518話 双武の極致
上空で美咲とエレナが激しい魔法戦を繰り広げる一方、地上では二つの「極致」がぶつかり合う。
千夏とエーデルガッシュ。
対峙する二人の間には、爆発寸前の緊張感が張り詰めている。
「……どけって言ってんの。わっかんないかな!頭湧いてんじゃない?」
千夏が低い声で唸る。
先ほどまでのギャル特有の軽い口調は消え失せ、全身からはドス黒い闘気が噴き出していた。
愛しい涼介を傷つけられた怒りで、理性が焼き切れそうだ。
「断る。……勇者を回復させれば、また遥斗を殺そうとするのであろう」
エーデルガッシュは、神々しい白のオーラを纏ったまま、油断なく剣を構える。
『ゴッド・アイ』——未来視に近い予測能力を持つ彼女の瞳には、千夏という存在の危険性がはっきりと映っていた。
千夏の職業は『ハイ・モンク』。
格闘家の最上位職であり、その特性は一見すると「高機動・高火力」のアタッカーに見える。
だが、エーデルガッシュの目に誤魔化しは効かない。
(こ奴……攻めよりも「守り」を得意としている。あの態度はブラフか?)
千夏の本質は、高速連撃で押すタイプではない。
相手の攻撃を受け流し、あるいは耐え、その隙に致死級の重い一撃を叩き込むカウンター型。
さらに『ハイモンク』特有の治癒能力により、無尽蔵のスタミナと耐久力を誇る「万能持久型」だ。
対するエーデルガッシュもタイプは近い。
『神の目』により相手の動きを完全に見切り、後の先を取る戦い方を得意とする。
クロスフォード流剣術の真髄もまた、見切りにある。
(相性が悪い……か)
エーデルガッシュは冷や汗が流れるのを感じた。
カウンター使い同士の戦いは、先に動いた方が負けることが多い。
本来ならじっくりと隙を伺うべきだ。
だが、今のエーデルガッシュは『オーバーロード』状態。
人の身で神の力を降ろすこの形態は、維持しているだけで激しく魔力と体力を消耗する。
長期戦は圧倒的不利。
(ならば先手必勝!仕掛けるしかない……!)
エーデルガッシュが覚悟を決める。
刹那、彼女の姿が消えた。
「大鷲の太刀!!」
上空からの急降下斬り。
クロスフォード流剣術の中でも、最大級の威力と速度を誇る奇襲技。
神速の刃が、千夏の脳天を断ち割らんと迫る。
空間ごと切り裂くような一撃が決まったかに見えた。
しかし。
「……素直過ぎるね」
千夏は、動いてはいなかった。
いや、ちがう。
動いてはいる。
風に吹かれる柳の葉のように、ゆらりと上体を逸らしていたのだ。
「なっ……!?」
エーデルガッシュの剣が、千夏の鼻先数ミリ先を空しく通過する。
先ほどまで殺意をまき散らしていたのが嘘のように、今の千夏の心は静まり返っていた。
怒りも感情も通り越し、「無」の境地へ。
『柳の型』。
相手の力に逆らわず、最小限の動きで回避する高等体術。
剣を空振らされたエーデルガッシュの身体が、一瞬泳ぐ。
その隙間へ、千夏が滑り込んだ。
音もなく。
まるで、それが当然であるかのように。
顔と顔が触れ合うほどの超至近距離。
千夏の右手が、そっとエーデルガッシュの胸元に添えられる。
優しく触れるような、慈愛すら感じる動作。
だが、その掌には、千夏の全闘気、全筋力、そして憎悪が圧縮されていた。
「真・発勁!」
ドォォォォンッ!!
千夏の足元の地面が、円状に陥没した。
大地を踏みしめた反動を、腰の回転、肩、肘、手首へと伝え、一点に集約して爆発させる。
ゼロ距離からの内部破壊衝撃。
鎧や外皮といった物理防御を無視し、内臓を粉砕する必殺の奥義。
直撃すれば、心臓破裂は免れない。
回避不能の死の宣告。
だが。
フッ。
衝撃が抜けた。
「……?」
千夏が目を見開く。
手ごたえがない。
彼女の放った絶大なる衝撃波は、エーデルガッシュの身体を素通りし、背後の空気を弾き飛ばしただけだった。
「……ふぅ」
エーデルガッシュは、千夏の手のひらに胸を合わせたまま、音もなく後退していた。
発勁が放たれる瞬間、その衝撃の速度と完全に同じ速度、同じタイミングで、身体を後ろに引いたのだ。
相対速度ゼロ。
衝撃を受け流すどころか、衝撃に乗って移動することで威力を完全に殺してみせた。
『ゴッド・アイ』による、究極の見切り。
筋肉の収縮、闘気の流れ、殺意の揺らぎ。
その全てを読み切り、未来を視ていなければ不可能な神業。
「クソが!ホントに人間かよテメー!」
千夏が吐き捨てる。
「お互い様であろう」
エーデルガッシュは冷や汗を拭いながら、距離を取って構え直した。
今の攻防は、紙一重などというレベルではない。
髪の毛一本分のズレが生じていれば、即死していたのはどちらか分からない。
武の極致に達した二人の戦いは、派手な破壊音とは裏腹に、静寂なる死の舞踏の様相を呈していた。
膠着状態。
だが、これはまだ前哨戦。
真の戦いはここから始まる。




