519話 女の戦い
「チビが! さっさと死ねよ! 何小器用なことやってくれてんだあぁぁぁッ!!」
千夏が喚き散らす。
先ほどの達人同士の静寂な攻防はどこへやら。
彼女の感情は、ジェットコースターのように乱高下していた。
かと思えば。
「……あ、あはは! あははははは! ウケるー! 何マジになってんのー!」
唐突に、腹を抱えて大笑いを始めた。
喜怒哀楽が支離滅裂。
エーデルガッシュは剣を構えたまま、千夏の中に巣食う不自然な歪みに眉をひそめた。
「……貴様」
エーデルガッシュは、静かに問いかけた。
「なぜ勇者に協力する? 本当に、今の行いが……世界を滅ぼすことが、正しい行いだと思っているのか?」
「……は?」
千夏は笑うのを止め、キョトンとした顔で呆けた。
そして、今度は蔑むように嘲笑った。
「正しいに決まってんじゃん。バカなの?」
「何故だ! 何故そう言い切れる!」
「なぜって……涼介がやってるから」
千夏は当たり前のように言い放つ。
「涼介は勇者だから正しいの。涼介が選んだんだから、それが正解なの。当たり前でしょ?」
「……勇者が間違っていたらどうするのだ!」
エーデルガッシュが叫ぶ。
「人は間違う生き物だ。ならば、仲間が止めてやらねば、誰が止めるのだ!」
「あ゛ぁん!?」
正論に対し、千夏はまた激昂した。
「涼介が間違えるわけないだろ! 涼介はいつでも正しいんだよ!あいつはすげーんだよ!私たちはただ、黙ってついて行けばいいんだよ!!」
「……何故!そこまで思考を放棄して従えるのだ!」
「私が涼介の彼女だからだよッ!!」
千夏が胸を張って叫ぶ。
「彼女なら、彼氏を信じるに決まってんだろーが!!」
「……かのじょ?」
聞き慣れない単語に、エーデルガッシュが呆気にとられる。
すると千夏は、毒気が抜けたように表情を緩め、憐れむような目を向けた。
「そっかー、まだおチビちゃんだもんねー。分かんないかー」
悲しそうな、それでいて優越感に浸るような顔。
「涼介にとって一番大切な女性ってことだよ。……家族以外でね」
「……つまり、夫婦、后ということか?」
「う、うん。ま、まぁ?その一歩手前かな? キャハッ」
千夏は照れたように頬を染め、身をくねらせる。
「家族ではなく、大切な相手……」
エーデルガッシュの脳裏に、遥斗の姿が浮かぶ。
仲間のような、兄のような、あるいはそれ以上の存在。
彼がもし間違った道を進もうとしたら、自分はどうするだろうか。
「……それならば、尚の事」
エーデルガッシュは毅然と言い放つ。
「勇者に盲目的に従うだけなのは、違うのではないか?」
「あ?」
「大切な相手だからこそ、間違いを正し、寄り添い、支え合うものではないのか?ただ追従するだけが、伴侶の役割ではないはずだ!」
遥斗なら、きっとそうしてくれる。
自分が幼さゆえに暴走しそうになれば、優しく、時に厳しく諭してくれるはずだ。
それが信頼であり、絆だ。
だが、その言葉は千夏の逆鱗に触れた。
「……マジでウゼーな」
千夏の表情が、苛立ちに歪む。
「お前が涼介の何を知ってるっての?愛の何を知ってるわけ?」
千夏から、どす黒い闘気が立ち昇る。
「涼介は私を導いてくれる存在なんだよ!私を守ってくれる存在なんだよ!私の全てなんだ!!ぬくぬく育てられたお嬢ちゃんが、偉そうに愛を語ってんじゃねーよ!!」
「……」
エーデルガッシュは、静かにその叫びを聞いていた。
ぬくぬく育てられた、か。
記憶にすらない母。
帝国の未来と臣民を幼い自分を託し、策謀により命を落とした父。
そして、孤独だった自分を救い出してくれた遥斗。
愛なら、知っている。
知識ではなく、心が、魂が知っている。
だからこそ、理解できた。
目の前の少女が叫んでいるそれは、愛ではないと。
「……愛とは、頼るものでも、縋るものでもない」
エーデルガッシュは断言した。
「相手を慈しみ、与えるものだ。……貴様は、勇者に依存しているに過ぎない」
「っ!!」
「貴様は勇者を見ているようで、その実、自分しか見ていない!」
千夏の顔が引きつる。
「ふ、ふざけるな……!もう誰にも私を馬鹿にさせない!誰にも私を否定させない!涼介がいれば、私は最強なんだ!涼介は私を導いてくれるんだぁぁぁッ!!」
錯乱したように叫ぶ千夏を見て、エーデルガッシュは確信した。
この少女が本当に愛しているのは、自分自身なのだ。
空っぽで不安定な自分を維持するために、「最強の勇者」というパーツを使っているに過ぎない。
勇者が庇護してくれればそれでいい。
勇者が正しければ、それに選ばれた自分も正しい。
彼女にとって、自分以外の世界はどうでもいいのだ。
(……哀れな)
理解など出来なくて当たり前だ。
言葉はもはや、意味をなさない。
だが、この少女を勇者に近づける訳にはいかない。
この歪んだ執着は、きっと遥斗に、そして世界に害を成す。
エーデルガッシュは剣を構え直した。
脳裏に、これまでの旅路が蘇る。
優しく寄り添ってくれた遥斗。
不器用だが真っ直ぐなエレナ。
馬鹿だが頼れるマーガス。
健気に頑張り続けたシエル。
見返りなしで協力してくれたグランディス。
多くの者と出会った。
多くの心を知った。
敵も味方も、全てが今のエーデルガッシュを作ってくれた。
そして。
(……見ていてくれ、ブリード)
父代わりであり、剣の師であった剣聖。
彼が授けてくれた、クロスフォード流剣術。
感謝の気持ちを、形に変えて。
もはや迷いはない。
少女皇帝は、神の力を借りて、戦場に立つ。
「ヴァルハラ帝国皇帝エーデルガッシュ・ユーディ・ヴァルハラ。……推して参る!!」




