
剣の輝きが、だんだんと強くなる。
「全ての者の希望であり!正義を成す者だ!」
涼介は高らかに宣言した。
その表情には、迷いなど微塵もない。
むしろ、どんなに大きな犠牲を払ってでも「正義」を執行することへの、陶酔にも似た喜びさえ感じられた。
「お前の母一人と、俺たちの世界。……比べるまでもないだろう?」
その言葉、その表情。
遥斗は悟った。
コイツはやる、と。
遥斗の母を、正義の名のもとに滅することに、何の罪悪感も、躊躇いも感じていない。
いや、むしろ「親友のために、あえて辛い決断をする自分」に酔っている。
言葉はもう、届かない。
「やめろッ!!」
遥斗の瞳から、完全に思考が消えた。
殺意だけが全身から噴き出す。
「そんな事をすれば……俺は絶対にお前を許さない!!」
もはや「僕」ではない。
剥き出しの敵意。
「絶対にだッ!どんな手段を使っても必ず後悔させてやる!!」
その恫喝を、涼介は満足そうにそれを聞いた。
「いいぞ、遥斗。……それでこそ、俺の親友だ」
涼介はニヤリと笑うと、地面を蹴った。
「『飛翔』!!」
涼介の身体が、弾丸のように空へ舞い上がる。
目指すはユグドラシル。
そこで剣に溜めたマナバーストを解放すれば、『ラグナロク』は無限連鎖爆発を開始するだろう。
そうなれば、神樹は跡形もなく消滅する。
「待てェェェェェェッ!!」
遥斗もまた、風魔法で空へ飛び出した。
持てる力を全て魔法に変えて、限界を超えた速度で涼介を追う。
***
涼介の『オーラブレード』によって穿たれたクレーターの底で、少女の悲痛な声が響いていた。
「お父様! お願いです! 目を覚ましてください!」
ハルカが泣きながら、土砂に埋もれたアマテラスの身体を揺さぶっていた。
アマテラスはピクリとも動かない。
涼介の一撃は、伝説の英雄すらも一撃で沈めるほど強烈だった。
ハルカは震える手で、懐から一本の小瓶を取り出した。
遥斗から密かに託されていた『最上級HP回復ポーション』。
「もしもの時はこれを使うように」と渡されていた切り札だ。
「お願い……!」
ハルカはポーションの蓋を開け、アマテラスの口に流し込んだ。
淡い光がアマテラスの身体を包み込む。
砕かれた骨が繋がり、裂けた筋肉が修復されていく。
「……う、ぐ……」
アマテラスが呻き声を上げ、薄っすらと目を開けた。
「お父様!」
「ハルカ……か。すまない、心配をかけた……」
アマテラスは身体を起こそうとしたが、激しい眩暈に襲われ、膝をついた。
傷は塞がった。
だが、オーラブレードの衝撃は脳を揺さぶっており、意識がまだ朦朧としている。
(……なんと、いうことだ)
アマテラスは歯噛みした。
勇者の力を侮っていたつもりは毛頭ない。
だが、現実は残酷だ。
技も、経験も、覚悟も通用しない。
ただ純粋な「個」の力量差がありすぎた。
「お父様、これを見てください!」
ハルカが『ヤタノカガミ』をかざした。
鏡面には、上空の映像が映し出されている。
光り輝く剣を持った涼介が、ユグドラシルへ向かって一直線に飛翔していく姿。
そして、それを必死に追う遥斗の姿。
「勇者はお母様の元へ向かいました!『暁』を発動させる気です!」
ハルカが悲鳴のように叫ぶ。
「お母様が!お母様が殺されてしまいます!お兄様が止めようとしていますが……!」
断片的な情報。
だが、それで十分だった。
事態は最悪の局面を迎えている。
アマテラスは拳を握りしめた。
行かねばならない。
妻を、妻の息子を、助けに行かねばならない。
だが、今の自分に何ができる?
神剣クサナギもなく、万全でも敵わなかった相手に、手負いの身で挑んで何になる?
そして何より……
追いつけない。
「……ッ」
無力感が、太陽神の心を苛む。
しかし、アマテラスはすぐに顔を上げた。
鏡の中の少年、いや息子を見る。
必死に、なりふり構わず勇者を追うその背中を。
かつて自分を下した憎き仇が、今や世界の命運を背負い、最強の敵に立ち向かおうとしている。
アマテラスは、震えるハルカをそっと抱き寄せた。
「……大丈夫だ、ハルカ」
「お父様……?」
「遥斗を信じろ。……あいつは強い。このアマテラスに勝った男だ」
これは諦めではない。
父から子への、魂の継承。
自分には届かなかった場所へ、遥斗なら届くと信じる祈り。
「行け、遥斗!我らの想い……全てお前に託す!母を……加奈を救ってくれ!」
クレーターの底から、アマテラスは天を仰いだ。
その祈りは、風に乗って遥斗の背を押した。




