第20話:片鱗
ーーひとみフェーズ
「はい。女神メルです。高宮誠司さんに折り返しお願いします」
目の前のガキが、また同じことを言った。
電話を切る。
名簿に何か書く。
次の番号へかける。
「女神メルです。高宮さんに折り返し希望です」
また切る。
次。
朝からずっとこれだ。
高宮誠司。
衆議院議員。
その男の後援会事務所や関係事務所を片っ端から調べては、私の電話番号をばら撒いている。
「お前、無茶苦茶やな……流石の私もドン引きやわ」
めぐみは気にした様子もなく、次の番号を確認している。
「もし前世と同じように力を持ってるなら、確実にメルが絡んでる。高宮にこの名前が届けば、何かしら反応するはずだよ」
電話を置き、こちらを見る。
「逆にイタズラだと思われて何も起きないなら、高宮の優先順位は一旦下げられる」
なるほど。
名前一つで反応を見る。
会わせろと正面から頼んで門前払いを食らうよりは早い。
無茶苦茶ではある。
無茶苦茶ではあるが、無駄は少ない。
「お前ほど久世も大人やったらな」
「恒一はあれだからいいんだよ。分かってないな」
(分かるか。デポルと分かるや否や、躊躇なく殺しにかかる七歳児の良さなんぞ)
もっとも。
こいつも数日前、事務所の前で三人まとめてバラバラにしたばかりだが。
似た者同士と言えば、それまでかもしれない。
私は少し離れた場所から、めぐみを見る。
前世では、久世と散々やってきたらしい。
聞かされた話だけなら、どうしても久世の方が目立つ。
デポルを狩り。
政治家と戦い。
法律まで変え。
最後には、デポルそのものを根絶した。
だが。
あの久世一人で、そこまでできたとは思えない。
久世の発想力や行動力はともかく、先を見通す力はない。
しかし、久世にはこいつが横にいた。
だから成り立っていた。
(末恐ろしいガキやでほんま)
それに。
前世では私は死んだらしい。
四十三歳。
メルとかいう女神に寿命を持っていかれて。
それでも久世とめぐみは、その後も戦い続けた。
最後には、デポルを根絶した。
一度やったことがある。
それなら今世でも、期待する価値はある。
七歳のガキとはいえ、二人とも前世の記憶を持ち、今度は魔法まである。
そしてこの世界でも、デポルを消そうとしている。
なら。
利用できる。
私もデポルは消したい。
昔。
かながデポルに襲われた。
あの時、私はすぐそばにいてやれなかった。
結果として、かなは生き残った。
それでも。
あの時からずっと。
デポルは例外なく死ぬべきだと思っている。
今でも変わらない。
けれど今世では、その後がおかしくなった。
私は長い昏睡状態に陥った。
めぐみから聞いた前世の話では、本来ならあの時期に久世と出会い、二人でデポルを殲滅するはずだったらしい。
発端は、鈴木慶太という依頼者。
沢口冴子の従兄弟であり、恋人。
親からの虐待で疲弊していた冴子を助けるため、私の事務所へ相談に来る途中でデポルに襲われた。
前世では、そこに私と久世が間に合った。
デポルを殲滅。
慶太も。
冴子も。
私も生き残った。
だが今世では違った。
久世はいなかった。
慶太は死んだ。
冴子は壊れかけた。
そして私は、眠った。
十九年間。
その間。
完全に何もなかったわけではない。
時折、言葉が頭の中を流れていた。
特に多かった名前が、久世恒一。
そしてもう一つ。
メル。
昨日、めぐみから聞かされた女神の名前。
あいつが私を救ったのか。
壊したのか。
寿命を奪われたということしか分からない。
ただ。
十九年の昏睡。
ほとんど老けていない身体。
目覚める前から知っていた久世の名前。
そして今でも時々起きる、意識の欠落。
全部が無関係だとは、とても思えない。
「ひとみ、食べないの?」
声をかけられ、我に返る。
ここは浅草。
少し休憩するために寄った屋台の前で、めぐみがりんご飴を齧っていた。
「口元ベッタベタになるから食わへん」
見てくれだけなら、本当にただのガキだ。
私は赤いりんご飴を頬張る少女を眺める。
自分でも不思議なくらい、頭は冷静だった。
メル。
高宮。
久世。
めぐみ。
まだ分からないことだらけだ。
それでも。
使える駒が増えたのは、悪くない。
(何をしてでも、かなにしたことは種族全員で償ってもらうで)
デポルへの憎悪が、そして執着が。
心臓から溢れ出る感覚を覚えた。




