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第23話:飼い犬


ーー山本フェーズ


目の前にいるのは七歳の子供だ。


こちらには播磨。


それに、壁際の男たち。


人数だけを見れば、怯えるべきなのは子供の久世恒一の方だった。


だが。


播磨は動けない。


壁際に立つ男の一人など、無意識に半歩後ろへ下がっている。


そして先ほど。


この子供は私を山本誠と呼んだ。


私は一度も名乗っていない。


その時点で十分に異常だった。


そして。


二人の名前を出しただけで、この部屋にいる大人たちを一瞬で警戒させた。


何だ、この子供は。


いや。


子供と考えること自体が、間違っているのかもしれない。


世の中には、思いもよらないことはままあることだ。


沢口冴子。


水谷ひとみ。


この二人を利用すれば、久世恒一を動かせる。


そこまでは間違いないだろう。


だが。


(実際に手を出した場合、こちらは何を返される?)


目の前の七歳児が何をできるのか。


私はまだ何も知らない。


その状態で、人質というカードを切るのは危険すぎる。


「いや」


私は先に視線を外した。


「すまない。敵対する意思はない」


播磨が驚いた顔でこちらを見る。


「君という子供が、どういう存在なのか少し知りたかっただけだ」


椅子から立ち上がる。


「沢口冴子にも、水谷ひとみにも手を出すつもりはない」


「そうですか」


久世の声は戻らない。


席を立ったまま微動だにせず、ただこちらを見つめている。


気味が悪い。


「こちらの目的は確認だけだ。何もないなら帰ってもらって構わない」


このまま刺激する必要はない。


得体が知れない。


だからこそ、不用意に敵へ回すべきではない。


「無理に連れてきたことは謝罪する」


背を向け、扉へ向かう。


ひとまず今日は帰す。


必要なら、改めて高宮先生へ報告すればいい。


そう考え、歩き出した時だった。


「篠倉さん。こちらの話は終わってませんよ」


足が止まった。


今度は、すぐには振り返れなかった。


播磨も何も言わない。


部屋の空気が一瞬で変わる。


山本誠。


この名前は、法曹の会長として出している。


だが。


篠倉怜司。


こちらの名は、ほとんどの人間が知らない。


ゆっくりと久世へ振り返る。


私は久世の顔を見る。


「なぜ君が、その名で私を呼ぶ?」


久世の顔は、無表情だ。


しかし、計算しているようにも見える。


私の中で警戒心が一段上がった。


その歳で、私の名を二つ知っているのはおかしい。


篠倉怜司とは、偽名だ。


主に、裏の仕事の時に利用する。


それを、こんな子供が知っているのは明らかに異常事態だ。


(場合によっては……こんな小さな子供でもやるしかない)


すると何故だろうか。


先程まで無表情だった少年が、急に穏やかになった。


「どうしたんだい?」


久世が呟いた。


「今、場合によっては殺すしかない、そう顔に書いてありましたよ」


背筋に冷たいものが走った。


「……篠倉の名といい、明らかに場数を踏んでいるその豪胆さ。君とはゆっくりと話がしたい」


久世は答えず、こちらを見ている。


何かを見計らうような、そんな目をしている。


(何かを待っているのか?)


「久世くん」


自分でも分かるほど、声が低くなる。


だが、もう先ほどまでとは状況が違う。


「悪いがもう一度場所を変えさせてくれないか」


壁際の男たちが反応する。


少しずつ、久世との距離を詰めていく。


だが。


久世は周囲など気にも留めていない。


むしろこちらの反応を見て、何か確信したようにも見える。


「じゃあ、もう一つ聞かせてください」


「何かな」


「高宮さんは今でも、あの野望を抱えてますか?」


今度こそ、表情を隠しきれなかった。


高宮。


しかも。


あの野望。


何のことを言っている。


どこまで知っている。


高宮先生と私の関係。


デポル。


それだけではないのか。


久世が周囲の男たちを見る。


「俺が知りたいのは、あんたたちがデポルをどこまで把握し、管理できてるのか」


壁際に並ぶ男たちへ、順番に視線を向けていく。


まるで正体まで見透かしているかのように。


「高宮さんはまだ総理ではないようだが、今あんたらの立ち位置はどのあたりなのか」


再び私を見る。


高宮先生は、総理を目指しているがまだ党内を掌握しきれていない。


もう偶然では説明できない。


播磨の表情も険しくなっていた。


私は久世から視線を外さない。


「久世くん。冗談では済まなくなるぞ」


「冗談じゃないですよ」


久世が周囲を見回す。


「俺は、デポルやデポルに与する奴らなら、躊躇なく殺せる」


播磨が息を呑んだ。


私も目を細める。


やはり。


こいつは彼らがデポルだと分かっている。


「それに冗談で済まなくなるって?俺は常に本気で生きてる」


先ほどまでと違う。


言葉遣いだけではない。


一人称まで変わった。


七歳の子供が、大人を威嚇しているのではない。


もっと別の何かが、七歳の身体を使ってこちらへ話しかけているようにすら感じる。


「冴子やひとみの名前を出した時点で」


久世が私を見る。


「墓穴を掘ったのも」


次に播磨を見る。


「地雷を踏み抜いたのも」


最後に周囲の男たちへ視線を向けた。


「お前らなんだよ」


播磨が一歩前へ出た。


「山本さん!」


私は手を上げる。


「待て」


今は動くべきではない。


まだ情報が足りない。


この子供は高宮先生のことを知っている。


私の二つの名前まで知っている。


デポルのことも知っている。


それなのに、こちらは久世恒一についてほとんど何も知らない。


ここで始末するのは早い。


「駄目です!」


播磨が久世を指差した。


「このガキは生かしておけません! 今すぐやりましょう!」


「播磨。待てと言っている!」


播磨が腕を振った。


「待て!」


だが、遅かった。


壁際にいた男たちが一斉に動き出す。


五人。


首筋。


腕。


顔。


皮膚が赤黒く変色していく。


完全にデポルとしての姿を現した。


全員が刃物を抜く。


久世へ向ける。


「播磨さんの判断は正しいですよ」


久世が右手を上げた。


「だが、やるなら車内でやるべきだったな」


まずい。


「播磨、止めろ!」


声を上げる。


しかし、もう止まらない。


久世の目から、先ほどまで残っていた子供らしさが完全に消えていた。


その右手に、何もない空間から長方形が静かに姿を現す。


大人一人分くらいあるだろうか。


その長方形が、一瞬で無数の小さな長方形へと砕ける。


次の瞬間。


それらが周囲へ爆ぜるように射出された。


挿絵(By みてみん)


小さな長方形が次々とデポルへ直撃し、血飛沫を上げていく。


「播磨さんよ。あんた、今世でも同じようなクソみたいな立ち回りしかできなかったんだな」


播磨は腰を抜かし震えていた。


私はというと、妙に頭が冴える。


「……なるほど。追い込まれていたのは、こちら側だったのか」


私はそれを見ながら、自分たちが何をここへ連れてきたのか分からなくなった。

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