第1話:現代転生
ーー久世恒一フェーズ
生きられる、ということは、それすなわち幸せなことではない。
これだけは認められない。
それがイコールならば、この世に存在する者たちが、貧困に喘ぎ、犯罪に巻き込まれ、奪われ、死ぬことも大きな括りでは幸せになる。
誰しも好きで生まれてきたわけではない。
つまらない人生なら、早く終わらせたい。
そう思う人間だっている。
俺は今でも。
そう考える人間は、決して少なくないと思っている。
暴力に怯え、暴力に屈し、奪われた俺のくだらない一度目の人生。
好きになった女性の盾にもなれず、逃がす時間も与えられず死んだ。
俺や他の人間たちを奪い続ける存在。
掠奪者。
後に総理大臣となる高宮誠司が名付けた。
あいつは、デポルについて知っていそうだったが、俺に明かされることはなかった。
人の皮を被り、襲う時には肌を赤黒く変色させる。
そして、容赦なく俺たちを襲った。
『どこの世紀末だよ』
そう思ったが、それは俺がいた世界。
西暦二〇二五年だった。
実家は徳島。
親元から逃げ出し、大阪へ移住。
そして、黒い企業へ勤めながらも、必死に人生を歩いていた。
少なくとも、俺自身は。
早く人生を終わらせたい一人の人間だった。
憧れていた女性。
沢口冴子。
冴子さんと川沿いを歩いていた。
たまたまだ。
彼女とお付き合いしていたわけでも。
ましてやストーカーをしていたわけでもない。
たまたまお隣さんで、ドラッグストアからの帰り、一緒になっただけだ。
それなのに、俺たちは殺された。
俺たちのように、ある日突然殺される人間はこの世に多数存在する。
生まれてくることが、本当に幸せか?
『違うよな』
ああ。
違う。
認めたくはない。
殺された俺は、西暦一九九〇年に戻った。
当時三十五歳だったおっさんから、いきなり七歳の内気な少年へ。
何の因果か。
普通、神様的な存在が現れ、魔法を授け、俺TUEEEEを体現できるのではないのか。
過去に戻った。
それ以外、何もなかった。
最後の最後まで、何故俺が過去に戻されたのか。
誰も説明してはくれなかった。
だが、今となればそれは瑣末なこと。
クソみたいな人生で。
たった一人。
心を許せる。
いや、許したい人に出会えた。
二度目の人生では、復讐に囚われながら、デポルを根絶寸前まで追い込んだ。
俺の全てを使って。
そこまでついてきてくれた人間も、たくさんいた。
かつての強敵。
友。
そして、めぐみ。
後悔はない。
デポルを根絶寸前まで追い込んだ。
最後までできないところが俺らしい。
めぐみならきっとやりきってくれたはずだ。
もし、初めからめぐみに全てを話していれば。
俺も、死んでいった連中も、死なずに済んだのかもしれない。
もっと周りに目を向けるべきだった。
特に。
めぐみには。
今となってはもう遅い。
人生そのものに感謝はしない。
だが。
二度目の人生を与えてくれた者がいるとしたならば。
その者には感謝したい。
めぐみに会わせてくれてありがとう、と。
・
・
・
俺は死んだ。
意識はぼんやりとある。
好きな人の。
めぐみの腕の中で。
心地よく死んだ。
『おはよう』
『……』
(声が出ない……)
『まあ聞け。どうせお前は話せない』
美しい声色。
勝手なイメージが膨らむ。
さぞお美しい方なのだろうと。
『お前を過去に戻したのは、私だ』
(!?)
『どうだった?お前自身を奪った者たちを、奪い尽くした気分は』
(……苦しかったですよ。大切なものを守るためには、外道に身を落とすしかない。二度の人生で、それを知りました)
『だが、めぐみと出会えただろ?』
(……ということは、あなたが?!それだけは、心から感謝しています。何もお返しできず申し訳ない)
美しい声の主の姿は見えない。
だが、会話だけで心地いい。
そして、めぐみのことを知っている。
(聞きたいことが……)
『私は質問を受け付けない。いい暇つぶしになった。それを言いにきただけだ』
(……)
『あとは、こいつに任せる』
気配が消えた。
一方的に話し、消えた。
(……感謝の言葉は伝えられた。ひとまずよかった。それより俺はいつ死ぬんだ?死んでるはずだよな)
独り言を重ねる。
少しずつ、意識がはっきりしてきた。
だが、五感は機能していない。
『恒一……おかえり』
聞き覚えのある声に。
意識が一気に覚醒する。
ゆっくりと目を開ける。
真っ暗な空間。
神々しい光。
その光は徐々に人影を照らす。
そこには、俺がこの世で最も愛し、嫉妬し、守りたかった人がいた。
『めぐみ……そのコスプレ何?』
めぐみは微笑み、俺をゆっくりと抱き締める。
『死んでから初めての再会で。そのセリフ何?』
涙ながらに笑うめぐみの泣き顔に、何かが溢れ出す。
『そんなに泣いちゃって。お子様め』
悪戯っぽく笑うめぐみ。
涙のようなものが止まらなくなった。
『めぐみ。いつもそばに居てくれて本当にありがとう。もっと一緒に居たかった……』
『やけに素直だね』
『もしまた会えたなら。素直でいると約束しただろ』
めぐみは涙を流しながらも笑顔だ。
そして、俺の手を引く。
どれくらいの時を連れられたのだろう。
その間、会話はなかった。
だが、これほどまで心が安らいだこともなかった。
『ついたよ』
円形の鏡には、俺たちが死んだ後の日本。
その様子が映されている。
『これが、恒一と私で守った日本だよ』
デポルはもういない。
いがみ合う人間はいる。
悪さをする人間も。
だが。
以前よりも、止めようとする者がいる。
通報する者。
証拠を残す者。
他人事ではないと動く人間が増えていた。
『デポルは、全部消え去ったんだな』
『恒一の後始末を、私がやったからね』
棘がある。
だが、それすらも愛おしい。
『じゃあいくよ』
どこへ行こうというのか。
俺は死んだ。
だが、めぐみと再会できた。
虫がいいとは思う。
俺は。
デポルも。
デポルに与する人間も。
多数殺してきた。
人殺しが天国へ行くことなど、誰も認めないだろう。
『詳しくは後で説明する。これから冴子さんを助けにいくよ』
『……俺はめぐみの言うことに従うよ。けど、説明はいるよね?』
めぐみが俺の手に触れ、微笑む。
その瞬間。
俺は見覚えのある川沿いに、七歳の身体で立っていた。




