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第32話:伝言ゲーム


ーー久世フェーズ


(痛いなぁ。しかしこれも生きる者の定め、か)


誤魔化してみたものの、とにかく痛い。


意識が戻って最初に思ったのは、それだった。


両手は後ろで、ご丁寧に左手で右手を被せるように縛られている。


(この状態で魔法を発動すれば、俺の左手はどうなるのかな)


椅子に固定され、足も動かない。


腹。


顔。


どこが一番痛いのか、もう分からない。


口の中には血の大海原。


目の前には、俺の魔法を二回受けても傷一つなかった男。


「起きたか」


関西弁ではない。


さっきまでの妙に作ったような喋り方ではなく、普通の標準語だ。


「気分は?」


「最高ですね、生きていることは素晴らしい」


「まだまだ余裕があるな」


男は椅子に座る。


まるで喫茶店で、たわいない昔話でも始めるみたいに。


男が指を組んだ。


「まず、どうやってここへ来た?」


「……連れてきたのは、あなたじゃないんですか?」


横から頭を殴られる。


「なんだ、横にどなたかいたんですね」


視界が狭い。


血のせいか。


視力を失っているのか。


恐らくデポルだろう。


俺の後方に二名いるようだ。


仲間を多数殺されたんだ。


まあ、当然だろう。


「どうやってこの時代に来たんだ?」


心臓が一度、強く鳴った。


男は俺を見ている。


「お前は別の世界線で俺を殺し、そして死んだんだろ。なんでまた俺の邪魔をする?」


(おやおや、様子がおかしいな……)


こいつは多くを知っている。


しかし、俺がここにいる理由は知らない。


ということは。


女神アステリア。


そして女神時代のめぐみ。


この二人が無関係なら、残る心当たりは一つ。


「女神メルか?」


ここは適当にかわす。


「多分そうだと思う。俺は気づいたら、七歳のこの姿で川沿いに放置された」


男が笑う。


「いや違うな。女神メルではない。あいつにそこまでの力はないはずだ。その女神以外の誰かに、この世界へ飛ばされたとみた」


(……そこまで知ってるのか)


「自己完結するなら、いちいち聞かないでくださいよ。こっちも何が何だか分かってないんですから」


すかさず顔面に蹴りをもらう。


「がふっ……いちいち痛いなぁ」


睨みを利かせてみる。


男たちは、たじろがない。


なるほど。


この男の精鋭。


その辺の有象無象ではないということか。


目の前の男は気にした様子もない。


「まあいい。魔法はあれだけか?」


「ええ。ビジネスバッグの大きさくらいの長方形を出現させ、切ったり、飛ばしたり、回したり」


「他には?」


「発展途上ですからね。現状はその程度です」


男は俺を見る。


少しだけ楽しそうに。


「そうか。では次に、女のガキの方だ」


嫌な予感。


「あれは加藤めぐみだな。行動に躊躇がない。胸糞悪い、俺を政界から追いやった一人だ」


あまりに知られすぎている。


思わず笑ってしまった。


「ふふ。そこまでお見通しとは……困りましたねぇ」


左手がどうなるかなんて、もう知ったことではない。


現状、俺の魔法はこいつに効かない。


めぐみなら打開策を持っているかもしれない。


四肢がなくとも、逃げ帰ることを優先する。


「なるほど。それで水谷、井口、高宮と連んで、また俺を殺そうとでもしてるんだな」


知っている。


全部。


(誰かが裏切っているのか?)


男が俺の顔を見て笑う。


「誰かが裏切ったとでも思ってるのか?」


「……」


「誰も裏切っちゃいないさ。お前らはそうやって、別の世界線でも連んでたじゃないか」


男の笑みが少し深くなる。


その時、扉が開いた。


黒いスーツの男。


部下らしい。


こちらを一度見て、すぐ男へ向き直る。


「ウエノサン」


俺の思考が止まった。


「車の準備できました」


「分かった」


部下が出ていき、扉が閉まる。


数秒の沈黙。


「あんたがブエノサン、なんだな」


男が笑った。


俺は天井を見る。


「……しょうもない。ブエノサンじゃなくて、上野さんね」


「そういうことだ」


「暗号か何かかと思ってましたよ」


「おそらく伝言ゲームの途中で変わったんだろう。面白いから、そのままにしていた。お前らみたいな馬鹿も釣れたしな」


ぐうの音も出ない。


「部下の教育くらいしてくださいよ」


「末端の発音指導をするほど暇じゃないさ。俺は今、総理大臣だぞ」


「上野って名字で、これだけ好き放題できて」


俺は笑う。


「今の日本で一番有名な上野さんなんて、一人しかいない。上野という名前が分かった今、謎でもなんでもなかったな」


上野浩平。


現職総理大臣。


冗談みたいな話だ。


魔法が効かない。


デポルを動かす。


匿名犯罪まで利用する。


そして国家権力まで持っている。


前世の高宮より、よほど厄介だ。


「じゃあもう一つ」


俺は聞く。


「なぜ、俺やめぐみ、他の連中のことまで知ってる?」


上野が笑った。


懐かしいものを見るような、嫌な笑い方。


「おいおい、悲しいじゃないか。俺はずっと覚えていたというのに」


上野が口を開く。


「お前が俺を瓦礫で生き埋めにしてくれたんだろ?」


喋り方の癖。


嫌な雰囲気。


過去に手こずった記憶が鮮明に蘇る。


「……あんた、二階堂か。大阪市長だった」


背筋が冷える。


「お前たちに追いやられて、元大阪市長だろ。気を使うなよ」


めぐみを対抗馬に立て、市長選で二階堂を叩き落とした。


その夜、事務所へ乗り込んできた二階堂たちをビルごと爆破した。


前世で初めて殺した、人間。


二階堂傑。


今の世界線では、名すら聞かなかった。


「俺もよく分からないんだが、女神メルの気まぐれかな」


二階堂。


いや。


今は上野浩平。


上野は立ち上がった。


「俺も驚いたよ。お前を見た時、ガキだが久世恒一だと。目を見て分かった」


「……」


「胸が高鳴ったさ! まるで恋でもしたかのようだった。それもそうだろ? 俺を殺した奴を殺し返せるなんて経験、誰ができるんだよ」


「……そりゃあね。皆が皆できるくらいなら、地球ごと消し飛べばいいと思いますよ」


ありえない、とは思わない。


三度目の人生を生きる俺が、それを言える立場でもない。


上野が俺を見る。


前世の二階堂には、これほどの力はなかった。


今は総理大臣。


デポルも情報網も権力もある。


正体がバレても揉み消せるし、邪魔なら殺せる。


そのうえ、俺の魔法まで効かない。


前世では俺が追う側だった。


今世では最初から、こいつに盤面を握られている。


上野が扉へ向かう。


「俺は連れて行ってくれないんですか?」


「仕事だからな。おっと……仕事やからな、だったな」


扉を開く。


「じゃあ久世」


振り返る。


「ほな、また。まだ死なんといてや」


わざとらしい関西弁。


俺は顔をしかめた。


扉が閉じ、足音が遠ざかる。


俺は椅子に縛られたまま天井を見る。


上野浩平。


ブエノサン。


二階堂傑。


全て同じ男。


しかも、前世より圧倒的に面倒な状態で帰ってきた。


「……捲土重来、だな」


背後で金属音がした。


指先がずっと痛む。


後ろ手のまま指を触れ合わせると、あるはずの感触がない。


爪を剥がされている。


二人の足音が近づき、俺は大きなため息をついた。

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