第9話:開示
ーー久世フェーズ
さて。
冴子さんへどこまで話すべきか。
俺が普通の七歳児ではないことは、言うまでもない。
手のひらから、長方形を出す子供。
普通ではない。
いや、気持ち悪いだろう。
よく会話を続けてくれている。
今更。
「マジックショーでした!」
では通らない。
(めぐみ)
『なに?』
(どこまで話していいと思う?)
少し考えるような間。
『私としては、恒一が魔王を倒してくれればいいから。ある程度話すのは別に構わないよ』
(ある程度ね)
『ただ、前世とか世界線とか、全部説明するのはやめた方がいいと思う』
同感だ。
別の世界線で、慶太はどうなった。
などと聞かれても、こちらとしても面倒だ。
だから。
必要なことだけ話そう。
・
・
・
「僕は、久世恒一です」
冴子さんは。
黙って聞いている。
「三十五歳まで生きた、久世恒一でもあります」
眉が少し動いた。
当然だ。
「それと」
手のひらを開く。
長方形を出す。
「この前、冴子さんを助けたのも僕です」
「……久世さんじゃなかったんだね」
「はい」
三十五歳の俺ではない。
あの俺は、頑張っただけだ。
「どうして七歳なの?」
「分かりません……」
これは嘘ではない。
細かい事情を省いただけだ。
「どうして、そんなものが出せるの?」
「それもわかりません。気がついたらあの日にいて、その日から長方形が出ました」
めぐみの存在までは伏せる。
「これくらいしかわかりません」
冴子さんは。
しばらく俺を見ていた。
困惑している。
当然だ。
「……少し」
立ち上がる。
「考えさせて」
「はい」
冴子さんは。
そのまま部屋を出た。
追わない。
説明した以上、どう受け止めるかは冴子さんが決めることだ。
『追い出されたりして』
(うん。薄気味悪いしね……)
待っているだけでは仕方ない。
俺はスマートフォンを手に取った。
ひとみから連絡用に持たされた物だ。
今の世界を調べる。
まず。
前世で戦った。
面倒くさい連中から。
高宮誠司。
井口おさむ。
検索する。
「……生きてはいるな」
当然といえば当然だが。
妙な感覚だった。
高宮誠司。
前の世界では。
総理大臣にまで上り詰めた男。
デポルを国防へ利用し。
最後には。
戦争、内戦、デモなどで使い捨て雑巾のようにするつもりだったらしい。
この世界では。
東京都選出の衆議院議員。
それだけ。
表から確認できる限り。
かつてほどの権力は持っていない。
「高宮が燻ってるとはね」
『恒一が言うと、なんか偉そうだね』
(偉いよね。前は総理同士だったから)
『今は戸籍なしの違法民だけどね。犯罪者!」
(……酷い)
次。
井口おさむ。
徳島県知事。
前の世界では。
徳島から大阪。
そして国政へ。
最終的には。
特別行政省の大臣にまで上り詰めた。
デポルを利用した後、全滅させようとした高宮とは違う。
井口は。
管理できるデポルを残す。
優秀な者は使う。
管理できない者だけを排除する。
俺とも。
高宮とも違う。
残酷で計算高い男だった。
そして。
あいつ自身もデポルだった。
真壁。
井口の右腕。
暴力性が強く。
そして、個人的にムカつく。
人間社会へ溶け込めるような善良なデポルでもない。
だが。
自分が誰に従うか。
何を秩序とするか。
そこだけは。
妙に筋を通す男だった。
こいつに関しては、あくまで裏方。
調べても何も出ない。
二人とも。
前の世界ほど、物事を進められていない。
理由は恐らく。
(数かな)
『私もそう思う』
大阪だけではない。
東京。
徳島。
地方の事件を調べても。
デポルらしき犯罪が出てくる。
明らかに。
前の世界より多い。
高宮も。
井口も。
前世ではかなりの強敵だった。
だが。
この世界では。
敵として潰すより。
使えるなら。
協力した方がいい。
俺一人では。
どうにもならない。
それは。
もう分かっている。
(めぐみ)
『うん』
(まず井口に会ってみようと思う)
『徳島?』
(そう)
今の井口が。
何をしているのか。
どこまでデポルを把握しているのか。
俺たちと。
協力できる余地があるのか。
まず。
確かめる。
そして。
「ひとみにも働いてもらおう」
『仲間になった翌日から酷使するんだ』
(前世では酷使されたからね)
『陰湿ブラック勇者だね』
誰がブラック勇者だ……。
(それだけならかっこいいな)
『陰湿厨二病クソブラック勇者』
そんな勇者に、誰が何を託したいというのか。
その時、ドアが開いた。
冴子さんが戻ってきた。
表情は、普通に見える。
さて。
処遇が決まったか。
「恒一くん」
「はい」
少し。
緊張する。
「ここにいていいよ」
「……え?」
予想していなかった。
冴子さんは。
ゆっくり座る。
「三十五歳とか七歳とか」
少し笑う。
「正直よく分からない。でも」
声が。
少し震えた。
「君が。君たちが私を助けてくれたのは、本当だから」
あの日。
そして。
今日。
「ありがとう」
静かな。
言葉だった。
冴子さんからのありがとう。
感慨深いものがある。
「私ね」
冴子さんは。
視線を落とした。
「生きてても、辛いことばっかりだと思ってる」
黙って聞く。
「たぶん」
一度。
言葉を探す。
「みんなも、結構そうなんじゃないかなって」
そして。
「そんな世界に子供を産む親の気持ちも、ずっと分からなかった。もちろん今も」
(似ている)
続ける。
「生きるのは辛いよ」
少し笑った。
「生きててよかった、なんて思えてない」
「はい」
「でもね」
あの日を。
思い出しているのだろう。
「殺されるのは怖かった」
目に。
涙が浮かぶ。
「理不尽に殺されるのは嫌だった」
そして。
俺を見る。
「助けてもらった時に思ったの」
「……」
「生きててよかった、じゃなくてもいいから」
涙が。
落ちる。
「せめて、死に方くらいは」
声が震える。
「自分で納得できる死に方がいいなって」
俺は。
少しだけ考えた。
そして。
「僕は、それでいいと思います」
冴子さんが。
顔を上げる。
「生きること自体が、正しいわけじゃない」
「……」
「生き続けることが偉いとも、僕は思いません。むしろ……」
続ける。
「こんなにしんどい世界で」
一般論では。
生きること。
産まれたこと。
それらは正しいこととされている。
それでも。
「辛いと思いながら、それでも今日まで生きてきた冴子さんは」
目を見る。
「僕は、偉いと思いますよ」
冴子さんの目から。
また。
涙が落ちた。
「そんなこと」
呟く。
「初めて言われた」
俺は。
何も返さなかった。
ただ。
そこにいた。
しばらくして。
冴子さんが。
涙を拭う。
「だから」
俺を見る。
「恒一くんが何歳でも。私は、一人の人として扱うことにする」
少しだけ。
笑う。
「これからも、ここにいていいよ」
胸の奥が。
少し熱くなった。
「ありがとうございます」
素直に。
そう言った。
「ただ」
生活するなら。
俺からも。
言わなければならない。
「今はお金がありません」
「うん」
「でも、そのうち自分で稼げるようにします」
「七歳なのに?」
「合法的にね」
強調しておく。
前世では。
弁護士だった。
ひとみから。
仕事をもらって経験も積んだ。
今の世界でも。
やりようはある。
「あと」
続ける。
「一人で外出することがあります」
冴子さんの眉が動く。
「情報を集めたいんです」
「その気持ちはわかるけど、危ないよ」
「無理はしません。今日も冴子さんに助けられてますしね」
冴子さんは。
少し困った顔をした。
それでも。
「分かった」
頷いた。
ひとまず。
これで丸く収まった。
そう思っていた。
「でもね」
冴子さん。
なぜだろう。
声が冷たい。
「恒一くん」
「はい」
「最初の日」
嫌な予感。
「一緒にお風呂、入ったよね?」
「……」
『……』
めぐみの冷たい視線。
圧力が再び舞い戻る。
初日でさえ、宥めるのに苦労したというのに。
「血とか泥とか」
冴子さんが続ける。
「すごかったから」
「はい」
「三十五歳なんだよね?」
さて。
自己弁護だ!
(異議あり!)
「確かに」
姿勢を正す。
「僕は三十五歳まで生きました」
「うん」
「しかし」
人差し指を立てる。
「実年齢が三十五歳だからといって、精神年齢まで三十五歳とは限りません」
冴子さんの目が。
冷たい。
構わない。
続けろ。
「特に僕は」
自分の胸に手を当てる。
「厨二病です」
そして。
「無鉄砲」
挙げ句の果てに。
「考えなしのバカ」
だから。
「つまり、精神年齢は高々十四、十五歳程度」
『……』
「……」
二人の冷気に凍ってしまいそうだ。
だが。
思考を止めるな!
「さらに」
畳み掛ける。
「現在の実年齢は七歳」
まだだ。
「つまり僕が言いたいのは」
結論。
「子供がやったことだから、です」
沈黙。
冴子さんが。
口を開く。
「よくさ」
「はい」
「自分の子供が何かやらかした時に、親が『子供のやったことだから』って言うことあるよね」
「ありますね」
「あれ、どう思う?」
「バカだな、と思います!」
即答。
「だよね」
「はい!」
「あれって」
冷たい目。
「被害を受けた側が、加害者側を許すために唯一言える言葉だよね」
「仰る通りです!」
「加害者側が言うことじゃないよね」
「仰る通りです!」
少し冴子さんがイラついたようだった。
「じゃあ」
一拍。
「今の恒一くんはどっち?」
「……バカの加害者側です」
頭を下げる。
「すみませんでした」
『恒一』
(なんだ?めぐみには昨日弁明した上で謝罪を受け入れてもらったぞ?)
『じゃあ、頭痛強めにしとくね』
(脈絡って知ってる?)
頭に鈍い痛みが響く。
脳内から除夜の鐘が鳴り響いているようだ。
「ぐっ……!」
冴子さんの冷たい視線。
めぐみの明らかな悪意を伴う頭痛。
美女二人から。
同時に構ってもらえる。
(これが俗にいう幸せなのかもな)
今日は。
いや、今日から一人で床につく。
明日の予定を立てたいが。
除夜の鐘が邪魔をする。
女神が除夜の鐘を鳴らしている。
そんな場面をイメージしながら。
意識が落ちていった。
・
・
・
水谷ひとみが、パーティに加わりました。
【久世恒一 現在ステータス】
年齢:
七歳
実年齢:
一度目、二度目の人生ともに三十五歳で死亡。
現在:
三度目の人生。七歳の身体。今後、身体は成長しない。
一度目の人生:
ブラック企業勤務。肥満体。三十五歳で死亡。
二度目の人生:
七歳から人生をやり直す。
弁護士、国会議員などを経て内閣総理大臣。
デポルを狩り尽くし三十五歳で死亡。
前世での目的:
加藤ベアトリクスめぐみと協力し、デポルを消し去る計画を実行。
現在の目的:女神めぐみから依頼された「魔王」の討伐。正体はまだ不明。
現在の生活:
戸籍なし。収入なし。冴子宅に居候が本格決定。
魔王討伐パーティ:
加藤ベアトリクスめぐみ
水谷ひとみ?
魔法:
ビジネスバッグくらいの大きさの長方形を、手のひらで具現化できる。
生成数:一個。
現在確認している使い方:
・薄くして刃として使用
・盾として使用
・面で対象を押さえ込む
・射出
射出速度:
現在の感覚では時速五十キロ程度。
現在研究中:
二個目を同時生成できないか独学で試行中。
備考:
魔法を与えた女神めぐみ本人も、二個目を出せるかどうかは知らない。




