第29話:捲土重来
ーー冴子フェーズ
最初にいた四人。
三人はもう動かない。
残った一人だけが、部屋の隅で震えていた。
久世さんは長方形の魔法を向ける。
「ブエノサンについて、教えてくださいよ」
「名前しか知らねえ! 指示は全部スマホだ!」
「連絡先は?」
「毎回違う!」
嘘をついているようには見えない。
その時。
玄関から複数の足音が聞こえた。
目出し帽の男が笑う。
「来たぞ……!」
次々と入ってくる。
十人。
刃物。
バール。
鉄パイプ。
首筋が赤黒い者もいる。
デポルだ。
久世さんは呆れている。
「ぞろぞろぞろぞろ、同じような格好で出てきやがって。マトリョーシカかよ」
一人がひとみさんに襲いかかる。
ひとみさんは腕を取り、そのまま床へ押さえ込んだ。
残りが一斉に動く。
「ひとみさん、そのまましゃがんでて」
久世さんの巨大化させた長方形が、大人の腰ほどの高さへ射出された。
次の瞬間。
男たちの身体が止まった。
少し遅れて。
上半身が滑り落ちる。
残った九人の下半身から、夥しい量の血が噴き出した。
久世さんは狼狽えることなく、生き残りを確認する。
最初の一人。
ひとみさんが押さえた一人。
二人。
久世さんはスマートフォンを取り出した。
「二人確保しました。人目を気にせず話を聞ける場所の用意をお願いします」
私のシンプルな感想。
(……怖い)
助けに駆けつけてくれた。
それだけは本当に感謝している。
私は何度も助けられている。
そんな身分で言えることではないけど。
やっぱり怖い。
でも。
もっと気になるものがあった。
ひとみさんだ。
久世さんを見ながら、口角を上げている。
十人近くが目の前で死んだというのに。
笑っている。
それでも。
全て終わった。
これから部屋をどうしよう。
そう思った時には。
音も立てずに、玄関にもう一人いた。
スーツ。
その下には派手な柄シャツ。
髪は後ろでまとめられている。
目出し帽もしていない。
(何となく見覚えのあるような……)
男は部屋の惨状を見ても、何も驚かなかった。
「……誰?」
私が呟く。
久世さんも気づいた。
電話を耳に当てたまま、男を見る。
そして。
右手を動かした。
長方形が飛ぶ。
男の身体へ直撃する。
弾けた。
ただ、それだけだった。
傷一つない。
久世さんの表情が変わる。
ひとみさんは険しい顔をしている。
男を見る。
一秒。
即断する。
「久世」
「はい」
「逃げるで」
即答だった。
ひとみさんが私の腕を掴む。
「各自で逃げや!」
「え?」
そのままベランダへ引っ張られる。
久世さんは動かない。
「俺が殿を」
「当たり前や! 時間稼いで、お前もトンヅラせえ!」
久世さんの右手に、再び長方形が現れる。
男が初めて笑った。
「女神に貰った魔法かな?」
久世さんの動きが止まる。
「久世恒一」
空気が変わった。
「……あんたがブエノサンかい?」
久世さんが男を見る。
「あんたも魔法を?」
「いいや」
男は笑っている。
「俺に魔法は使えない。いや、俺に魔法は使えへんで、かな」
久世さんの目が細くなる。
(……魔法は、か)
そう考えたように見えた。
久世さんの手のひらの上には、高速回転する長方形。
甲高い音を鳴らしている。
私たちはベランダから逃げるため、そこで目線を切った。
次の瞬間。
高音が。
轟音に変わる。
恐らく。
久世さんが放った魔法。
その直後。
背後から。
鈍い音が聞こえた。
もう一度。
さらに。
何度も。
私たちは振り返らなかった。
振り返れなかった。
その音が何なのか。
考えたくなくても、分かってしまった。
それは、久世さんの敗北の音だった。




