第45話:終わりの始まり
ーー冴子フェーズ
神がうなだれている。
ソファの端で、膝を抱えて。
再び久世さんを失った。
それは私も辛い。
ついこの前まで、元総理大臣の上野に監禁され、拷問されていたばかりだ。
ようやく帰ってきたと思ったら。
今度は女神メル。
ひとみさんの身体を乗っ取り、消滅したはずの女神が現れた。
そして。
久世さんを連れ去った。
正直。
もう何が何だか分からない。
私がデポルに襲われ、久世さんに助けられた。
あの日から、日々が急激に加速した。
デポルに襲われ、守られ、また襲われ。
逃げて、逃げて、家まで壊れた。
そうこうしているうちに、デポルは減った。
全国的な数までは知らない。
でも。
私たちが暮らしていた大阪も。
今いる東京も。
以前ほど見なくなったらしい。
久世さんと、神の働き。
高宮一派、井口一派。
そして何より、デポルを手足のように使っていた上野浩平の失脚。
テレビでは、一週間前からその話ばかりだった。
『新総理大臣、高宮誠司氏は――』
画面の中。
高宮が記者たちの前に立っている。
用意周到だったらしい。
上野陣営が崩れるたびに勢力を広げ。
根回しを進め。
総理大臣による、どう隠しても隠せない不祥事が明るみに出た瞬間。
白羽の矢が立った。
いや。
自分で立たせた。
高宮誠司という男は、異世界へ転移して本物の魔王を倒した。
伝説の勇者。
……らしい。
にわかには信じがたい。
詳しいことも知らない。
魔王を倒した時の特典として、特殊な力を持っていると聞いた。
その力も利用しながら、一気に総理まで駆け上がったのだろう。
テレビの中では。
今後の政策。
治安。
デポルへの対応。
行政改革。
質問される内容すべてに、一度も噛まずに答えている。
まるでずっと前から、自分がここに立つと分かっていたみたいに。
井口は、特別行政省の副大臣へ抜擢された。
高宮総理による人事。
この二人を重要な場所へ置く。
それも久世さんが望んでいたことらしい。
二人が手を組めば今より治安を良くできる。
デポルも。
人間も。
少しは住みやすい国になる。
久世さんはそう信じていた。
だから私も信じてみたい。
この国が。
私たちの暮らす場所が。
ほんの少しでも生きやすくなればいい。
以前の私は、死ぬことばかり考えていた。
慶太を失い、何のために生きればいいのか分からなかった。
そんな私が久世さんを拾った。
……いや。
拾われたのは私の方だったのかもしれない。
『背中を押すから、いい加減前を向け』
彼の存在そのものから、そう言われている気がした。
神。
変な弁護士。
怖い長髪。
知事。
総理大臣。
犯罪者。
知らないうちに。
一緒にいる人が増えた。
仲間。
と呼んでいいのかは分からない。
でも今は。
自分が死ぬことより、誰かが死なないか心配する時間の方が長い。
少しだけ生き方が変わったのかもしれない。
部屋を見わたす。
神も、かなさんも沈没している。
お通夜状態だ。
私が少しくらい元気づけないと。
そう思った時。
「おいおい」
片足の犯罪者、森田が口を開いた。
「お通夜みたいになってるぜ。元気出せよ。二人とも死んじゃいねえって」
(こいつ……殺るか)
私より先に空気を変えようとしたことも腹が立つ。
何より言い方が腹立つ。
お前が何を知ってるんだ。
神もかなさんも反応しない。
当然だ。
森田に慰められて元気になるほど、信頼関係も、一緒に過ごした時間もないのだから。
「……確かにね」
神が呟いた。
「えっ?」
私は思わず見る。
それくらいのノリで良かったのか。
数日間、何を話しかけてもほとんど反応しなかった神様が顔を上げている。
かなさんも同じだった。
二人ともテレビを見ていた。
(私の存在って一体……)
私も視線を向ける。
『それでは、本日のゲストをご紹介します!』
女の人。
見覚えがある。
見間違えるはずがない。
水谷ひとみ。
「……何、これ」
かなさんが立ち上がった。
似合わない標準語。
妙に可愛らしい言葉遣い。
満面の笑顔。
私たちを。
明晰な頭脳と遠慮のない口、凄まじい行動力と決断力で支えてくれた水谷ひとみが。
テレビ番組のゲスト席で、両手を振っていた。
『はーい! 弁護士の水谷ひとみでーす!』
沈黙。
森田が小さく呟いた。
「……キャラ変わりすぎじゃね?」
誰も否定しなかった。




