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第5話:堕女神の因子


ーー久世フェーズ


ドアを開けると、ほんの少し懐かしい空気がした。


「何やクソガキ。邪魔するんやったら帰って」


「はいよー」


ドアを閉めた。


「……」


『……』


すぐに、勢いよくドアが開く。


「おい! あんたがノリツッコミせな始まらんやろがい!」


少しだけ安心した。


前世と同じ人間なのかは分からない。


歩んできた人生も違う。


それでも。


水谷ひとみという女の雰囲気は、さほど変わっていないらしい。


「こんにちは」


「おう。久しぶりやな」


「いえ、初見だと思いますが」


ひとみはニヤッと笑った。


美貌も。


ウザさも健在。


本当に四十八歳か。


そう疑いたくなるほど、俺が知る頃の彼女と変わっていない。


そして。


イベントが発生する。


「お前、久世やろ?」


挿絵(By みてみん)


さて。


どう対応する。


『何で分かるんだろうね』


少し間を置いて、めぐみが続けた。


『そもそも、この世界のひとみはもう死んでるはずなんだけど』


(え? それ初耳なんだけど)


調べている段階で教えてほしかった。


「おい。何黙りこくってんねん」


「……ええ。久世恒一ですよ」


ひとみは鼻で笑いながら、こちらを見定めている。


まあいい。


俺に高度な駆け引きなどできない。


「それより、ひとみさん」


「何や」


「今もデポルを全て消し去りたいと思って動いているんですか?」


一瞬。


ひとみの目が細くなった。


「……ほう」


椅子の背もたれに身体を預ける。


「それ直球で聞いてくるいうことは、ほんまに久世か」


どうやら当てずっぽうだったらしい。


いや。


完全な当てずっぽうでもないのか。


「なんで僕の名前を知ってるんです?」


「知らん」


「はい?」


「正確にはな」


ひとみが、自分のこめかみを指で叩いた。


「知っとった気がするだけや」


意味が分からない。


俺が黙っていると、ひとみは椅子へ深く座り直した。


「十九年や」


「十九年?」


「私が寝とった期間」


予想していた答えとは、まるで違った。


ひとみは十九年前、デポルに襲われた。


普通なら死んでいた。


少なくとも。


まともに生き続けられるような状態ではなかったらしい。


それでも、ひとみは死ななかった。


十九年間。


意識を失ったまま生き続け。


そして最近。


突然、目を覚ました。


改めて顔を見る。


四十八歳。


そう言われても、到底そうは見えない。


俺が知っていた頃のひとみと、ほとんど変わっていなかった。


「寝とる間な」


ひとみが言う。


「ずっと夢みたいなん見とった気がすんねん」


「夢?」


「内容はほとんど覚えてへん」


そこで。


ひとみが俺を見た。


「ただ、一個だけ。嫌になるくらい頭に残っとる名前がある」


それが。


「久世恒一」


背中を薄い冷気が走った。


『メルだと思う』


めぐみの声が響く。


(やっぱり?)


『十九年も眠っていて、身体も衰えていないように見える』


一拍。


『それに、恒一の名前まで残ってる』


女神メル。


かつて、ひとみと契約した女神。


ひとみが掲げたデポルの全滅を餌に、寿命を奪った。


最後には、女神としての規約に反して消えた存在。


消えた。


そのはずだったらしい。


どうやら、何も残さず消えたわけではない。


ひとみの中に、何かが残っている。


「で」


ひとみが机に肘をついた。


「今度はそっちが話す番や」


「はい」


「久世恒一。お前は何もんやねん」


視線が下がる。


七歳の俺を見た。


「なんであんたは私と私の野望まで知ってんねん」


出されたお茶を飲み干す。


同時に整理する。


(めぐみ)


『わかってる』


現状の整理。


ひとみは見ての通り生存。


俺のことを名前だけ知っている。


俺たちと過ごした世界線の記憶の有無はわからない。


そして、現状めぐみや女神メルのことまでは話さない。


知らないのかもしれないし、そうでないのかも知れない。


(あってるよな?)


『あってる。今世の恒一は冷静だね』


(……前世の俺ってそんなにボンクラに見えてた?)


『……』


女神のくせに、狸寝入りしやがった。


聞こえてるだろ。


整理はひとまず完了した。


残るは方向性だ。


どこまで情報を出すか。


どこまで信じるか。


姿勢を正す。


「僕は久世恒一です」


「それはもう聞いた」


「昨日、三十五歳で死んだ久世恒一本人です」


ひとみの眉が、わずかに動いた。


俺は必要な部分だけを話した。


三十五歳で死んだこと。


死後。


再び七歳の身体で、この世界へ送られたこと。


そして。


この世界には、倒さなければならない存在がいること。


ひとみはしばらく黙っていた。


「魔王討伐のために、転生してきた?」


「そう、らしいです」


「この世界の魔王は誰や」


「分かりません」


「どこにおんねん」


「知りません」


「何する奴や」


「さあ」


沈黙。


ひとみが片手で顔を覆った。


「お前な、それでよう魔王倒しに来た言えたな」


「僕もそう思っています」


雑にもほどがある。


俺だって好きでこの情報量なのではない。


「つまりや」


ひとみが指を一本立てる。


「お前は一回死んで」


「はい」


「七歳になって」


「はい」


「誰かも分からん魔王倒せ言われて」


「はい」


「この世界に放り込まれた」


「だいたい合っています」


「で、誰に転生させられたんや?」


「女神様です」


ひとみは、目を瞑ったまま考え込んでいる。


長方形魔法については話さない。


めぐみについても同じ。


隠し続けるつもりはない。


ただ。


今、この場で話す必要もない。


ひとみを完全に信用しているわけではないのだから。


ここまでの情報なら、子供の戯言で片付くだろう。


「それで」


俺は言った。


「僕からも聞きたいんです」


ひとみが顔を上げる。


「最初の質問に戻りますが。今もデポルを全て消したいと思っていますか?」


数秒。


「当たり前や」


即答だった。


「十九年寝とって」


ひとみは窓の外へ目を向けた。


「起きたらこのザマや」


机の上には、いくつもの資料が積まれている。


傷害。


殺人。


失踪。


デポルという文字が、いくつもの紙に並んでいた。


「めっちゃくちゃ増えとる」


ひとみが言う。


「昔より、遥かにな」


やはり。


昨日。


今日。


俺が遭遇した数だけでも多すぎる。


前の世界とは違う。


「警察も行政も動いとる。せやけど追いついてへん」


ひとみが一枚の資料を指で弾いた。


「私かて何とかしようとはした」


声が低くなる。


「でも、手がない」


法律だけでは届かない。


警察だけでも足りない。


だから。


前世でも、この女は別の手段を選んだ。


女神メルと契約した。


俺を利用した。


周囲の人間も使った。


必要なら。


自分の命すら盤上へ置いた。


目的は一つ。


デポルを全滅させること。


そのためなら。


自分自身さえ使い潰す。


危険な女だ。


俺と、よく似ている。


いや。


似ていた。


少なくとも。


今の俺は。


同じ方法を選び続けるつもりはない。


「ひとみさん」


「何や」


「僕に協力してもらえませんか」


ひとみが俺を見る。


「今でもデポルを消したいんでしょう」


「ああ」


「僕も同じですし、何より魔王への道のりだと思ってます」


俺は続けた。


「力を貸してください」


ひとみが黙る。


前の俺なら。


相手が使えるかどうかを考えた。


利用できるなら使った。


必要なら、後から理由を説明した。


今回は違う。


欲しいなら頼む。


助けてほしいなら。


そう言う。


ひとみは七歳の俺を、上から下まで眺めた。


ひとみは大きく息を吐いた。


「お前に何ができんねん」


「ここへ来るまでに二人消しました」


「……」


「昨日は五人です」


ひとみの顔から、完全に笑いが消えた。


「デポルを?」


「はい」


「どうやって」


「それはまだ秘密です」


じっと見られる。


俺も目を逸らさない。


数秒。


やがて。


ひとみの口元が、ゆっくりと歪んだ。


見覚えがある。


悪い顔だ。


「……ええやん」


少しだけ。


肩の力が抜けた。


少なくとも。


水谷ひとみという女の根っこの部分は。


十九年間眠った程度では、何も変わっていないらしい。


「ただし」


ひとみが指を一本立てる。


「勘違いすんなよ」


「はい」


「私はお前の部下になる気なんかない」


「頼んでませんよ」


「あと」


ひとみの笑みが深くなる。


「私を使おう思うんやったら、それ相応のもん見せてもらうで」


「もちろんです」


俺も。


この女を完全に信用しているわけではない。


向こうも同じ。


それでいい。


前世でも、最期まで同じようなものだった。


ただ。


今回は一つだけ違う。


今回は。


一緒に戦える人間を探す。


水谷ひとみ。


弁護士。


女神メルの痕跡を身体に残した女。


十九年間の眠りから戻り。


それでもなお。


デポルを滅ぼそうとしている危険な女。


この世界で。


俺が最初に協力を求めた人間。


一人目。


俺が勇者なら。


この女はなんだろう。


法律(火力)とがめつさ(防御)で、敵と味方を翻弄する。


(……そんな仲間、必要か?)


・

・

・


久世恒一のパーティに。


水谷ひとみが加わった。

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