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第14話:お取引


ーー久世フェーズ


案内されたのは県庁ではなく、少し離れた場所にある雑居ビルだった。


上階の一室。


机と椅子、窓。


余計なものはほとんど置かれていない。


俺とひとみ。


向かいには井口と真壁。


さっきまで地下駐車場で揉めていたとは思えないほど、部屋は静かだった。


井口が椅子へ腰掛ける。


「それで、何から聞けばいい?」


「うーん」


少し考える。


全部を順番に説明したら、それだけで日が暮れそうだ。


「ざっくりでいいですか?」


「構わないよ」


真壁が壁にもたれたまま、露骨に疑うような目を向けている。


まあ。


俺でも同じ顔をする。


「では背景と事実を」


「一度目の人生では、自分も、好きだった人もデポルに殺されました」


ひとみの表情が少しだけ変わる。


「二度目は七歳から人生をやり直しました。そこで、あなたたちデポルの力も借りながら戦って、最後にはほとんどのデポルを狩り尽くしました」


部屋の空気が変わった。


「その人生でも三十五歳で死んで。今度はこの世界にいる魔王を倒せって言われて、今です」


自分の身体を見る。


「三回目ですね」


誰も喋らない。


「で」


俺は苦笑いする。


「なぜか三回の中で、今が一番デポルが多いんですよ」


前の世界であれだけ苦労して減らしたのに、今度は最初から増量キャンペーンでもしているのか。


真壁が壁から身体を離した。


「おい」


「はい?」


目が笑っていない。


「今、俺たちをデポルって言ったか?」


「言いました」


「……」


「あなたたちはデポルです」


はっきり言い切る。


真壁の雰囲気が変わった。


「久世」


ひとみが小声で呼ぶ。


「大丈夫です」


多分。


真壁が一歩出ようとしたところで、井口が手を上げた。


「真壁、いい」


「ですが」


「聞こう」


真壁は不満そうだったが、それ以上は動かなかった。


井口が俺を見る。


「久世くん。続きを聞かせてもらえるかな」


「はい」


俺は井口へ身体を向ける。


「皮膚が黒く変色すること。人から何かを奪いたい衝動があること。でも、その衝動は絶対に抑えられないものじゃない」


井口の表情は変わらない。


「相当な努力をすれば抑え込める。そう教えてくれたのは、井口さんです」


井口の目がわずかに細くなる。


「私が?」


「はい」


次に真壁を見る。


「真壁さんからも、自分がデポルだと聞いてます」


「……」


「今のあなたは絶対言わなさそうですね」


「当たり前だろ」


ひとみが横から口を挟む。


「ちなみに私は二人がデポルなん知らんかったで。いちゃもんつけるならこいつだけにしてや」


井口は黙ったまま、しばらくこちらを見ていた。


やがて小さく息を吐く。


「なるほど。少なくとも、久世くんが私たちについて相当に詳しいことは分かった」


「信じてくれますか?」


井口が少し笑った。


「前世で出会った私は、何でも信じていたかい?」


「いいえ」


俺も笑う。


「ただ、前のあなたより今の方がだいぶ大人しいですね」


「そうなのか?」


「前はもっと幅を利かせてましたよ」


真壁が鼻で笑う。


井口は気にした様子もない。


「それなら今後に期待しておこう」


前の世界の井口は、最終的には特別行政省の大臣まで上り詰めた男だ。


今とは立場がまるで違う。


ひとみが横で笑っている。


少し空気が和らいだ。


ようやく話ができそうだ。


「それで、不倫騒動。本当に引っかかったんですか?」


真壁が吹き出した。


井口も少しだけ口元を上げる。


「まさか。女が接触してきた時点で気づいていたよ」


「ハニートラップだと?」


「ああ」


ここ最近、井口の周辺では妙な動きが増えているらしい。


行政。


政界。


裏社会。


そしてデポル。


自分を失脚させようとする動きが、いくつもの方向から起きていた。


「だから、わざと食いついたんですか?」


「そうだ。写真も撮らせた」


ひとみが呆れた顔をする。


「知事が身体張りすぎちゃう?」


「こちらから動いても尻尾を出さない相手なんだ。餌くらいにはなるさ」


「ほんで釣れたん?」


井口の笑みが消える。


「途中まではね」


女から先を追ったものの、何人もの仲介者が挟まり、金の流れも途中で切れたらしい。


「誰かはいる。ただ、そこまで届かない」


俺は思い出す。


「ブエノサン」


井口の指が止まる。


「何だい、それは」


「大阪で聞いた名前です」


俺は、デポルたちから聞き出した内容を説明した。


好きにやれ。


奪え。


暴れろ。


そうした指示を出している存在がいる。


その呼び名が、ブエノサン。


井口が眉を寄せる。


「ブエノ……心当たりはないな」


少し考える。


「ただ、スペイン語の bueno なら『良い』という意味だったはずだ」


「スペイン語?」


ひとみが首を傾げる。


「ほな、人の名前ちゃう可能性もあるん?」


「分からないね。呼び名なのか、何かの符丁なのか。それとも聞き間違いなのか」


名前一つに引っ張られない方がよさそうだ。


「ただ、大阪でデポルを動かしている存在と、こちらで私を潰そうとしている連中に繋がりがある可能性は考えていい」


同じ人物なのか。


同じ組織なのか。


まだ分からない。


それでも、別々だった点が少しずつ近づき始めている。


その時だった。


窓際へ移動していた真壁が、外を見たまま声を落とす。


「井口さん。下」


空気が変わった。


窓から見ると、ビルの前にはいつの間にか何台もの車が止まり、カメラを持った記者たちが集まっていた。


「なんでここバレてんねん」


ひとみが顔をしかめる。


「俺たちはつけられてねえ」


真壁は即答した。


「この場所を決めたのも、あいつらと会う直前ですよ」


井口の目が少しだけ細くなる。


「まだこちら側にも穴があるようだな」


下で記者たちが動き始めた。


井口が立つ。


「真壁、退路を確保しろ」


「はい」


真壁はすぐに部屋を出ていった。


・

・

・


真壁が確保した裏口へ向かう途中、廊下で一人の記者と鉢合わせた。


俺は小さめの長方形を生成し、足元へ射出する。


「うわ!」


記者が盛大に転び、高そうな一眼レフのレンズが床を転がった。


(……あ)


今のは少しやりすぎたかもしれない。


まあ。


今は逃げる。


裏口へ着くと、すでに車が待っていた。


全員が乗り込むと、すぐに発進する。


ようやく記者たちの姿が遠ざかっていった。


しばらくして、井口がこちらを見る。


「久世くん」


「はい」


「一つ提案がある」


「なんです?」


「こちらが持っている情報を渡す。その代わり、私の管理外で動くデポルと、私を潰そうとしている連中の調査をお願いしたい」


「仲間になるん?」


ひとみが横から聞く。


井口は少し笑った。


「それは違うな」


ですよね。


「言うなら、業務委託だ」


「業務委託?」


「ああ。私が必要な仕事を依頼する。久世くんたちは必要な情報を受け取る」


なるほど。


仲間でもない。


部下でもない。


目的が重なる間だけ仕事をする。


井口らしい。


「報酬は?」


ひとみ。


そこ聞くんだ。


井口は少し笑う。


「水谷さんとは、別途相談しよう」


「話早いやん」


井口が俺を見る。


「どうする?」


「よろしくお願いします」


俺は手を差し出す。


井口も、その手を握った。


挿絵(By みてみん)


これで少なくとも、井口が持つ情報と繋がることができた。


「もう時間がないが、あと一つ聞かせてくれないか」


「なんです?」


「前の世界で、私と真壁はどうなった?」


「ああ」


そこか。


「少なくとも今みたいに徳島県知事ではなかったですよ」


井口が少し興味を示す。


「ほう」


「ある大阪市長を踏み台にして、特別行政省の大臣まで上り詰めてました」


「それは随分と出世したな」


「国のトップからも危険視されてましたよ」


井口の口元がわずかに上がる。


「それで?」


「夢半ば死にましたね」


「……」


井口が僅かに目を見開く。


ひとみが呆れた顔で俺を見る。


「お前、もうちょい言い方考えたれや」


井口は少し驚いたまま俺を見ていたが、やがて小さく笑った。


「そうか。もっと詳しく聞きたいところだが、それは次回の楽しみにしておこう」


「ただ」


俺は続ける。


「二人とも、とてもしぶとかったですよ」


真壁を見る。


「敵に回すと面倒で、味方にしても面倒で」


「喧嘩売ってんのか?」


「だから今回は、頼りに来たんです」


「頼りに来た奴の言い方じゃねえだろ、クソガキ」


「井口さん、この刃物男を黙らせてくださいよ」


「誰が刃物男だ」


その言葉に、ひとみが反応した。


「刃物男いうたら、やっぱハサミ男よな」


「ハサミ男?」


俺は首を傾げる。


「小説の?」


「違う違う。ゲームにおったやろ。どでかいハサミをジャキンジャキンさせながら追いかけてきて、こっちはひたすら逃げ回らなあかんやつ」


「……?」


まったく分からない。


世代か?


すると真壁が口を挟んだ。


「それ、ハサミ男じゃなくてシザーマンじゃねえのか? クロック◯ワーの」


「ああ! それや、それや!」


ひとみが手を叩く。


「ほんで真壁はんがそのシザーマンて、流石に酷すぎやろ久世! ワハハハハ!」


「……」


俺。


真壁。


井口。


三人とも黙る。


ひとみだけが笑い続けている。


きっと。


俺たちは同じことを考えている。


(笑いどころ、どこ……?)


「おいおい、笑わんかいな。ノリ悪い連中やなぁ」


ひとみが一人で笑いながら、急に何か思いついたらしい。


「あっ、ここであれ言うんか」


わざとらしく咳払いする。


そして真顔になった。


「俺、何かやっちゃいました?」


「……」


再び静まり返った。


俺は窓の外へ顔を向ける。


数十年ぶりに見る徳島の風景が流れていた。


(そのセリフ、そんな使い方するんだな……)


後ろでは、まだひとみが一人で笑っている。


俺も。


井口も。


真壁も。


誰からともなく、ひとみから目を逸らした。


そして。


ふと気づく。


めぐみの声が聞こえなくなっていることに。


・

・

・

井口と真壁が、パーティに加わりました。




魔王討伐パーティ:

加藤ベアトリクスめぐみ?

水谷ひとみ?

井口おさむ(業務委託)

真壁(業務委託)

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