第25話:元勇者
ーーめぐみフェーズ
東京へ来てから、私はひとみの電話番号をかなりの数の高宮関係者へばら撒いた。
名乗った名前は。
女神メル。
結果。
ちゃんと釣れた。
ひとみのスマートフォンへ連絡が入ったのは、その日の午後だった。
高宮誠司本人が、私たちと話をするという。
案内されたのは、都内にある高宮の事務所だった。
部屋へ入る。
高宮は一人ではない。
黒いスーツの男が五人。
全員がこちらを見ている。
政治家の護衛としては、ずいぶん物々しい。
高宮は椅子に座ったまま、私とひとみを交互に見た。
「女神メルを名乗ったのは、君か?」
「そうだよ。私は加藤めぐみ」
私は高宮を見る。
前世で恒一と一緒に対峙した男。
そして、異世界で魔王を倒した勇者様。
見た目だけなら普通の政治家だった。
だが、まるで隙がない。
「最初に言っておくけど、込み入った話になる」
黒服を見る。
「聞かれて困るのは、私じゃなくてあなたの方だと思う」
高宮の視線が少し変わった。
「そうか」
数秒、高宮は考えた。
「全員、外で待機だ」
黒服たちが反応する。
「先生」
「大丈夫だ」
渋々といった様子で、五人が部屋を出ていく。
扉が閉まった。
これでいい。
「得体の知れない人間を招いて、不用心だなと思うけど、話が早くて助かるよ」
高宮は冷静にこちらを分析している様子だ。
(さて、いきなり強めのジャブでいくよ)
「異世界へ転生して、魔王を倒して帰ってきた元勇者。高宮誠司」
高宮の表情が固まった。
ひとみが横を見る。
「おいおい、ほんまに勇者やった、なんてことないよな高宮はん」
「……君は、女神メルなんだな?」
「元女神ではあるけど、メルではないよ」
私は淡々と続ける。
「あなたの担当だった女神はメル。魔王討伐後、現世へ戻る時に能力も持ち帰ったはず。今もあるんでしょ?」
高宮は何も言わない。
ただ、こちらを見る目が明らかに変わった。
私はわざと、その目を見る。
妙な圧力を感じる。
威圧感というより、こちらが高宮を上位者として認識していれば、自然と従いたくなるような感覚。
でも。
何も起こらない。
隣のひとみも普通に座っている。
「それが答えだね。私たちに魔王覇気は効かないよ。あなたを上位者と認識していない」
高宮が笑った。
「なかなか恐れ入った」
これで一つ確認できた。
高宮は今世でも、魔王覇気を持っている。
「メルはどうした」
高宮が聞く。
特別な感情があるようには見えない。
むしろ、思い出したくないものを思い出したような顔だった。
「処罰されたよ」
私は隣のひとみを指差した。
「職権濫用。この水谷ひとみから寿命を奪った」
高宮がひとみを見る。
「寿命?」
「せやで」
ひとみが腕を組む。
「お宅の女神さんに寿命ごっそり持っていかれて、別の世界線では四十三で死んだらしいわ」
高宮は黙った。
驚いてはいる。
だが、悲しんでいるわけではない。
「そうか」
それだけだった。
少し間を置く。
「いい思い出はない。好き勝手に人を振り回す女神だった」
やっぱり。
高宮が少しだけ視線を落とした。
「しかし、無関係だったわけでもない」
高宮を異世界へ送り、魔王と戦わせ、結果的に今の力を与えた存在。
高宮自身が知っているのは、そこまでだ。
デポルがこの世界に現れた本当の理由までは知らない。
それでも、嫌いだからといって完全に何も感じないわけでもないらしい。
「じゃあ次」
私は本題へ入る。
「高宮。今もデポルを管理して、利用して、ボロ雑巾にする計画は練ってるの?」
高宮はすぐに否定しなかった。
「そこまで調べているのか。私の方針は概ねその通りだ」
「使える者も、犯罪を起こす者も管理し、有事には戦力として利用する」
私の知る高宮と、思想の根本は変わっていない。
ただ。
今は条件が違う。
「でも総理じゃないから、そこまで及ばないと」
「そうだ」
高宮の顔が少し険しくなる。
「今は、いち衆議院議員に過ぎない」
「どうして?」
私は聞く。
「別の世界線では総理までいって、幅を利かせてたけどなぁ」
高宮は苦笑をする。
「君は嫌な言い方をするね」
間を開けて答える。
「上野浩平だ」
やっぱりそこへ行く。
「彼が強すぎる」
「強い?」
「政治家としてだ」
高宮は椅子へ深く座り直した。
「私は大学時代から動いてきた。最短距離で政治の世界へ入り、派閥を作り、総理を目指した」
順調だった。
少なくとも、本人の中では。
「だが途中から、上野が出てきた。急にだ」
「急に?」
「ああ。私は常に周りを警戒していた。強敵になりそうな者は、仲間として引き入れるか排除してきた」
しかし。
ぽっと湧いて出たらしい。
まるで、ずっとそこにいたように。
それが十九年ほど前。
その時期を聞いて、ひとみが顔を上げる。
「私が昏睡に入った時と同じくらいやな」
三人ともが黙る。
十九年前。
ひとみが眠りについた時期。
上野浩平が政界に現れ、急速に存在感を増し始めた時期。
偶然と言えば、それまでだ。
でも。
なぜか引っかかる。
(メル……まだ何か残してるのかな)
今は、それ以上考えても答えは出ない。
私は高宮へ視線を戻す。
前世では政界で聞いた覚えすらない男。
それが今世では総理。
しかも、私の知る世界では総理だった高宮を押し退けて。
「上野に怪しいところは?」
「本人には、今のところほとんどないが」
高宮が答える。
「気になる点は二点ある。一点目は対応の速さだ」
災害対応。
外交。
安全保障。
判断も早い。
表から見れば、優秀な総理。
だが、その対応があまりにも速すぎるらしい。
まるで、あらかじめ何が起こるのか知っていたかのように。
「そして二点目。周囲には妙な者が増えている」
「例えば?」
「デポルと思われる人物が、すでに政界へ入り込んでいる」
ひとみの眉が動いた。
イラついている。
私たちの時代でも、そういう連中がいなかったわけじゃない。
恒一が総理になってから、早急に排除を試みた。
だからこそ、浸透する前に叩けた。
今回は思っていたより状況が進んでいる。
(はあ。恒一の「デポルは全てぶっ壊す!」で、突っ走らなければいいけど……)
前世とは違う形で、すでに国の中まで多くのデポルが入り込んでいた。
そして、その中心にいるのが上野浩平なのかどうか。
まだ、それすら分からない。




