第19話:業務分担
ーーめぐみフェーズ
人間になり、住む場所もできた。
となれば、次に必要なのはお金だ。
女神だった頃は、当然そんなものを気にしたことはない。
でも人間は違う。
食べるにも、着るにも、移動するにも、何をするにもお金がいる。
そして私たちには、そのお金がない。
恒一と二人、水谷法律事務所の机を挟んで、ひとみの前に座っていた。
「ということで、雇って」
ひとみが露骨に嫌そうな顔をした。
「嫌や。人の事務所のドアぶっ壊すようなガキを雇うわけないやろ」
正論だ。
「七歳児二人雇う法律事務所がどこにあんねん」
目を瞑り静観していた恒一の口がようやく開く。
「ひとみさん。俺たちにもできる仕事はありますよ」
ひとみが腕を組む。
「ないで」
恒一は、机の端に置かれていた六法全書を指差した。
「出題してください」
「は?」
「どのページの何条でもいいです」
ひとみの目が少し細くなる。
六法全書を手に取り、適当にページを開いた。
「ほな刑法三十六条」
「めぐみ。君の実力を見せつけてやってくれ」
(他力本願かよ。まあいいけど)
「正当防衛」
そのまま続ける。
「急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は罰しない」
ひとみの眉が少し上がった。
「……刑法三十七条」
「緊急避難」
答える。
「自己または他人の生命、身体、自由または財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為。生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合は罰しない」
ひとみが六法全書を閉じた。
「やるやん」
「まあね」
前世では、恒一の力になるため、大阪市長業務の傍ら、弁護士資格を取得した。
法律から離れて随分経ったけれど、全部忘れたわけじゃない。
ひとみが恒一を見る。
「あんたは?」
「え」
急に振られた恒一が固まる。
「刑法三十八条」
恒一は天井を見る。
「たしか……故意。罪を犯す意思がない行為は、原則として罰しない。ただし法律に特別の規定がある場合は別……とか、そんなノリだったような」
「ノリで法律ができてたまるかボケ、けど合ってるわ」
私は横から補足する。
「恒一も弁護士だったよ」
ひとみの視線が私と恒一を往復した。
「七歳児二人に弁護士経験ある世界、意味分からんな」
それについては同意する。
「裁判に立たせろとは言わないよ、ダルいし色々無理だし」
私は机の上の書類を見る。
「書類整理。判例探し。下調べ。文章の確認。データ入力。その辺ならできる」
恒一も頷く。
「雑務でも構わない。とにかく最低賃金の時給二千円は欲しい」
「さらっと最低賃金上げんなや」
ひとみはしばらく私たちを見る。
やがて、机の横に積まれていた書類の束を二つに分け、私と恒一の前に大量の書類を置いた。
「ほな、試用期間や。今日からこれやってもらうで」
恒一の顔が引きつった。
私は一枚取る。
「おっけー」
天界からおりて一日で、ニート生活を終えた。
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・
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数時間後。
ある程度仕事を片づけたところで、机の上を整理した。
ここからは、今分かっていることと、これから確かめなければならないことを整理する。
その中で一番大きいのが、高宮誠司だった。
前の世界では、内閣総理大臣。
国内に存在するデポルをほぼ把握し、管理していた男。
ただし、それは保護するためではない。
戦争や大規模な有事が起きれば、真っ先に戦場へ送り込む。
使えるだけ使い、そして最後には捨てる。
それが、高宮の考えだった。
なのに、今の高宮は衆議院議員。
総理大臣ではない。
代わりにその席にいるのが、上野浩平。
明るく話しやすい関西人。
行動が早く、支持も高い。
今のところ、表から見れば有能な総理大臣だ。
前の世界とは、配置そのものが違う。
そして何より、私の記憶では「上野浩平」という男の名は政界で聞かなかった。
「高宮って、そんなヤバい奴なん?」
ひとみが資料を見ながら聞いた。
私は頷く。
「うん。でも、それだけじゃない」
高宮には、もっと大きな秘密がある。
「高宮は、異世界転生者だよ」
ひとみと恒一の手が止まった。
「……は?」
「異世界に転生して、魔王を倒して戻ってきた勇者」
「んなアホな」
当然の反応だと思う。
私はそのまま続けた。
「担当していた女神はメル」
ひとみが、少し驚いた表情に変わる。
「そして、ひとみ。あなたにもメルがついてた」
前の世界で、ひとみは女神メルと契約した。
願いを叶える代わりに、言うことを聞く。
そうして行動を共にした結果、知らないうちに寿命を削られた。
最後には、四十三歳という若さで死んだ。
死ぬ直前まで、法曹協会の会長として私たちを支えてくれた。
法曹界、政治、警察、行政。
恒一が高宮と戦うために必要だった下地を作った一人が、ひとみだった。
ひとみは何も言わない。
私は淡々と続ける。
「あの時、ひとみが動いてくれたから、私と恒一は高宮と戦えた」
そこで勝った。
その後、約七年。
恒一と私はデポルを追い続け、そして根絶した。
ひとみは机に肘をついたまま黙っている。
今のひとみにとっては、自分が知らない自分の死の真相だ。
すぐに何か言える方がおかしい。
少しだけ間を置いた。
「話を戻すね」
女神メル。
女神と名乗ってはいたが、なかなかに破天荒だった。
ひとみから寿命を奪った。
そして高宮には、魔王討伐クリア特典として与えたスキルを、そのまま現世へ持ち帰らせた。
″魔王覇気″
自分より格下の相手へ作用する。
正確には、相手が高宮を上だと認識したり、恐怖や尊敬の念を持ってしまった人間は、その能力にかかる。
威圧。
恐怖。
そして相手によっては、強い服従に近い反応まで引き起こす。
高宮が前の世界で政治家として異常な速度で人を集め、従わせた理由の一つでもある。
私は女神になってから、女神側で共有されている記録を見ることができた。
だから、高宮が何者なのか、何を持っていたのか、そして今の世界でも同じものを持っている可能性があることを知っている。
「だから、私が東京へ行って高宮が今、どっち側なのかを見るよ」
ひとみが顔を上げる。
前の世界の高宮と今の高宮は同じではない。
総理ですらない。
だから、前世で敵だったという理由だけで敵と決めつけるつもりはない。
もし今も魔王覇気を持っていて、こちらと目的が一致する。
その二つが揃えば、高宮はとてつもなく強力なパーティメンバーになる。
そして逆なら。
早めに処理した方がいい。
「ただ」
私はひとみを見る。
「七歳児が一人で国会議員に会わせてって行っても、無理でしょ」
「当たり前や」
「だから、ひとみも来てほしいの」
ひとみが自分を指差した。
「ちゃんとした弁護士でしょ」
少なくとも私よりは、アポイントは取りやすい。
東京は、私とひとみ。
大阪は、恒一。
恒一には井口と真壁との連絡を続けてもらう。
ブエノサン。
大阪で活発化しているデポル。
井口を狙っている存在。
まだ繋がっているかどうかすら分からない。
そこを探る。
それと、冴子とかなの護衛。
恒一を狙って、すでにデポルが事務所まで来ている。
狙われているのが恒一本人だけとは限らない。
私たちの周囲にいる人間を利用する可能性はある。
「久世一人で大丈夫なんか?」
ひとみが恒一を見る。
「頼りないな」
「そこまで言います?」
恒一の反論を、ひとみは無視した。
「冴子の部屋の隣。あそこ、元々お前が使ってた部屋やろ?」
恒一が頷く。
「私が押さえるわ」
そこを当面の仮事務所にする。
冴子とかなをできるだけ近い場所へ集める。
守る対象をバラバラに置くより、その方がいい。
水谷法律事務所だけを拠点にする必要もない。
私たちは警察でもなければ、会社でもない。
そもそも魔王討伐パーティだ。
拠点はいくつあってもいい。
宿屋のようなものだ。
私は机の上に並べたメモを見る。
東京。
高宮誠司。
大阪。
ブエノサン。
増え続けるデポル。
そして。
まだ正体の見えない魔王。
人間になって、ようやく恒一の隣まで降りてきた。
だからこそ、同じ場所に二人で立ち続ける必要はない。
今度は、二人の共通目標を。
生きて達成する。
まだ見ぬ魔王を倒すための最初の役割分担が、ようやく決まった。




