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3.プルサティッラ家

第7~9話

 食堂で、家族五人が食事をした。

 俺は、その間、食堂の脇でじっとしていた。

 すでに肉をたくさんもらっていたので、腹は空いていなかった。


 食事を終えてから、父親が、カトリーナに俺のことを質問する。


「そもそも、その動物は、何ていう名前なんだい?」


「それが、わたしにもわからないの」


「じゃあ、やはり、新発見の生物なのかもしれないね」


「そうかもしれないわね」


 ニーナも、会話に加わる。


「動物図鑑にも載っていなかったはずですわ。

 後で、図鑑を調べ直してみたいと思いますわ」


 次に、母親が、俺を指さして尋ねる。


「この子の名前は、何て言うの?」


 カトリーナは、眉尻を下げて笑う。


「だから、わからないのよ」


「ええと、そうじゃなくて、どう言ったらいいのかしら。

 この子の固有の呼び名よ」


「ああ、そっちの名前ね。

 考えてなかったわ。

 どんな名前にしましょうか」


 カトリーナが、家族全員の顔を見回す。


「お姉様が、考えてください」


「それがいい。

 カトリーナが、第一発見者なのだからね」


「みんなが、そう言うなら……」


 カトリーナは、俺を見つめながら、しばし思案する。




 カトリーナが、思いついた言葉を言おうとする。

 その時、サンディーが、先に叫んだ。


「メガマウス!

 サンディー、メガマウスがいい!」


 ニーナが、あきれ顔でサンディーをたしなめる。


「メガマウスって、おとぎ話に出てくる鼠のお化けでしょ。

 それが、どうしてこの子の名前なんですの?

 変ですわ」


「強いし、かっこいい」


「強くても、怪物の名前なんて、よくないと思いますわ。

 それに、かっこいいかしら、あれって」


「メガマウスがいい!」


 サンディーが、意地を張る。


「私も、怪物の名前なんて嫌だわ。

 不吉よ」


 母親も、サンディーの案に反対する。


「ぶう……」


 サンディーは、不機嫌な顔で黙ってしまう。

 諦めたようだ。

 変な名前にされずにすんだ。

 そもそも、俺が命を落としたのは、鼠のせいなのだ。

 鼠のお化けとやらの名前など、御免(こうむ)りたい。


(このサンディーって、ペットに怪物の名前をつけようとするような女の子だったのか。

 可愛い外見からは、想像できないな。

 まあ、小さい子なら、そんなもんかな)




 ところで、メガマウスとは、俺の前世の世界では、大きな口をした鮫の仲間だったはずだ。

 こちらでは、架空の大きい鼠の名前になっている。

 きっと「ス」の発音が違うのだ。


 俺には、この世界で話される言語が、日本語に翻訳されて聞こえている。

 その仕組みは不明だ。

 脳内に自動翻訳装置があるかのようだ。

 俺をこの世界に送った女神が、勝手にそうしたのだろう。

 女神何の意図があるのかは知らないが。




 さて、カトリーナが、改めて俺の名前を発表する。


「ネコ。

 ネコなんてのどうかしら。

 ネコという言葉、この語感が、いかにもこの子の雰囲気に合っている気がしないかしら?」


「確かにそうですわ。

 お姉様の言うとおり、この子は、いかにもネコって感じがしますわ。

 なぜかは、よくわからないのですが」


 両親も、ニーナと同意見だった。


「じゃあ、ネコでいい」


 サンディーも、納得したようだ。




 猫を知らない人が、猫に「ネコ」と命名した。

 こんな偶然があるものだろうか。

 これも、女神の意思なのだろうか。

 考えたところで、俺にはどうすることもできない。

 猫になってしまった現実を受け入れて、生きていくだけだ。




「ねえ、ネコ。

 あなたって、見れば見るほど、ネコって感じだわ」


 カトリーナは、俺を抱きかかえて、絨毯じゅうたんの上に座る。


「この顔の感じとか、体の丸みとか」


 そう言いながら、俺の背中を撫でる。


 なでなで。

 なでなで。


「サンディーにも抱っこさせて」


「いいわよ」


 サンディーが、俺を受け取る。

 小さい子には、俺は、ちょっと重いようだ。

 俺を落とさないように強く抱きしめる。


 ぎゅっ。

 ぎゅぎゅっ。


(苦しいぞ。

 もっと優しく扱ってくれ)


 俺は、もぞもぞともがく。

 四本の足の爪が、サンディーの服に引っかかる。

 無意識に、猫の本能で爪を立てていたのだ。


「意外と鋭い爪ですわ」


 ニーナが、俺の体を支えながら、爪を凝視ぎょうしする。


「小さいけど、鷹の爪のようですわ。

 やはり、可愛いけど、肉食の動物なのですわね。

 一体、この爪で何を捕まえるのでしょうか」


「今までは、爪が隠れていたのね」


 カトリーナが、俺の足の先を握る。

 爪をサンディーの服から外す。

 母親は、怪我の心配をする。


「サンディー。

 痛くなかった?」


「うん」


 厚手の服のおかげで、サンディーの体にひっかき傷をつけずにすんだ。

 今度から、人に抱かれたり撫でられたりする時は、爪に気をつけないといけない。


 サンディーが、俺の前足の指をつまむ。


「うーっ、この爪、かっこいい」


 何度も俺の指先をつまんだり緩めたりする。


 にゅっ。

 にゅっ。

 にゅっ。

 にゅっ。


 出し入れできる鉤爪が、いたく気に入ったらしい。

 あんまりつままれるので、俺の指が痛くなる。


(こんなこと、早く飽きてくれえ)



ᓚᘏᗢ



 その夜。

 家族と住み込みの使用人が、交替で風呂に入る。

 プルサティッラ家の屋敷には、立派な浴室がある。

 何百メートルか離れたところにある温泉の源泉からお湯を引き込んでいるのだ。

 そのため、毎日入浴することができる。

 ここ、アイルーロス地方は、温泉が豊富なのだ。

 僻地ではあるが、風呂には恵まれている。

 この世界の他の地域では、毎日の入浴は難しいのだとか。


 俺は、残念ながら、この日は風呂には入れてもらえなかった。

 カトリーナたちも、さすがに動物を風呂に入れようとは思わなかったようだ。




 子供たちの就寝の時間。

 寝間着姿のカトリーナが、俺を抱いて、自室に連れて行こうとする。

 三人の娘たちには、それぞれ自分の部屋が与えられているのだ。


「あーっ!

 カトリーナお姉ちゃま、ずるーい」


 叫んだのは、サンディーだった。


「メガマ……、じゃなくって、ネコは、サンディーと一緒に寝るの。

 持ってっちゃ駄目」


「仕方ないわねえ。

 いいわよ」


 カトリーナは、俺をサンディーに譲った。

 表情は、残念そうだ。

 姉としては、妹と張り合うわけにもいかないのだろう。


 サンディーは、俺を両手で抱えて、階段を上る。

 二階にある自分の部屋へと歩く。

 またしても、抱き方が雑だ。

 俺は、爪を立てないよう気をつけて、サンディーの体にしがみつく。

 そうしないと、ずり落ちそうになる。

 やはり、抱かれるのなら、姉たちの方がいい。




「さあ、ネコ。

 ここが、あなたのベッドよ」


 自分のベッドに俺を仰向けに寝かせる。

 猫には、少しきつい体勢だ。

 横向きになろうとすると、仰向けに戻されてしまう。

 そんなことを何度か繰り返した。

 サンディーは、動物も人間と同じ姿勢で寝るとでも思っているのだろうか。


「お行儀が悪いわねえ」


(猫に行儀とか言われてもねえ)


「おとなしく寝なさい」


 仰向けの俺の体をシーツに押しつける。


 ぐいっ。


 その上から毛布を掛ける。


 ふぁさっ。


 俺は、諦めて、仰向けの姿勢を維持する。


「枕があった方がいいわね」


 ハンカチをたたんだのを俺の後頭部にねじ込む。

 寝心地の悪いのは変わらない。


「さあ、おねんねよ」


 俺を寝かしつける。

 寝るまでずっと俺を見ているつもりだ。


 じぃーーーーーーー。


(そんなに見られてたら、寝たくても寝られないんだよなあ)


 仕方がないので、目を閉じる。

 狸寝入りだ。

 猫なのに。


「やっと寝たわ」


 サンディーは、俺と並んで毛布に入る。

 その後、すぐに眠ってしまった。


 もっと遊びに付き合わされるかと身構えていたが、安心した。

 夜目の利く俺には気づきにくかったのだが、部屋の中が暗いのだ。

 この世界では、電気が発明されていない。

 窓から月明かりがさしているだけだ。

 蝋燭はあるのだが、サンディーには危なっかしいので、使わせてもらえない。

 これでは、サンディーは、寝るしかないのだ。




 俺は、眠たいのか眠たくないのかよくわからない変な気分だ。

 猫が暗い時間に行動する性質だからだろう。

 本格的に睡眠を取りたくなるまで、屋敷の中を見て回ることにした。

 ベッドから出ようとする。

 その時、サンディーが、俺のしっぽをつかんだ。


 ぎゅっ。


 俺を逃がさないつもりなのか。

 見ると、可愛い寝顔で、寝息を立てている。


(寝ながら俺を捕まえるなんて、恐ろしい子供だ。

 こいつ、ただ者じゃないかもしれないぞ)


 仕方がないので、このまま寝ようと思った。

 そこへ別の危機が襲いかかってきた。

 便意である。

 この場でするわけにはいかない。

 部屋を汚せば、飼い主一家に嫌われる。

 たとえ嫌われなくても、人に迷惑は極力かけたくない。


 俺は、少しずつしっぽを引っ張る。

 サンディーの握力が、逃がしてなるものかとばかりに強くなる。


 ぎゅうう。


 かなり痛い。

 無理にしっぽを動かすと、もっと痛い。

 少しの間、どうするか考える。


(しょうがない。

 こうするしかないか)


 前足の爪を立てる。


(怪我をしたら、ごめんな)


 サンディーの指を爪の先でつつく。

 うまくいった。

 サンディーは、手をしっぽから離した。

 眠ったままだ。

 起きる様子はない。


(ふう、助かった。

 早くトイレになるところを探さないと)


 部屋の窓に向かう。

 外に出られるかどうかを確かめる。

 窓には、現代的なガラスがはめられている。

 この世界の技術でも、板ガラスは作れるようだ。

 それに比べて、鍵は、単純な作りだった。

 猫の手でも簡単に外せる。


(これなら、外出は簡単そうだ。

 それじゃ、ちょっくら出かけてきますよ)


 窓を開ける。

 ここは、二階だ。

 小さな猫にとっては、結構高い。

 窓から辺りを見回す。

 下の階の窓枠が出っ張っている。

 猫の足場にちょうどいい幅だ。

 猫のジャンプ力なら、上り下りができるはずだ。




 地面に降りた俺は、トイレを探す。

 猫用トイレなんてあるはずもない。

 無造作に排泄物をまき散らすのも駄目だ。

 ちゃんとした場所でやらないと。


(そういえば、こんな時、普通の猫は、どうするんだっけ?

 そもそも、猫の体で、どうやって出すものを出すんだ?

 やり方がわからないぞ)


 どう体に力を入れれば排泄できるのか。

 猫になったばかりの俺には難しいのだ。

 ちょっと考えてから、ある方法を思いついた。

 猫の本能に任せるのだ。


 瞑想でもするように、意識をぼやけさせる。

 思った通り、体が勝手に動き出した。

 俺の体は、庭の端の土の露出したところまで歩いて行く。

 足で土を少し掘ると、気持ちよく用を足すことができた。


(毎度毎度庭に出てやるってのも面倒だよなあ。

 早くこの家の人に、猫にもトイレが必要だってことに気づいてもらうようにしないと)



ᓚᘏᗢ



 その夜は、すぐにサンディーの部屋に戻って寝た。

 昼間に、人間の相手をしてばかりだったので、疲れていた。

 朝までしっかりと睡眠を取った。


 次の日の朝になった。

 俺は、食堂の端で、家族と一緒に食事だ。

 メイドが用意してくれた肉を食べる。


「ネコは、昨夜はちゃんと眠れたかしら。

 サンディーと一緒じゃ、なかなか寝られなかったんじゃないの?」


 食卓で、カトリーナが、サンディーをからかうように言う。


「ずっとよい子で、一緒のベッドで寝てたわよ」


 サンディーは、俺の外出に気づいていなかった。


「でも、サンディーは、寝相が悪いからねえ」


「サンディー、寝相悪くないもん」


 サンディーが、むきになって言い返す。

 父親が、カトリーナとサンディーをたしなめる。


「二人とも、食べながら言い争うのはやめなさい」


「「ごめんなさい」」


 二人は、首をすくめて謝る。




 午前中は、三人の娘たちの勉強の時間だ。

 近隣から一人の家庭教師がかよってきて、三人に学問を教えている。

 貴族としての教養を身につけるのだ。


 両親も、今日は家にいる。

 二人とも自室で何か仕事をしている。

 貴族もいろいろと忙しいようだ。


 使用人たちも働いている。

 何もしていないのは、俺だけだ。


 俺には、することがない。

 いや、ある。

 俺の住んでいる場所について知っておかないとならない。

 屋敷の内と外を見て回ることにした。




 屋敷の中は、結構広い。

 小さな猫の視点からだと、異様なほど巨大に感じられる。


(改めて見てみると、人間の家って、でかいなあ。

 まるで魔王の宮殿か何かだな。

 俺が小さいんだけどね)


 一階と二階を一通り回ってみた。

 廊下を歩くだけでも、意外と時間がかかった。

 誰がどの部屋で寝るのかなどの情報は、一度では把握できなかった。


(どうせ、ここで暮らせば、そのうちわかるだろう。

 外も調べないとな。

 昨夜みたいに外に出たくなったらすぐに出られる方法も知っておいた方がよさそうだし)


 廊下を通って、昨日肉をもらった台所に向かう。

 扉が閉まっている。

 頭で押すと、簡単に開いた。

 ノブを回す必要もない簡素な扉なのだ。

 中には、誰もいなかった。

 メイドたちは、他のところにいるようだ。


(人がいれば、俺が逃げると思って、外に出してくれなかったかも。

 いなくて好都合だった)


 台所には、外に通じる勝手口がある。

 内開きなので、開けるのに少し苦労した。

 しっかり閉められていなかったので、手を隙間に突っ込んで開けることができた。

 治安がよくて、泥棒の心配がないのだろう。


 邸宅の外は、広々とした庭だ。

 植木や花壇の花が、小綺麗に整えられている。

 今はいないが、定期的に庭師が来て、手入れをしているのだ。

 一時間か二時間、庭園を散策した。


 体が小さいので、意外と屋敷と庭の全体像が把握しにくい。

 木や花壇などが、視界の妨げになるのだ。

 地理を覚えるのにも、何日か必要なようだ。


(さて、そろそろ中に戻るか。

 ちょっと腹が減ってきたし、眠いような気もする)




「よかったあ。

 どこかに行ってしまったのかと思ったわ」


 玄関を歩いていると、カトリーナが駆け寄ってきた。

 俺を抱きかかえて頬摺りをする。


 すりすり。

 すりすり。


「安心しましたわ」


 続いて走ってきたニーナが、カトリーナの腕の中の俺を撫でる。


 なでなで。

 なでなで。


 うっかり飼い主に心配をかけてしまったようだ。

 これでは、また籠に入れるなどと言われかねない。


「にゃー、にゃー」


 俺は、甘えた鳴き声を出す。

 逃げたりはしないという精一杯のアピールだ。


「ああ、やっぱり可愛い」


「本当ですわ」


「もういなくならないでね」


「にゃー」


(ペットも、いろいろ気を使うなあ。

 これからは、飼い主から適度な距離を保つ方法を考えないと)


 そこへサンディーがやってきた。


「まったく、ちょっと目を離すとこれなんだから」


 怒ったような顔で俺を見ている。


「勝手にどっか行っちゃ駄目ですよ、ネコ」


 お姉さんっぽく振る舞っているらしい。


「サンディーったら、自分がいつも言われてること言ってる」


 カトリーナにからかわれて、サンディーがむくれる。


「ぶう……」




 さらにもう一人が現れた。

 眼鏡をかけた白髪交じりの男だ。


「これが、みなさんのおっしゃっていたネコですか」


 男は、家庭教師のウェイン先生だった。

 珍しそうに俺を観察する。

 眼鏡をかけ直しながら、見る角度を何度も変える。


「私の知らない生物です。

 これは、生物学上の大発見かもしれませんよ。

 世間に発表すれば、さぞ評判になることでしょう」


 カトリーナは、困った表情になる。


「そうなると、研究のために、この子が取り上げられてしまうのではありませんか?」


「王都の学者たちが興味を持てば、もしかしたら、そうなってしまうかもしれませんね」


「それは、あまり嬉しくありません」


「わたくしもですわ」


 カトリーナとニーナは、俺のことを世間に知られたくないようだ。

 俺も、面倒なことは避けて、安穏な暮らしがしたい。

 学者の研究対象なんて、あまり気分はよくなさそうだ。


「そうですね。

 無理に発表する必要はありませんね。

 みなさんが、独自にこの生物を研究をしてみるのもいいでしょう」


「それでは、しばらくネコのことを内緒にしておいてくれませんか」


「そうしましょう」


 先生は約束した。

 俺も、一安心だ。


 しかし、外出したメイドが、すでに村人に俺のことを話していた。

 そのせいで、俺のことが、少しずつ国中に知れ渡っていくことになるのだった。

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アイルーロス…なるほど! アイルー(ねこ)ロス(無くなる)か! (↑勝手に納得)
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