第二十六 余話 ギデア
執務室の壁に掲げられた、我々の中心で勇ましく指揮をとり、自らも剣を揮って戦う美しい少女の絵。
高名な絵師の手になる一幅だが、ただ同然の値で手に入れたものだ。
もう長いこと直接会う機会がない。
平和な日々がそれほどの長きに亘っているという事であるから、有難いのだ。
天に感謝せねばならないのだが……
(エルレイシアが幸せに、長生きしますように……)
今日も朝課のように心中に祈りを捧げて、一日の仕事を開始する。
----
騎士ギデア、♂ 35歳。
レイシア国のうら若き君主エルレイシアと同年齢、もしくは半年くらい若かった筈だが、筆者も彼らと別れてから長いためよく覚えていない。
「ふっ……奴は我ら『女王の九人の騎士』の中でも最若」
「なのに指揮はできるわ、斬鉄剣も揮うわ、治癒の手まで光るわ、なんと妬ましい」
「我らの誇りよ」
などと同僚から囁かれる有様。
主君への忠誠の心篤く、指揮統率に意欲を示した為、国の兵力を大きく二分する必要が生じた際に、経済的に重要な後背地域を護る劣弱な兵力の指揮をエルレイシアに委ねられた。
爾来十年間、この城の主として管轄地域の安寧に尽力している。
女王即位以来の同僚騎士シコーキが補佐役として同道。
離反の惧れが欠片もない、忠誠心最高コンビ。
幸い、今のところはまだ直接他国と接していないので、兵を率いて出る必要はこれまで無かった。
直接他国と領土を接していない理由は、辺境でないと御目にかかれない、未だに独立を保つ自治地域があるから。
それと、その先が小国対峙状態で拮抗していて、その自治地域へ侵攻できないから。
日課のように、今日も早くから執務室に入る。
戦争はおろか紛争とて村の些事程度の報告が月に一度もあれば多いと感じるほど平和なこの辺境。
頻度の少ない魔物や賊の跳梁に対処するよりも、管轄する町の税収に一喜一憂する方が多く、戦士にとっては退屈でしかない。
----
「報告! 空中通廊が現れました!」
「空中通廊が、本当に現れたのか? 消えていないのか?」
「はい! 昨日の幻のようにすぐ消えるかと思われましたが、ずっと消えずに浮んでおります」
「よし。すぐに第二胸壁に向う。近習を集めろ」
「了解! 近習を招集します!」
支えるものもなく、虹のように空から現れ出でて空へと消えゆく、宙に浮ぶ通廊。
まるで神話の世界ではないか。
本当にそんな物が現れたのであれば、この目で見なければならない。
エルレイシアに報告すべき、またとない話の種となるから。
シコーキが居れば当然伝えるところだが、彼女は麓の集落を兵士と廻っている所だった。
----
近習の皆と共に胸壁へ上れば、見よッ!
蒼天を照らす旭日を背に、草原の上に浮ぶ黒い影!
通廊の両側に極端に平滑なガラス窓が嵌め込まれ、透過する朝の澄明な陽光には一筋の乱れも濁りもない。
しかもその端は不思議に曖昧に影をぼかして、人の目に輪郭を生じさせない。
眼下には草原を通廊へ歩む兵士らの姿が見える。
この怪異に、敢えて近くに寄って調べようというのだ。
----
調査に向った兵士を追って、武装してきたギデアと近習と兵士が草原を歩む。
通廊であれば、断面が見えるであろう位置から近づいて見るも、どうにも輪郭が浮ばない。
不思議なまやかしの仕掛けがあるようだ。
窓を近くから見上げる位置へ進むと、少し開いていて、窓枠に赤い色鮮やかな縄が結び付けられているのが見えた。
縄は隙間から窓の中へ引き込まれている。
それだけでなく青い太紐が一本、窓枠から窓枠へと繋がれて、中ほどに何かが結ばれて、壁の前に下げられていた。
正体不明な何者かが、目的不明な何事かを、ここで成した。
その次に来たるべき事が何か、探らねばならない。
兵士に伝令を命じて、梯子を3つ取って来させた。
梯子をかみ合わせて、もしも昨日のように空中通廊が不意に幻の如く消えうせても、梯子が倒れないように設置する。
一団の兵士に梯子を押さえさせて、弓兵が射撃準備している中を、志願した近習のシュッツが梯子を一段ずつ慎重に上り、腕を伸ばして窓を開け放つ。
何事も起らない。
弓兵が弓を構える。まだ弦は引かない。
ギデアが頷くと、シュッツがもう一段昇って、大胆にも首を窓の中へ突っ込む。
左右を見ている。
「どうだ?」
「ここには長い縄が巻いてあります。左右の通路の先は真っ暗です! 明るいのはここだけのようです!」
「もっとよく見てみろ! 目を暗さに慣れさせてみれば、何か見えるかもしれんぞ!」
「やってみます! 突入してみましょうか!?」
「いや、先ずは外に留まって、できる限りで良いぞ!」
「了解!」
暫く努力していたが、どうやら全く何も見えないらしい。
ギデアは遂に決断を下した。
「シュッツ! 兵士を三名連れて、中へ入って、ここから見える端の窓まで行って、暗闇の中を見通してみろ!」
「姿を見せておけば良いのですね! やります! おいっ誰か三名、来いっ!」
兵士が互いに顔を見合わせながら手を挙げたり引っ込めたりして、忽ち三名が決る。
シュッツたち四名が空中通廊へ突入を敢行した。
端の窓の位置に立ち、二名の兵士が逆側で同じように立って、闇の中を見通そうとしているようだ。
下で待つ者は皆、不安と期待で己の中に湧き上がる興奮を鎮めるのに懸命だ。
我慢できず、ギデアと近習は梯子の天辺まで上って、いざという時に窓へ突入して駆けつける為に待機した。
調査に入ったシュッツたちは更に見通せず、その間にも取り寄せられた松明、遂に兵士が一人ずつ、松明を掲げて暗闇へ入ってゆく。
暫くの間、胸が痛いほどの待機の後、遂に兵士たちが帰還してきた。
曰く「ただひたすら真っ暗闇が続いていました」
さても怪しい空中通廊!
何一つ、誰一人見えぬ黒闇の中から、一体如何なる者が出で来て窓辺に縄仕掛けを残したか。
撤収を命じながら、ギデアはこの通廊の中に巻かれた縄を実際に触った時の、異常に滑らかな感触を思い出していた。
巻かれた縄は、これから暗夜に隙を見て忍び出てくる準備かもしれない。
ギデアは、今夜は夜を徹して空中通廊を間近で見張らせるように近習に命じた。
拙作を御読み頂き、有難うございます。
現在、2022年10月15日土曜日、17:28.
サブタイトルに話数を記しているので、割り込み投稿するととても面倒。
そんなやり方を選んだ自分が悪い。
でももう今34話まで予約掲載を設定してる状況で、34話分全部サブタイから話数を消すのもそれはそれで億劫。
これですよ。
この感じですよ。
これを『俺』に託してファンタジー世界へ送り込んでしまいました。
すまんなあ、『俺』ちゃん……




