第22話:ぷっつん
ーー久世フェーズ
黒いバンに揺られていた時間は、それほど長くなかった。
難波から大きく離れた感じもしない。
十分か。
二十分か。
途中から窓が塞がれたので、正確な場所までは分からない。
やがて車が止まり、俺は男たちに促されるまま外へ出た。
目の前にあったのは、古びた雑居ビル。
一階には営業しているのか分からない飲食店。
上階には、小さな会社名がいくつか並んでいる。
いかにも、人を連れ込んでも周囲が気にしなさそうな場所だった。
エレベーターは使わず、階段を上がる。
三階。
短いこの足では、階段の上り下りが堪える。
播磨が一番奥の扉を開いた。
中は思っていたより普通だった。
長机。
パイプ椅子。
書類棚。
灰皿。
そして奥に、一人の男が座っている。
俺はその顔を知っていた。
山本誠。
前世で、高宮誠司の右腕だった男。
日本の弁護士が集まる日本法曹協会の会長も務めていた。
政治の表ではなく、その裏側で高宮を支えていた。
デポルの管理。
利用。
情報の揉み消し。
必要なら、犯罪そのものをなかったことにする。
高宮が総理として好き放題できた理由の一つに、こいつの存在があった。
「座りたまえ」
山本が向かいの椅子を示す。
俺は素直に座った。
播磨は山本の横。
壁際には、ここまで俺を連れてきた男たちが立っている。
逃がす気がある配置ではない。
山本は何も言わず、しばらく俺の顔を見ていた。
子供を観察するというより、何か得体の知れないものを見るような目だった。
「久世恒一くん」
「はい」
「最近、大阪で妙な事件が続いている」
机の上へ数枚の写真が置かれた。
路地。
雑居ビル。
駐車場。
場所は違う。
ただ、そのほとんどに見覚えがあった。
俺がデポルを処理した場所だ。
「いずれも、人が普通ではない死に方をしている」
山本の指が、一枚の写真を叩く。
「そして、その周辺では毎回のように小さな子供が目撃されている」
次の写真。
遠くに映る黒髪の子供。
俺だった。
「だから調べさせてもらった」
山本がこちらを見る。
まずは、正体を確認したかったらしい。
「なぜ、人が死んだ場所に必ず君がいるのかな?」
「さあ」
肩をすくめる。
「たまたま散歩していたら、そこに死体があっただけでは?」
播磨が露骨に苛立った顔をした。
山本は変わらない。
「ずいぶん危険な散歩をしているね」
「そういう街じゃないですか、ここは」
山本が次の資料を取り出した。
写真だった。
そこに映っているのは、俺。
冴子さん。
ひとみ。
水谷法律事務所へ出入りしている場面。
別の写真では、かなも映っている。
かなり張っていたらしい。
「沢口冴子」
山本が名前を口にする。
「それから、水谷ひとみ弁護士」
その名前まで出した。
「君は最近、この二人と頻繁に接触している」
「……」
血液が急激に沸騰したかのような感覚に陥る。
身体全体が熱い。
「戸籍も確認できない子供が、人の死ぬ場所に現れる」
「その子供が、十九年間眠っていた弁護士の周囲をうろつき、一般女性と生活を共にしている」
「君の捜索願いは出ていないし、何より……最近の事件で君と同姓同名の大人が死んでいる」
山本が少し身を乗り出す。
「気にならない方がおかしいだろう?」
「……」
そこまでは理解できる。
監視されていた。
調べられた。
それだけなら別にいい。
それを知らなければ、怒りようもないのだから。
だが。
冴子さんやひとみを使い、俺を脅すのか。
そこまで考えた瞬間、頭の中から余計なものが消えた。
「一つだけ確認していいですか?」
「何かな」
「今、沢口冴子と水谷ひとみの名前を出したのは」
山本を見る。
「この二人に何かするぞ、という意味ですか?」
播磨の表情が変わった。
壁際の男たちも、わずかに姿勢を変える。
山本だけが動かない。
俺の顔を見ている。
「そのカードを切るということは」
声が自分でも分かるくらい低くなった。
「最も愚かな選択をしたことになるぞ、山本誠」
俺がゆっくり席を立つと同時に。
それまで静かだった男の目に、初めて明確な警戒が浮かんだ。




