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第7話:弱者


ーー久世フェーズ


朝起きてから、頭痛が酷い。


原因は恐らく。


めぐみだろう。


朝からほとんど口を聞いてくれない。


冴子さんと一緒に寝ていたから。


まあ、そんなところだ。


どう考えても不可抗力である。


俺自ら、


「冴子さん抱っこー。添い寝ー」


などと言っていたなら、まだ分かるのだが。


いや。


それはもういい。


今は先日の川沿いを避け。


遠回りながらも、人通りのある明るい道を歩いていた。


目的はスーパーへの買い出し。


右手には軽めの荷物。


左手には。


冴子さんの右手。


はたから見れば。


親子。


かつて。


あの川沿いを二人で歩いていた頃。


俺は冴子さんに少しでも気に入られたくて。


汗をかきながら、くだらない話を必死に続けていた。


今思えば。


よくあれだけ中身のない会話を続けられたものだ。


いや。


一方的な喋りは会話とも、対話とも呼ばない。


今は違う。


恋愛対象ではない。


庇護対象。


可能な限り。


俺が守りたい人だ。


ただし。


このままというわけにもいかない。


まず。


居候問題。


俺の身体は成長しない。


一年。


二年。


この生活を続ければ、どう考えても違和感を持たれる。


それ以前に。


戸籍がない。


学校にも行けない。


病院。


行政。


住居。


何をするにも面倒がついて回る。


そして情報収集。


魔王を探すなら。


もっと外を動き回る必要がある。


だが。


冴子さんは俺を七歳の子供だと思っている。


当然。


一人で出歩こうとすれば心配される。


さらに。


買い出しのたび一緒に歩いていれば。


いつかデポルと鉢合わせる。


そう。


こんなふうに。


「コンナトコロニ、イイオンナガイルゼ」


本当に治安が悪い。


こんなにも悪かったのか。


昨日も。


今日も。


少し外を歩いただけでデポルに遭遇している。


明らかに多い。


なぜだ。


前世では、総理大臣だった高宮誠司。


徳島県知事から特別行政省の大臣まで駆け上がっていた井口おさむ。


前の世界では。


あいつらなりの方法でデポルを管理し。


利用し。


あるいは排除しようとしていた。


この世界では何をしている。


いや。


そもそも。


同じ立場にいるのか。


会わなければならない。


前世では敵だった。


だが。


今はそんなことを言っている場合ではない。


俺だけでは、どうにもならないのだから。


三人。


どいつも肌が赤黒い。


一時的な興奮ではない。


普段から人間を襲っている個体だ。


隣で。


冴子さんの身体が震えた。


無理もない。


つい先日。


デポルに襲われたばかりなのだ。


「こ、こっちに来て。恒一くん……」


それでも。


自分の後ろへ俺を隠そうとする。


自分が怖いのに。


俺の心配をする。


本当に。


心の優しい人だ。


過去の話とはいえ。


この人を好きになってよかった。


(めぐみ)


『なに』


まだ不貞腐れている。


だが。


こういう状況で、自分の感情を優先するような女ではない。


『分かってるよ』


ため息。


『冴子に魔法を見せてもいいか。それで何か起きる可能性があるか、でしょ』


(さすがだね。主にデメリットが知りたい)


少し間が空く。


『別にないと思う』


続ける。


『ただ。この前冴子を助けたこと、それは今の恒一だって気づくかもしれない』


なるほど。


『あと。気味悪がられて、家から追い出される可能性はあるね』


問題ない。


近くで守る必要はある。


だが。


隣である必要はない。


(ありがとう)


『うん』


(めぐみに迷惑がかからないなら、俺にとってはほとんどデメリットじゃない)


また。


ため息が聞こえた。


『そういうところだよ』


方針は決まった。


あとは。


魔法のお勉強がてら。


こいつらを制圧する。


ただし。


今回は冴子さんがいる。


首を跳ね飛ばすようなやり方は避けたい。


これ以上。


妙なトラウマを植え付ける必要はない。


できる限り。


穏便に。


右手を開く。


意識する。


長方形。


空中に。


薄い板状の図形が現れた。


相変わらず。


見れば見るほど意味の分からない魔法だ。


冴子さんが目を見開いている。


驚いた顔も美しい。


その瞬間。


脳内に。


冷たい圧力を感じた。


(めぐみ)


返事がない。


(いかなる女性への感想にも)


返事がない。


(枕詞として)


返事がない。


(「めぐみと比べれば大したことはないが」が入っていると思ってほしい)


数秒。


『はいはい』


呆れきった声。


『分かったから前見て。デポル来てるよ』


その通り。


油断はしない。


何しろ。


今の俺は。


七歳児。


どうしようもなく子供だ。


一人目が駆け込んでくる。


右腕を振りかざした。


俺は長方形をより薄くする。


刃として。


振る。


デポルの右腕が宙を舞った。


「ギャァァァ!」


血が飛ぶ。


『……えっ?』


(え? 何?)


『冴子にトラウマ植え付けるから、頭は飛ばさないって言ってなかった?』


(言ったね)


『腕はいいんだ』


なるほど。


ここか?


(俺、何かやっちゃいました?)


ラノベ好きなら。


誰もが一度は聞いたことがあるであろう決め台詞。


『……』


反応がない。


いや。


集中しろ。


右腕を失ったデポルが。


傷口を押さえ。


地面へしゃがみ込む。


残る二人が俺を睨む。


「ナニヲシタ! クソガキガ!」


「オレタチニコンナコトシテ! ブエノサンガダマッテナイゾ!」


ブエノサン?


訛っているのか。


発音が下手なのか。


よく聞き取れない。


だが。


ようやく。


まともな情報が拾えそうだ。


「冴子さん」


彼女を見る。


「詳しくは後で説明します」


冴子さんは。


俺を見ている。


恐怖。


困惑。


そして。


理解できないものを見る目。


その目。


一度目の人生でも。


別の女性にそんな目をさせたことがある。


胸が、少しだけ痛む。


だが。


それでも構わない。


「今はここから離れてください」


「でも……」


「大丈夫です」


嘘ではない。


少なくとも。


この三人程度なら。


「家で待っててください」


冴子さんは迷っていた。


それでも。


俺から手を離す。


そして。


走り出した。


その背中を見送る。


「これで」


心置きなく。


「クソガキガァァ!」


二人目が突っ込んでくる。


右腕を失った一人目は。


まだ動けない。


まず。


こいつ。


十分に引き付けて、図形を射出する。


首元を通過した図形が。


そのまま身体を切り裂いた。


まずは一人。


残るは二人。


右腕を失った一人目。


そして。


三人目。


その三人目が。


こちらへ走る。


俺は長方形を向ける。


だが。


近い。


想定以上に速い。


「っ!」


タックルされ、身体ごと抱え込まれた。


両腕ごと。


締め上げられる。


強い。


当然だ。


俺は七歳。


相手はデポル。


純粋な腕力なら。


勝負にならない。


長方形そのものは出せる。


だが。


完全に組み付かれた状態。


自分の身体のすぐ横へ刃を走らせるには。


角度が悪い。


自分の腕ごと切り裂いてしまう。


その間に。


右腕を失ったデポルが立ち上がった。


「クソガキ……!」


残った左手を。


ポケットへ。


刃物。


まずい。


『恒一!』


分かってる。


だが。


身体が動かない。


刃物を握ったデポルが。


こちらへ近づく。


「シネ!」


刃物が。


俺の身体へ振り下ろされた。

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