第6話:胎動
ーーめぐみフェーズ
私が恒一に伝えたことは三つある。
一つ目。
今世では、この世界に魔王が誕生する。
そして、その魔王を倒してほしいということ。
二つ目。
冴子さんを助けられること。
そして三つ目。
恒一の身体は七歳のまま。
この先、成長することはない。
恒一は、その全てを驚くほどあっさり受け入れた。
少しくらい。
「なんでだ」
とか。
「ふざけるな」
とか。
言ってもいいと思う。
特に三つ目など、普通なら人生設計が崩壊する程度には重大な話だ。
だが。
あの男は。
「そうか。了解」
で済ませた。
もちろん。
理解していないわけではない。
現代において。
戸籍もない。
親もいない。
しかも七歳の姿から成長しない。
魔王討伐以前に。
普通の生活を送るだけでも、とんでもない足枷になる。
それでも。
恒一はめげない。
いや。
めげるわけがない。
前の人生でも。
あの男は無茶を繰り返した。
友と出会い。
敵と出会い。
何度も傷つき。
何度も間違え。
それでも最後まで進み続けた。
だから。
私は不安に思っていない。
今世の魔王討伐を任されたのは、女神である私だ。
恒一が失敗すれば。
それは私の失敗でもある。
しかも今回。
女神メルが残した負の遺産が多すぎる。
あの女神が前の世界でやらかしたことは。
どうやら。
あの世界だけで綺麗に終わってはいないらしい。
失敗すれば。
私を推薦し。
女神に引き上げてくれたアステリアにまで迷惑がかかる。
責任重大だ。
新人女神に任せる仕事としては。
けれど。
大丈夫。
私には恒一がいる。
恒一には私がいる。
前世では。
この男を魔王にした。
なら。
今世では。
魔王を討つ勇者にしてみせる。
そう決意しながら。
私は冴子の部屋を見る。
そこには。
冴子の腕の中で。
気持ちよさそうに眠る恒一がいた。
七歳という身体を。
最大限。
有効活用している。
いや。
本人にそんなつもりがないことくらい分かっている。
分かっているけれど。
なんとなく腹が立つ。
(……計算でやってる?)
三十五歳の中身で。
七歳の身体だから許されると思っているのか。
女神である私には。
抱き枕どころか。
触ることすらできないというのに。
しかも。
心なしか安心した顔をしている。
非常に腹立たしい。
魔王討伐の前に。
まず、このガキに鉄槌を。
そう思ったところで。
恒一が寝返りを打った。
冴子の服を、小さな手で掴む。
服が引っ張られ、胸元が顕になった。
『……』
やっぱり。
もっと強めでもいいかもしれない。
ーーひとみフェーズ
「おもろいことになってきたで」
私は、かなが淹れてくれた茶を啜った。
目の前には。
牧かな。
私の幼馴染。
守りたい相手。
そして。
今も私の隣にいてくれる彼女。
「本当に信じるの?」
かなが心配そうにこちらを見る。
「あの子の言うこと。魔王だの、女神だの……」
もっともだ。
一見すれば。
完全に子供の与太話。
死んだ。
七歳になった。
女神に送られてきた。
魔王を倒せと言われた。
一個ずつ聞けば。
どれも信用できる要素がない。
むしろ。
弁護士としては。
保護者を探すところから始めるべき案件だ。
だが。
あの子供は。
いや。
あいつの目は。
普通ではなかった。
子供の目ではない。
何かを信じている人間の目。
覚悟を決めた人間の目。
そういうものとも。
少し違う。
何度も。
自分で決めて。
その結果の責任に、向き合ってきた目だった。
そして。
何より。
十九年間。
頭のどこかに残り続けていた名前。
久世恒一。
その名前を名乗るクソガキが。
私の前に現れた。
偶然。
そう片付けるには。
少し出来すぎている。
(いや)
湯呑みを机へ置く。
(むしろ)
あいつの出現に合わせて。
私の目が覚めた。
そう考えた方が。
妙にしっくりくる。
理由は分からない。
だが。
私の中の何かが。
あいつを待っていた。
そんな気さえする。
「まあ」
私は椅子にもたれた。
「確かに信じ難いわ」
「じゃあ」
「でもな」
かなの言葉を遮る。
「デポル全部殺せる可能性があるんやったら」
口元が自然と緩む。
「孫の手でも、ガキの手でも使うで。私は」
「……言い方」
かなが呆れた。
それでいい。
私も。
久世恒一という人間を信用したわけではない。
ただ。
あのなりで。
昨日五人。
今日二人。
七体のデポルを殺した。
その方法を。
あいつは話さなかった。
そこも気になる。
子供の身体で。
どうやって。
デポルを七体も消した。
かといって嘘だとも思えなかった。
「それにな」
私は思い出す。
「あいつ、自分から来たくせに軍資金ない言い出してな」
「え?」
「一万円貸した」
かなが固まった。
「……魔王倒しに来た勇者が?」
「所持金ゼロや」
「わけわからないこと言われて、お金取られてる……」
「せやから」
私は指を一本立てる。
「まず一万円取り返さなあかん」
「そこなんだ……」
当たり前だ。
金の貸し借りは。
きっちりせなあかん。
勇者だろうが。
魔王だろうが。
七歳児だろうが。
そこは関係ない。
さて。
これから。
少しは面白く……。
「ひとみ?」
声が遠くから聞こえた。
「……」
何だ。
今。
何か。
「ひとみ!」
「……え?」
目の前に。
かなの顔がある。
「何?」
かなの表情が強張っていた。
「まただよ」
「何が?」
「また意識飛んでた」
一瞬。
言葉が出なかった。
また。
「何秒?」
「分からない。数秒くらい」
かなが私の肩へ手を置く。
「やっぱり、もう一回病院行こうよ」
「意識飛ぶたび病院行っとったら仕事にならん」
軽く笑う。
「体調悪いわけちゃうし。十九年寝とったんや。多少おかしいところくらい出るやろ」
「でも」
「前も異常なしやったやろ」
かなは納得していない。
当然だ。
私も。
本当のところ。
納得していない。
目を覚ましてから数日。
時々。
こうして意識が飛ぶ。
ほんの数秒。
記憶もない。
眠っていた感覚すらない。
気がつけば。
時間だけが少し進んでいる。
医者は。
長期間の昏睡による影響の可能性もあると言った。
それ以上は。
まだ分からない。
十九年眠った。
それだけなら。
そういうこともあるのかもしれない。
だが。
久世恒一という名前。
ほとんど変わらない身体。
そして。
この意識の空白。
全部。
関係ない。
そう言い切るには。
少し。
出来すぎている気がする。
「ひとみ」
かながこちらを見る。
「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫や」
反射的に答えた。
昔から。
こういうところは変わらない。
かなを心配させたくない。
そして。
自分自身。
立ち止まりたくない。
十九年。
止まっていた。
十分すぎるほど。
「まあ」
私は湯呑みを持ち上げる。
中身は。
いつの間にか冷めていた。
「今考えてもしゃあない」
「またそれ」
「病院は行く。時間ある時にな」
「絶対だよ」
「分かった分かった」
かなはまだ不満そうだったが。
それ以上は言わなかった。
私は窓の外を見る。
あのクソガキに。
何ができるのかは知らない。
魔王が誰なのかも。
本当に存在するのかも。
まだ分からない。
それでも。
一つだけ。
はっきりしている。
デポルは増えている。
このままでは。
再び、かなに被害が及ぶ。
なら。
使えるものは使う。
私自身も含めて。
(あのガキに何ができるか知らんけど)
口元が緩む。
(とことんまで付き合うたろやないか)
十九年間。
止まっていた私の物語も。
ようやく動き出した。




