第26話:飛んで火に入る…
ーーめぐみフェーズ
高宮のスマートフォンが震えた。
画面を見る。
表情が変わる。
「すまない。緊急の連絡だ。少し時間をもらうよ」
「どうせ山本でしょ? どうぞ」
高宮は驚くのにも疲れたのか、呆れたようにスマートフォンへ視線を落とした。
しばらく内容へ目を通していく。
文章は長いらしい。
「大阪で七歳ほどの少年と接触したそうだ」
(うまく接触できたんだ。よかった)
高宮は続きを読む。
「にわかには信じ難い話をしている。しかし、作り話にしては手が込みすぎている」
山本しか知らないこと。
高宮との関係。
デポルの軍事利用。
篠倉という名前。
さらに、初対面にもかかわらず山本の肺についてまで言及したらしい。
「山本って肺悪かったっけ?」
「本人は最近気にしているようだった」
高宮がさらに画面を追う。
「最終判断は先生に任せる。ただし、敵に回した場合、現在の政権と同等か、それ以上に厄介な存在になる可能性がある」
高宮がスマートフォンを置いた。
「さて、私はここまで答えた。次は君たちの番だ」
高宮は座り直し、こちらへ向き直る。
「山本にここまで言わせる七歳の少年と、君たちは何者なんだ?」
待ってました。
私は少し胸を張る。
「その少年は、久世恒一」
高宮を見る。
「違う世界線で、あなたから総理の座を奪って、デポルを根絶した張本人だよ」
高宮の目が大きく開いた。
横からひとみが身を乗り出す。
「どや、高宮はん。もっと話聞きたなったやろ」
高宮がひとみを見る。
「ちなみに私は、あんたの女神に寿命奪われて死んだけどな。その前に山本はんから法曹協会の会長の座を引きずり下ろして、私が会長になって」
ひとみが自分を指差す。
「あんたの失脚やデポル根絶に対し、多大に! 多大に貢献した敏腕弁護士やったらしいで」
「くせ強いなぁ」
私は思わず口にする。
「褒めすぎたかな」
ひとみはドヤ顔を決めている。
全く信じてなかったくせに。
高宮はしばらく黙っていた。
やがて、こちらを見る。
「一つ聞きたい。なぜ、その久世という少年はデポルを根絶しようとした?」
どう根絶した、ではなく。
なぜ根絶した、か。
話の背景から捉えようとするこの考え方は好きだな。
恒一も見習ってほしいものだ。
さて。
「昔々あるところで、何の取り柄もない青年が、高嶺の花のお姉さんに恋をしました」
高宮は黙って聞いている。
「ある日、偶然そのお姉さんと帰り道でばったり会いました。青年の気分は最高潮」
少し間を置く。
「でもデポルに襲われて二人とも殺されました。ちゃんちゃん」
高宮が黙る。
「とはならず」
続ける。
「その青年は、一九九七年へ巻き戻されて、二度目の人生を歩み始めました」
理由は、とある女神の気まぐれ。
国を憂うなら。
本当にデポルを殺し切るつもりなら。
もう一度やってみれば?
そんないい加減な再挑戦。
「そして、その彼はやり切ったのか」
「そういうこと。あなたと違って、スキル無しでね」
恒一は自分を最大限矢面に立たせて、野望を全うした。
私の助力なしでは無理だったと思う。
それでも、デポルの九割を削ったのは間違いなく恒一だ。
「今も同じなのか?」
高宮が聞く。
ここが大事だ。
「少し違う。前世でも途中から、デポルとは何かを再定義した」
「殲滅対象を明確にした、という意味か?」
「話が早いね。その通り」
私は指を一本立てる。
「デポル=悪人、ではなくなった」
高宮は黙っている。
「デポルの性質に抗って、罪を犯さず、人間社会で必死に生きようとする者は日本国民として受け入れる」
「それをしない連中を、改めてデポルと定義した」
高宮の表情が変わる。
「法改正を実施し、対象になった連中は片っ端から処刑した」
高宮は口を挟まない。
しかし、怒りにも近い感情が見て取れる。
「最終的には、約三万体いたうちの九割を殺した。ちなみに、残りは私が処刑して、デポルはいなくなった」
私は少し笑う。
「令和最大の虐殺大魔王なんて呼ばれてたよ」
高宮が口を開く。
「それは見事だが、詰めが甘いと言わざるを得ない」
高宮の眼光が、より一層鋭くなった。
「君たちはデポルの起源を知っているのか?」
「知ったよ。死んだ後に」
私は死後、女神へ転生して初めて真相を知った。
「そうか。死後なら仕方ない」
高宮が拳を握る。
「私が、デポルと名付けた。ゴブリンが何らかの異変で、この世界に転生したものだと私は結論づけている」
「私がいた異世界のゴブリンと、デポルには明らかな共通点がある」
高宮自身は、メルが何をしたのかまでは知らない。
それでも、あちらの世界でゴブリンと戦い続けた本人だからこそ分かるものがある。
「ゴブリンは魔族だ。他種族を陵辱し、掠奪し、踏み躙ることに躊躇がない」
高宮の拳は強く握られ、震えている。
「それと同じ性質を、生まれながらに持つ者がこの世界に蔓延している。人間社会に入り込み、人間という種族そのものを食い物にしている」
「だから、それを止めるために今日あなたを確認しに来たんだよ」
ひとみも続く。
「せや。一緒にデポルぶち殺して、日本守る気あるんかどうかや」
高宮がこちらを見る。
「拒否した場合は?」
「別にいいよ」
少し笑う。
「協力しない、または敵対するっていうなら、それでもいい」
高宮の目を見る。
「おすすめはしない。言うこと聞かないイカれた番犬が暴れるだけだよ」
高宮はしばらく私を見た。
「子供と話している気がしないな」
「元女神だからね」
高宮が少し眉を寄せる。
「君も魔王覇気を持っているのか?」
ひとみが鼻で笑った。
「高宮はん。違うで」
私を指差す。
「偉そうなだけや、こいつ」
失礼な。
言い返そうとした。
その瞬間。
建物全体を揺らすような轟音が響いた。
床が震える。
高宮が立ち上がる。
廊下から怒号が聞こえた。
何かが倒れる音。
続けて銃声。
扉が勢いよく開いた。
先ほどの黒服の一人だった。
額から血を流している。
「高宮先生!」
息を切らしながら叫ぶ。
「逃げてください!」
さらに奥で、また轟音が響いた。
黒服が振り返る。
その顔には、明確な恐怖が浮かんでいた。
「やつらです!」
高宮の表情が変わる。
私は立ち上がり、ひとみを見る。
政治の話は、どうやら一旦ここまでらしい。
開いた扉の向こう。
廊下には、目出し帽で顔を隠した人間が何人もいる。
大柄な者。
細身の者。
中には、体格だけなら中高生くらいにしか見えない者までいた。
そして。
目出し帽から覗く首筋や目元の皮膚が、赤黒く変色している者もいる。
あれはデポルで間違いない。
でも。
全員がデポルというわけでもなさそうだ。
「子供も混ざってそうだね」
私は呟く。
高宮も冷静に対処しようとしている。
「逃走ルートは確保している。私についてこい」
恒一ならどうするだろう。
考えるまでもない。
襲ってきた以上、年齢を理由に手加減なんてしない。
自分でここへ来たなら、自業自得だと平然と吐き捨てるだろう。
(まあ、私もだけどね)
「逃走?何かの手がかりになりそうなんだから、全員生かして捉えるよ」
右手を上げる。
長方形を作り出し、高速で回転させる。
甲高い風切り音が、廊下に響き始めた。
殺す必要があるかどうかは、まだ分からない。
何者なのかも。
なぜここにいるのかも。
何も分かっていない。
だから、まずは全員逃がさない。
回転する長方形を前へ向ける。
その場にいる全員を、私は敵として捉えた。




