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30.平穏な生活に戻る

第108~111話

「気持ちいいにゃ」


「信じられないぞよにゃ」


 サンディーとアウラータは、大はしゃぎだ。

 飛行能力を大いに楽しんでいる。

 メガマウスと戦わなければならないことを忘れているようだ。


「お二人とも、目の前の怪物のことを忘れてはございませんかにゃ」


 ユキが、二人を注意する。


「おお、そうであったぞよにゃ」


 見上げると、メガマウスが、正気を取り戻しつつある。

 俺は、再びメガマウスの顔の近くまで飛ぶ。

 サンディーたち三人も、俺に従って飛んでくる。


「あ゙お゙お゙ーーーーーーー」


 俺は、また獅子吼ししくする。

 メガマウスは、また怯む。

 今度は、サンディーたちも、身をかがめて怖がってしまった。

 至近距離で雄叫おたけびを聞いたせいだ。

 うなじを捕まれた子猫のような姿勢になっている。


「ああ、びっくりしたにゃ」


 サンディーが、メガマウスより早く意識を回復した。


「近くで聞くと迫力が違うぞよにゃ」


「実に恐ろしい技でございますにゃ」


 他の二人も、すぐに正常に戻った。

 特別な力のおかげで、獅子吼が効かないのだろう。

 あるいは、怪物にだけ獅子吼の効果があるのかもしれない。


「こいつの動きを止めるだけではあるけど、今の俺にできるのは、この獅子吼という力だけにゃ。

 こいつがぶっ倒れるまで獅子吼を続けるしかないにゃ。

 もしかして、お前たちも獅子吼ができるにゃ?」


「できるかどうかわからないけど、やってみるわにゃ」


「面白そうぞよにゃ」


 サンディーとアウラータは、俺を真似して吠えようと口を開ける。


「待ってくださいませにゃ」


 ユキが、二人を押しとどめる。

 顔を赤らめながら言う。


「淑女である私たちが、あのような恐ろしげな声を発するなど、はしたないことでございますにゃ」


「恥ずかしがっている場合ではないぞよにゃ。

 妾たち意外に人もおらぬゆえ、気にすることはないぞよにゃ」


「思いっきり叫ぶのは、愉快ですにゃ」


 アウラータとサンディーが、ユキを説得する。


「しかし……にゃ」


 ユキは、もじもじしたままで、なかなか決断できない。




「ぢゅ、う」


 メガマウスが、意識を取り戻し始めた。

 震える巨体を動かそうとする。


「承知いたしましたにゃ。

 私も吠えまするでございますにゃ」


 メガマウスを見たユキは、覚悟を決める。


「それじゃあ、俺たちが一斉に獅子吼するにゃ」


 俺たちは、腹に力を入れ、吠える体勢に入る。

 その時、俺の脳内にヴィヴィペラの声がした。


「待って」


「待つにゃ!」


 俺は、慌てて三人に向かって叫ぶ。

 調子を狂わされた三人は、空中で転びそうになる。


「何よ、いきなりにゃ!」


 サンディーが、俺を叱りつける。

 俺は、ヴィヴィペラの声のことを話そうとする。

 そこへ黒い影が迫る。


 ぶうんっ。


 メガマウスの腕だった。

 鞭のように振るわれた巨大な鼠の手が、俺たちに当たってしまった。

 俺たちは、皆、バットではじかれた球のように遠くへ飛ばされた。


 激しい衝撃で、目眩めまいがする。

 体がぐるぐると回転し、上下の感覚すらわからなくなる。

 ヴィヴィペラとクロコッタの力のおかげか、不思議と痛みはない。




 ややあって、頭がくらくらするのが治ってきた。

 周囲を見渡す。

 メガマウスから数キロ離れた空中に浮かんでいた。

 さすがのメガマウスの巨体も小さく見える。

 さらに見回すと、サンディーたち三人も、ふらふらと宙を漂っていた。

 無事のようだが、目眩が続いているようだ。

 姿勢を正せずに、よろよろとしている。


「おーい、大丈夫にゃ?」


 三人に呼びかける。


「は、はい、平気でございますにゃ」


 ユキが、額をさすりながら答える。

 他の二人も、徐々に意識を取り戻している。

 俺は、自分のせいの大打撃が軽くすんだことに安堵する。


「俺の中にいるヴィヴィペラが、急に待ったをかけたにゃ。

 それで、こんなことになってしまったにゃ」


「うう、何のことにゃ?」


 サンディーが、俺に近寄りながら尋ねる。

 犬掻きのように空中を泳いでいる。


「今、ヴィヴィペラとクロコッタの意思が俺に伝わってきているにゃ」


「タマぞよにゃ?」


 弱々しく項垂うなだれていたアウラータが、ぱっと顔を上げる。


「獅子吼だけでは効かないので、もう一つ加える必要があるらしいにゃ」


「もう一つでございますか……にゃ?」


 ユキの表情が厳しくなる。


「それは、一体……にゃ?」


「鼠が最も恐れるものは、猫にゃ。

 俺の名前じゃなくて、生物としての猫にゃ」


「化け猫の猫でございますねにゃ」


 以前にも述べたが、ユキの国には、なぜか化け猫の伝説がある。

 俺が転生するまで、この世界に猫がいなかったはずなのにだ。


「獅子吼は、あくまでもクロコッタの能力にゃ。

 鼠に対しては、クロコッタだけではなく、猫そのものの恐ろしさを突きつけなければならないにゃ。

 そうすれば、相手を完全に圧倒できるはずにゃ」


「ネコの恐ろしさぞよにゃ?

 そなたは、可愛くはあるが、恐ろしくはないぞよにゃ」


「全然恐くないにゃ」


 アウラータとサンディーの疑問も当然だ。


「でも、ヴィヴィペラとクロコッタが、俺の脳内にそう告げているにゃ。

 俺にも意味がよくわからないにゃ」


 すると、また俺の脳内に意思が伝わってきた。


「お前たち三人の協力が不可欠らしいにゃ。

 猫の恐ろしさを見せつけるのは、お前たちの役目にゃ」


「恐ろしさを見せつけるとおっしゃいましてもにゃ」


 三人は、困惑している。

 獅子吼とは別の恐ろしさとは何だろう。

 俺にも見当がつかない。




 どどどど。

 どどどど。


 メガマウスが、歩き始めた。

 足下に広がる森を蹴散らしながら、俺たちの方へ向かっている。

 遠目には、森の木々が、まるで草のようだ。

 獅子吼で動きを止めるにしても、体力と気力に限界がある。

 一刻も早く、猫の恐ろしさの正体を解明しなければならない。

 俺は、ヴィヴィペラとクロコッタに問いかける。


「猫の恐ろしさって何にゃ?」


 しかし、はっきりとした返事が聞こえない。

 霊獣たちも、よくわかっていないのだろうか。

 俺は、自分で考えようと頭をひねる。

 そして、一つの答えにたどり着いた。



ᓚᘏᗢ



「猫の恐ろしさってのは、可愛いところにゃ」


 俺は、サンディーたち三人に向かって述べる。

 ちょっと気恥ずかしかった。


「何を言っているのにゃ?」


 サンディーは、首をかしげる。


「説明が難しいにゃ。

 お前たち三人で練習していたあのポーズをメガマウスに見せてやるにゃ」


 ずどどどどっ。

 ずばばばばっ。


 メガマウスの巨体が、土煙を上げながら、猛烈な勢いで迫る。

 森と山が崩れてしまいそうだ。

 この勢いを止められなければ、人の住む場所も危ない。


「とにかく、あの見得をやるのでございますねにゃ」


「わかったぞよにゃ」


 ユキとアウラータは、俺の言葉を受け入れた。

 サンディーは、まだきょとんとしている。


「どうしてにゃ?」


「いいから、やるにゃ!」


 俺は、声を荒らげる。


「この世に鼠蔓延る時に

 謎の力で異世界転生

 ネコと呼ばれし小動物は

 見た目に寄らずミニプレデター

 爪と牙とで目にもの見せる

 助太刀するは三人娘

 お前はすでに袋の鼠

 いざ尋常に勝負せよ……にゃ」


 さっき即興で考えた決め台詞を叫ぶ。

 同じ台詞を覚えていてもう一度言えたことに自分でも驚いた。


 サンディーは、俺の台詞を聞くと、ようやく理解したようだ。

 すぐに俺を抱えて持ち上げる。

 ユキ、アウラータとともに、可愛く見得を切る。


 ぴかぁっ。


 一瞬、俺たちの姿が、太陽のように輝いたような気がした。


 どど……。


「ぢゅ……」


 メガマウスは、俺たちの数メートル手前で動きを止めた。

 表情に、獅子吼の時とは異なる恐怖が表れている。

 鼠にはっきりとした表情があるのも不思議ではある。

 しかし、確かに恐れおののいた顔なのだ。


「よくわからぬが、効果があったらしいぞよにゃ」


「油断は禁物でございますにゃ」


 ユキは、腰に差した刀の鞘に手をかける。

 俺たちは、気を引き締めて相手の様子を窺う。


「ぢゅうう……」


 メガマウスは、身悶えを始める。

 苦しそうに身をよじる。


「よし、とどめの一発にゃ」


 俺は、再び獅子吼する。


「あ゙お゙お゙ーーーーーーー」


 今まで以上に恐ろしくも勇ましい咆哮が響き渡る。

 音が遠方の山々に反響し、木霊となる。


 ぐらり。


 二本足で立っていたメガマウスの体が、大きく揺れる。

 力がなくなり、立っていられないようだ。

 大木を切った時のようにゆっくりと傾いてゆく。


 ずずーーーん。


 大きな地響きとともに、メガマウスが倒れる。

 土煙が、入道雲のように上空まで立ち上る。


 俺たちは、しばらく土煙を凝視する。

 メガマウスが立ち上がるかもしれないからだ。


 土煙が風に流され、徐々に視界が晴れてくる。

 大量の木々が薙ぎ倒されているのが目に入る。

 シルヴァたちの森は、壊滅的な状態だ。

 不思議なことに、メガマウスの姿が見当たらない。

 あの巨体で、こっそり逃げたとも思えない。


「あの大鼠、どこにもおらぬぞよにゃ」


「消えてしまったのでございましょうかにゃ」


「あっ、あれにゃ!」


 サンディーが、上空から地上を指さす。

 何本もの倒れた大木が折り重なっている中に小さな光が見える。

 俺たちは、そこへ向かって高度を下げる。


「妖精さんにゃ」


 シルヴァが、倒木の枝に挟まるようにして倒れていた。

 俺たちは、足下の不安定な地面に慎重に着地する。


「大丈夫であるぞよにゃ?」


 アウラータが、そっと近づく。

 シルヴァを傷つけないように注意しながら木の枝をどける。

 ユキが、シルヴァの小さく弱々しい体に手を近づける。


「生きていらっしゃるようでございますにゃ」


 耳を澄ますと、シルヴァのかすかな呼吸をかろうじて聞き取れる。

 怪我もなさそうだ。

 何より、シルヴァの体の光が生命を感じさせる。


 そこへ、エスメラルダとサーナが、箒に乗って飛んできた。

 二人とも、服と髪が乱れている。


「これは、シルヴァではないか」


「メガマウスの正体は、シルヴァだったのね」


 険しい表情でシルヴァを見つめている。

 さすがの魔女たちにとっても予想外の出来事だったらしい。


「それにしても、おぬしたちの力には驚かされた」


 エスメラルダが、俺たちの方を振り返る。


「私たちも、メガマウスを食い止めようとしていたのじゃが、どうすることもできなかったのじゃ」


「まさか、あなたたちが倒してしまうなんて、信じられないわ」


 サーナも、俺たちを褒める。

 その笑顔には、若干の悔しさがにじみ出ている。


「俺たちにも、まだ何が何だかよくわからないにゃ。

 これって、どういうことなのにゃ」


 俺は、魔女たちに説明を求める。


「ひとまず落ち着ける場所へ行こう」


 エスメラルダが、倒れているシルヴァを抱え上げる。




 俺たちは、メガマウスの被害がなかった森の一角に来た。

 ルナとポン太、その他の妖精たちも集まる。

 森の住民は、全員無事だったようだ。


「シルヴァ様、一体どうしてこんなことにコン」


 ルナが、シルヴァに呼びかける。

 シルヴァは、ベッドのようになった苔の上に仰向けに寝かされている。

 目立った怪我はないが、目を覚まさない。


「何がどうなったのか、俺たちにもわからないにゃ。

 誰か、わかるやつはいないにゃ?」


 俺は、周りの反応を見る。

 エスメラルダとサーナも、眉をひそめて考え込んでいる。

 事態を説明できる者は、この中にはいないようだ。


「シルヴァ様がコン」


 シルヴァが、苦しそうに身をよじっている。

 意識を取り戻しかけているのだ。

 その場の全員が、シルヴァを取り囲んで凝視する。


「あ、うう……」


 シルヴァの目が、ゆっくりと開く。

 目が開いても、呆然としたままだ。

 うつろな表情で空中を見つめている。

 俺たちは、シルヴァが言葉を発するのを静かに待ち続ける。


「皆さん」


 何分かして、ようやくシルヴァが寝たまま話し始めた。


「私が何者なのかを話さなければなりません」


 一同が、驚きざわめく。

 シルヴァは、一体何を語るのであろうか。



ᓚᘏᗢ



「私は、女神様の分身なのです。

 分身でもあり、女神様そのものでもあるのです」


 シルヴァの告白に一同が静まりかえる。

 俺にとっては、その言葉は、意外でもあり予想通りでもあった。

 心の片隅で、何となくそんな気がしていたのだ。


「道理で女神のことをよく知っていると思ったにゃ。

 自分のことだったってことにゃ。

 それと、俺やサンディーたちがここに集まったのも、偶然じゃなかったってことにゃ。

 女神の力によって集められたのにゃ」


「ネコさんのおっしゃる通りです。

 そして、ネコさんたちに私、メガマウスを退治してもらったのです。

 猫の力を見せつけられたことによって、生きる気力を失ったメガマウスは、自ら消滅しました。

 ちなみにですが、メガマウスという名前は、大きい鼠という意味であると同時に、女神マウスの縮まった言葉でもあるのです」


「へえ、それで、今のお前は何なのにゃ。

 女神は、メガマウスだったのではなかったのにゃ?」


「生まれ変わった女神様の分身です」


 まだいろいろ質問したいことはあるが、どう尋ねればよいかわからない。

 とりあえず、生まれ変わった女神とやらに期待しよう。

 続いて、ユキが問う。


「これで鼠の数が適正になるのでございましょうかにゃ?」


「そうです。

 それどころか、乱れていた諸々の自然の摂理までもが、次第に元通りになることでしょう」


 俺の存在自体も、乱れた自然の一部だ。

 自然が元通りになったら、俺はどうなるのか。


「それって、この世界に俺以外に猫が存在しないということが解消されるということにゃ?

 俺以外の猫が、どこかからこの世界にやってくるってことにゃ?」


「それは、私にはまだよくわかりません。

 大いなる力によって、誰も気づかないうちに少しずつ世界が修正されてゆくのです。

 どう修正されるのかは、女神様にすらわからないのです」


 俺は、何となく淋しい気がした。

 自分が唯一の存在でなくなってしまうのかもしれない。

 そうなれば、俺は、珍しくもないただの猫だ。

 誰も俺を特別扱いしてくれなくなってしまう。

 それどころか、人間の魂が宿った猫である俺は、不自然な存在だ。

 自然が修復されると、俺はどうなるのだろう。

 まさか、人間の意識が消えてしまうのか。

 このことをシルヴァに尋ねるのは恐い。

 俺は、結局、何も聞くことはできなかった。




「あっ、私の尻尾がなくなってる。

 耳も。

 言葉の最後に『にゃ』がついていないわ」


 サンディーが、自分の腰と頭をさする。

 猫獣人化が解けて、元の姿になっている。


「妾もぞよ」


「私もでございます」


 アウラータとユキも同様だ。

 俺から分け与えられた力が抜けたらしい。


「もう融合を解いてもよいじゃろう。

 ここは木が多くて狭いから、広いところへ」


 エスメラルダが、俺を森の開けたところへ誘う。

 俺と融合したヴィヴィペラとクロコッタを元に戻すのだ。

 巨大な獣が二頭現れても平気な場所に来る。

 サンディーたちは、距離を置いて俺と魔女を眺めている。


「では、やるぞ」


 エスメラルダは、サーナとともに俺に手をかざす。


 びびびびびびびびび……。


 俺の体から何かが抜けていくのがわかる。

 ヴィヴィペラとクロコッタの魂だ。

 俺の中から大きな獣がいなくなったことで、体力も落ちた気がする。

 ますますただの猫に近づいている感じだ。


 ぼんっ。

 ぼんっ。


 花火のような音が響く。

 空中にヴィヴィペラとクロコッタの巨体が出現し、地面に着地する。


 サンディーたちは、突然現れたヴィヴィペラに恐れをなしている。

 クロコッタの飼い主であるアウラータは、ヴィヴィペラに気を遣いながらクロコッタに近寄ろうとする。

 普通の人間に戻ったアウラータだが、慎重な歩き方は、まだ猫っぽい。


「おぬしたち、恐れることはない。

 このヴィヴィペラは、まだほんの子供じゃ」


「おとなしく可愛い怪獣よ」


 エスメラルダとサーナは、サンディーたちを誘う。

 サンディーたちは、魔女たちの言葉を信じ、霊獣たちに歩み寄る。

 すぐに霊獣たちと仲良くなった。

 サンディーは、ヴィヴィペラとクロコッタを交互に撫でる。

 珍しいものへの順応が早い。

 アウラータは、クロコッタをねぎらうように何かを話しかけている。

 ユキは、霊獣たちを観察するように眺めている。




「私たちが人間とふれあうのは、もう当分ないわね」


 サーナが、エスメラルダにつぶやく。

 その表情は、少し淋しそうだ。


「そうじゃな」


 外見は幼いが年上のエスメラルダは、達観したような顔つきだ。


「ネコに会えなくなるのは、ちょっと残念ね」


 サーナは、俺を抱き上げる。

 俺を優しく撫で回す。


 なでなで。

 なでなで。


「なあに、私らは魔女じゃ。

 会う方法なんていくらでもあるじゃろ」


「それはそうだけど……。

 でも、やっぱり当分会えなくなる気がするわ」


「今後、ネコを取り巻く世界がどう変化してゆくかじゃな。

 ネコがネコでなくなってしまうかもしれん。

 私たちにも予想がつかぬ」


 エスメラルダは、サーナから俺を取り上げ、モフる。


 もふもふ。

 もふもふ。


「女神が何を考えているのか、お前たちにもわからないのにゃ?」


 俺の問いに、エスメラルダは溜息をつく。


「女神のことは、感じ取ることしかできぬのじゃ。

 まして、メガマウスが滅んで生まれ変わったという女神じゃから、今までの感覚も通用しない可能性もあるのじゃ」


「これから少しずつ女神の意思を探っていくしかないわね」


「困った女神にゃ。

 まだ俺たちを振り回すにゃ」


「さてと、もうそろそろネコも家に帰らないとならんじゃろ」


「森であんなことがあったから、人間たちも心配していると思うにゃ」




 それから、アウラータとユキは、自分の国へ帰っていった。

 アウラータは、クロコッタに跨がって港町へ向かった。

 途中、さぞ注目を浴びたに違いない。

 ユキは、竜脈で移動することができなくなっていた。

 そこで、ポン太と一緒に、魔女たちに箒で運んでもらった。

 遙か遠くの国なので、大変な空の旅だったことだろう。


 俺とサンディーは、人間に変身したルナとともに屋敷へ戻る。

 牧場のある坂を下ると、屋敷の周りに人が何人か見えた。

 カトリーナとニーナとメイドたちだ。

 俺たちを探しているのだ。


「無事でよかったわ」


 カトリーナが、サンディーを抱きしめる。


「サンディーを見つけてくれたのね、ルナ」


「どうかしたのですかコン?」


「あれに巻き込まれたのではと心配していましたの」


 ニーナは、森の方に目をやる。


「向こうの方で竜巻か何かがあって、森が大変だったらしいんですの」


 どうやら、メガマウスは、人間には見えていなかったらしい。

 見えていたらパニックだったはずなので、好都合だ。


「そうなのですかコン。

 私たちは、何事もありませんでしたけどコン」


 ルナは、適当にごまかす。

 事実を説明するのは難しいので仕方がない。


「ネコがいれば、何があっても平気よ」


 サンディーは、俺を抱き上げて微笑む。

 二人の姉は、謎の自信に満ちたサンディーの笑顔を見て、呆れ顔になる。



ᓚᘏᗢ



 あれから一ヶ月ほどが過ぎた。

 俺の生活は、いつもの日常に戻った。

 プルサティッラ家の愛玩動物として平穏な暮らしを続けている。

 一日のほとんどが、寝るか散歩するか家の人に遊ばれるかだ。

 平和な毎日だ。


 休職中だったメイドのミッジが戻ってきたのと同時にルナが森に帰った。

 今頃、崩れた森の復興に尽力しているはずだ。

 ポン太が変身した茶釜がなくなっていることに、サンディー以外誰も気づいていない。

 ミョウゴ島でユキと楽しくやっているだろう。


 鼠は、完全にいなくなってはいないが、かなり数が減った。

 適正な数になったのだろう。

 俺は、鼠を捕らえるのをやめたわけではない。

 猫の仕事であり、本能でもあるからだ。




 昼下がりのことだ。

 俺は、屋敷の中で体を丸くして昼寝をしていた。

 ちなみに、昼に寝ているか起きているかは、その日の気分による。


「ネコ、遊びに行くわよ」


 サンディーが、俺を起こして外に連れ出そうとする。

 俺の意識は、半分寝ているが半分起きている状態だ。

 目を閉じて寝ていても、声は聞こえている。

 もっと寝ていたいので、気づかないふりをし続ける。

 サンディーは、俺の体を揺さぶる。


「せっかく寝ているのだから、寝かせておいてあげなさいよ。

 この可愛い寝顔をこのままにしておきましょう」


 カトリーナは、サンディーを優しくたしなめる。


「いつもあなたに連れ回されているから、ネコも疲れているのかもしれませんわ。

 それにしても、ネコの寝顔って、いつ見ても本当に幸せそうですわ」


 ニーナも、俺の眠りを守ってくれた。


「ぶう……、仕方ないわね」


 サンディーは、姉たちの言葉を受け入れる。

 三姉妹は、連れだってどこかへ行った。

 静かになったので、俺は、完全に寝ることができた。




 俺は、夢を見ている。

 雲の上をふわふわと漂っている。

 夢の中でも眠っているような気分だ。

 しばらくすると、強い光が目の前に現れた。

 光は、徐々に人間の形になってゆく。

 美しい人間の女の姿だ。

 雲と同じような白い衣装に身を包んでいる。

 俺には、女が何者なのか想像がついた。

 この世界に来る前に会った記憶が、おぼろげにある。


「思い出したにゃ。

 あんた、女神にゃ」


「はい、そうです」


「あんたのせいで大変だったにゃ」


「それについては、非常に申し訳なく思っています。

 ようやく世界の修正が終わりそうです。

 そこで、あなたに事情を説明したいので、あなたの夢にお邪魔しました。

 少し話をさせてください」


「事情にゃ?」


「この世界に原因不明の不具合が生じてしまって、鼠を捕食する動物がいなくなってしまったのです」


「それは、まあ、わかっていたことにゃ。

 あんたは、なんで鼠の化け物だったにゃ?」


「それも謎なのです。

 しかし、鼠となった私を治してくれるのがあなたであることは、時空を越えた宿命だったのです」


「宿命とか言われてもにゃ。

 そんなことより、これからの俺は、一体どうなってしまうのにゃ?」


「その件に関して、ある程度なら希望を叶えて差し上げたいと思います。

 いかがいたしましょう?」


 俺は、雲の上を泳ぎながら、しばし考える。

 しかし、かなえて欲しいことが、なかなか思いつかない。

 もちろん、俺にも欲はある。

 欲を出せば際限なく出てしまう。

 一つに定まらないのだ。


「俺は、今の平穏な暮らしが続いて欲しいにゃ。

 でも、俺みたいな変な生き物は、自然の不具合がなくなった世界でも生きていけるのかにゃ?

 できれば、俺の環境は変えないで欲しいにゃ」


 女神は、少しの間、考え込む。


「確かに、あなたは、このままでは普通の猫になってしまうでしょう」


「普通の猫ってことは、人間の思考もできなくなるってことだろにゃ?」


「そういうことになりますかね」


「それだと、さすがに不安にゃ。

 だから、俺の思考能力は残しておいてもらいたいにゃ」


「あなたが人間的な振る舞いをして人間たちを驚かさないのなら、構わないでしょう」


 女神の言葉に、俺は、ほっと安堵する。


「では、私は、これでお別れです」


 女神の姿が消えかける。

 俺は、慌てて女神に声をかける。


「ちょっと待ってくれにゃ。

 この世界に猫が増えるのか知りたいにゃ」


「ええ、まあ、おそらく増えるでしょうね」


 女神は、きょとんとした表情で答える。

 俺の質問の意図が理解できないらしい。


「虫のいいことを言うようだが、俺は、今の立場のままでいたいにゃ。

 つまり、世界で唯一の生物としてありがたがられる存在でありたいにゃ」


 我ながら、かなり我が儘な願望だ。

 しかし、俺は、ライバルのいない生活に慣れすぎた。

 無数にいる猫のうちの一匹になりたくはない。


「そういうことですか」


 女神は、ほんの少しだけ眉をひそめる。

 さすがに無茶な要求だったのだろうか。

 俺は、発言を撤回しようとする。

 その前に、女神が話し始める。


「そもそも、あなたの暮らすアイルーロス地方は、本来は猫が棲息していない土地なのです。

 猫は、もっと遠くの地方にいる生物でした。

 鼠の駆除や愛玩動物とするために人の手で世界中に広まったのです。

 しかし、世界に不具合が生じたことで、猫が元から存在しなかったことになってしまいました。

 それが修正されたことによって、猫が最初に棲息していた土地にだけ猫がいる状態になりました」


 要するに、猫の生息域がリセットされたらしい。


「つまり、しばらくは猫は人間には見つからないってことにゃ。

 野生の猫は、そう簡単には人間に懐いたりはしないはずにゃ」


 野生の猫が家畜化され世界中に広まるには、相当な年月がかかる。

 俺の生きている間は、ライバルは現れないに違いない。

 ほっと息をつくと同時に夢から覚めた。

 ガラス越しの午後の日差しが俺を照らしている。

 何の変哲もない普段の午後だ。




 俺は、異世界に転生して猫になってしまった。

 そして、今、美少女姉妹に可愛がられている。

 実に平和で気楽な毎日だ。

 しかし、この平和が崩れかけたこともあった。

 そのために闘わねばならないこともあった。

 俺が、いかにして今の平穏無事な生活を手に入れたのか。

 その物語である。

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