5.鼠退治
第13~16話
俺がサンディーたちに遊ばれているのか、サンディーたちを俺が遊んでやっているのか、よくわからないそんな日々が、一週間ほど続いた。
ある日の午後、ふと何かの音が、俺の耳に飛び込んできた。
文字では表しにくい奇妙な音だ。
音量はかすかで、人間は気づいていない様子だった。
屋敷内のどこかから断続的に聞こえてくる。
俺は、その音源が無性に気になった。
耳を澄ませて歩く。
だんだん音の出所に近づく。
台所だ。
(何かの生物が発する声のような感じだ。
台所に何かがいるらしい。
危険なやつだったらまずいな。
でも、興味がある)
足音を立てないように、慎重に台所に入る。
見回すと、すぐに声の主がわかった。
鼠だった。
壁際をちょろちょろと動き回っている。
食べ物を探しているのだろう。
鼠は、人間には聞こえない超音波の声を出している。
猫の聴覚は、その音を感知できるのだ。
今まで、俺は、鼠のことを考えていなかったせいか、鼠の音に気がつかなかった。
それが、何かの拍子に、急に鼠の声にチャンネルが合ったような感じだった。
カクテルパーティー効果みたいなものだろうか。
それはともかく、鼠を発見した俺は、鼠を襲いたい衝動に駆られた。
なぜなら、猫だからである。
がぶりっ。
気がついたら、鼠をかみ殺していた。
(ありゃりゃ、やっちまったぞ。
鼠には悪いが、猫の本能がやったことだ。
許してくれ。
でも、どうすればいいんだ、この死体?)
俺は、鼠の死体を口にくわえたまま、途方に暮れる。
「キャーーーーーーーッ」
突然、俺のすぐそばで悲鳴が上がる。
メイドの一人、ミッジだ。
俺を見て、わなわなと震えている。
「あ、あ、あ……」
俺も驚いた。
鼠の死体が、俺の口から床に落ちる。
ぽとり。
(あちゃー、見られちまった)
残虐なプレデターの一面を見せてしまった。
これは、メイドもドン引きだろう。
可愛くない姿をさらしてしまったのは、失敗だった。
どたどた。
どたどた。
悲鳴を耳にした屋敷の人たちが、台所に走る。
最初に駆けつけたのは、メイド仲間のリータだった。
「どうしたの?」
「あ、あれを見て……」
ミッジが、恐る恐る俺に近寄る。
そろり。
そろり。
鼠の死骸を指さす。
「うわっ、鼠が死んでる。
まさか、ネコがやったの?」
「そうみたい。
ネコが、何かに飛びかかったと思って、よく見たら」
他の使用人と三姉妹とキャラメーラ夫人も台所にやってくる。
「何事ですか?
変な声を出して」
メイドたちをたしなめたのは、メイド長のマーガレットだった。
三人の若いメイドより年上だ。
年齢は、はっきりしない。
嫌な人ではないのだが、少々厳しい印象がある。
動物が苦手らしく、俺にはあまり関わろうとしない。
「ネコが、鼠を」
ミッジが、死んだ鼠を指し示す。
「ひっ」
マーガレットは、うわずった声を出す。
「こ、この動物が、鼠を退治したと言うのですか?」
「そうなんです」
その場に集まった一同が、ざわつく。
みんなが、不思議そうに隣の人の顔を見る。
カトリーナが進み出て、ミッジに尋ねる。
「ネコが、本当に鼠を退治したの?
誰にも言われず、自分から?」
「そうなんです」
「わたしたちのために、鼠退治をしてくれるなんて、なんて偉いのかしら」
全員が歓声を上げる。
口々に俺を賞賛する。
「信じられませんわ」
「凄いわ」
「ネコにそんな才能があったなんて」
意外な反応だった。
嫌われるかと思ったが、そんなことはなかったのだ。
なんだか照れくさい。
逆に喜ばれてしまうとは、思いも寄らなかった。
ミッジの悲鳴は、俺に対する恐怖からではなく、信じられない光景に対して発せられたものだったのだ。
「うーっ!」
サンディーが、一番興奮している。
俺のそばにしゃがんで、顔を近づける。
まじまじと、俺と鼠を交互に見つめる。
まじまじ。
まじまじ。
「鼠をやっつけちゃってる。
凄い、凄い。
ねえねえ、サンディーにも、鼠をやっつけるとこ見せて」
母親のキャラメーラが、サンディーの腕を後ろから引っ張る。
「サンディーったら、死んだ鼠なんて見てはいけませんわよ。
気持ち悪いわ」
メイドのペギーが、箒と塵取りを持ってきた。
「さっさと捨ててしまいましょう」
鼠の死体を塵取りに乗せる。
確実に動かないのを確認して、ゴミ箱に捨てる。
カトリーナは、俺の頭を撫でながらつぶやく。
「こんなふうに、いつも鼠を捕まえてくれればいいのですけど」
考えてみれば、この世界は、鼠はいるが猫はいなかったのだ。
鼠の害の悩みが、前の世界より多かったのだろう。
猫の存在は、ありがたいに違いない。
今までの俺は、この世界で生きる理由がわからなかった。
愛玩動物に徹するだけでしかなかった。
だが、今日からは違う。
鼠退治という仕事を見つけたのだ。
思い返してみれば、前世で俺が命を落としたのは、鼠が原因だった。
鼠退治は、復讐みたいなものでもある。
害獣であり仇でもあるのが、鼠なのだ。
駆除をためらうこともない。
ᓚᘏᗢ
食後の家族団欒の場。
「ネコが、鼠をやっつけたとはねえ」
夕方、仕事から帰ってきた父のフェリックスも、俺の鼠退治の話を娘たちから聞いて、驚いていた。
俺は、いつものように三姉妹にモフられている。
もふもふ。
もふもふ。
特にサンディーは、しきりに俺の耳を指で突いたり擽ったりしている。
数日前、俺が耳を自在に動かせることを知ってしまったのだ。
それ以来、俺の耳がお気に入りなのだ。
サンディーに耳を触られるたびに、俺の耳がぴくぴくと反応する。
つんつん。
ぴくぴく。
つんつん。
ぴくぴく。
「きゃははははははきゃは」
サンディーは、俺の動く耳と擽ったそうな顔が、面白くて仕方がないのだ。
無邪気な笑顔を絶やさない。
(うるさいんだよなあ、これ。
でも、飼い主を楽しませるのも仕事のうちだ。
これぐらい我慢しよう)
猫は、聴覚が優れている。
耳をいじられるのは、うるさくて迷惑である。
俺は、ペットの分際をわきまえて、遊ばれてやっているのだ。
「この可愛い耳をこんなに器用に動かせるなんて」
「ますます不思議な生き物ですわ」
カトリーナとニーナも、俺の耳を楽しんでいる。
両親は、俺と三姉妹の様子をにこやかに眺めている。
フェリックスが、妻のキャラメーラに話しかける。
「ネコが、これからも鼠を退治してくると助かるんだけどねえ」
「そうですわね。
最近は、鼠も賢くなったらしくて、鼠取りにかかりにくくなっていますから」
「聞くところによると、鼠が病気の原因をまき散らしているという説を主張する学者もいるらしい」
「まあ、それは恐ろしい。
食べ物や壁をかじるだけではなく、病気までもたらすというのですか」
鼠が病原菌を広めることは、前の世界では、よく知られていたことだ。
この世界では、やっとそのことに気づいた人が現れたらしい。
プルサティッラ家の屋敷にいると実感がないが、世間には、不衛生が原因の病気も多いのかもしれない。
この家は、昔っぽい世界の割に清潔だ。
毎日風呂に入れる環境のおかげだと思う。
それでも、少しでも鼠を減らすに超したことはない。
俺は、仕事を頑張ることを心に誓うのであった。
「それにしても、鼠を退治するなんて、あなたは、レオンハルトのようですわね。
ほら、この前、あなたに見せた図鑑に載っていたでしょ」
ニーナが、鼠の怪物メガマウスを倒した英雄に例えて、俺を褒める。
(俺は、小さな鼠を仕留めただけなんだけどな)
「それじゃ、ネコって、メガマウスより強いのかも」
サンディーは、真剣なまなざしで、俺を見つめる。
「まさか、それはないでしょ」
カトリーナが笑う。
「でも、我が家のレオンハルトなのは確かね」
「だったら、レオンハルトって名前にすればよかった。
ねえ、今からレオンハルトにしよ」
「もうネコにしてしまったし、無理よ。
いまから変えたら、この子が混乱してしまうわ」
「お姉様の言う通りね。
鼠を退治しても、可愛いこの子は、レオンハルトという雰囲気ではありませんわね」
「ぶう……」
サンディーは、またしても自分の意見が通らず、不満そうだ。
俺を抱き寄せる。
「ねえ、また鼠をやっつけて。
やっつけてるところ、サンディーにも見せて」
(急に頼まれてもなあ)
「サンディーったら。
動物に言ったってわからないわよ」
「でも、お姉様。
何となくですけど、ネコって、時々人の言葉を理解できているような気がすることがありますわ。
それと、わたくしが本を読んでいる時、横から本を見ていることもありますの。
本が読めているのかもと思うことがありますわ」
ニーナは、天然な姉と妹より察しがよいところがある。
怪しまれないよう、行動に気をつけなければならない。
妖怪変化の類いだと勘ぐられては困る。
(というか、中身がおっさんだとバレたくないんだよ。
妖怪だと思われるより、そっちの方が、遙かに恥ずかしい。
おっさんっぽい振る舞いだけは慎まないと)
しかし、動物の中には、人間を驚かす知能の持ち主も存在する。
この世界で唯一の猫という生物が、ちょっとばかり頭がよすぎても構わないはずだ。
賢い珍獣として受け入れられる程度の行動なら、不気味に思われたりはしないだろう。
(それじゃあ、何をしようかな)
俺は、鼠取りの才能を自発的に示すことを考えた。
さっきの鼠退治が、偶然や気まぐれではないことを証明するのだ。
サンディーの期待に応えてやることにもなる。
仕事の手始めでもある。
(だけど、鼠のあの声が聞こえてこないことには、仕事を始めようがないじゃないか)
俺は、とりあえず耳を澄ましてみる。
すると、また鼠の出す超音波が聞こえてきた。
鼠の声を一度聞いたことで、鼠の声にチャンネルを合わすコツがつかめたらしい。
「にゃー」
俺を抱いているサンディーに向かって、一声鳴く。
身をひねって、サンディーの腕の中から抜け出す。
するり。
「にゃー」
離れたところから、振り返ってもう一度鳴く。
「『ついてきて』って言ってる」
サンディーは、俺の鳴き声を勝手に解釈する。
勝手だが、正しい解釈だ。
俺は、廊下に出る。
鼠の声がする方へと歩く。
サンディーがついてくる。
「本当かしら、ニーナ」
「行ってみましょう」
姉たちがサンディーに続く。
夜なので、廊下が暗い。
夜目が利く俺は平気だが、人間は歩きづらい。
カトリーナが、手に持ったΨ型の燭台で廊下を照らす。
しばらく廊下を進む。
鼠の声と足音が近くなってきた。
ここから動作は、猫の本能に任せる。
俺は、自分の足音を消して、ゆっくりと歩く。
身を低くして、攻撃態勢に入る。
「何か狙ってるみたい」
サンディーが、俺の歩き方が変わったのを見て取った。
「静かに。
鼠を見つけたのかもしれないわ」
「この辺から様子をうかがいましょう。
鼠が逃げてしまいますわ」
二人の姉が、小声でサンディーを制止する。
サンディーは、しゃべりたいのを我慢する。
それでも、少し声が漏れる。
「あ、あ、う……」
三姉妹が、俺に熱い視線を送っている。
振り返らなくても、感覚でわかる。
背後にひしひしと圧を感じるのだ。
ひしひし。
ひしひし。
(こうなると、プレッシャーを感じちゃうなあ。
頼むぞ、猫の俺。
せっかく自信ありげに鼠を取るのを見せつけようとしたんだ。
失敗したら恥だぞ)
自分の狩猟本能に対して、しくじらないようにと願う。
一歩ずつ慎重に、蝋燭の光が届かない暗がりへと入っていく。
ᓚᘏᗢ
今度も、あっさりと鼠を捕らえることができた。
拍子抜けするぐらい簡単な狩りだった。
猫を知らないこの世界の鼠は、猫への警戒心がないのだろうか。
俺は、鼠の死骸を三姉妹の前に差し出す。
「うーっ」
サンディーが、興奮の声を上げる。
暗い場所だったので、鼠を捕まえる瞬間をよく見られなかったかもしれない。
証拠の獲物だけでも、じゅうぶんに感激だったようだ。
「本当にやってしまったわ。
でも、これを持ってこられても」
カトリーナは、俺に対してやや恐れを感じているような顔だ。
燭台を持つ手が、かすかに震えている。
「どうしましょう、これ」
死んだ鼠を披露するのは、やめた方がよいかもしれない。
今後、鼠以外には危害を加えないことも、アピールしていく必要もありそうだ。
鼠捕りはしても、ペットとして可愛がられる生活は、やめたくない。
「狐や鼬は、鼠を捕らえて食べるのですよね。
ネコも、食べるつもりなのでしょうか?」
ニーナの言葉で、忘れていた事実に気づいた。
猫の狩りは、捕食なのだ。
(ずっと本能に任せていたら、この鼠を食ってたかもしれないんだよな。
さすがに気持ち悪すぎる。
食ってる最中に人間の意識が戻ったりしたらと考えると……。
意識のコントロールに気をつけないと)
もう一つわかったことは、狐や鼬の存在だ。
鼠を捕まえる動物がいるのなら、なぜ利用しないのか。
前の世界でも、狐や鼬は、猫ほど飼われてはいなかった。
人になれにくく、家畜化しづらいのだろう。
「食べるつもりではないようですわ」
俺は、鼠の死体を置いたまま歩き出す。
鼠なんて食べようと思っていないことを態度で示す。
実際、餌をしっかりもらっているので、腹は減っていない。
「わたしは、この子が鼠を食べている姿なんて、あまり見たくはないわ」
「わたくしもですわ」
「サンディーは、見てみたい」
「そんなのを見たら、夢でうなされるわよ。
夜中、トイレに行けなくなるわよ」
カトリーナが、サンディーを脅す。
「あう……」
さすがのサンディーも、これには怖がる。
恐い夢が苦手らしい。
平気そうな顔をしているつもりで、できていないのが、丸わかりだ。
翌日。
サンディーは、いつものように、俺を抱えて屋敷を出た。
今日は、庭で遊ぶのではない。
庭を取り囲む生け垣の隙間をすり抜ける。
がさがさ。
がさがさ。
生け垣には、まばらなところもある。
サンディーの小さな体なら、簡単に通り抜けられる。
使用人に正門を開けてもらうより楽なのだ。
俺にとっては、敷地の外は、この世界の第一日目以来だ。
(一体、何をする気なんだ?)
庶民の住居が集まっている地区に入っていく。
プルサティッラ家のあるアイルーロス村の中心部だ。
「ねえ、みんなー!」
サンディーが、大声で叫ぶ。
「あっ、サンディー」
「今まで、どうしてたの?」
男女数人の子供が現れた。
皆、サンディーと同じぐらいの年齢だ。
庶民なので、服装は粗末だ。
貴族の娘であるサンディーに対して畏まる様子はない。
普通の友達のように接している。
「もしかして、それがネコ?」
「そう。
可愛いでしょ」
サンディーは、誇らしげに俺を披露する。
「うわあ」
「可愛い」
「鼠をやっつけるんでしょ」
「触っても大丈夫?」
子供たちは、興味津々で俺に注目する。
プルサティッラ家の関係者以外が、初めて俺を目にするのだ。
今までは、カトリーナとニーナが、俺のことが世に知れ渡るのを望んでいなかった。
サンディーも、姉の考えを受け入れて、俺を外部に持ち出さなかった。
だが、俺の噂は、とっくに村に広がっていた。
外出したメイドが、世間話で言いふらしたのだ。
もう秘密にする意味はない。
それに加えて、俺の狩りを目の当たりにしたサンディーが、俺を見せびらかしたい衝動を抑えられなくなったのもあるようだ。
「おとなしいね」
「気持ちいい」
子供たちは、散々俺を抱いたりモフったりした。
もふもふ。
もふもふ。
もふもふ。
もふもふ。
さすがに人数が多すぎる。
俺の体が、摩擦ですり減りそうだ。
中には、俺のひげや尻尾を引っ張るやつもいた。
ぐいっ。
ぐいっ。
俺は、だんだん腹が立ってきた。
武器である爪を立てる。
ジャッ。
一番乱暴な少年の手をひっかいてやった。
「痛え。
こいつ、ひっかいたぞ」
「あなたが、怒らせるからよ。
もっと優しくしなさい」
(自分だって、いつも俺のことを乱暴に扱うくせに、よく言うよ)
サンディーの態度は、年上のお姉さんのようだ。
屋敷内とは、かなり雰囲気が違う。
子供たちのボスのような風格を感じさせる。
決して、サンディーが貴族なので周りが持ち上げているのではない。
サンディー個人に、人の上に立つカリスマ性のようなものがあるのだ。
将来は、大物になりそうだ。
末恐ろしい娘である。
「それぐらい、唾つけておけば治るわよ」
サンディーは、無慈悲に言ってのける。
少年の手に、みみず腫れができている。
「ああ、こんなんなっちゃったよ」
少年は、本当に傷をなめるだけで済ませた。
(俺が本気だったら、もっとひどい傷だったぞ。
その程度で済んで、ありがたいと思え)
「じゃあ、この子が、鼠退治をやるから、見てて。
さあ、ネコ、鼠を退治するのよ」
サンディーが、俺に命令する。
小さなビーストテイマーといった風情だ。
「本当に言うこと聞くの?」
「こんな小さいのが、本当に鼠をやっつけるのか?」
「いいから、黙って見ていなさい」
サンディーは、子供たちを黙らせる。
強い期待のこもったまなざしを俺に向ける。
(しょうがない。
やってやるか)
やらなければ、サンディーの恥になる。
俺は、耳を澄ます。
だが、果たして、屋外で鼠の声が聞こえるのだろうか。
ᓚᘏᗢ
俺は、周囲の音に意識を集中する。
人間には聞こえない鼠の鳴き声や足音が、意外と多いことに気づく。
村のあちこちから耳に届く。
鼠どもは、人の目につかないところで、活発に活動しているようだ。
俺は、最も近そうな声の発生源を目指す。
「あっ、歩き出したぞ」
「鼠をやっつけに行くの?」
「逃げたりしない?」
子供たちが、しゃべりながら俺の跡を追う。
うるさくて、気が散る。
「静かに。
鼠を見つけたのかもしれないわ。
うるさいと、鼠が逃げてしまうわ」
サンディーが、子供たちに注意する。
お姉さん気取りの言い方だ。
子供たちは、素直に黙る。
俺が、そろりそろりと歩くと、子供たちも、二メートルほど後ろを同じ歩調でついてくる。
そろりそろり。
そろりそろり。
少しずつ標的に近づく。
民家の裏の壁際をうろついてるようだ。
そろりそろり。
そろりそろり。
まだ対象を目視していないが、相手の存在が手に取るようにわかる。
かすかな音だけで、鼠の位置を三次元的にイメージできる。
猫の感覚を理解できるようになってきたのだ。
狩りに慣れたおかげだろう。
そろりそろり。
そろりそろり。
さらに鼠に接近する。
鼠が見えた。
俺は、歩を早める。
鼠に飛びかかり、前足で押さえる。
間髪を入れずに噛みつく。
「わあー」
「おおー」
「やった」
子供たちの歓声が響く。
「ね、凄いでしょ」
サンディーは、誇らしげに胸を張る。
(鼠を捕まえたのは、俺なんだけどな)
やがて、村の大人たちも集まってきた。
老若男女三十人ほどだ。
「これが、お屋敷にいるネコなのね」
「鼠を退治したというのは、本当だったのか」
俺の周りに人だかりができる。
皆、地面にいる俺を見下ろしている。
外から見たら、ラグビーのスクラムのようになっていることだろう。
サンディーが、俺を抱え上げる。
村人に向かって高らかに宣言する。
「これからこのネコが、鼠をみんなやっつけてくれます。
期待していてください」
人々は、言葉もない。
全員、きょとんとした表情だ。
当てにしてよいのか、わからないのだろう。
一匹の小動物に鼠を全滅できるだなんて、信じられないのが普通だ。
俺だって、そうだ。
(おいおい、勝手に変な約束しないでくれよ。
いくら何でも、猫一匹だけで、大量にいるはずの鼠を全部やっつけるなんて、無理に決まってる。
今まで、三匹しか殺してないのに、大きく出すぎなんだよ)
サンディーは、俺に過剰な期待を抱いてしまったらしい。
その期待が、サンディーの心の中では、実現可能なものに変化してしまったようだ。
偉そうに振る舞っていても、やはり子供である。
とはいえ、俺には迷惑な話だ。
無理なことは無理と言いたいところだが、俺は、言葉がしゃべれない。
無理であることを態度で示すしかない。
そもそも、猫は、気まぐれな動物だ。
猫に生まれ変わった俺には、気ままに生きる権利があるはずだ。
「さあ、また鼠をやっつけて」
サンディーが、また命令する。
大人たちにも、俺の狩りを見せるつもりなのだ。
(悪いけど、今度は、命令に従わないぞ)
俺は、その場で、下半身を地面につけたエジプト座りをする。
つんとすました顔で、動かない。
つん。
「早くやりなさい」
つん。
「ほら、早くやりなさい」
サンディーは、だんだん苛立ってくる。
顔が赤くなっている。
「もう、何やってんの!」
ついに怒鳴り出す。
俺は、座ったまま動かない。
見物人たちのざわめきが消え、静かになる。
期待が潮が引くようにしぼんでいく感じが伝わってくる。
村人の一人が、サンディーをなだめる。
「別に、今見せてくれなくてもいいんですよ、お嬢様」
「……」
サンディーは、黙ってしまった。
不機嫌な表情でうつむいている。
今にも泣き出しそうだ。
(さすがにちょっと可哀想だったかな。
もう一度だけやってやるか)
数分後。
先ほどと同じように、また鼠を一匹退治した。
村人たちから喝采を浴びる。
サンディーの機嫌も戻った。
俺は、人々の足の間をくぐり抜ける。
屋敷に向かって、早足で歩き出す。
「あ、待って。
どこ行くの?」
サンディーも、人垣をかき分けて、俺を追う。
「もう帰るの?
もっと鼠をやっつけてよ」
不満が、声に現れている。
俺は、サンディーの方を振り向き、鳴き声を出す。
「にゃあー(俺って、魔法使いじゃないんで、限界ってものがあるから、仕事はそこそこにしておきたいし、動物という立場上、何でもかんでも人の言う通りに動くわけにはいかないけど、スローライフを楽しみつつ自分のできる範囲で鼠捕りをやっていくつもりだから、これからもよろしくな)」
この一声に込めた意味が、サンディーに通じたのだろうか。
通じるわけはないか。
だが、サンディーの表情が、何かを悟ったようになった。
俺の気のせいかもしれないが。
俺たちは、生け垣をくぐって屋敷に戻った。
その後、一人、いや、一匹になった時、ふと考えた。
なぜ、俺は、魔法が使えないのだろう。
なぜかは知らないが、女神は、俺を人間の意識を持った猫という奇妙な生物として、この世界に送り込んだ。
ならば、魔法の能力ぐらい、おまけで与えてくれてもよさそうなものだ。
俺が、猫としてこの世界で役に立つのは、鼠退治しかない。
一匹の猫に退治できる鼠の数など、たかがしれている。
もっと強い力がなければ、俺の存在意義がないではないか。
しかし、そんなことを思案しても、どうにもならない。
俺は、寝ることにした。




