第41話:借りと貸し
ーー井口フェーズ
真壁と連絡がつかない。
何度呼び出しても。
応答はなかった。
東京。
廃工場へ向かった部隊も同じ。
ただ。
大阪と東京の別働隊は、今も拠点への攻撃を続けている。
全てが止まったわけではない。
だからこそ。
嫌な予感がした。
「東京へ行く」
側近たちがこちらを見る。
「井口さん自らですか?」
「真壁との連絡が途絶えた」
精鋭は五人。
少ない。
だが、大人数を連れて東京へ入れば上野側に気づかれる。
現地にいる部隊と合流し、一気に立て直す。
そのつもりだった。
・
・
・
東京に着くまで何も起きなかった。
むしろ、何も起きなさすぎた。
予約していたビジネスホテル。
部屋へ入る。
護衛が廊下を確認する。
そこで違和感。
理由は分からない。
「井口さん」
護衛の一人が窓際から呼んだ。
下を見る。
スーツ姿の男たち。
一人や二人ではない。
次々とホテルへ入ってくる。
「……なるほど」
五人の護衛も。
もう気づいている。
「ここを私の墓標にする気だな」
武器はある。
準備もしてきた。
だが。
数が違いすぎる。
「来ます」
扉が吹き飛んだ。
銃声。
護衛たちが撃ち返す。
一人倒す。
二人。
三人。
それでも。
次が入ってくる。
さらに次。
精鋭五人は強い。
だが。
相手もデポル。
数で押されれば限界はある。
一人が倒れた。
もう一人。
壁に叩きつけられる。
銃を奪われる。
私も腕を掴まれ、そのまま床へ押し倒された。
「随分と派手にやってくれましたなぁ」
聞き覚えのある声。
顔を上げる。
上野浩平。
「おっと。まだ会見モードが抜けてないな。井口さん。あんたと直接会うのは、初めてかもな」
上野は笑っている。
「久世恒一には拷問が効かなかった。あんたにはどうだ?」
「上野……」
口の中の血を吐く。
「あんたは、こんなことをしていられるほど余裕があるのか?」
「あるさ」
上野は即答した。
「火消しは大方済んでる。あなた方の悪あがきも、もう終わりだよ」
靴が腹へ入る。
息が止まった。
「そして、あんたの人生もな」
複数のデポルが近づいてくる。
殴る。
蹴る。
護衛たちも。
床に転がされながら、同じように暴行を受けている。
「……真壁は」
上野が笑った。
「ああ。廃工場にノコノコやってきたから、工場ごとぶっ壊してやったよ」
一瞬。
呼吸が止まる。
「今、死体を掘り出してるところさ。二百体近くは上がってる」
上野がしゃがみ込んだ。
「真壁だけは生きてました、なんてご都合主義は考えない方がいいぜ」
私は笑った。
「……何がおかしい?」
「では」
上野を見る。
「あなたの後ろにいるのは誰なんだ?」
「はあ?」
上野が振り返る。
誰もいない。
私は懐へ手を入れた。
刃物。
私を押さえつけていた者に、刃物を突き立てる。
だが、致命傷を負わせる前に。
横から衝撃。
肩を撃たれた。
床へ転がる。
刃物が手から離れた。
「井口さんともあろう人が、泥臭い真似するじゃないか」
上野が笑う。
「嫌いじゃないですよ。そういうの」
「……もともと底辺を這いずり回って生きてきた」
身体を起こす。
腕に力が入らない。
「それは今も変わらない。だが、これまでのようだな」
男たちが距離を詰める。
銃口がこちらを向く。
五つ。
六つ。
もっと。
私は。
デポルを管理する社会を作りたかった。
人間だから優秀なのではない。
デポルだから悪なのでもない。
人間にも無能な者はいる。
デポルにも有能な者はいる。
犯罪者も。
そうでない者も。
生まれではなく。
何をするかで決まる。
そんな国を作りたかった。
どうやら。
ここまでらしい。
「あんたの分まで、日本を良くしてやるよ」
上野が銃を向ける。
「どの口がそれを言う」
私は笑った。
「同じ犯罪者風情が」
死ぬ。
それだけは分かる。
それでも。
最後に一つだけ思った。
「まだ……期待してもいいのか。この世界に」
「はあ?」
上野が眉をひそめる。
「いいわけねえだろ。これから死ぬんだから」
言い終わる前だった。
甲高い音。
少女の手のひらで、何かが高速で回転している。
「井口はそのまま」
男たちがざわめく。
「……なんだ、お前!」
少女は答えない。
手を振る。
光が見えた、次の瞬間。
私を取り囲んでいた男たちが崩れ落ちた。
血飛沫が舞う。
それとほぼ同時に爆音。
壁、窓ガラス、家具。
部屋の一角がまとめて吹き飛ぶ。
十数人いたはずの男たちの命は、一瞬で消し飛んだ。
上野だけが立っている。
「久世恒一の魔法は見たことがあるが……同じものなのか」
少女を見る。
(規格外だ)
上野が笑った。
「ほう」
少女を見る目が変わる。
「久しぶりだな。俺が終わり、そして始まった元凶。加藤めぐみ」
めぐみは首を傾げた。
「別の世界線で私に選挙で負けただけで、まだ根に持ってるの?」
にこりと笑う。
「嫌な大人。そろそろ前向いたら?」
「そうやって挑発して、隙を狙ってるんだろ」
上野の表情から笑みが消える。
「お前らはそうやって手段を選ばない。だから俺は負けた」
「へえ、反省してるじゃん」
「それはそうと、お前はそいつらを殺して何も思わないのか?やりたくて闇バイトや人殺しをしてた奴ばかりじゃないんだぜ?」
「その責任を私が取る必要ある?人の道を外れた。それはその人の責任じゃないかもしれない。けど、その後の行動は?引き返せるタイミングは本当になかったの?そんなこと、ここで議論しても答えは出ない」
「くくく、相変わらずムカつく奴だぜ」
その時。
外から機械音。
窓の向こうを見る。
黒いヘリコプター。
「井口」
めぐみがこちらを見る。
「邪魔だから、部屋から飛び降りて」
「……選択できる立場ではないな。いいだろう、ここは君に託す」
崩れた壁際まで走る。
ヘリから救助用のロープが垂れた。
私は迷わず外へ身体を投げ出し、ロープを掴んだ。
撃たれた肩が痛む。
「井口さん!」
上から手が伸びる。
見上げた。
「……真壁、お前も私と同じでしぶといな」
身体中ボロボロだが、それでも真壁は生きている。
「すみません、失敗しました……」
「私も今、しくじったばかりさ」
真壁を見る。
「またゼロからのスタートだ」
真壁が笑う。
「やりましょう。何度でも」
そして。
少年がいる。
真っ直ぐこちらを見ていた。
久世恒一。
「なんだ?」
私は笑う。
「貸しだ、とでも言いたいのか?それとも、私たちの失敗を笑いにきたのか?」
久世君は首を振った。
「これで、借りは返した」
それだけ言い放った。
そして、ヘリの外へ足を踏み出した。
何もない空中。
その足元に。
直方体が現れる。
一段。
消える。
次の一段。
また一段。
空中に階段を作りながら。
久世恒一は、崩れたホテルの一室へ向かっていく。
まるで。
待たせたお姫様を迎えに行くような足取りで。




