第46話:恋人ごっこ
ーー久世フェーズ
目が覚めた。
目の前に、ニヤついた顔があった。
ひとみの顔。
同じ顔なのに、表情が違う。
普段なら絶対にしないような笑い方。
一瞬、可愛いとも思った。
ただ、見れば見るほど怖くなる。
(誰なんだ、こいつは)
結局それに尽きる。
身体は水谷ひとみ。
中身は女神メル。
俺たちは上野との最終決戦中、この女神の乱入によって魔王を倒すことができた。
正確には、上野に与えられていた魔法耐性を、こいつが取り上げた。
その結果として、ひとみの自我は食われた。
(魔王討伐の後は、クリア特典とハッピーエンドだけだと思っていたよ)
あれからどれくらい経ったのだろう。
身体を起こそうとすると、妙に重い。
ずいぶん長い間眠っていたような感覚があった。
「よし!」
考えていると、メルが勢いよく立ち上がり、両手を叩いた。
「恒一くんも目を覚ましたし、デートへ行こうか! ずっとやってみたかったんだ!」
「……デート?」
「そう! ちなみに一週間も寝てたんだよ。待ちくたびれちゃった!」
一週間。
それだけの時間が経っていたのか。
めぐみや冴子さんたちは、今頃どうしているだろう。
連絡を取りたいが、まずは従うしかない。
こいつは、指を鳴らしただけで上野の魔法耐性を消した。
俺の魔法だっていつ奪われてもおかしくない。
「デートはどこへ?」
「そういうのは男の子が決めるものでしょ!」
面倒くさい系彼女だった。
薄々そんな気はしていた。
遊園地や水族館を適当に候補として挙げる。
するとメルは目を輝かせた。
「両方行こう!」
「元気だね」
「初デートだよ!」
情報を引き出す。
まずはそこからだ。
ひとみの安否。
身体を返す気があるのか。
メルの目的。
俺の魔法を奪えるのか。
一つずつ、探るしかない。
・
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「楽しい!」
横浜の八◯島シーパラダイス。
水族館にアトラクション、食事まで一通り楽しんだ。
「恒一くん、見て! イルカ!」
「よく飛ぶなぁ」
「写真撮ろう!」
「はい」
手を握られる。
メルはそれだけで嬉しそうだった。
周囲から見れば親子。
せいぜい若い母親と息子だろう。
ひとみの見た目は三十前後。
もっと若く見える。
そこに七歳の俺。
恋人には到底見えない。
でも本人は、心底楽しそうだった。
魚を見て笑う。
乗り物に乗って叫ぶ。
ソフトクリームを食べて俺の手を握る。
ただのはしゃぐ大人。
(……これだけなら)
好きにさせてもいい。
そんなことすら思い始めていた。
そして夕方。
最後に選んだのは、シ◯パラダイスタワー。
ドーナツ型の展望室が、ゆっくり回転しながら上昇するアトラクションだ。
全面ガラス張りで、横浜の景色が楽しめる。
ゆっくりと高度が上がっていく。
俺は景色を見ない。
「恒一くん」
「はい」
「景色綺麗だよ」
「俺、高いところ苦手なんですよ」
「知ってる!」
頂上付近。
この調子なら、聞いてみても大丈夫だろうか。
「メル」
「なあに?」
「ひとみさんに、身体を返してあげてほしい」
笑顔が消えた。
さっきまでずっと楽しそうだったのに、一瞬で冷たくなる。
「恒一くんは」
静かな声。
「私と一緒にいても、楽しくないんだね」
「ああ」
俺は即答した。
「楽しいかどうかで言えば、楽しくない」
「……」
「君に逆らったらどうなるのか。消されるのか。ひとみさんはどうなるのか。それを考えながらデートしてる」
目を見る。
「怖いんだよ。普通、楽しめないだろ?」
数秒の沈黙。
そして、メルが笑った。
「そういう正直なところ、好きだよ」
「ありがとう」
「全然取り繕わないもんね」
アトラクションは最大高度まで上がった。
だが、いっこうに動く気配がない。
不安を感じ始めた客たちが、少しずつ騒ぎ出す。
メルがガラスに触れる。
それだけ。
次の瞬間、展望室を取り囲んでいたガラスが全て消え去った。
跡形もなく。
地上約八十メートル。
遮るものがなくなり、強い風が一気に吹き込んできた。
客たちは悲鳴を上げ、俺とメル以外は全員床に這いつくばっていた。
ついさっきまで、景色を楽しんでいた人たちだ。
今は誰一人として外を見ようとしない。
「……おい」
俺の背中に汗が滲む。
「今の私でもこれくらいはできるよ」
メルは笑っている。
そして、何もなくなった外を指した。
「このまま飛び降りようか?」
「……そしたら?」
「私は死ぬ」
笑顔。
「もちろん、ひとみも」
風が吹き込む。
「私たちの寿命はリンクしてるからね」
一歩、外へ近づく。
「飛ぼうか? 今。ここで」
目が本気だった。
一切の冗談を感じない。
俺は、思わず笑った。
「何がおかしいの?」
「いやいや、ごめんね。少しだけ君のこと好きになったよ」
「え?」
「ぶっ飛んだ性格の女の子っていいよね」
メルの顔が、一瞬で明るくなった。
「やったー!」
単純だ。
ただ、笑ったのは面白かったからじゃない。
怖すぎて笑うしかなかっただけだ。
少し漏らしそうにもなった。
「じゃあ」
メルが俺の手を握る。
「こうしよう」
「何?」
「結婚しよう!」
「じゃあの後に続くような会話してたかな……」
「そしたら、私たちは死ぬまで一緒」
指を絡める。
「ひとみも、それまでは生きていられる」
得意げ。
「人一人分の寿命なんだから、十分でしょ?」
「気持ちはありがたいんですが」
俺は、自分の身体を指さす。
「俺、七歳だから結婚できません」
「……」
メルは少し考える。
そして、不敵に笑う。
「大丈夫だよ、恒一くん」
(何が?)
「人間の恋愛って」
目を輝かせる。
「障害があるほど燃えるんだよね!」
「あー……そう、なのかな」
「じゃあまず」
拳を握る。
「その法律を、乗り越えよう!」
「……何言ってんだ?」
この時の俺は、意味が分からなかった。
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数時間後。
俺は部屋に監禁されていた。
『部屋から出たら自殺するね!』
それだけ言い放ち、メルは去っていった。
″自殺″と″行ってきます″は同義語ではない。
テレビをつける。
ある番組のスタジオ。
そのゲスト席に、水谷ひとみ。
いや、メルが満面の笑顔で両手を振っている。
『はーい! 弁護士の水谷ひとみでーす!』
俺はしばらくテレビを見た。
そして頭を抱えた。
「……ひとみさん、可哀想だな」
身体を取り戻せた暁には、この水谷ひとみに弁護依頼が殺到するだろう。
この時の俺は、まだそんな呑気なことを考えていた。
まさか、七歳の俺と結婚するために、日本の法律そのものを変えようとしているとは。
女神メルの言う「努力」が、どれほど恐ろしいものなのか。
俺はまだ、理解していなかった。




