9.巨大化する
第25~28話
「それは、まだわからないのです」
「は? にゃ」
シルヴァの言葉に、俺は、ずっこけそうになる。
(わからないって、どういうことだってばよ)
「ミニメガマウスのいる場所は、私にも感知できません。
それを察知できるのは、あなただけなのです」
「俺にわかるわけないにゃ!」
だんだん怒りがこみ上げてくる。
「あなたには、鼠の居場所を探る能力があるのではありませんか?」
「確かににゃ。
どうして知ってるにゃ?」
「私は、いろいろな情報を感知できるのです」
「なのに、ミニメガマウスとやらの居場所は、感知できないのにゃ」
「ええ、まあ」
シルヴァは、決まり悪そうにうつむく。
そこへ狐が進み出て、説明に加わる。
「言ってみれば、あなたは、女神様から対鼠用に送り込まれた刺客みたいなものなのですコン」
「刺客にゃ?」
また物騒な話になってきた。
「あなたこそ、鼠の最大の天敵なのですコン」
確かに猫は鼠の敵と相場が決まっている。
鼠の多い世界に猫が送り込まれた理由としては、妥当といえば妥当だ。
「あなたの能力を高める、ちょうどいい練習台がありますコン」
「そうですね。
ネコさんにも試してもらいましょう」
シルヴァは、地面を指さす。
指先から流星のように光が飛び出し、地面に落ちる。
(一体、今の光は何だったんだ?)
数秒後、光が落ちた場所の土や落ち葉が、もこもこと盛り上がる。
もこもこ。
がさがさ。
地中から出現したのは、人間の子供ほどの大きさの物体だった。
灰色の体。
丸みを帯びた洋梨のような体型。
短い手足がついていて、二本足で立っている。
頭には、小さく丸い二つの耳がある。
つぶらな黒い目が愛らしい。
口は、特徴的な前歯が目立つ。
(なんだこりゃ。
鼠をモチーフにしたゆるキャラじゃないか)
「これが、ミニメガマウスとの戦いを想定して作った魔力傀儡、偽ミニメガマウスです。
あなたにこの偽ミニメガマウスと対戦していただきます」
「……にゃ」
「もちろん、命の危険はないから、安心してくださいコン」
「うわあ、可愛いーっ」
サンディーが、偽ミニメガマウスに駆け寄ろうとする。
「待って」
シルヴァが、サンディーの目の前に飛ぶ。
空中で体を大の字にして、サンディーを制止する。
「危ないから近づいてはいけませんよ」
「うう」
サンディーは、恐れて数歩後ずさりする。
「命の危険はなくても危ないのかよ? にゃ」
「さあ、戦いを始めます」
シルヴァは、勝手に戦闘開始を宣言した。
「ちゅう」
偽ミニメガマウスが、鼠のつもりらしい声を出す。
つぶらな瞳が、俺をロックオンする。
どどどどっ。
俺に向かって走ってくる。
短い足の割に、意外と脚力がある。
人間のダッシュと同じぐらいの速さだ。
俺は、咄嗟に横にジャンプして偽ミニメガマウスをかわす。
ひょい。
(さっき犬に追いかけ回されたばかりなんだぞ。
なのに、またこんなのとやり合わなきゃならないのかよ)
どかっ。
偽ミニメガマウスは、勢い余って、森の木に激突した。
その場に仰向けに倒れてしまう。
「ちゅう」
じたばた。
じたばた。
起き上がろうとして、もがく。
体型のせいで、転ぶと立つのが難しいようだ。
(こいつ、もしかして、結構間抜け?
強キャラ感がないのは、顔だけじゃなかったのか)
偽ミニメガマウスは、体を揺り籠のように揺らす。
その勢いを使って立ち上がる。
「ちゅう」
今度は、へちまのような形の腕を車輪のように回し始めた。
ぶるんぶるん。
ぶるんぶるん。
そうやって勢いをつけているらしい。
先ほどより力強く突進してくる。
ずどどどどどっ。
一直線に走り、迫ってくる。
鼠というよりは猪だ。
俺は、軽く飛び退く。
ひらり。
どすんっ。
偽ミニメガマウスは、またしても木の幹にぶつかって転倒する。
一度目の攻撃と同じオチだ。
全く芸がない。
本当にミニメガマウスとの戦いを想定した練習台なのだろうか。
牧場の犬たちの方が、よほど賢い攻めかたをしていた。
「これのどこがミニメガマウスの練習台にゃ?
この偽ミミ……ミセミニ……偽ミニガ……なんか言いづらいにゃ。
とにかく、こいつ、ただ突進してくるだけにゃ。
まさかミニメガマウスって、こんなことしかしないのか? にゃ」
俺は、シルヴァに怒りをぶつける。
「もちろん、そんなことはありません。
これからが、この偽ミニメガマウスの本領です」
シルヴァは、偽ミニメガマウスに指で何かの合図を送る。
偽ミニメガマウスが、おもむろに立ち上がる。
「ちゅう」
(本領だと?)
俺は、体勢を低くして身構える。
(何をしてくる気だ?)
偽ミニメガマウスが、顔を俺に向ける。
ゆるキャラみたいな表情が変化しないのが不気味だ。
何を仕掛けるつもりなのか。
ᓚᘏᗢ
「ちゅちゅうーっ」
偽ミニメガマウスが、今までと違う声を出す。
体を変なふうに揺らし始めた。
どうやら踊っているらしい。
見ているだけで力が抜けるような間の抜けた踊りだ。
(これのどこが本領発揮なんだ。
ふざけてやがる)
俺は、もう呆れるしかなかった。
ところが、である。
偽ミニメガマウスが体をくねらせると、体から何かが、ぽんっと飛び出してきた。
小型の偽ミニメガマウスだ。
妖精のシルヴァと同じぐらいの大きさだ。
偽ミニメガマウス同様、二本足で立っている。
体をくねらせるたびに、小さい偽ミニメガマウスが次々と現れる。
(何なんだ、これは?)
俺があっけにとられている間に、どんどん増える。
森の地面を埋め尽くしていく。
シルヴァが、説明を始める。
「わかりましたか。
偽ミニメガマウスは、ミニセ……ミセミ……ミニミセミ……、ええと、ミニ、偽、ミニ、メガ、マウスを無限に作り出すことができるのです」
「お前も言えてないじゃないか! にゃ。
もう少し発音しやすい名前を考えろにゃ」
「そ、そうだったかもしれませんね」
シルヴァは、一瞬、照れくさそうな顔になる。
「ですが、それはともかく、あなたは、このミニ偽ミニメガマウスたちと戦うのです。
さあ、開始です!」
ミニ偽ミニメガマウスは、いつの間にか百匹近くになっていた。
俺の周りを囲んでいる。
シルヴァの言葉と同時に一斉に俺に襲いかかる。
ざざざざざっ。
逃げられるわけがない。
大量のミニ偽ミニメガマウスが、俺にのしかかる。
俺は、身動きすらとれない。
(俺を殺す気か)
「力を発揮してください」
シルヴァの声が、俺の耳に届く。
無数の子鼠人形に埋もれた状態で声が聞こえるのも不思議だ。
直接俺の脳に話しかけているのかもしれない。
「必死になれば、あなたの秘めたる力が出てくるはずです」
(「出てくるはず」とか、何を言っているんだか)
意識が朦朧としてきた。
言葉を返すことすらできない。
「あなたは、この女の子たちを守りたいと思っているのでしょう?」
(そりゃそうだけど……)
次第にシルヴァに対する怒りがわいてくる。
なぜこんな目に遭わなければならないのか。
ぐぐぐぐぐ……。
その時、不思議な感覚が俺を襲った。
(何だ、この嫌な感じは?)
全身の肉や骨が変化していくような気がする。
ぐぐぐぐぐ……。
目の前が明るくなった。
俺を覆いつくしていた子鼠人形が、小さくなって転がっている。
そうではない。
俺の体のほうが、大きくなっていたのだ。
「ついにやりましたね。
それこそが、あなたの真の姿なのです」
「そんなわけあるか……って、あるにゃ」
俺の体から、たくさんの子鼠人形が、ばらばらと落ちていく。
親である偽ミニは、俺の目の下にいる。
俺の体高は、三メートルぐらいだろうか。
後ろ足で立ち上がれば、もっと高くなる。
「さあ、戦ってください」
俺の目には、シルヴァは、蜜蜂ぐらいの大きさに感じられる。
ミニメガに指で合図をする。
「ちゅう」
ずどどどどどっ。
またしても、偽ミニが突進してくる。
全然迫力がない。
どっ。
俺は、片方の前足で偽ミニを押さえつける。
肉球の下で、偽ミニが、手足をじたばたさせる。
じたばた。
じたばた。
俺の巨大化した前足には、見覚えがあった。
何日か前に、夢の中で見たのだ。
化け猫と化した俺の前足だ。
(あれは、やはり予知夢だったのか。
俺の中に隠された力が、夢に現れたということだったのか)
自分の姿が見られないが、きっと恐ろしい顔をしている気がする。
力が、体中にみなぎっている。
このまま偽ミニを強く押せば、たやすく壊せそうだ。
偽ミニは、まだもがいている。
生き物のように動くミニメガを踏み潰すのは、抵抗がある。
化け猫になっても、理性はあるのだ。
(それにしても、これが俺の秘めたる力だとはなあ。
なんで最初から教えてくれなかったんだ。
女神が教えてくれたけど、なぜか俺が記憶できなかったのかな)
そんなことを考えていたら、前足の力が緩んだ。
すかさず、偽ミニが逃げ出す。
十メートルほど走ってから、こちらを振り返る。
体を上下に揺らす。
俺を挑発しているらしい。
(まだ勝負は終わってないってことか。
しょうがない。
やってやるか)
俺は、偽ミニを追いかけようと一歩を踏み出す。
思わぬ問題が起こった。
体に何かが引っかかる。
木の枝だった。
自分が大きくなったので、森の木が邪魔なのだ。
木と木の間が、俺の体の幅と同じぐらいだ。
狭い場所が好きな猫ではあるが、素早く行動することができない。
(真の力を発揮したのに、不利になってどうすんだよ。
というか、図体がデカいだけが真の力なのか?)
俺の耳の横にシルヴァが飛んでくる。
「あなたは、体の大きさを変えられます。
心の中で大きさを意識してみてください」
「そうなのか、にゃ。
それなら、せめて半分ぐらいがいいにゃ」
本当に体が小さくなっていく。
約五秒で、体高が半分ほどになった。
偽ミニより少し高い程度だ。
「さあ、あの偽ミニメガマウスを追いかけてみてください」
(「追いかけてみてください」と言われても困るんだよなあ)
少し小さくなったが、森の中で走り回るのは、まだ難しそうだ。
俺は、躊躇する。
偽ミニは、両手を振っている。
「追いかけてこい」との意思表示だろう。
ここでじっとしていても、どうにもならない。
俺は、偽ミニとの戦いを再開した。
ᓚᘏᗢ
俺は、偽ミニを目がけて走り出す。
同時に、偽ミニが逃走を始める。
たたたたたっ。
さささささっ。
俺は、体の大きさの割に速く走ることができた。
体重を感じない。
ただの猫だった時よりも軽快なほどだ。
偽ミニは、木々の間を縫うように縦横に駆け回る。
木にぶつかったりはしない。
先ほどの猪突猛進とは、動きが大きく違う。
(こいつ、こんな走り方もできるのか)
俺も、偽ミニを追って森を疾走する。
普通なら、勢いで樹木に激突するだろう。
今は、身が軽い。
簡単に方向転換して、木をよけられる。
(さっきは犬に追い回されてたのに、今は鼠を追っているとはな)
俺は、だんだん気持ちよくなってきた。
森の中でジェットコースターに乗っている気分だ。
偽ミニを追い回すことで、猫の狩猟本能が燃え上がる。
たたたたたっ。
さささささっ。
俺と偽ミニとの距離が縮まる。
偽ミニの尻には、小さなミミズのような尾がついていた。
あと数センチで尻尾に届く。
前足を伸ばす。
くるりっ。
突然、偽ミニの胴体が、百八十度回転する。
つぶらな瞳の顔が、俺のほうに向く。
(え?)
俺は、一瞬怯む。
ぴょん。
偽ミニが、跳び上がる。
俺の体の上を走り、俺の背後に逃げる。
(これって、あの時の。
偽ミニめ、やりやがったな)
俺が犬に追い回された時に使った技だ。
同じことをやられるとは、何となく悔しい。
偽ミニに勝ちたい気持ちが強くなる。
俺は、さらに偽ミニとのチェイスを続ける。
森の中を走りながら考える。
(普通に捕まえようとしても、どうせまた寸前でかわされるだろう。
相手の動きを読まないと。
あいつの行動のパターンを見つけ出す必要があるな)
偽ミニは、右へ左へとちょこまかと走り回る。
俺は、偽ミニが向きを変えそうなタイミングを見計らう。
偽ミニが曲がるほうへ先に飛び込むのだ。
(右か、左か)
当てずっぽうで右を選ぶ。
ゴールキーパーがボールに飛びつくように水平にジャンプする。
ぴょーーーーーん。
幸運にも、狙い通りだった。
偽ミニは、右に曲がった。
がしっ。
ついに偽ミニを捕らえた。
両手で抱きしめるようにして、動きを封じる。
「ちゅううう」
偽ミニは、諦めが悪い。
じたばたとあがいている。
じたばた。
じたばた。
短い足で、俺の胸のあたりを何度も蹴る。
あまり痛くはない。
もぞもぞして、くすぐったい感じだ。
(往生際の悪いやつだ。
ところで、こいつをどうすれば俺の勝ちになるんだ?
まさか殺すのか。
いや、壊すと言うべきか)
シルヴァに尋ねようとして探すが、いない。
遠くまで来て離れてしまったようだ。
するりっ。
迷っているうちに、偽ミニが、両手の間から抜け出した。
俺は、まだ疲れていないが、何度も追いかけるのは面倒だ。
偽ミニを動けなくするのが正解のようだ。
ライオンのような勢いで、偽ミニに襲いかかる。
偽ミニは、直径二十センチほどの木の裏に隠れようとする。
俺は、勢いのまま、その木に体当たりする。
そのまま行けそうな気がしたのだ。
どがっ。
ばきばきっ。
どだーーーん。
木が倒れる。
偽ミニが、木の下敷きになる。
「ちゅうう」
一声うめいた偽ミニは、動かなくなった。
壊れたのだろう。
これで、俺の勝利だ。
(俺にこんな力があるとは。
人が押してもびくともしないような木が倒れてしまうなんて)
自分のことが恐ろしくなる。
「とうとう倒しましたね」
ややあって、シルヴァが現れた。
狐の姿もある。
「これだけの力なら、ミニメガマウスにも勝てるでしょうコン。
本物は、もっと狡猾ではありますがコン」
シルヴァは、宙を飛び、木に潰された偽ミニに近寄る。
偽ミニを地中から呼び出した時のように、指から光を放つ。
光の塊が、偽ミニを包み込む。
偽ミニの体が、吸い込まれるように地面に沈んでいく。
倒木だけが、そこに残った。
「あなたは、今の練習で、本物のメガマウスに対する感覚も鍛えられたはずです。
いずれ、あなたは、ミニメガマウスの居場所を突き止めることができるようになるでしょう」
(ほんとかなあ。
「感覚も鍛えられたはず」なんて言われても実感がないし。
でも……)
疑ったところで、俺には、どうすることもできない。
信じるしかないのだ。
「ネコーっ」
がさがさがさ。
サンディーの声だ。
叫びながら駆け寄ってくる足音がする。
俺は、サンディーの存在を忘れていた。
今の俺の姿をサンディーが見たら、どう思うだろうか。
怖がって逃げ出すかもしれない。
サンディーのほうに顔を向けられなかった。
「きゃうーーっ!」
サンディーが、俺の背中に飛びかかる。
両手両脚で、コアラの子供のように俺にしがみつく。
ひしっ。
「すごーーーい。
もふもふぅー」
大喜びだ。
全身で俺をもふもふする。
もふもふ。
もふもふ。
(もしかして、俺、怖がられてないのか?)
ᓚᘏᗢ
俺は、首をひねり、背中にしがみついているサンディーを見る。
大型の馬に乗っている感じだ。
俺の体毛に顔を埋めている。
「大きくても、もふもふぅ」
俺の視線に気づいて、顔を上げる。
毛の中を泳ぐようにして、俺の顔に近づく。
首まで来て、地面に降りる。
俺とサンディーの顔が、同じぐらいの高さになった。
「うわあ」
俺の顔を矯めつ眇めつ眺める。
興味津々の目つきだ。
最初に俺を見た時のようだ。
俺を恐れている様子はない。
(今の俺の顔って、恐いと思ってたけど、恐くないのかな)
「髭がすごーい」
今の俺の髭は、一本一本がフェンシングの剣のようだ。
サンディーは、口の上の髭を束にして握る。
ぐいぐいと引っ張る。
「い、痛いにゃ」
「『痛いにゃ』だって。
きゃはははは」
(俺、サンディーと会話しているじゃないか。
なんか変な気分だな)
「あーっ、鼻の横につむじがあるぅ」
俺の鼻をペタペタと触る。
次に、俺の目を覗き込む。
「目が、すごく大きい。
へえ、こうなってるんだ。
透き通ってて綺麗」
元々猫の目は大きいのに、さらに体が巨大化している。
特大の眼球になっていることだろう。
サンディーが、俺の全体像を見ようとして、俺から少し離れる。
その時、一瞬、サンディーの瞳に俺の顔が映った。
化け猫のように凶悪な面構えではない。
普通の猫の顔だ。
俺は、視力も強化されているらしい。
普通なら目にとまらないものも見えたのだ。
(元の姿のまま大きくなってたのかよ。
てっきり、化け猫みたいに恐ろしげな姿になってたのかと思った)
俺は、安心した。
その瞬間のことだ。
俺の体が、小さくなり始めた。
「あっ、ネコ、小さくなっちゃった」
元の大きさの猫に戻ってしまった。
「力を使い切ってしまったようですね。
でも、心配なさらないでください。
しばらく休めば、力は回復します」
シルヴァが、俺を気遣って飛んでくる。
俺は、別に心配などしていないのだが。
「あのう……、それで、ちょっとお願いがあるのですが……」
シルヴァが、突然、頬を赤らめた。
照れくさそうに体をくねらせる。
もじもじ。
もじもじ。
「あの……、その……」
何かを言いたそうだ。
恥ずかしいらしい。
なかなか言葉が出てこない。
「にゃあ?」
俺は、シルヴァの急な態度の変化に戸惑う。
話し出すのを待つ。
数秒後、シルヴァは、意を決したような顔つきになる。
「わ、わ、私にも、もふもふさせてください!」
大声に驚いた俺は、思わずうなずいた。
次の瞬間、シルヴァは、俺に飛びついた。
小さな体で俺にしがみつく。
もふもふ。
もふもふ。
さっきまでのサンディーと同じだ。
全身で俺をモフっている。
「ありがとう。
私もこれをやってみたくなったのです。
ああ、なんて優しい肌触りなのでしょう」
「もふもふな毛皮なら、あたしのほうが立派ですコン」
狐の言葉には、嫉妬心が感じられる。
「あら、ごめんなさい。
でも、あなたの場合、エキノコックスが心配で」
「あたしみたいな上等な狐には、寄生虫なんてつきませんコン」
狐は、ふてくされてしまった。
しばらくシルヴァがなだめたので、狐は機嫌を直した。
シルヴァと狐は、元々仲がよいようだ。
(やれやれ……。
何やってんだ、こいつらは)
「変なところを見せてしまって、申し訳ありません。
さあ、お二方は、うちへ帰ってお休みください。
しかし、鼠に対しては、常に神経を研ぎ澄ましていてください」
「あそこが、森の出口ですコン」
狐が前足で指し示した方向が、明るく輝いている。
俺は、思わず目を細める。
森が薄暗いので、森の外の日光をまぶしく感じたのだ。
いつの間にか、俺たちは、森の端にいたのだ。
(森の奥まで入り込んでいたような気がしてたんだけどなあ)
俺とサンディーは、黙って森を出る。
寝ぼけたような心持ちだ。
サンディーも、同じらしい。
ぼうっとした表情をしている。
(あっ、ここは、朝、犬に追いかけられた牧場だ。
元の場所に戻ってきたのか)
振り返ると、もうシルヴァと狐の姿はなかった。
まるで夢を見ていた気分だ。
(今度のも夢だったのかな)
「夢だったのかな」
サンディーも俺と同じ感想だった。
俺とサンディーは、なだらかな下り坂になっている草地をとぼとぼと歩いていた。
とぼとぼ。
とぼとぼ。
俺は、何か釈然としない気持ちが拭えなかった。
森で俺の身に起きたことは、シルヴァの勝手が原因なのだ。
俺の都合など考慮してくれていない。
本を正せば、俺を転生させた女神がいけないのだろう。
この世界の神や妖精は、ずいぶんと身勝手だ。
いや、単に天然ボケなのかもしれない。
空を見上げると、太陽がほぼ真上にあった。
正午前頃だ。
いろいろなことがあったので、もっと時間がたっている気がしていた。
そろそろ昼食の時刻だ。
「そうだ。
あれがあったんだ」
サンディーが、何かを思い出して叫ぶ。
自分の服の中をまさぐり始めた。
もぞもぞ。
ごそごそ。
「あの鼠のお人形がない。
せっかく、この辺に入れて持ってきたのに」
偽ミニの体から出てきたミニ偽ミニメガマウスのことだ。
スカートをめくってお腹のあたりに入れてきたつもりらしい。
だが、なくなっていた。
魔法で消えてしまったのだろう。
妖精に出会った証拠の品だというのに。




