第15話:きちゃった
ーー久世フェーズ
徳島から大阪へ戻った頃には、すっかり日も暮れていた。
井口とは話がついた。
真壁とも、まあ。
話がついたと言っていいだろう。
仲間になったわけではない。
あくまで業務委託。
こちらは情報をもらい、必要に応じて向こうの仕事を手伝う。
前の世界を考えれば、初日としては十分すぎる成果だ。
「疲れたわ」
ひとみが事務所のドアに手を掛ける。
「私はもう帰って寝たい」
ひとみがドアを開ける。
「ただいまー」
「おかえり」
中から牧かなの声が返ってきた。
彼女は、ひとみの事務所で働く事務員であり、ひとみの恋人だ。
俺も事務所へ入る。
そして。
足が止まった。
ソファに女の子が座っていた。
俺と同じくらい。
七歳くらいだろうか。
明るい金髪を後ろでまとめたポニーテール。
日本人離れした白い肌。
大きな目。
顔立ちだけ見れば、明らかに日本人だけではない。
ドイツ系。
そして。
とんでもなく可愛い。
一目でわかる。
(彼女は……)
少女は湯呑みを両手で持ちながら、普通にお茶を飲んでいた。
「牧さんその子はもしかしてーー」
「え?」
牧さんが女の子を見る。
「久世くんの知り合いって聞いたから入れてたんだけど……」
ひとみも少女を見る。
「誰や自分」
少女が湯呑みを置いた。
こちらを見る。
笑う。
「ひとみ。相変わらずだね」
「なんでそんな馴れ馴れしいんや、初対面やろ」
少女は楽しそうに俺たちを見る。
「無事、二人とも仲間にできたみたいだね」
ひとみが少女の前に、仁王立ちをした。
「誰やねん、お前」
少女が口を開く。
その瞬間だった。
ドンッ!
大きな音とともに、事務所のドアが内側へ吹き飛んだ。
「きゃっ!」
牧が声を上げる。
反射的にそちらを見る。
三人。
男が立っていた。
顔の一部。
腕。
首。
黒く変色している。
デポル。
またか。
大阪へ帰ってきて何分だ。
先頭の男が俺を見る。
「オトコノ、クソガキヲ、ヨコセ」
どうやら、用があるのは俺らしい。
考えるのは後だ。
俺は右手を上げる。
長方形を出す。
その前に。
小さな背中が俺の視界を塞いだ。
さっきまでソファでお茶を飲んでいた少女だ。
「危ない!」
俺が声を上げる。
少女は振り返らない。
右手を前へ出した。
その手のひらの先に。
長方形が現れる。
「……え?」
俺と同じもの。
薄い長方形が少女の前でゆっくりと回り始める。
回転。
さらに回転。
縦。
横。
斜め。
軸を少しずつ変えながら、速度を上げていく。
形が見えなくなる。
長方形だったはずのものが、あまりの回転速度に輪郭を失い、球体のように見え始める。
少女がようやく俺を見る。
「恒一」
その一言で。
心臓が跳ねた。
「使い方がなってないよ」
少女が腕を振る。
高速回転した長方形が射出された。
一人目。
二人目。
三人目。
通り抜ける。
一瞬。
何も起きなかった。
男たちも立ったままだ。
そして。
ズルッ。
一人の身体が崩れた。
続いて。
二人目。
三人目。
血が噴き出す。
壁。
床。
壊れたドア。
事務所前の廊下が、一瞬で赤く染まった。
牧が固まっている。
ひとみも何も言わない。
俺も。
言葉が出なかった。
少女が手を下ろす。
長方形が消えた。
「こう使うんだよ!」
ドヤ顔。
物言い。
「何か言いたいこと、あるんじゃない?」
ああ。
山ほどある。
好きになった人が。
俺の後に死んだ人が。
何故か女神になってた人が。
今、目の前にいる。
「めぐみ……今のは」
「そう。風◯螺旋手裏剣だよ」
「ふっ、さすがだぜ。お前には敵わない」
呼吸を忘れていたひとみが静かに声をあげる。
「お二人さん、ええか?私から」
「いいよ、ひとみ。あなたも久しぶりだね」
ひとみが目まぐるしい速さで口を動かした。
「雰囲気的に感動の再会ちゃうんかい!」
「ドア弁償せんかい!」
「外の飛び散った血もどうにかせんかい!」
「何が、風◯螺旋手裏剣やねん!誰に許可得てチャクラ練ってんねん!」
「ああああああああ!!!!」
牧はひとみを宥める。
俺とめぐみは感動の再会で熱い抱擁だ。
騒ぎを聞きつけた別テナントの事務所から出てきた従業員たちに取っては、完全なるトラウマになるだろう。
めぐみは、イタズラな笑みをこぼしこう言う。
「きちゃった!」
俺の人生に、再び女神が舞い降りた。




