522話 白き献身
世界が白一色に塗りつぶされた。
『マナバースト』。
五つの属性を強制融合させたその光は、音も、視界も、全てをかき消す破壊の奔流となって炸裂した。
その時になって初めて、美咲は恐怖に震える。
放ってしまった。
人に向かって、あんなものを。
(……千夏は、大丈夫なはず)
千夏は『生命昇華』によって、周囲の魔力を自身に取り込む外気功を発動している。
理論上、マナバーストの余波すらも吸収し、自身の糧とするはずだ。
だが、エーデルガッシュは違う。
彼女は生身だ。
いくら莫大なオーラを纏っているとはいえ、直撃すれば命はないだろう。
(あぁ……私……人を……涼君……)
あの時は無我夢中だった。
涼介の生命力が小さくなっていくのを感じ、恐怖で頭が真っ白になっていた。
千夏の邪魔をされれば、涼介が死んでしまうかもしれない。
そう思ったら、身体が勝手に動いていた。
しかし、冷静になった今、人を殺してしまったかもしれないという事実に、美咲の手足はガタガタと震えていた。
殺人者になる恐怖。
やがて、光が収まり、爆風が晴れていく。
美咲は恐る恐る目を開けた。
「……あ」
そこには、エーデルガッシュが立っていた。
無事だ。
生きている。
美咲は心の底から安堵した。
だが、次の瞬間、その安堵は凍り付く。
エーデルガッシュが無事なのは、もう一人の犠牲があったからこそ。
「……エレナ、大丈夫なのか?」
エーデルガッシュの声が震えている。
彼女の目の前には、ボロボロに破壊された白虎が膝をついていた。
マナバーストの直撃を受け、マルチビットフィールドは消滅し、本体の魔力バリアも突破され、純白だった装甲は無残に溶解し、至る所から黒煙を上げている。
竜王の魔力付与がなければ、二人とも蒸発していただろう。
形を留めていること自体が奇跡。
「返事をしろ!エレナ!」
エーデルガッシュが駆け寄る。
『……ピー……システムダウン。損傷率80%……生命維持機能を最優先。修復を開始します……』
無機質な機械音声が流れる。
エレナは白虎中で意識を失っているようだ。
だが、確かに生きている。
白虎が、その身を呈して全てのダメージを肩代わりしてくれたのだ。
しかし、その代償として——最強の魔導鎧は、もう動かない。
「……バカ者……余を庇って命を落としなどしたら……遥斗に顔向けができんではないか……」
「う……」
エレナがうっすらと目を開けた。
バイザーが砕け、煤けた素顔が露わになる。
「……ユーディ、無事?」
「何を言う!自分の心配をせぬか!」
「そう……よかった……」
エレナは力なく微笑んだ。
「ごめんなさい……もう、戦えない……」
「謝罪なぞ必要はない!礼を言うのは余の方だ!貴様のおかげで命を拾った!」
エーデルガッシュはエレナの手を握りしめた。
エレナは、消え入りそうな声で、けれど強い意志を込めて懇願した。
「……お願い……遥斗くんを……守って……」
「……ああ。分かった。約束しよう」
「ありがと……」
エレナの意識が再び闇に沈む。
エーデルガッシュは強く頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、かつてないほどの怒りの炎が宿っていた。
一方、その背後では。
「ふぅぅぅぅぅぅ……ッ!!」
千夏が、金色の気を練り上げ続けていた。
外気功を応用し、自身の生命力を涼介へと送り込むパスを繋いでいる。
涼介の身体が光に包まれ、傷が癒えていく。
「させんッ!!」
エーデルガッシュが剣を構え、千夏へ向かおうとする。
だが。
ヒュンッ。
彼女の前に、美咲が降り立った。
杖を構え、震える足を踏ん張って立ちはだかる。
「……どけ!!」
「駄目!ここは通さない」
エーデルガッシュはギリリと奥歯を噛んだ。
美咲の魔導士としての力は人外の領域。
背を向けてどうにかなる相手ではない。
何より、傷ついたエレナがここにいる。
もし再びマナバーストのような広範囲魔法に巻き込まれれば、今度こそエレナの命はない。
動けない。
その膠着状態の中、事態は最悪の方向へと進んでいた。
「……ハアァァァァァ……」
千夏の黄金の気が、涼介の身体に吸い込まれていく。
傷が塞がり、体力が戻り、そして千夏の『生命昇華』によって増幅された力が、涼介の器を満たしていく。
涼介が目を見開いた。
「……これだ!!」
復活を遂げた涼介の身体には、以前にも増して力が溢れていた。
だが、彼が感じていたのは自身の力だけではない。
この場所に満ちる、異様な魔力の正体。
(これで、ようやく決着がつけられそうだ)
涼介は周囲を見渡した。
大気中に充満する、濃密すぎるエネルギー。
それは魔力とは似て非なるもの。
モンスターと魔族が全く別の存在であるかのように、根源的に異なる力。
全ては、あの大樹から漏れ出ている。
(あれが……『イド』とかいうふざけた存在に繋がっているな)
遥斗の母、ユグドラシル。
そこから漏れ出る力が、オリハルコンを通してマーガスに無限の再生能力を与えている。
そして、なぜかヴァルハラ帝国皇帝にも、同じ力が注がれているのを感じる。
この場の敵対者たちを生かし、力を与えている源。
「……元凶は、ユグドラシル!」
涼介の思考が冷徹に結論を導き出す。
マーガスも、エーデルガッシュも、遥斗も。
個別に相手をする必要はない。
供給電力を断ってしまえば、機械は止まる。
アレさえ、壊せば。
涼介の瞳に、狂気に似た昏い光が宿った。
彼は美咲の方を向き、叫ぶ。
「美咲!俺に力をーーーッ!!」
距離は離れており、直接聞こえるはずがない。
だが、魂が繋がっているのか、美咲はその意図を即座に理解した。
「わかった!涼介君!」
美咲がふわりと浮遊する。
再び、五色の魔力が杖に集束し始める。
「なっ……!?」
エーデルガッシュの全身が総毛立った。
最大級の危機感。
だが、動けない。
今度は、後ろから千夏が凄まじい殺気を放っているからだ。
もう怒りではない。
純粋な、冷たい殺意。
一歩でも動けば、その瞬間に首を取られる。
「マナ・バァァァァァァァストッ!!」
美咲がついに、二発目の究極魔法を放った。
勿論その標的は、エーデルガッシュではない。
涼介だ。
極太の閃光が、戦場を横切る。
その圧倒的な波動は、戦っていた遥斗とマーガスさえも戦慄させた。
「ッ!!マーガス、避けてッ!!」
遥斗が叫び、二人は反射的に左右へ全力回避した。
このタイミングでは、そうするしかなかった。
しかし、これこそが最大の悪手だった。
遥斗たちが退いたことで、涼介への射線が完全に通る。
光は一直線に涼介の元へ。
「来いッ!!」
涼介は逃げない。
彼は剣を構え、迫りくる破壊の奔流を正面から受け止めた。
本来なら消滅するはずの光が、涼介の『無双ノ剣』に吸い込まれていく。
勇者スキル、『魔法剣』。
千夏のバフを受けた今の涼介だからこそ可能な、神業。
「ウオォォォォォォォォッ!!」
涼介が咆哮を上げる。
美咲の放った究極魔法の全威力を、その一振りの剣に集約させて。
剣が太陽のように輝き、空間が耐えきれずに亀裂を入れる。
今の涼介は、あまりにも危険だ。
暴走していたマーガスでさえ、本能的な恐怖で動けずにいる。
「これで……終わらせる!」
涼介が睨む。
しかし、その眼光は、遥斗にも、マーガスにも向いていなかった。
彼の視線の先にあるのは——神樹ユグドラシル。
「しまっ……!?」
遥斗はこの時、理解した。
涼介の狙いは、自分たちを倒すことではない。
『暁』の発動——母の破壊を狙っていたのだ。




