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第44話:ボーナスタイム


ーーめぐみフェーズ


一発の銃声。


私は目を閉じかけた。


でも、恒一の身体から血は出なかった。


「……?」


上野の足元。


床が弾けている。


銃弾は違う方向から飛んできた。


黒いヘリ。


その開いた扉から、真壁が銃を構えていた。


「ちっ!」


上野がヘリを見上げる。


「普通こういう時は当たるもんじゃねえのかよ!」


ヘリから真壁の声が聞こえる。


「ちょろちょろしてたから警戒はしてたさ」


「落ち着け真壁。チャンスはある。しかし、何やら加護でもついてるのかもしれないな」


上野は三発、ヘリへ向けて撃つ。


機体が大きく旋回し、離れていく。


「そこでハエみたいに飛んでろよ。あとでちゃんとぶっ殺してやるからさ」


そして、再び恒一へ銃口を向ける。


「さあ、邪魔者は消えた」


上野は笑った。


「俺は時間をかけない。映画やドラマじゃ、この辺りでまた邪魔が入るんだ」


引き金へ指を戻す。


「そこで見てな、加藤めぐみ。次はお前だからさ」


「……っ」


上野の動きが止まった。


恒一はうつ伏せに倒れたまま、動いていない。


それでも。


片目だけで上野を見ていた。


何も言わない。


ただ見ている。


やれるものならやってみろ。


そんな目。


私はこの目を知っている。


この目と、この男の暴力に私は惚れた。


そして何度も、この目に見守られてきた。


「……嫌な目だぜ」


上野の顔から笑みが消える。


「白けたよ」


銃口を恒一へ合わせる。


「今度こそ、さよならだ」


その時だった。


「はーい!」


女の声。


「ボーナスタイム終了!」


全員がそちらを見る。


もう扉など残っていない入口の方向。


崩れた廊下の向こうに、ひとみが立っている。


「……ひとみ?」


私はすぐに違和感を覚えた。


立ち方。


表情。


目。


何より空気が違う。


身体は間違いなく水谷ひとみ。


しかし、これはひとみじゃない。


上野が眉をひそめる。


「お前、弁護士の水谷だな? なんでここにいる」


ひとみが笑った。


「せっかくチャンスあげたのに」


軽い。


子供みたいな声。


「惜しかったねえ」


指を鳴らす。


パチン。


静寂。


「……なんだ?」


「終わり。もう魔法耐性ないからね。お疲れ様!」


ひとみは楽しそうに手を振った。


「結構楽しかったよ。私の目に狂いはなかった」


「何言って……」


恒一が動いた。


血まみれの右手。


掌には穴が開いている。


手を上野へ向け、長方形を射出する。


「なっ――」


初めて直撃する。


今度は砕けなかった。


上野の身体が吹き飛び、壁へ激突した。


血を吐き、床へ落ちた。


「……何だ」


上野が自分の身体を見る。


「なんだよ、これ……」


ひとみが頬へ手を当てる。


「せっかく因子を通して、魔法耐性も強運も与えてあげたのに」


大げさに肩を落とした。


「上手く使いこなせなかったね。とほほ」


私はひとみを見る。


この異様な光景。


たった一度だけ会ったことがある。


この話し方。


この気配。


「……落ちぶれ女神のメルだな」


女がこちらを見る。


笑った。


「正解。落ちぶれは余計だけどね」


恒一は床へ這いつくばったまま、上野を見る。


「終わったな、上野」


「……何がだ」


「子供に銃向けて高笑いしてる総理大臣の動画」


恒一が力なく笑う。


「一番嫌な奴に撮られてるぜ」


再び近づいてきたヘリ。


真壁がスマートフォンをこちらへ向けていた。


上野の顔が歪む。


「……てめえ」


「魔王の最後にしては、なかなか地味だな」


私のスマートフォンが震えた。


高宮。


通話を取る。


短い報告。


大阪と東京。


上野が抱えていた犯罪組織。


主要な指示役と拠点は、ほとんど潰せたと。


私は通話を切った。


「あんたが抱えてた犯罪者集団、ほとんど壊滅したって」


「……まだだ」


上野が立ち上がろうとする。


「まだ手はある」


「ないよ、もう」


私は上野を見る。


「もうあんたは特別でも何でもない」


魔法耐性。


強運。


自分を強く見せるための駒。


そして、総理大臣というブランドも。


七歳の子供へ銃を向け、殺そうとした映像まで残った。


「自分で全部壊したんだよ」


上野は何も言わない。


「私は復讐肯定派だから、気持ちは分かるよ」


上野を見る。


「私や恒一、高宮たちも憎かったと思う。でも、あなたの復讐の度合いは、身の丈に合わなかった。それだけだよ」


私は息を吐いた。


上野の表情が歪む。


「結局、自分自身を律することができなかった」


敵は私たちじゃなかった。


久世恒一でも。


井口でも。


高宮でもない。


自分で自分を終わらせた。


「おいおい……」


上野が笑う。


声が震えている。


「これで……終わりなのか」


誰も答えない。


終わった。


上野浩平。


二階堂傑。


前の世界線から続いた因縁は、こんなにも呆気なく。


「じゃあ」


明るい声。


私の背筋が冷える。


「もういいよね?」


上野にはもう興味すらない。


その目は恒一だけを見ている。


「久世恒一くん」


嬉しそうに笑う。


「初めまして。私はメルっていうの」


恒一が苦笑する。


「ひとみさんの見た目で、その可愛らしい物言いは似合わないな」


「私のこと、可愛いって? やったー!」


「……」


「ゆっくり話そうね!」


メルは恒一へ近づいていく。


「君に会いたくて、私は罪を犯した」


一歩。


「消滅して」


もう一歩。


「それでも」


恒一の前で止まった。


「こうして舞い戻ってきた」


両手を広げる。


「これってもう、愛だよね!」


恒一は一秒も考えなかった。


「いいや。誰かを愛する自分を愛してるだけだろ。恋に恋するってやつかな。俺には理解できないが」


メルの笑顔は変わらない。


「ふふ、相変わらずツンデレだねぇ」


私は手のひらに集中する。


ゆっくり。


確実に。


今度こそ。


「めぐみ」


メルが私を見る。


「女神の先輩に酷いな」


「あなたが先輩だった時期はないけどね」


今のこいつは女神じゃない。


人の身体へ入り、執念と執着だけで戻ってきた。


堕ちた存在。


「そうかもね」


メルは笑った。


そして、ひとみの胸へ手を置く。


「でも、この身体は水谷ひとみそのものだよ?」


私の手が止まる。


「生身の人間なの。撃てる?」


長方形が揺れる。


「それに」


メルが床に倒れている恒一を担ぎ上げた。


「恒一!」


「この人も一緒」


恒一に抵抗する力も残っていない。


「撃つなら今がチャンスだよ」


メルは崩れた入口へ歩いていく。


「私ごと消滅させる?」


振り返る。


「それとも、やめる?」


「撃て!」


恒一の声は聞こえている。


けど、身体が指示通り動かない。


長方形は維持する。


一発撃てばいい。


撃てば終わる。


(私が、恒一とひとみを終わらせる……?)


その現実に身体が拒絶する。


撃てない。


長方形も保てない。


形を失い、弾けた。


「恒一……」


足に力が入らない。


「ひとみ……」


膝をつく。


メルは恒一を連れて消えていく。


追わないと。


立たないと。


でも、身体が動かない。


けたたましいヘリの羽音。


それが子守唄みたいに聞こえる。


「恒一……」


視界が暗くなる。


魔王は倒れた。


なのに私は、大切なものを二つとも奪われた。


そのまま、私の意識は途絶えた。

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