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第10話:期待値


ーーめぐみフェーズ


『どうだ?』


久しぶりに聞く声。


アステリアだ。


『久世は順調か?』


『多分ね』


私は少し考える。


『寝床もできた。スマートフォンも手に入れた。仲間も増えたし、理解者もできた』


始まった時を考えれば、かなり順調だ。


七歳。


戸籍なし。


所持金なし。


知り合いも私以外なし。


そんな状態から始まったのだから。


『あまり嬉しそうではないな』


『……そう?』


『そう見える』


私は少し黙った。


『もっと私に頼ると思ってたんだよね』


何も分からない。


何もできない。


だから。


『もう、しょうがないなあ』


と、私が手を貸す。


そんな感じになると思っていた。


『実際は?』


『勝手に寝床見つけて、仲間を増やして、次の目的地まで決め始めてる』


『まあ、久世だからな』


知ってるから腹が立つ。


『女神側から伝えられることにも限界がある』


『分かってる』


今回、私は恒一の隣にいる。


でも、何でも答えを教えるためにいるわけではない。


あくまで、魔王を倒してもらうために最低限の補助をする。


それが役割だ。


『そういえば』


アステリアの声が変わった。


『娘の存在は明かしたのか?』


『……まだ』


律。


私と恒一の娘。


別の世界で生まれ、今もそこで生きている。


『ただでさえ考えること多いからね』


『まあ、お前の自由だが』


自分から話題を振っておいて、あまり興味はなさそうだ。


『冴子とのことが気になるのか?』


『……』


『お前、意外と乙女だったんだな』


『女神にもパワハラ相談窓口ってあるのかな』


『私が窓口だ』


(破綻してるじゃねえか)


アステリアは笑っていたが。


次にこちらを向いた時、その顔から笑みが消えた。


『ところで。魔王の正体は明かしていないのか?』


『うん』


迷わず答えた。


『なぜだ?』


そんなの決まっている。


『言っちゃうと』


私はため息をつく。


『一人で突っ込んでいくからね』


少し間を置く。


『猪だから』


『確かにな』


アステリアは笑いながら去っていった。


(本当はもう一つ。気がかりなことがね……)


今は考えても仕方がない。


討伐後のことは。


・

・

・


ーー久世フェーズ


「極力、家から出ないでくださいね」


出発前。


冴子さんにはそう言っておいた。


「恒一くんに言われたくないんだけど」


もっともである。


俺は今日から徳島へ行く。


目的は井口おさむ。


表向きには、弁護士同行。


実際、隣には本物の弁護士がいる。


「なんや」


運転席から、ひとみがこちらを見る。


「懐かしそうな顔しとるやん」


車は明石海峡大橋を渡っていた。


海。


島。


空。


見覚えのある景色が流れていく。


「故郷はやっぱり思い入れあるんか?」


「いえ」


即答。


「微塵もないですね」


「なんやねん」


故郷だからではない。


ただ、この景色には別の記憶がある。


「昔、ここでデポルの大群と戦ったことがありまして」


「ここで?」


「正確には橋の下ですね」


前世では、関西から徳島へ送られてくるデポルを殲滅するために動いた。


あの夜だけで、五十体以上のデポルと戦った。


当時の敵は、井口と真壁。


あいつらが徳島にもデポルを入れ、管理区域を増やそうとしていた。


それに気づいたひとみと俺たちは、協力して戦った。


俺一人で全部解決したわけでもない。


「その時」


隣を見る。


「ひとみさんも協力してくれたんですよ」


「へぇ」


興味なさそうだ。


「で」


ひとみが前を見る。


「今日は、その徳島県庁にいきなりカチコミかけるんか?」


「はい」


アポイントは取っていない。


面識のないひとみに取ってもらっても、警戒されるだけでつまらない。


「まあ」


ひとみが言う。


「今はアポ取れる状態ちゃうやろけどな」


「え?」


「ニュース見てへんの?」


カーナビのテレビをつける。


丁度、ワイドショーが盛り上がっているところだった。


「ハニートラップ食らったっぽいで」


「あの井口おさむが?」


「その井口おさむがや」


画面を見る。


井口おさむ。


徳島県知事。


その横には、顔にモザイクのかかった女性。


画面には派手な文字。


一般女性との不倫疑惑。


密会。


説明責任。


疑惑の夜。


これでもかというほど煽っている。


「……あの井口が?」


信じられない。


あいつの全てを知っているわけではない。


だが、少なくとも。


簡単に隙を見せる男ではなかった。


「この世界の井口は」


呟く。


「ボンクラなんですかね」


「本人に言うたれ」


テレビでは、コメンテーターが深刻そうな顔をしている。


『県民への説明が求められますね』


別の人物が大きく頷く。


『知事という立場を考えれば、非常に重大な問題です』


朝から、よくこれだけ他人の不倫に熱くなれるものだ。


事件は会議室でも。


現場でもなく。


県庁で起きているらしい。


しかし。


笑っている場合ではない。


前の世界では。


俺。


高宮。


井口。


それぞれが、デポルをどうするか。


違う方法で動いていた。


高宮は、利用した上でボロ雑巾のように消す計画。


井口は、管理できる者を残し、それ以外を消す計画。


俺は、人間を襲う全てのデポルを根絶する。


思想も方法も違った。


だからこそ、井口は強敵だった。


その男が。


不倫騒動。


しかも、ハニートラップの可能性。


「……妙だな」


「どこの探偵ボウズやねん」


あいつの全てを知っているわけではない。


だが。


井口おさむは。


欲に目が眩んで、簡単な罠に足を取られるような男ではなかった。


この世界の井口が。


前世ほど完成していないのか。


それとも。



「これ、本当に井口が罠にかかったんですかね」


「どういう意味や」


ブラックコーヒーを一口飲む。


苦い。


「かかったように見せてるだけかもしれません」


ひとみが、ちらりとこちらを見る。


「相変わらず面倒くさい考え方するな」


「前世の井口を知ってるとね」


美しい海面に、太陽の光が反射していた。


その向こうにいるのは。


俺の知る井口おさむなのか。


それとも。


全く別の男なのか。


俺たちを乗せた車は。


その答えが待つ徳島へ入っていった。

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