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第3話:邂逅


ーー久世フェーズ


三十五歳の俺が死んだ。


七歳の俺が生き残った。


冴子さんも生きている。


そして周囲には、デポルの死体が五つ。


なかなか説明に困る状況だった。


「……」


冴子さんが、ゆっくりと身体を起こした。


破れた服を押さえながら周囲を見る。


転がるデポル。


血。


そして、三十五歳の俺。


「久世……さん?」


声が震えている。


冴子さんは、俺の死体へ近づいた。


この三十五歳の久世恒一は、少なくとも彼女から見れば、何の得もないのに自分を守ろうとして死んだ男だ。


一度目の俺は、何もできなかった。


今回は、ほんの少し時間を稼いだ。


だから、冴子さんを救えた。


(そういうことでいいよな、俺)


冴子さんの視線が、七歳の俺へ向いた。


「……君は?」


来た。


最初の難関。


身分証なし。


住所なし。


正直に話せば、説明が長すぎる。


「久世恒一です」


冴子さんの顔が固まった。


当然である。


だが、下手な偽名を使った場合、俺自身が忘れる可能性がある。


『馬鹿正直だね、本当に』


めぐみの呆れた声が脳に響く。


「この人も……久世恒一さんだけど」


「叔父です」


脳内で、めぐみが小さく笑った気がした。


我ながら強引なのは分かっている。


だが、今の俺には他に手段がない。


「たまたま叔父さんと同じ名前なんです」


冴子さんは、死んだ俺と七歳の俺を交互に見た。


「今日から、叔父さんと暮らす予定でした」


「今日から?」


「はい。親とうまくいってなくて、叔父さんが僕を引き取ってくれる予定だったんです」


嘘ではある。


だが、完全な作り話でもない。


俺の幼少期、父親との関係は最悪だった。


人生を一周しても二周しても、あれを良好な家庭環境だったとは思わない。


冴子さんは黙り、もう一度、三十五歳の俺を見る。


少しの間。


誰も話さなかった。


「……今日は、帰るところある?」


「ありません」


ここは正直に答えた。


金も家も身分もない。


文字通り、何もない。


冴子さんはしばらく俯いたあと、小さく息を吐いた。


「じゃあ……うちに来る?」


予想していた。


だが、実際に言われると、胸の奥に少しだけ何かが残った。


「いいんですか?」


「この人に助けてもらったから。その人の家族を、今日このまま一人にはできないよ」


冴子さんは、三十五歳の俺を見ていた。


俺は頭を下げる。


「ありがとうございます」


助けてもらえるなら、助けてもらう。


前の人生では、それができなかった。


自分で何とかする。


俺がやる。


俺さえ耐えればいい。


ずっと、そう考えていた。


でも今度は違う。


めぐみと約束した。


一人で勝手に決めない。


素直でいる。


「本当に、ありがとうございます」


冴子さんが、少しだけ笑った。


・

・

・


冴子さんは警察を呼び、現場の処理を終えた。


その後、俺は冴子さんの部屋へ連れてこられた。


見覚えのある間取りだ。


一度目の人生では俺はこの部屋の隣に住んでいた。


当然、中へ入ったことはない。


「適当に座ってて」


「はい」


ソファへ座る。


足が床につかない。


挿絵(By みてみん)


七歳だと理解はしているが、やはり不便である。


『ちょっと可愛いね』


めぐみの声が響く。


(こんな足も届かないチンチクリン坊やがかい?)


『まあね。私の知らない恒一だから』


(めぐみ、嬉しいよ。こうしてまた話せるのが)


少しの沈黙。


『……厨二病じゃない、偏屈でもない恒一は逆に気持ち悪い』


前世との落差が大きいのは、自分でも分かっている。


でも。


今度は隠さないと決めた。


好きなら好きと言う。


嬉しければ嬉しいと言う。


特に、めぐみに対しては。


冴子さんが別の部屋へ消える。


俺は息を吐いた。


ひとまず、衣食住は確保できた。


そして冴子さんの近くにもいられる。


一度目の人生で、俺はこの人を守れなかった。


だからといって、今回の俺が勝手に冴子さんの人生を決めるつもりはない。


ただ、危険が迫るなら、今度は守れる場所にいたい。


沢口冴子。


一度目の人生で、俺が憧れていた女性。


恋人ではない。


職場も違う。


ただの隣人だった。


それでも当時の俺にとっては、数少ない優しく接してくれる人だった。


だから好きになった。


そして、守れなかった。


俺が二度目の人生を歩き始めた理由の一つ。


それが冴子さんだった。


『今でも好き?』


(いや、恋愛感情はないな)


ただ、この世界の冴子さんは、俺が知っている前世とは大きく違っている。


二度目の人生では、俺と水谷ひとみがいた。


あの、やかましい女弁護士だ。


俺たちが動いた結果、冴子さんの従兄弟である慶太は生存し、二人は結婚した。


だが、今回は違う。


慶太はもういないのだろう。


それなら。


ひとみは、この世界でどうなっている。


考えがそちらへ移りかけたところで、一度止めた。


その前に。


(めぐみ)


『何?』


(今、一番大切で、愛しているのはめぐみだけだよ)


返事はない。


それでも続けた。


(実体がなくても、この人生でも変わらない。俺はめぐみを愛し続ける)


しばらくして、小さな声が返ってきた。


『……キモいけど、ありがとう』


確かに、前世の俺との落差はある。


ただ。


こういうところも含めて、めぐみだ。


頭がいい。


強い。


俺にはない視点を持っている。


何度も俺を助けてくれた。


そして、俺が間違えば真正面から殴り返してくる。


俺はそんな彼女を愛しているし、尊敬している。


だから今度こそ。


一人で全部決めるつもりはない。


少しして、俺は目を閉じた。


確認しなければならないことが多すぎる。


(めぐみ。いろいろ教えてほしい)


『うん』


(まず、なんで女神になれたの? すごく似合ってるけど、その衣装)


それだけではない。


何故、俺が再び生きているのか。


ここは、俺が二度目に生きた世界とどこまで同じなのか。


長方形の魔法は、どこまで使えるのか。


そして。


かつて関わった人たちは、今どうなっている。


『一つだけ、先に言っておくね』


めぐみの声が少し真面目になる。


『私も、この世界の未来は知らない。前の世界では、この時点ですでに死んでたからね』


俺は目を開けた。


『恒一も知らないよね。今日までのことしか』


その通りだった。


俺が知っているのは、二度目の人生で起きたこと。


この世界では、俺がその人生を歩んでいない。


昔戦った相手。


助けた者。


味方だった者。


それだけでも、今どうなっているのか分からない。


生きているのか。


どこにいるのか。


前世と同じ道を歩んでいるのか。


何一つ、決めつけてはいけない。


『前と同じだと思わないでね』


(うん。気をつけるよ)


今度は、俺一人では動けない。


いや。


前世だって、本当はそうだった。


たくさんの人に支えられていた。


俺が、それに気づくのが遅すぎただけだ。


だから今世は。


まず、この世界を知る。


そのために。


最初に安否を知りたい人間がいる。


水谷ひとみ。


大阪難波の女弁護士。


生きていれば、四十八歳くらいか。


当時は綺麗だったが。


今はどうだろう。


そんなことを本人へ言えば、間違いなく暴力が飛んでくる。


二度目の人生では、四十三歳で死んだはずだ。


そしてもし、生きているなら。


再び協力できるだろうか。


いや。


その前に確かめなければならない。


その女は、俺の知っている水谷ひとみなのか。

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