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第2話:黒影


ーー久世フェーズ


俺は、あの日に立っている。


デポルに襲われたあの日に。


「めぐみ!これはどういうことだ?!」


声が高い。


だが、目線が低い。


身体を見る。


以前失った右腕と右目はついている。


その代わりに、身体が縮んでいる。


『今の恒一は、七歳だよ』


俺は今、七歳らしい。


いや、そんなことより。


「めぐみ!どこだ?!」


『私は、恒一の脳内にいるよ』


確かに声はしっかりと聞こえる。


脳内から糸電話でもしてる気分だ。


『そんなことより、前を見て』


めぐみの声が低くなる。


そうだ。


俺は向き直す。


十五メートルほど先だろうか。


あの現場が蘇る。


必死に抵抗した。


だが、誰にも助けてもらえず、誰も助けられなかった無様な俺がいる。


しかし。


そこにいる三十五歳の俺。


デポルたち。


そして、捕らえられている冴子さんまでもが、静止状態だ。


「……めぐみ。これは、助けてもいいんだよな?」


『もちろん。そのために、三度目の人生が今始まったんだよ』


俺は、現場まで近寄り、デポルから鉄パイプを奪おうとする。


「こいつ……握力三百くらいあるんじゃないのか?!全然離さねぇ……」


『そうだね。恒一が子供ということ以前に、時が止まってるからね。石像と一緒だよ』


では、どう助けるのか。


救えるチャンスがあるのは、ありがたい。


しかし、このチンチクリンな身体ではどうしようもない。


『だから恒一に、この魔法を授けます』


全身に電気が駆け巡るような感覚。


かつての感覚に似ている。


そのあとは数分間、身体が軽くなり元気百倍で動けた記憶がある。


「まさかあれも、めぐみだったのか?」


『話は後。恒一に授けた魔法はーー』


そうだ。


俺は、三度目の人生。


二度の転生を経て、ついに魔法を授かった。


誰もが憧れるシチュエーション。


なんだ、俺の魔法は。


一体何が使えるんだ。


炎(ファイヤー)か?


雷(サンダー)か?


氷(フリーザー)か?


『そんな、ポ◯モン御三家じゃないよ』


「勿体ぶらないでくれ!」


『右手を広げて、手のひらを上に向けて!』


言う通りにする。


かつて金属バットをバカの一つ覚えのように振らされた記憶を思い出す。


七歳の俺の手のひらは、マメが潰れボロボロだった。


『そして、手のひらから何か出そうとしてみて』


「なるほど。それは得意だ」


誰しも一度や二度は、練習したことがあるだろう。


「かー!めー!はー!」


『ごめん、それじゃない。もっと長方形をイメージして』


何故だかわからない。


だが、めぐみがそうしろと言うなら、俺はそうする。


誰だってそうする。


強く念じる。


薄く黄色い長方形を。


学生時代。


苦手だった長方形の面積の問題を。


「えいっ!」


そして、それは顕現する。


俺の右手の上には、薄黄色の長方形が浮かんでいた。


大きさは、ビジネスバッグくらいか。


中学生の教科書に載っているような、長方形の絵がそのまま出てきたようだ。


挿絵(By みてみん)


「めぐみ……」


『どう?すごいでしょ!?ねえ。嬉しい?』


どう反応すればいいかわからない。


再びめぐみと会えたことは嬉しい。


こうして脳内糸電話ができることも当然嬉しい。


冴子さんや俺自身を助けられる可能性があるのも、やはり嬉しい。


手から長方形が出ること。


(これは、嬉しい……のか)


制御できなければ、困らないだろうか。


この間。


〇.〇〇〇一秒。


俺は、二度とめぐみに悲しい思いをさせたくない。


この気持ちは正しい。


「手から長方形が出て嬉しいよ!」


『そんな奴いるわけないでしょ』


それでも構わない。


俺はこういうめぐみが好きなんだ。


『そんなことより、静止時間がもう終わるよ!準備して』


「えっ!?説明がないよ。どう扱えばいいんだよ」


この間わかったこと。


強く念じて、手を広げれば長方形が出てくる。


手を閉じると、長方形も消える。


もう一つ出そうとしても、二つ目は出てこない。


どうやら、一度に出せるのは一個だけらしい。


これでどうデポルを倒すんだ?


『時間が動き出すよ!』


迷ってる暇はない。


この小さな身体でできることはたかが知れている。


手のひらから出たこの長方形を叩きつける。


見ようによっては、螺◯丸や千◯のようなものだ。


「いっけぇぇ!!!」


長方形を振りかざし、デポルに叩きつけた。


「ナンダ?」


全く効いていない。


それはそうだろう。


七歳の子供に何かで叩かれたところで、デポルには痛くもない。


「イマイイトコロナンダヨ!クソガキ!」


腹を蹴られ吹っ飛ぶ。


そして、ようやく全体を俯瞰できた。


三十五歳の俺は、腰に刃物を刺され、這いつくばっている。


冴子さんは、デポル二人に羽交い締めにされ、服を脱がされている。


「助けて!!」


絶望の表情で涙を流し、必死に抵抗している。


俺の心の奥で、何かがハマった音がした。


俺は、デポルに手のひらをかざす。


「死ね」


長方形は真っ直ぐに射出され、デポルの首を跳ね飛ばした。


同時に、長方形は跡形もなく消えた。


下卑た笑い声を上げていたデポルたちは、一斉に俺の方へ視線を落とす。


今ならわかる。


この長方形の扱い方。


『やっちゃえ、恒一』


めぐみの怒りの籠った声が脳内に響きわたる頃には、すでに俺の魔法が火を吹いていた。


五体のデポル。


長方形を一個ずつ射出し、頭や胴体を切り刻んだ。


この魔法。


工夫次第でどうにか使えそうだ。


俺の足元には、当時の俺が転がっている。


「ああ、過去に見たあの影は、俺だったんだな」


挿絵(By みてみん)


当時の俺は、今の俺を見つめ、苦悶の表情を浮かべている。


知っている。


この時の俺はもう、まともには見えていない。


声も、言葉としてはほとんど聞き取れていない。


とにかく全てが許せなかった。


弱い自分も。


対策をしない国も。


当然デポルも。


後悔に満ちて死んでいく瞬間だ。


「おい、俺」


「……」


「お前には、何を言ってるか聞こえていないだろうが、一つ約束してやる」


「……」


「安心して死んでいけ。今世の冴子さんは俺が……いや、俺たちが守る」


言葉までは届いていない。


当時の俺には、誰かが何かを言っているとしか分からなかったから。


怒りも。


後悔も。


消えたわけではない。


それでも。


転がっている俺の表情から。


ほんの少しだけ。


力が抜けたように見えた。


何かを託せる相手がいる。


そんなことを、最後の最後に感じられたのかもしれない。


そして。


三十五歳の俺は、静かに逝った。

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