520話 勇者の勝算
涼介は、自身でも意外なほど不利な戦いを強いられていた。
戦闘力、レベル、ステータス。
しかもスキルによる能力値アップはMAXに近い。
どこをとっても圧倒的に涼介が上であることは事実。
もしこれが1対1の戦いであれば、とうの昔に決着が着いていただろう。
遥斗であれ、狂戦士と化したマーガスであれ、涼介の敵ではない。
しかし、「二人」というのがこれほどまでに厄介だとは。
それも、長年パーティを組み、互いの呼吸を知り尽くしたこの二人が相手だというのが、涼介にとって最悪の相性だった。
「……シッ!」
涼介が鋭い呼気と共に踏み込む。
狙いは遥斗。
先ほど『素早さ』を奪われたため、涼介の速度は落ち、逆に遥斗の速度は上がっている。
それでもなお、純粋な剣速では涼介が勝る。
キィィィィィン!!
剣と剣が激突し、火花が散る。
斬り合いは一見互角に見える。
だが、それは遥斗が『先読み』と『加速』で必死に食らいついているに過ぎない。
涼介は剣を切り結んだ一瞬の接触を利用し、手首を返して神剣クサナギを絡めとった。
「こんな手はどうだ?」
ガキンッ!
圧倒的な技術。
それはこの世界の剣術体系にはない、涼介が元の世界で培った古武術の理合。
力で押すのではなく、テコの原理で遥斗の剣を弾き飛ばす。
遥斗の体勢が崩れ、胴体ががら空きになる。
だが、問題はこの後。
(……来るな)
涼介は追撃の手を緩めないが、神経は遥斗の『生成』の射程には最大限注意を払っていた。
油断をすればステータスダウン、あるいは直接HPを素材として奪いに来る。
絶対に接近させてはならない領域。
その時、遥斗の指がピクリと動いた。
「!」
弾き飛ばされたはずのクサナギが、不自然な軌道を描いて戻ってくる。
最初から柄に黒糸を巻き付けていたのだ。
糸に引かれた刃が、涼介の背後から襲い掛かる。
だが、涼介はその全てを看破している。
戻ってくる剣など、所詮は糸で引いただけの単純質量攻撃。
受けても掠り傷にしかならない。
これは「こけおどし」だ。
涼介の意識を剣に向けさせ、その隙に懐へ飛び込むための布石。
ザシュッ。
クサナギが涼介の肩を浅く切り裂く。
命中はしたが、涼介の集中力は途切れない。
痛みに顔をゆがめることすらない。
本命は、目の前の遥斗。
「……ッ」
動きを読まれたことを見切った遥斗が、冷めた瞳で距離を取ろうとバックステップをする。
武器はない。
丸腰だ。
逃がすわけがない。
「フォトン・エッジ!!」
涼介の剣を覆う光の刃が、遥斗の胴を薙ぎ払った。
ズバァッ!!
鮮血が舞う。
浅くない。
内臓まで達する致命傷。
遥斗の体がくの字に折れ、後方へ吹き飛ぶ。
これで終わる程遥斗は甘くない。
熟知している。
殺す気で追撃する。
そう踏み出した涼介の視界を、巨大な影が遮った。
「オ”オ”オ”オ”オ”オ”ッ!!」
マーガスだ。
遥斗が斬られた瞬間に、オリハルコンの大剣で割り込んできたのだ。
速度は涼介より確実に遅い。
だが、オリハルコンとイドの力で強化された膂力は脅威だ。
正面から剣を受ければ、涼介の腕ですら痺れるほどの重さ。
しかし、それだけ。
今のマーガスは剣を使っているのではない。
剣に使われている。
技術も何もない、ただの暴力の塊。
「邪魔だと言っている!!」
涼介はマーガスの大振りな一撃を最小限の動きで躱す。
剣以外の動作がガサツすぎるのだ。
隙だらけの体に、涼介の打撃が吸い込まれる。
肘打ちが鳩尾にめり込み、膝蹴りが肋骨を砕く。
さらに裏拳が側頭部を捉え、掌底が顎をかち上げた。
脳が揺れ、仰け反ったマーガスへ、涼介の剣が走る。
「消えろ!」
袈裟斬り。
右肩から左わき腹にかけて、銀閃が抜けて行った。
普通ならこれで真っ二つ、即死だ。
だが、マーガスの切断面からは既に肉の芽が吹き出し、癒着を始めている。
涼介は間髪入れずに首を狙う。
再生する前に首を斬り落とし、頭部を粉砕すればいくら再生能力が高くとも。
しかし、涼介の剣が見えない壁に阻まれた。
いや、壁ではない。
無数の黒い糸が、何重にも束ねられて盾となっていたのだ。
「……遥斗ぉおおお!」
視線の先には、腹を割かれたはずの遥斗が立っていた。
すでに『最上級HP回復ポーション』を飲み、傷は塞がっている。
彼が糸を操り、マーガスへのトドメを邪魔したのだ。
「ウ”ル”ア”ア”ア”ア”ッ!!」
その隙に、マーガスの再生が完了し、横薙ぎの剛剣が涼介を襲う。
涼介は『無双ノ剣』で受け止めるが、踏ん張りが効かず、そのまま後方へ吹き飛ばされてしまった。
ズザザザザッ……。
地面を削りながら着地する涼介。
その間に、マーガスは完全回復し、遥斗もまたポーションの力で万全の状態に戻っている。
「ハァ……」
涼介の息が僅かに上がる。
これだ。
この二人は、致命傷を負っても瞬時に回復する。
遥斗はポーションの力で。
マーガスは特殊能力で。
一人なら簡単に殺せる。
再生を上回る力で、すり潰してしまえばいい。
だが、互いがサポートすることで、決定的な瞬間に「回復の時間」を作っているのだ。
それに対して、涼介は回復手段が限られている。
千夏のサポートに任せていたが、今は分断されている。
僅かなダメージが蓄積し、疲労が溜まっていく。
それは確実に涼介から動きの精彩さを奪い、より大きなピンチを招くだろう。
状況は、緩やかな「詰み」に向かっているようにも見えた。
しかし。
「……ふっ」
涼介は笑っていた。
この窮地にも関わらず、口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
焦りはない。
むしろ、感覚が極限まで研ぎ澄まされていくのを感じる。
思考はクリアで、視界はかつてないほど良好だ。
弱点は、すでに見つけた。
こう何度も繰り返せば、さすがに見えてくる。
遥斗の弱点は、あのマジックバッグだ。
アイテム士の生命線。
ポーションも、素材も、道具も、全てあそこに入っている。
あの鞄を奪う、あるいは破壊してしまえば、アイテム士としての能力は完全に封じられるだろう。
ただし、トリッキーな動きをする遥斗から、鞄だけをピンポイントで狙うのは至難の業。
おそらく自分の命よりも鞄を優先的に守るだろう。
機会を待つしかない。
(そして、マーガスの弱点は……)
涼介の目が、紅き狂戦士を観察する。
不死身に見える肉体。
だが、その力の源泉はオリハルコンの剣と、イドの魔力だ。
その流れが見えた。
ならば――。
(勝つ道筋は見えている)
しかし、今の涼介一人では、それを実行するための手数が、ピースが足りない。
決定的な一瞬を作り出すための、仲間たちの力。
(俺は負けない。勇者パーティは、この程度ではない!)
涼介は確信していた。
美咲と千夏。
彼女たちが必ずこの膠着を打破してくれると。
必ず、勝機はある。
少し離れた戦場では美咲と千夏は焦っていた。
自分達が苦戦しているからではない。
肌で感じるのだ。
涼介が追い詰められていく気配を。
だが同時に、涼介が諦めていないことも伝わってくる。
彼が自分達を信じて待っている。
その信頼が、二人の少女の心に火をつけた。




