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第一話

私がクローズを担当した日の翌日に、スタッフ共有の伝達アプリで、「dスタジオの扉が閉じられていませんでした。防犯上、またお客様とのトラブルが発生しないよう、扉が閉まっていることを確認してから退館しましょう」

と発信されていた。


おや、確認不足だったかな、と思ったが、石橋を叩いて叩いて結局渡らないような私が扉を閉め忘れることがあるだろうか、と疑問に思った。

念の為、後々叱責されるのも面倒であった為、私は謝罪の一文を送り、注意します、と苦々しく答え、やりとりを終えた。


dスタジオといえば、3階にある、館内で最も小さなスタジオだ。大抵上映期間の終わりかけで、もうすぐ全国で上映が終わるような映画が放映されている。

その映画はファンが何度も見返したり、なかなか時間が確保できず、ようやく時間を確保し、その映画を観れるような人が集まる、閑散としたスタジオである。

昨晩は一番最後にクローズしたスタジオだ、眠気と慢心がミスを産んだのだろう、気をつけよう、と肝に銘じた。

だが、いつもしていることだ、扉は閉めた。あの静かな館内に、扉がパタムという音を立てたのを必ず確認したはずだ。


今日も、クローズ作業が私に割り振られている。アルバイトとして入社して半年、任される仕事が増えるのは喜ばしく、評価されているかのようで嬉しかったが、給料が上がらないことだけが不満だった。

深夜料金として多少は色をつけてくれるようだが、スズメの涙ほどである。

それなら早く帰って、筋肉の為の休息をとりたい。

そう思いながら私は自室で日課の筋トレを続けている。

イチローが『トラやライオンはウェイトトレーニングをしない』、と言っていた。

だから私は自重のみで鍛える。

変態だ、と周囲には奇妙な目で見られる。

だがそれも気にしない。

スウェーデン出身のサッカー選手、ズラタン・イブラヒモビッチはこう言う。

『ライオンは人間と比較をしない』

これで実際に積み上げてきた努力の結晶は自らの体に結果として反映されている。

それが何よりも自慢で、鼻高々と胸を張り、仕事をする。

誠実な接客を心がけ、力を抜き手は抜かない、模範的なスタッフであろうと努めた。


上映スケジュールは昨日と同じ、dスタジオが最終上映だ。

aからcまでのスタジオをいつも通りに片付け、明日の朝シフトへの引き継ぎを済まし、dスタジオの上映終了を待った。

dスタジオに入り、観客と共に観ようとすることもできる。

だが、私はこの仕事にも、映画にもリスペクトを持って働いている。

スタッフという権限を振りかざして無銭視聴はするまい、と心に決めていた。

どんなイレギュラーが発生するかもわからない。

インカムを耳につけ、屋上でタバコを蒸す。

時間が来るのを待つ。


終演時間が近づいてきていたのでスタジオの扉の前に立った。

今日はキチンと閉めるぞ、そう思い、時計を見た。

デジタル時計なのに、チクタクと音が鳴っているかのような感覚だった。

1分が、1秒が、長い。

退屈だった。


そして終演時間2分前になったのでスタジオに、音を立てないように入った。

ここで扉の音が鳴ってしまっては、客の感動体験を削ぐ。

細心の注意を払って、扉を閉めた。

クリフハンガーも終え、場内に照明がぽつりぽつりとつき始めた。

扉を開け、スクリーンの前に立ち、上映の終了を告げ、退館を促し、扉を出てダストボックスの前に立ち、客一人一人に頭を下げて「お気をつけてお帰りください」と言葉にしながら全員が出ていくのをみた。

明らかに仕事帰りのサラリーマン、カップルが2組、老夫婦が1組、とぼとぼと歩く大学生、事前にフロントで得た入場者通りに、計8名がこのレイトショーを満喫したのだ。

客が少なくて助かる、と思い、スタジオ内に入った。

忘れ物はないか、ゴミはないか、スタジオ内を隈なく歩き回り、一番奥の席の、一番端にゴミが残っていることに気がついた。

ポップコーンの食べかけのバケツが置かれたままだった。

あまりに塩辛かったのだろうか、半分以上残っていた。いや、映画に夢中で、食べることすら忘れていたのか、そこだけにもドラマ的なエピソードが残る。

しかし、ポップコーンのバケツの横に、靴があった。

幼児向けの、歩くと光る靴。

さっき出て行った客の中に、子どもはいなかった。

子連れもいる雰囲気はなかった。

そもそもこんな時間に家族でレイトショーを、というのは早計だろうか。

この最終上映の一つ前に清掃に入った連中が気付かずにそのままにしていたのかもしれない。

給料を貰っているのにも関わらず、手を抜いた仕事ぶりに腹立たしさを感じ、ポップコーンのバケツを抱え、靴を持ち、スタジオの見回りを終え、最後にパタム、と閉め、扉を押し込んだ。

これで一日が終わった。

ダストボックスのゴミを地下のゴミ回収置き場に投げつけ、靴の落とし物登録を済ませ、「ノーゲスです」と伝え、また終電ギリギリの電車に乗った。


その翌日、朝イチにまた共有アプリに通知が来た。


『dスタジオの扉が閉じられていませんでした。』


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