第24話:管理外で規格外
ーー久世フェーズ
戦闘は、思っていたより早く終わった。
俺の右手から放った長方形。
正確には、めぐみと研究していた新しい使い方だ。
大きな一枚の長方形を、その場で小さな長方形へ分割する。
そこまではできる。
問題は、その後だった。
一つの長方形なら、俺の意思で軌道を操作できる。
しかし分割した瞬間、それぞれを個別に制御することはできない。
だから。
まとめて射出する。
後は知らない。
小さな長方形は爆ぜるように四方八方へ散り、狭い部屋の中を飛び回った。
狙いなんてものはない。
それでも、目の前に五人もデポルがいれば十分だった。
四人は即死。
一人は腹部と肩を深く切り裂かれ、壁際に倒れている。
播磨も巻き込まれた。
太腿を浅く切っただけだが、床に座り込んで大騒ぎしている。
「痛い! 痛い! 血が出てる! 救急車を!」
うるさい。
山本だけは無傷だった。
運がいい。
俺は長方形を一枚の形へ戻し、山本へ向ける。
「勘違いしないでくださいね」
山本の目が長方形へ向く。
「あなたと播磨が死ななかったのは、情けをかけたからじゃない」
長方形の先端を山本へ向ける。
「聞きたいことを聞いたら殺します。冴子さんとひとみのことまで調べた以上、あなたたちを生かしておくメリットがない」
「山本さん! こいつ本気ですよ! 警察を! 警察を呼んでください!」
床で播磨が喚いている。
自分たちで子供を拉致しておいて警察を呼ぼうとするな。
山本は播磨を無視した。
「いや。それはやめた方がいい」
「理由は?」
「私は高宮先生の右腕だ」
俺は黙って聞く。
「君は高宮先生について知りたいのだろう? 会って話がしたいのではないのか?」
もちろんその通りだ。
「それに――」
乾いた音が響いた。
銃声。
反射的に長方形を動かす。
金属音。
目の前で弾丸が弾かれた。
撃ったのは、まだ生きていたデポル。
倒れたまま、震える手で拳銃をこちらへ向けている。
跳ね返った弾丸が、別方向へ飛んだ。
「ぎゃああああああ!」
播磨だった。
今度は反対側の脚を押さえて転がっている。
「なんで私ばっかり!」
「前世での行いも悪かったのでしょう」
俺は倒れているデポルへ長方形を向けた。
その瞬間。
再び銃声が響いた。
倒れていたデポルの頭が跳ねる。
動かなくなった。
撃ったのは。
山本だった。
・
・
・
ーー山本フェーズ
拳銃を下ろす。
床には五人の死体。
播磨は両脚を押さえて倒れている。
「もう……無理……」
そのまま意識を失った。
久世がこちらを見ている。
先ほどまで殺意を向けていた長方形も、まだ消えてはいない。
「これで少しは信じてもらえないか?」
「自分のデポルを撃った程度ではね」
否定はできない。
私は拳銃を机へ置いた。
両手を見える位置へ出す。
「君は高宮先生を殺すためだけに動いているわけではない」
久世は何も言わない。
「状況を確認しに来た。違うか?」
反応を見る。
「場合によっては、協力関係を築くことも考えている」
久世の口元が少し緩んだ。
「さすがですね」
やはり。
この子供は。
高宮先生を単純に敵と見ているわけではない。
私は倒れた男たちを見る。
「今の我々は、君が知っているらしい状況とは違う」
「どう違うんです?」
「高宮先生は、総理ではない」
それは久世も知っている。
「衆議院議員として一定の力はある。しかし、国全体を動かせるほどではない」
高宮先生は今もデポルを把握しようとしている。
利用できる者。
危険な者。
社会に紛れて生きられる者。
分類し。
管理する。
有事となれば、戦力として使う。
しかし。
現実が追いついていなかった。
「多すぎるんだ」
「デポルですね」
「ああ、政界にも多数いる」
把握しても。
次が出る。
見つけても。
また別の場所で問題を起こす。
高宮先生の組織力では追いつかない。
まして。
まだ政権すら握っていない。
「我々が管理しているデポルは、ごく一部だ」
久世の表情が少し変わった。
「管理外がそれだけいると?」
「正確な数すら分からない」
それが現状だった。
「ブエノサンという名前は?」
「人の名か?知らない」
即答した。
久世がこちらを見る。
「少なくとも私は聞いたことがない。高宮先生の指示系統にも、そんな名前は存在しない」
久世が黙る。
「ただ」
続ける。
「最近、管理外のデポルが妙に活発なのは事実だ」
大阪だけではない。
各地で動きがある。
まとまりがないように見えて。
妙な規則性もある。
だが。
誰が動かしているのか。
何を目的としているのか。
まだ掴めていない。
久世が小さく口ずさむ。
「井口も高宮も知らないのか」
「井口?」
「徳島県知事です」
「それは知っている」
そうではない。
なぜそこまで繋がっている。
聞きたいことは増えるばかりだ。
「高宮先生に会えるよう、こちらで都合をつけよう」
「いや」
久世が首を振った。
「俺じゃなくて、仲間と引き合わせてください」
「仲間?」
「今、東京にいます。高宮さんも東京でしょう?」
なるほど。
水谷弁護士、井口徳島県知事。
三手に分かれて、何やら嗅ぎ回っているのか。
「分かった。こちらから話を通そう」
話はまとまった。
少なくとも今。
久世恒一と敵対する必要はない。
それは幸運だった。
「ただし」
久世が人差し指を立てる。
「山本さん。二つ忠告があります」
「何かな」
「一つ。肺がんには気をつけてください。早期発見が大事ですよ」
「……何?」
何の話だ。
久世は気にせず、二本目の指を立てる。
「もう一つ。播磨は処分した方がいい」
気絶している播磨を見る。
「こいつは駄目です。ある程度人脈があって重宝してるのか知りませんが、必ず裏切ります。抱えてるメリットよりデメリットの方が大きい」
なぜそこまで断言できる。
だが。
「久世くん」
「はい」
「それは大丈夫だ」
播磨を見る。
「裏切る可能性があることは承知で使っている」
久世が少し呆れた顔をした。
「そうですか。忠告はしましたよ」
「ああ」
「それと」
久世の表情が消える。
「播磨は冴子とひとみのことを知っている」
意味はすぐ理解できた。
「どういうことか、分かりますね?」
「ああ」
播磨が勝手に動けば。
久世は本格的に敵へ回る。
「私が手綱を握る」
久世は何も言わない。
「もしもの時は、私ごと殺せ」
少し間が空いた。
「ええ。そのつもりですよ」
即答だった。
この子供。
本当に恐ろしい。
躊躇。
そんな言葉を聞いたことはないのだろうか。
「では、行きましょうか」
久世が扉へ向かう。
その時。
扉の向こうで。
わずかに音がした。
久世も気づいたらしい。
足を止める。
「いい趣味ですよ」
扉を見る。
「真壁さん」
ゆっくりと扉が開いた。
黒い服。
長い髪。
背の高い男が、面倒そうな顔で立っている。
「ちっ」
真壁は部屋の惨状を見る。
「やっぱり死ななかったな」
「あなたのボスとは協力体制を築いたはずですよ」
「だから来てやったじゃねえか」
久世の顔が露骨に嫌そうになる。
おそらく。
かなり前からいた。
そして。
見ていただけ。
私にもそれくらいは分かった。
「彼は?」
私が尋ねる。
久世が答える。
「徳島の協力者ですよ」
真壁が鼻で笑う。
「おい、勝手にバラすよ」
よく分からない関係らしい。
とりあえず。
この部屋でこれ以上話す気にはなれなかった。
三人で外へ出る。
車へ向かっている途中。
真壁が腹を押さえた。
「おい。なんか小腹空いたぜ」
久世が横を見る。
「何もしてないくせに」
「黙れ」
「まあ、どうでもいいです。フォーティワンアイスクリーム寄ってくれませんか?」
「ほう」
真壁が少し反応する。
「ガキのくせに分かってるな」
「ポポッピングシャワーに、ラブ◯ーションフォーティワン食べたくなってきましたよ」
「ポポッピングシャワーは分かる。だがラブ◯ーションフォーティワンはガキだな」
何の話をしている。
「私はよく知らないのだが……」
二人がこちらを見る。
久世が答える。
「山本さんもポポッピングシャワーでいいんじゃないですか」
真壁は、にやけた面で頷く。
「確かにな」
何が確かなんだ。
ついさっきまで。
躊躇なく、デポルを殺した。
私も殺されかけた。
それなのに。
この二人はアイスクリームの話をしている。
私はスマートフォンを取り出し、言われるままアイスクリーム店のメニューを開いた。
殺すことに慣れた七歳児と、よく分からない協力者に小馬鹿にされながら。
私は初めて、ポポッピングシャワーという文字を真剣に眺めた。




