第48話:浮気の定義
ーー久世フェーズ
あのホテルでめぐみたちと別れてから、一か月が経過した。
俺が目を覚ましたのは、その一週間後。
つまり、あれから三週間ほど、メルとの奇妙な同居生活を送っている。
めぐみは大丈夫だろうか。
俺より強く、賢い人だ。
きっと俺を救出するために動いてくれているに違いない。
俺も何かしらの狼煙を上げられればいいのだが、部屋にはホームカメラが設置されている。
それも、隠されているわけではない。
机の上に、堂々と並べられているのだ。
監視していることを隠す気すらないらしい。
それでも、この三週間で部屋の中はそれとなく調べた。
窓からスカイ◯リーが見える。
魔法で目立つものを作ることはできる。
だが、監視しているメルに気づかれれば、ひとみの命が危ない。
都内のどこかにいることは間違いない。
だが、それだけでは場所を伝えようがない。
『逃げられるものなら逃げてみてね。見つけた瞬間、死んであげるから!』
メルの言葉が頭をよぎる。
この見えない攻撃が、無敵すぎる。
強い、弱いの次元ではない。
そもそも土俵が違うのだ。
俺はメルを、ひとみの身体から追い出したい。
ひとみを救いたいからだ。
しかし、奴は死ぬと言う。
メルが死ねば、ひとみも死ぬ。
そんな状況で、どうやって助ければいい。
(まだ待てというのか……)
テレビをつける。
またメルが映っていた。
最近は、二つに一つのチャンネルで見かける気がする。
もちろん、実際にそこまで出演しているわけではないだろう。
だが、テレビ、雑誌、講演会。
人前に出る仕事が明らかに増えていた。
四十八歳の現役弁護士、水谷ひとみ。
その年齢からは想像できない若々しい容姿と、七歳児との結婚を主張する過激な発言。
良くも悪くも、今や知らない人間の方が少ないのではないだろうか。
当然、最初は猛烈な批判を浴びていた。
子供の権利を踏みにじる危険人物。
弁護士資格を剥奪すべきだ。
そんな声が連日報じられていた。
ところが、妙な現象が起きている。
メルが出演した番組では、反対していた出演者が突然賛成に回る。
街頭演説でも同じだ。
最初は野次を飛ばしていた聴衆が、指を鳴らした途端、拍手を始める。
『七歳にも人権がある!』
『結婚を年齢で制限する方がおかしい!』
その様子が生中継され、全国へ流れていく。
もちろん、テレビを見ている人間の大半は異常だと騒いでいる。
だが、その異常さを批判していた番組にメルが出演すると、今度はそこの出演者たちが賛成し始めるのだ。
(……なるほど)
全てを見たわけではないが、仮説は立てられる。
メルの意識改変は、全国民を一度に操れるような万能の魔法ではない。
指を鳴らした時、近くにいて、直接その姿を認識できる人間。
影響を受けるのは、その範囲だけなのだろう。
テレビ越しの俺には、何も起きていない。
だが、現場で意識を変えられた人間は、その後もメルを支持し続ける。
そして、彼らの発言が全国へ放送される。
それを見て、自分の意思で賛同する人間まで現れる。
(塗り替えていくつもりなのか。オセロみたいに)
文字どおり、黒を白に。
一人、また一人と。
最終的には、どこまでメル色に変えてしまうつもりなのだろう。
だが、俺はそこで別のことに気づいた。
「あの魔法、リスクはないのか……」
俺やめぐみですら、制約はある。
俺たちは不老ではあるが、不死ではない。
魔法を使う際には、本来生きるはずだった分の寿命を消費する。
以前、めぐみはそう説明してくれた。
寿命をMPのように使っているらしい。
ただし、その消費量は本来必要な量の十分の一程度。
魔王討伐の勇者に与えられた恩恵なのだという。
微々たるものだから、普段は気にする必要がないとも言っていた。
その時は、そうなんだ、としか思わなかった。
だが、勇者である俺たちですら、魔法を使えば何かを消費する。
では、メルは?
何を減らしている?
答えは、すぐに思い当たった。
寿命。
そもそもメルは、俺がいた前の世界でも、ひとみの寿命を使っていた。
某タワーでガラスを消した時。
テレビ局で出演者を操った時。
街頭演説や講演会でも、恐らく魔法を使っている。
仮に、一回の仕事で最低一回は使用しているとしよう。
この一か月で何回使った?
一回につき、どれほどの寿命が失われる?
何よりそれはまた、ひとみの寿命ではないのか?
怒りがこみ上げてくる。
その時だった。
『何、怖い顔してんのー?』
机の上のホームカメラから、声が聞こえた。
メルだ。
どうやら、こちらの様子を見ていたらしい。
平静を保て。
「いやね、この前、人間と変わらないみたいなこと言ってたでしょ?」
『そだねー』
「どうやって魔法を使ってるのかなって」
少しの沈黙。
『……聞いてどうするの?』
声色が変わった。
顔は見えない。
だが、分かる。
きっと氷のような表情をしているのだろう。
「気になる」
あえて言葉は重ねない。
しばらくして、メルが口を開いた。
『……いいよ。教えてあげる』
「うん」
『寿命だよ。私の』
抑えられなかった。
「てめえの寿命じゃねえだろ!!!」
『……』
「それはひとみの寿命だろうが!」
俺はカメラを睨みつけた。
前の世界で、ひとみはメルに寿命を奪われて死んだ。
今度こそは、救いたいと思っていた。
それなのに。
また同じことを繰り返しているというのか。
「頼むから、もうやめてくれ……」
声が震えた。
「ひとみさんの身体を返してくれ。寿命も減らさないでくれ。頼むから……」
返事はなかった。
しばらくして、スピーカーから小さな声が聞こえた。
『……ねぇ』
思わず顔を上げる。
『私にはそんな顔しないのに、ひとみの心配はするんだね』
冷たい声だった。
『私だって、恒一くんと一緒にいるために頑張ってるのに』
「それは……」
『私のことは、心配してくれないんだ』
「メル、そういう話じゃない」
『……わかるよ、恒一くん』
妙に落ち着いた声。
『これが浮気だね』
「……?」
どういう思考でそうなるんだ。
次に会ったら、ぶっ殺せばいいのか。
俺の思考までおかしくなってきた。
『ひとみも可愛いけど、私の素顔もかなり可愛かったんだよ。私のままなら、浮気なんてさせずに済んだのかもね』
メルの声は、ひどく寂しく聞こえた。
だが、その寂しさに同情してしまえば、またひとみが犠牲になる。
俺は何も答えられなかった。
『でもね、恒一くん』
「……何?」
『もうすぐだから』
「……何が?」
『またね』
通信が切れた。
それから、メルは姿を見せなくなった。
なんてことはなかった。
その夜、普通に帰ってきた。
しかも、恐ろしい話と共に。
仕事から疲れて帰ってきたサラリーマンが、妻に今日の出来事を話すような気軽さで。
メルは満面の笑みを浮かべ、こう言った。
「もうじき結婚式ができるからね!」
俺の思考は、再び止まった。




