第47話:因子
ーー久世フェーズ
生放送の番組。
現役の弁護士、水谷ひとみはとんでもないことを言い出した。
『七歳の男の子と結婚できてもいいと思うんですよねー』
いいわけがない。
なんの責任も取れない。
納税もできない。
そして、分別がつかないのだから。
メルと同じように。
当然、スタジオは静まり返る。
世間一般では放送事故ともいう。
それでもメルは話をやめない。
番組も何を考えているのか、放送を止めない。
そしてようやく、一人の出演者が言葉にする。
『いやいや、さすがに水谷弁護士、それは冗談ですよね? 七歳の子供は意思決定能力も十分ではありませんし、そもそも日本の法律では十八歳に……』
パチン!
指を弾いたその瞬間、反論していた出演者の表情が変わった。
黙りこくっていた出演者たちも、次々に肯定を始めた。
『確かに! 七歳でも一人の人間。そして男性であることに変わりない!』
『七歳だからといって結婚できないのは人権侵害だ!』
さっきまで反対していた人間が、今度は率先して賛成している。
司会者も、スタッフも。
誰一人として異議を唱えない。
俺はテレビを見ながら恐ろしくなった。
「これが本当の女神メルの恐ろしさか……」
無邪気。
害悪。
この二つの言葉を揃えれば、女神メルが顕現する。
やっていいこと、悪いこと。
そんな物差しでは測らない。
自分がどう思い、どうしたいか。
それだけで行動する。
ここまでくると、見事ですらある。
誰もがそんなふうに生きられたら、などと思うこともあるだろう。
ただし、他人の人生を踏みにじらないことが大前提だ。
(このままでは、身体を取り返してもあの人の居場所がなくなる……)
番組は異様な雰囲気のまま、七歳児の結婚を認めるべきだという結論に至り、その幕を閉じた。
テレビの向こう側にいる視聴者まで操れるわけではないらしい。
だが、出演者全員が賛成すれば、それを見た人間の中にも同調する者が現れるかもしれない。
ましてや、発言者は現役の弁護士だ。
その肩書きが、今ほど憎らしく思えたことはない。
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メルが家に帰ってきたのは、翌朝になってからだった。
俺のことが好きだ、結婚だと言っておきながら、朝帰りとは俺も舐められたものだ。
テレビの件もある。
ここはガツンと言っておくべきだろう。
「メル、そこに座りなさい」
「ねえ聞いて! グラビア撮影してきたよ!」
「えぇ……」
机に写真がばら撒かれる。
きわどい水着から清楚なワンピース。中にはセーラー服なんてものまであった。
「……何が目的?」
「ひとみの顔と身体って綺麗だからさ! もっと多くの人に認知してもらわないと!」
はぐらかされている。
「人間って、人気者の言うことを聞きたがるんでしょ? だからまずは私を好きになってもらうの!」
「……なるほど」
「私だって努力してるんだよ! 愛に法律はつきものだからね!」
愛だの恋だのに、そこまで法律が関わるのかはわからないが。
努力。
その言葉の意味を、こいつと俺は根本から違うものとして認識しているらしい。
「とりあえず、ひとみさんの身体で勝手なことをするのはやめてみよう」
「えー、こんなに綺麗なのにもったいないよ!」
まるで自分の所有物であるかのように言う。
何を言っても聞く耳を持たない。
メルは服をポイポイと脱ぎ散らかし、下着のままベッドへ飛び込んだ。
夜勤明けの看護師のような勢いで、眠りに入ろうとしている。
「人間の身体って疲れるねぇ。おやすみ」
「あ、ああ。おやすみ……」
あまりの事態に、対処のしようが分からない。
こんな時、めぐみがいれば。
いつだって無鉄砲、他力本願。
それで結構。
だが、今頼れる人はいない。
「ねえ」
「はい」
「一緒に寝ないの?」
「今起きたので……」
表情が見る見る不機嫌になっていく。
背中に滝のような汗が流れる。
観光名所にすらなりそうだ。
(ここで断って、また自殺すると言い出されてはたまらない)
俺は静かに近づき、ゆっくりとベッドに入った。
「よしよし」
頭を撫でられる。
こんなにも生きた心地のしない″よしよし″を、俺は知らない。
「いいこと話してあげる」
「いいこと……?」
「どうして私が、恒一くんたちに因子を飛ばしたのか」
俺は黙って耳を傾けた。
「まず恒一くん。あなたの因子はね、発信機みたいなものなの」
「発信機……」
「そう。どこにいても、どの時代でも、どの世界線でも、私が恒一くんを見つけられるように」
つまり、俺が何度人生をやり直そうと、どこか別の世界へ移ろうと、メルは俺を追跡できるということらしい。
今までの人生が、ずっとこいつに見られていた可能性すらある。
「じゃあ、ひとみは?」
「ひとみはね、昔、私と契約したことがあるでしょ? だから因子を入れやすかったの」
前の世界で、ひとみはメルと契約していた。
その接点を利用して、今回の世界でも因子を送り込んだという。
「それだけ?」
「ううん。ひとみは、どの世界でも恒一くんと出会うと思ったんだ。頭もいいし、行動力もあるし、何より恒一くんに気に入られてたからね」
メルは嬉しそうに続けた。
「それに、私も人間になってみたかったの。恒一くんと一緒にご飯を食べたり、遊びに行ったり、恋人として暮らしたり。女神のままじゃできないことばかりだから」
そのために、ひとみの身体を用意した。
本人の意思も、人生も、何もかも無視して。
挙げ句の果てには、女神をも辞めた。
「じゃあ、二階堂。いや、上野は?」
「上野は保険だよ」
保険。
人間を指して使うには、ずいぶん軽い言葉だった。
上野は前の世界で俺に殺された。
相当な恨みを抱いていたらしく、肉体が死んでも、その魂には執念が残っていたという。
メルはそこに目をつけた。
二階堂の魂に因子を持たせ、この時代に転生させた。
その転生先が、上野浩平。
上野は、魔法耐性と強運。
二階堂であった際の記憶を保持し、ここまで生きてきた。
俺の魔法が通じず、簡単には倒せない敵。
それこそが上野だった。
「どうしてそんなことを?」
「だって、恒一くんってすごいんだもん」
メルは俺の頭を撫でながら、当たり前のように答えた。
「傷ついても、ボロボロになっても、絶対に諦めないでしょ? 何を失い、傷つけられても、やっぱりまた立ち上がる。私、そんな恒一くんが大好きなんだよ」
「……」
「だから、もっと強い敵がいたら、もっとすごい恒一くんが見られると思ったの!」
言葉が出なかった。
上野に殺された人間。
人生を壊された人間。
あいつの下で利用され、使い捨てにされた人間。
その全てが、こいつにとっては俺を追い詰めるための舞台装置だったというのか。
「でも、最後はちゃんと助けてあげたでしょ?」
メルは得意げだった。
「恒一くんが死んじゃったら困るからね!」
助けた。
確かにそうだ。
上野の魔法耐性を消してくれなければ、俺たちは負けていた。
だが、その敵を作ったのもこいつだった。
火をつけてから消火活動をして、感謝を求められている気分だ。
「まあ色々話したけど、恒一くんは、めぐみちゃんが好きでしょ? でも運命の相手はひとみだったんだよ」
(人の人生に因子やら魔法やら付けたり外したりすることの、どこが運命なんだ?)
もっとも、こいつの言う運命が何を指しているのか、俺にはまだ分からない。
しかし、不思議と頭は冴えてきた。
そう思おうとしているだけかもしれないが、少しずつ理解が追いついてくる。
「一つ聞いてもいい?」
「なあに?」
「なんで上野から魔法耐性を奪ったんだ?助けるためだけ?」
「返してもらったんだよ。因子ごとね」
「返してもらった?」
「そう。私があげたものだから、私が回収したの」
分け与えたエネルギーのようなものらしい。
そこで、俺は考えた。
上野の魔法耐性は、メルの因子によるものだった。
だから回収できた。
では、俺とめぐみの魔法はどうだ。
俺の魔法はめぐみから与えられたもの。
そして、めぐみの魔法はアステリアから与えられたものだ。
少なくとも、メルが直接与えたものではない。
つまり、こいつが自由に取り上げられるとは限らない。
もちろん、魔法を与えた者だけが回収できるという保証はない。
メルが別の方法で奪える可能性もある。
それでも、何も分からなかった時よりは前進だ。
ようやく一つ、仮説ではあるが反撃の可能性が見えてきた。
「恒一くん、どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
「そう? じゃあ、おやすみ!」
メルは満足そうに目を閉じた。
俺はその顔を見つめる。
ひとみの顔だ。
何度見ても、ひとみの顔だった。
こいつの身体を傷つけずに、メルだけを追い出す方法があるのか。
まだ分からない。
だが、少なくとも俺の魔法が使えるなら、ひとみごとメルを殺すことはできるかもしれない。
それは、俺が最も選びたくない方法だった。
それでも、選択肢があることと、何もできないことは違う。
だから少なくとも、今の俺なら、ひとみを殺せる。
その事実も、俺の脳内議事録に追記された。




