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第30話:破壊神


ーーひとみフェーズ


(久世なら殺されへんやろ)


冴子の腕を掴んだまま、隣の部屋へ飛び移った。


後ろから追ってくる気配はない。


それが逆に気持ち悪い。


「ひとみさん!」


冴子が振り返ろうとする。


「久世さんが絶対ヤバいですよ!」


「分かっとる分かっとる」


「戻らないと!」


「今、戻ってどないすんねん」


冴子が止まる。


「魔法が効かんかった。久世も逃げると判断した相手や」


しかも。


あの男は久世を知っていた。


名前だけではない。


女神。


魔法。


明らかに普通の誘拐犯ではない。


(殺すだけなら、もう殺しとる)


わざわざ話しかけ。


情報まで開示した。


何か目的がある。


なら。


少なくとも今すぐ殺される可能性は低い。


そう思うしかない。


(デポル殺戮マシーンの久世をここで消されるのは惜しい。だからこそ戦力がいるんや)


スマートフォンが鳴った。


画面を見る。


めぐみ。


『恒一は?』


早い。


説明より先にそこだった。


「変な男に襲われてて、苦戦してる」


『分かった。もう向かってる』


「私は、隣の部屋まで逃げたとこや。着いた瞬間暴れてええで。けど、二人の実行犯は生かしてるから、そのあたりは加減してや」


『分かった。あと三分で着く。できるだけ離れててね』


「ああ、三分じゃ間に合わん。マンション見えたら、ありったけを冴子の部屋にかましてくれや。久世には音とかで伝わるやろ」


冴子がこちらを見る。


『分かった。それほど切羽詰まった状況なんだね』


めぐみの声に力がこもる。


「そうや。頼んだで」


電話を切り、すぐに動く。


「死にたなかったら急いで足動かしや。あの女は久世よりヤバいで」


「私の部屋……」


冴子が呟いた瞬間、高音が聞こえる。


冴子と顔を見合わせる。


「めぐみさん、あと三分て……」


「な、ヤバいやろ。三分てのは目安やなくて、この部屋まで辿り着く場合の三分や。それからさっきの一言で私らへの忠告は終わってる。死にたなかったら走れ。あいつの優先順位はいつだって久世……」


喋りながら。


記憶のない記憶が過ぎる。


めぐみも久世も大人。


今とは雰囲気の違う私の事務所で、久世をいじめて笑っているシーン。


「……なんやこれ」


足が絡まる。


「ひとみさん! せめて部屋から!」


今度は冴子に腕を引っ張られながら、玄関に到着した。


ドアを開けた、その瞬間。


爆弾でも落とされたような爆音。


天井が吹き飛び。


快晴が広がった。


ただ一つ。


その空には似つかわしくない。


瓦礫と死体の山まで、宙を舞っていた。


・

・

・


めぐみと真壁が現着したのは、それほど後ではなかった。


「ひとみ、冴子! 怪我はないね? 恒一は?」


ついでとはいえ、珍しく先に私たちの心配をしている。


冴子は苦笑い。


私たち二人とも、服はボロボロだった。


「怪我はないやと? いきなり空爆してきてそれはないやろ!」


「すぐ撃てって言ったのは、ひとみじゃん」


「ほらな冴子。こういう奴やで」


冴子は特に驚いた様子もない。


「そんなことより恒一は?」


冴子の顔が曇る。


代わりに答えた。


「スーツの男にやられて、連れて行かれた」


「他の特徴は? 何分前にどっちの方向に?」


めぐみは瞬時に魔法を発動させる。


「まあ待てや。柄シャツ。髪を後ろでまとめた男や。マンバンヘアーってやつやな。あとメガネ」


「方向は?」


「言うたら辺り一面焼け野原にするやろ、お前。車で連れ去られるのを見たから、もう方向は分からん。ナンバーはXX-XX。黒のハイエースや」


「犯罪者の車だね。見つけたら片っ端からぶっ壊す」


「N◯Kをぶっ壊す! みたいに言うなや」


思わずツッコミを入れてしまった。


同時にめぐみの手には、目では追えない速さで回転し、螺旋状に渦巻く長方形。


「それが最後の言葉でいいんだね」


「待て待て、八つ当たりで私に撃つつもりちゃうやろな!」


冴子が割って入る。


「そ、そんなことより! 久世さんの魔法が当たったんです。でも、何も……」


めぐみの表情が止まった。


「何も?」


「確かに当たってた。けど長方形がバラバラになって弾け飛んだ。男は無傷のように見えた」


真壁が眉を寄せる。


「魔法が効かねえ奴なんていんのか?」


「……」


めぐみは沈黙した。


私はもう一つ伝える。


「あいつ、久世のこと知っとったで」


久世に向けられた言葉を思い出す。


「女神に貰った魔法かな、やと」


しばらく黙っていためぐみが口を開いた。


「……女神のこと、魔法のことを知っている。もしかしたら、相手も魔法を所持しているか、魔法耐性を持ってるかも」


魔法耐性。


名の通り、耐性がある。


無効ではない。


ダメージは入るらしい。


でも。


あの男はピンピンしていた。


めぐみは、冴子の部屋の方向を見る。


「手がかりを探そう。生かして捕らえた奴らがいるんだよね」


真壁が肩を鳴らした。


「あの血まみれの部屋に入んのかよ」


「はあ。井口井口井口井口井口」


「おめえ、本当に嫌な女だな」


めぐみは平静を装ってはいる。


でも、内心は荒れているはずだ。


こいつも貴重な戦力の一人。


一人で暴走しないよう、見張っておかなくては。


・

・

・


部屋へ戻る。


いや。


もう部屋と呼べる状態ではなかった。


天井は消え、壁も崩れ、瓦礫と死体がそこら中に転がっている。


スーツの男も。


久世もいない。


生かしていた二人のうち、一人も消えていた。


「逃げたか、死んだのか」


もう一人はすぐに見つかった。


瓦礫の下。


下半身を挟まれ、動けなくなっている。


「た、助け……」


真壁が瓦礫を見て、めぐみを見る。


「お前がやったんだよな、これ」


「たぶんね」


私は男の前にしゃがむ。


「運ええな。久世に捕まった上に、破壊神の爆撃まで生き残った」


男の顔が引きつる。


「ブ、ブエノサンのことなら何も知らねえ!」


「まだ何も聞いとらんやんけ」


「じゃあ何だよ!」


スマートフォンが鳴った。


確認する。


山本からだった。


人目を気にせず話を聞ける場所を確保したらしい。


私は立ち上がる。


「ほな、場所変えよか」


「ど、どこに……」


「ゆっくり話できるところや、ラブホちゃうで」


「嫌だ! 絶対嫌だ!」


真壁が瓦礫をどかし始める。


「真壁どいて。私がやる」


めぐみが魔法を発動させる。


「おい待て!死ぬかもしれないだろ!」


真壁が言い終わる頃には、瓦礫を吹き飛ばしていた。


実行犯の左足とともに。


「ぐうわぁぁぁぁ!!!」


「元気そうだね。しっかり喋ってね」


「……この女、イカれすぎだろ」


「違いないわ」


久世は攫われた。


一人は消えた。


それでも。


手がかりは一人残った。


まずは、情報収集だ。


(待っとれよ久世、お前に死なれたら困るからな。必ず助けたる)


そう思い、ふと顔を上げる。


めぐみの目。


それはもう。


人のする目ではなかった。

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