29.変身
第104~107話
「頭にユキ殿と同じような耳がついているぞよにゃ」
「尻尾も生えてるわにゃ」
アウラータとサンディーは、自分の体を触って確かめる。
二人とも、自身の変化を喜んでいる。
「鏡で見てみるといいわ」
サーナが、魔法で大きな姿見を作り出す。
「うわあにゃ」
「おおにゃ」
二人は、いろいろなポーズを取ってはしゃいでいる。
アウラータは、サンディーよりだいぶ年上だ。
その割に、サンディーと同じようなはしゃぎ方をしている。
やはり、アウラータの性格は、相当子供っぽい。
「そういえば、妾たちの言葉の最後に必ず『にゃ』がつくぞよにゃ」
「本当だわにゃ」
「これもネコやユキ殿と同じぞよにゃ」
「面白いにゃ。
ネコ語にゃ」
今度は、しゃべり方を面白がる。
いろいろな言葉を発して、最後に必ず「にゃ」がつくのを確かめる。
「さて、サンディーさん、アウラータさん」
シルヴァが、改まった態度で呼びかける。
俺と偽ミニの対戦中に避難していた動物や妖精も戻ってきた。
偽ミニは、シルヴァの横におとなしく立っている。
「サンディーさん、このクッキーをもう一度食べてみませんか。
アウラータさんもどうぞ」
妖精たちが皿に盛ったクッキーを持ってくる。
「あ、さっきのクッキーだわにゃ」
「これでもクッキーであるぞよにゃ?」
二人とも、あまり嬉しそうな顔ではない。
サンディーは、先ほど食べた時に美味しいと思えなかった。
豪華な料理に馴染んだアウラータには、見た目が悪かった。
しかし、せっかく妖精たちが差し出すので、渋々口に運ぶ。
「美味しいにゃ」
「まことに美味であるぞよにゃ」
二人とも、大喜びだ。
続けて、クッキーを二つ三つと頬張る。
「あなたたちも、この味が理解できるようになりましたね。
普通の人間を越えた力を得た証拠です」
シルヴァは、サンディー、アウラータ、ユキの三人を並ばせる。
一見すると、猫耳のコスプレを楽しんでいる少女たちにしか見えない。
だが、シルヴァの顔は真面目だ。
「ついに三人もの獣人がそろいましたね。
ネコさんと一緒になれば、どんな敵にも負けはしないでしょう」
声高らかに宣言する。
「ちょっと待って欲しいにゃ」
俺は、シルヴァの前に進み出る。
「そんな姿になってしまったサンディーたちだけど、これからどうすればいいにゃ?
この恰好で家に帰ったら、家の人に驚かれるにゃ」
「それもそうですね。
では、後で人間に気づかれないようにする魔法をかけましょう」
「なんか怪しくて頼りないにゃ。
本当に気づかれなくなるのかにゃ」
サンディーとアウラータは、先のことを気にしてはいない。
「せっかく三人おるのだから、皆がそろった時のポーズを考えようぞよにゃ。
英雄は、見得を切るものと決まっておるぞよにゃ」
アウラータが、妙な提案をする。
「お芝居の英雄みたいにするのねにゃ」
サンディーは、喜んで賛成する。
この世界の芝居でも、歌舞伎のようにヒーローが見得を切るらしい。
その見得をまねてみたいようだ。
「私もでございますにゃ?」
ユキだけは、恥ずかしそうにためらう。
「三人でやるから面白いぞよにゃ」
結局、ユキも、渋々ポーズに参加することになった。
三人は、俺を連れて、シルヴァたちから離れる。
森の奥で、どんなポーズにするかを考えることにした。
ポーズが決定したら、妖精たちに披露するつもりなのだ。
「やはり、ネコのようなポーズがよいと思うぞににゃ」
「賛成ですにゃ」
アウラータとサンディーは、俺の普段の行動を模した姿勢を取る。
「こうかにゃ」
「こうするとよいぞよにゃ」
いろいろな恰好を試してみる。
体が人間なので、なかなか俺のようにはならない。
猫獣人であっても、猫のしなやかな体を表現するのは難しいようだ。
「ネコがよくやる、体を伸ばしてあくびをする姿勢をやってみたいにゃ」
サンディーは、俺のストレッチを再現しようとする。
下半身を立てたまま上半身を地面につけるポーズだ。
「はしたのうございますにゃ」
黙ってみていたユキが、たまりかねて、サンディーをたしなめる。
「そうですかにゃ?」
「淑女にふさわしい恰好にするべきでございますにゃ。
例えば、このようにでございますにゃ」
まずユキは、おしとやかに歩いて見せる。
歩みを止め、腰をひねり、上半身だけをこちらに向ける。
両手を胸の前で猫の手のように半分握ったような形にする。
この一連の動作が、日本舞踊のように優雅だ。
「おお、美しいぞよにゃ。
これぞネコのポーズぞよにゃ」
褒められたユキは、照れくさそうに頬を手で押さえる。
「これは、その、なんと言いますか、一例でございますにゃ」
「それがよいと思いますにゃ」
サンディーも、ユキのポーズが気に入っている。
自分でも動きを模倣してみるが、優雅さはない。
「振り向きながら、こうして手を出すところが可愛いぞよにゃ」
アウラータも、ユキのポーズを自己流でやってみる。
こちらも、優雅ではないが、可愛くはある。
そもそも、猫の仕草というものは、優雅でもあり可愛くもある。
人間がまねても、そこそこ様になるのだ。
しばらくポーズの練習が続いた。
次に、三人そろってのポーズを考えることになった。
戦隊ヒーローみたいなことをやろうとしているのだ。
ユキは、乗り気ではないが、サンディーたちに付き合っている。
「ネコも一緒にゃ」
サンディーは、俺を抱き上げる。
「俺もにゃ?」
「こうがいいかにゃ。
それとも、こうかにゃ」
俺を抱いたままのポーズをあれこれと考える。
俺は、参加するなどとは言っていないのだが。
(やれやれ、お嬢様たちの遊び相手は大変だ)
「ネコが真ん中にいると絵になると思うぞよにゃ。
背の低いサンディー殿が中心でネコを抱いて、妾とユキ殿が左右に立てば、左右対称の見た目になってよいぞよにゃ」
三人と一匹でフォーメーションを組む。
サンディーが、俺を頭の上に持ち上げる。
その両側で、アウラータとユキが、ネコのポーズを取る。
左右対称になるように、二人の体のひねりが逆になっている。
「なかなかよい感じだわにゃ」
「早速、シルヴァ殿たちに披露しに参るぞよにゃ」
ᓚᘏᗢ
俺たちがシルヴァたちのところに戻ろうとした時だった。
行く手に偽ミニが一人で立っていた。
偽ミニ以外、森の住人の姿はない。
「ちゅう」
いかにも攻撃を仕掛けてきそうな姿勢だ。
サンディーとアウラータの戦闘能力を試すつもりらしい。
「早速戦わねばならぬようでございますにゃ」
ユキは、刀に手をかける。
すぐにでも抜刀できる状態で、偽ミニを見据える。
しかし、サンディーとアウラータは、何の武器も持っていない。
「あれが稽古をつけてくれるぞよにゃ?」
「私も戦ってみたかったにゃ」
二人の表情に真剣さはない。
偽ミニと遊ぶつもりかのように目を輝かせている。
「ちゅう」
偽ミニが、走りだそうとして前傾姿勢になる。
「ちょっと待ってたもにゃ」
アウラータが、手のひらを前に出して偽ミニを制止する。
ずるっ。
偽ミニは、出足をくじかれて転倒しそうになる。
「妾たちのポーズを鼠殿にもご覧いただきたいぞよにゃ。
戦うのは、それからぞよにゃ」
「ちゅ……」
偽ミニの表情に変化はないが、呆れているように思える。
「それでは始めるぞよにゃ」
「……」
「……」
三人は、無言でポーズを取る。
偽ミニは、気をつけの姿勢で立ったまま、三人を見ている。
森の中をしばしの静寂が包む。
俺は、サンディーに持ち上げられたままだ。
「何か物足りないと思ったら、決め台詞がないぞよにゃ」
「こんな時、ヒーローは、何かかっこいいことを言うものですにゃ」
「ユキ殿、何かよい台詞はないものかのにゃ?」
「私に聞かれましてもにゃ」
なかなかアイディアが出てこない。
「面倒だから、俺が言うにゃ」
たまりかねた俺は、適当な文句を並べ立てることにした。
地面に降りて、おもむろに口を開く。
「この世に鼠蔓延る時に
謎の力で異世界転生
ネコと呼ばれし小動物は
見た目に寄らずミニプレデター
爪と牙とで目にもの見せる
助太刀するは三人娘
お前はすでに袋の鼠
いざ尋常に勝負せよ……にゃ」
聞き覚えのある言葉をごちゃ混ぜにして、即興で作文した。
言い終えてから、恥ずかしさが沸々と込み上げてきた。
「おお、なかなか決まっておるぞよにゃ」
「かっこいいけど、私たちのことをもっと言って欲しかったわにゃ」
「確かに芝居にありそうな台詞でございますにゃ」
三人には、そこそこ喜ばれた。
見得を切りながら俺を褒める。
「ちゅう」
偽ミニは、俺たちがヒーローのお約束をこなしたと判断したようだ。
戦闘態勢に入る。
ずどどどどどっ。
猛烈な勢いで俺たちに向かって走ってくる。
まるで闘牛の牛のようだ。
ぴょーん。
俺たちは、偽ミニが激突するぎりぎりで跳び上がる。
近くに、杉のようなまっすぐな大木がある。
その木の幹の地上十メートルほどの場所に、コアラのようにしがみつく。
「こんなに高くジャンプできるなんてにゃ」
「ネコの力がこれほどであるとは、全く素晴らしいぞよにゃ」
サンディーとアウラータは、初めてネコの力を使ったのだった。
二人とも興奮気味だ。
「ちゅう」
偽ミニが、下から俺たちを見つめている。
何らかの攻撃をするつもりのようだ。
偽ミニは、跳躍や木登りをしたことがない。
偽ではないミニメガマウスも同様だ。
俺は、樹上から偽ミニの出方を窺う。
がりがりがりがり。
がりがりがりがり。
俺たちのいる木の幹を囓り始める。
ビーバーのようだ。
立派な前歯を持っているのでビーバーの真似も可能なのだろう。
「この木を倒すつもりでございますにゃ」
「地面に降りた方がいいにゃ」
猫は、木に長時間しがみついているのは苦手なのだ。
俺たちは、ひらりと地上に着地する。
「ちゅう」
間髪入れず、偽ミニが俺たちに突進する。
俺たちは、ジャンプで軽くよける。
三人と俺が別々の方向によけたので、偽ミニが困惑する。
狙いが定まらないのだ。
「ちゅちゅ……」
首をきょろきょろさせる。
一番近い距離にいたサンディーに向かって走り出す。
ずどどどどどっ。
ひょいっ。
サンディーは、楽々とかわす。
猫獣人化しているサンディーの敵ではない。
逆に偽ミニに跳びかかる。
偽ミニの背中に負ぶさるように抱きつく。
「きゃははは。
おとなしくしなさいにゃ。
可愛いんだから喧嘩は駄目にゃ」
「ちゅうう」
偽ミニは、サンディーを振り払おうともがく。
だが、可愛いものを抱きしめる力にはあらがえない。
もがいているうちに、思いっきり強く大木に激突してしまう。
どてん。
目を回して、仰向けに倒れる。
そのまま動かない。
つぶらな瞳は、閉じることなく、空を向いている。
「ねえ、大丈夫にゃ?」
サンディーが声をかけるが、偽ミニは無反応だ。
「サンディー殿が、一人で倒してしまったぞよにゃ。
妾の活躍が見せられなかったぞよにゃ」
「無駄に戦わずにすんだことは、よかったことではないかと存じますにゃ」
三人は、偽ミニを取り囲んで見下ろしている。
「まだ油断は禁物にゃ。
こいつは、一癖ある変な人形にゃ」
俺は、三人に警告する。
「この人形、壊れてしまったぞよにゃ?」
つんつん。
アウラータが、拾った木の枝で偽ミニをつつく。
どばっ。
偽ミニが、勢いよく起き上がった。
しぶとい人形である。
ᓚᘏᗢ
偽ミニが立ち上がったのを見た俺たち四人は、慌てて四方へ飛び退く。
しかし、偽ミニは、立ったまま動かない。
壊れているのだろうか。
何かをしようとしているのだろうか。
そろり。
そろり。
そろり。
サンディー、アウラータ、ユキの三人が、慎重に偽ミニに近寄る。
二本足なのに、不思議と歩き方が猫そっくりに見える。
それも、見慣れぬ物体に興味を示して恐る恐る接近する時の猫だ。
つんつん。
アウラータが、再び枝で偽ミニをつつく。
反応はない。
そー。
次に、サンディーが素手で触ろうとする。
指先をゆっくりと偽ミニの肩の辺りに近づけてゆく。
つん。
指先が触れた瞬間、偽ミニの体が揺れた。
「にゃっ!」
驚いたサンディーが、三メートルほど上に跳び上がる。
空中で体を一回転させてから、上手に着地する。
偽ミニは、止まったままだ。
揺れたのは、指で押されたからだった。
「ふう、びっくりしたにゃ」
サンディーは、胸をなで下ろす。
「この人形、壊れているのでございましょうかにゃ」
ユキが、刀を抜かずに鞘の鐺で偽ミニを押す。
どうやら本当に壊れているらしい。
大木にぶつかった際に、当たり所が悪かったようだ。
俺たちは、直立不動の偽ミニをしばらく見つめていた。
ゆるキャラのような偽ミニだが、薄暗い森の中には似合わない。
動かずに立っていると、少し不気味だ。
笑っているようで怒っているのようでもある顔が、ちょっとだけ恐い。
「わっ!」
突然、背後から大声が響く。
俺たちは、再び四方へ飛び退く。
着地してから声の主を探すと、すぐに見つかった。
シルヴァだ。
いつの間にか俺たちに近づいていたのだ。
「脅かすなにゃ」
「心臓が飛び出るかと思ったぞよにゃ」
「私といたしましたことが……にゃ」
俺たちの困惑をよそに、シルヴァは、にこやかな顔で宙に浮いている。
「偽ミニメガマウスが壊れてしまったみたいですね。
抱きつかれるは想定外だったので、頭が混乱してしまったのでしょう」
「こいつにも壊れるほどの頭脳があるのにゃ?」
「そこは、まあ、企業秘密ということで」
ずぼずぼ。
偽ミニが、立ったまま地面に沈んでゆく。
三十秒ほどで、完全に土の中に姿を消した。
「特訓は中途半端で終わってしまいましたが、ご自分の体力や反射神経が向上していることは自覚できたのではありませんか」
「確かに、自分の体とは思えないほどであったぞよにゃ」
「すごく面白かったにゃ」
アウラータとサンディーは、嬉しそうに答える。
顔つきまでもが猫が満足している時のようだ。
「身体能力が向上いたしましたが、これで最後の鼠に勝てるのでございましょうか」
ユキが、俺の心配と同じことを尋ねる。
少しばかり強くなったからといって、ラスボスにはかなわないだろう。
ラスボスは途轍もなく強いと相場が決まっているからだ。
「相手は、鼠とはいえ、女神様です。
力の強さだけで戦うのではありません」
「どういうことにゃ?」
シルヴァは、俺の問いに答えず、ふわふわと浮いている。
やがて、シルヴァの姿が、徐々に変化してきた。
俺は、自分の目の錯覚かと思った。
だが、錯覚ではない。
確かに姿が変わってきている。
「お前……、鼠にゃ!」
シルヴァが、鼠の姿になってしまった。
しかも、だんだん大きくなる。
その顔や体は、ただの鼠ではない。
どう見ても、二本足で立つ巨大鼠だ。
シルヴァが、メガマウスに変身してしまったのだ。
サンディーたちは、声も出せない。
口をあんぐりと開けて、呆然としている。
少しずつ後ずさりしながらメガマウスの様子を見る。
メガマウスは、さらに大きくなる。
人間の背丈を超えてどんどん膨れ上がる。
だが、すぐに森の木々に膨張を阻まれる。
これ以上の巨大化は無理か。
「ぢゅうう」
メガマウスが、苦しそうな声を出す。
木と木の間からメガマウスの肉が盛り上がる。
粘土の塊を握った時に指の間からはみ出すようにだ。
このままだと、メガマウスは潰れてしまうだろう。
ばきばき。
ばきばき。
何本もの木の割れる音だ。
かなりの太さのある木にも、ひびが入る。
巨大化の力が、木々の堅さに勝ったのだ。
「逃げるにゃ」
俺たちは、一つにまとまって、急いでメガマウスから遠ざかる。
傾いた木が、俺たちの方へ倒れてくる。
割れた木の破片が、矢のように飛び散る。
倒木や破片をよけて走りながら、安全な距離を保つ。
「ぢゅう」
メガマウスは、森の大木よりも大きくなった。
巨大化は、ようやく止まったらしい。
身長は、少なくとも五十メートル以上にはなっている。
胴体の直径は、二十メートルは超えているだろう。
何キロも遠方からでも、森から上半身を出した巨大な鼠が見えるはずだ。
「なんて馬鹿でかい鼠にゃ」
俺たちは、数十メートル離れた森の中からメガマウスを見上げる。
これまでに遭遇した鼠の怪物を遙かに凌駕する巨体だ。
「シルヴァさんの姿が変わったように見えましたが、気のせいでございましょうかにゃ」
「妾にもそう見えたぞよにゃ」
「あの可愛い妖精さんが、どうしてあんなになってしまったのにゃ」
メガマウスが、体毛に絡んだ割れた木を払うように体をよじる。
大量の木片が雨のように森に降り注ぐ。
ばらばら。
ばらばら。
俺たちは、木片をよけるために、さらに後退する。
まだ倒れていない木々が視界を遮り、メガマウスが見えにくくなる。
「ぢゅうううっ」
メガマウスの雷のような唸り声が轟く。
激しい音の衝撃が、俺の体を貫く。
サンディーとアウラータは、耳を手で塞いでうずくまる。
恐る恐る耳から手を離したサンディーが、俺を抱き寄せる。
俺を抱くことで恐怖心を和らげようとしている。
俺を抱けなかったアウラータは、泣きそうな顔だ。
腰が抜けたのか、四つん這いの姿勢だ。
「じ、実に凄まじい音であったぞよにゃ。
まさか、わらわら妾たちは、あれと戦うぞよにゃ?」
「しかし、成り行きからいたしましても、私たち課せられた使命は、あの鼠を倒すことに違いはございませんにゃ」
ユキの表情は冷静だ。
刀の柄を握る手の震えが、心情を表している。
「戦うってのは、力だけじゃないにゃ!
さっき、シルヴァも言っていたにゃ!」
俺は、三人を鼓舞するため、声を張り上げる。
サンディーに人形のように抱かれたままなのが、少し間抜けだが。
「猫の力を使った戦い方があるはずにゃ」
ᓚᘏᗢ
俺は、三人の猫獣人を励まそうとしたが、どう戦うのかまではわからない。
メガマウスは、あまりにも巨大だ。
俺が巨大化しても、メガマウスほどには大きくなれないだろう。
この世界には、巨大ヒーローも巨大ロボットも存在しない。
誰がこんな馬鹿でかい怪獣と戦うのだろうか。
そもそも、俺たちの前にいる巨大な鼠は、一体何なのか。
本当にメガマウスなのだろうか。
シルヴァの悪戯かもしれないではないか。
幻覚を見せられているだけという気もする。
きっとそうだ。
幻なのだ。
「ぢゅうう」
巨大鼠が、うなりながら足下の木々を蹴り飛ばす。
歩き出そうとしているのだ。
大量の木片と土が、暴風雨のように舞い散る。
飛び散る塵芥が俺の体に当たるのを確かに感じる。
この感覚は、幻などではない。
相手が何であれ、対処しなければ、自分たちが大きなダメージを被る。
「妾たちは、何をすればよいぞよにゃ?」
「私たちにできることは何でございましょうにゃ?」
「このままじゃ、森が大変だわにゃ。
どうするのにゃ?」
三人は、口々に俺に尋ねる。
俺は、必死に考える。
普通に戦っても勝てる相手ではないだろう。
何か今までとは違う戦法はないものだろうか。
どどどっ。
ばきばきっ。
どどどっ。
メガマウスが、木々を蹴散らして歩き出す。
もし村の方へ行ったら大変だ。
プルサティッラ家の屋敷も踏み潰されてしまう。
「妖精さんが、あんなになって……にゃ」
サンディーは、悲しげな顔でメガマウスを見上げる。
「早く逃げるにゃ」
まだサンディーに抱かれていた俺は、腕の間から叫ぶ。
サンディーは、他の二人とともに走り出す。
その時、俺の頭の中に声がした。
「飛ぶ」
俺と融合したヴィヴィペラが、俺の脳内に話しかけたのだ。
飛行能力を使うつもりらしい。
今の俺が飛んだところでどうなるというのだろう。
だが、ヴィヴィペラにも何か考えがあるのかもしれない。
俺は、サンディーの腕から抜け出る。
「あっ、ネコが……にゃ」
宙に浮き上がった俺を見たサンディーは、目を丸くする。
「ちょっくら行ってくるにゃ」
俺は、ヴィヴィペラの意志に従って上昇する。
メガマウスの顔のあたりを目指して飛ぶ。
すぐにメガマウスの鼻先数メートルの空中に到達する。
近くから見ると、鼻だけでも、ちょっとした洞窟のように大きい。
口に至っては、俺が歯の隙間を通り抜けることも可能なほど巨大だ。
「まさか、腹の中に飛び込むんじゃないだろうにゃ?」
俺は、心の声でヴィヴィペラに尋ねる。
一寸法師のように胃の中で暴れるつもりなのだろうか。
暴れる前に消化されてしまうようにも思える。
「風、起こす」
ヴィヴィペラは、以前火光獣と戦った時の技を繰り出そうとする。
俺は、前脚を翼のように動かす。
ぶわっ。
俺の小さな体から強風が発生する。
だが、メガマウスの巨体には、ほとんど効果がない。
鼻の左右に生えた髭が揺れるだけだ。
「ぢゅう」
メガマウスが、俺を睨む。
顔にまとわりつく蠅のような俺が目障りらしい。
手で俺を払い落とそうとする。
ぶうんっ。
巨大な手が、風を切って俺に迫る。
巨体の割に意外と動きが速い。
俺は、間一髪でよける。
すると、もう片方の手が襲いかかる。
それをかわすと、また反対の手が迫る。
「ぢゅう……」
俺のことが、相当鬱陶しいと見える。
精神的な攻撃にはなっているようだ。
俺は、メガマウスの両手の動きに気をつけながら、顔の周りを飛び回る。
しかし、決定的なダメージを与えられるわけではない。
一時的な足止めになるだけだ。
「何かもっとましな攻撃はないにゃ?」
俺は、ヴィヴィペラに尋ねる。
「獅子吼」
「獅子吼って、どういうことにゃ?」
俺の体が、勝手にメガマウスの手が届かない位置に離れる。
メガマウスの顔と同じ高さの空中で静止する。
俺の口が、ひとりでに開き始める。
あくびのように大きく開く。
火光獣に炎の攻撃をした時と同じだ。
今回は、口から火が出てくる感じはしない。
「あ゙お゙お゙ーーーーーーー」
猛獣の咆哮だ。
周囲の空気が激しく振動する。
とても俺の小さな体から出たとは思えない恐ろしい声だ。
恐ろしいが、威厳も感じられる。
どうやら、クロコッタの力らしい。
メガマウスに目を向けると、顔が硬直していた。
体も、小刻みに震えているように見える。
クロコッタの獅子吼という能力が、メガマウスを怯ませたのだ。
「凄いにゃ。
でも、これも、あいつの動きを止めただけにゃ。
完全に勝つ方法はないにゃ?」
ヴィヴィペラが答える前に、クロコッタの意思で再び獅子吼が発動する。
「あ゙お゙お゙ーーーーーーー」
メガマウスは、硬直しながら震え続ける。
獅子吼を繰り返している限り、ずっと動けないようだ。
だが、無限に続けることなど不可能だ。
「仲間」
ヴィヴィペラが言う。
「仲間って何のことにゃ?」
「下」
「そうか、サンディーたちのことにゃ」
「仲間、連れてくる」
「ここににゃ?
あいつらは飛べないにゃ」
俺の体が、ヴィヴィペラの意思で下降する。
地面から見上げていたサンディーたち三人のところへ向かう。
「ネコが降りてきたわにゃ。
かっこよかったわにゃ」
「あの声には、肝が潰れそうになったぞよにゃ。
まるでライオンのようであったぞよにゃ」
「鼠の怪物を恐れさせるとは、恐れ入りましてございますにゃ」
三人が、地上一メートルの空中に浮いている俺を取り囲む。
その時、また変なことが起きた。
「あらら、何にゃ?」
三人の両脚が、地面から数センチ離れる。
俺と同じように宙に浮いたのだ。
ヴィヴィペラによって飛行能力が分け与えられたらしい。
「どうなってしまったのでございましょうにゃ」
三人は、空中で手足をばたつかせる。
ものの数秒で、体勢を保つコツをつかんだ。
猫のバランス感覚を身につけているだけのことはある。
「おお、妾たちも飛べるようになったのであるのであるぞよにゃ」
「飛んでる飛んでるにゃ」
アウラータとサンディーは、暢気にはしゃいでいる。
ユキだけは、やや不安そうだ。
それにしても、ヴィヴィペラが三人に飛行能力を与えた理由は何だろう。
サンディーたちは、これからどんな活躍を見せてくれるのか。




