第十八話:霞の親友
混乱。
現在の彼の頭の中を表すにはその言葉が一番当てはまるだろう。
まず状況を整理してみよう。
夢が叫ぶ。その理由は夢が大好きな番組の終了のお知らせによってのものだ。
そして雪が夢を宥めた不器用ながらにも。
そこからが問題だ。
突然、廊下に鳴り響いた慌しい足音。
それが聞こえなくなるやいなや、突き飛ばされる霞。
そして、それが女性だということが判明する。
顔は霞の胸の中に埋めていたためあまりよく分からないのだが、見たところスタイルは抜群である。
事態は急変する。
その女性が突然顔を上げ悲しそうな声を上げたのだ。
だが、仁は見た。
その瞬間、女性の顔を見た霞の表情が少し和らいだのを。
そして、霞はおそらく彼女の名前であろう言葉を彼女に優しくかけたのだ。
万事解決とまではいかないが、仁はようやく大体の状況を把握できたのだ。
しかし、夢の一言で仁はまたしても混乱に陥ることになる。
「ああっ!! 二重跳びお姉さんだっ!! 」
え・・・?
仁はその言葉に改めてその女性の顔を凝視する。
確かにその顔はどこかで見覚えのあるものだった。
そう夢の言うとおり、ものの2、3分前にテレビの中にいた女性そっくりである。
「・・・凄く似てるな」
「ううん、似てるじゃなくて、本物だよ、仁にぃ」
「そんな馬鹿なことがあるわけないだろ」
仁はその女性を二重跳びお姉さんだと信じてやまない夢に優しく諭してやる。
「だから、本物だって」
「仁、確かにこれは花宮 心で間違いないね」
いったい誰に似たのか自分の考えを容易に曲げない夢に厄介なことに雪も加勢する。
「お前らな・・・」
こんなとこにいきなり有名人が押しかけてくるわけないだろ。
と、仁はそう思い、溜息をつこうとしたのだが、
「あれ、もしかして君達はお姉さんと二重跳び、いっつも見てくれてたのぉ? 」
突如騒動の中心にいる女性が間延びした声を上げる。
その声だけ聞くとは先程まで悲しそうな声を上げていた女性とは誰も思わないだろう。
それぐらいの変わりようでその女性は顔を仁達に向けて間の抜けた声を上げたのだ。
だが、先程からずっと霞の上に乗っかっている体勢は変わらずで、これから変えようとするつもりも一切ないように思われた。
そろそろ下の霞の顔から笑顔が消えようとしていることを仁は伝えようかどうかと迷っていると、夢がニッコリ笑って口を開いた。
「はいっ!! いっつも見てますっ!! 」
「私もっ!! 」
元気一杯の声をリビング一杯に響かせる。
その声を聞いた女性はサングラス越しでも分かるぐらい見るからに嬉しそうな顔を浮かべた。
だが、仁はまだこの女性は花宮 心であることを信じない。
「うわぁお姉さんうれしいなぁ。ねぇねぇかすみん、かすみん、ここにファンが二人もいるよ」
「おぉ、分かったから、そろそろどいてくれないか、重い」
「あっ、ごめんっ。ついつい」
「痛っ、こらっ心、体重をかけるなっ」
と、そんなやり取りがありながら例の女性は立ち上がって夢達のほうへ向おうとする。
霞は気だるそうに立ち上がると先程やられたお腹を優しく擦っていた。
女性は二人の前まで近づくとサングラスを取った。
遂に素顔を曝したのだ。そこにあった顔は本当に花宮 心に瓜二つだった。
「本当に似てますね。そっくりさんでテレビに出れるレベルですよ」
「・・・かすみーん、一人だけ酷い子がいるよぉ」
仁が真顔でそう呟いたのを聞いた女性―花宮 心は泣きそうな顔をして上唇を噛みながら霞に助けを求めるかのような目を送る。
それを見た霞はふっと笑って、
「まあ、仁は女性の前だと緊張して心にもないことを言ってしまうんだ。許してやってくれ」
と、全く的外れな事を言い放ちました。
仁は何食わぬ顔でその台詞を聞いていたが、
「って、何言ってんだっ!? 」
思わず叫ばずにはいられなかった。
「そうなのぉ? 」
気がつくと眼前に花宮 心と名乗る女性がケロッと笑顔になって仁の顔をまじまじと見つめてくる。
「ち・・・ちがいますよ」
そう言いながら仁は頬を少し赤らめて彼女から目を逸らす。
「照れてるじゃん」
仁にとっては十代後半の男子が女性に近くで見つめられたときの純粋な反応をしただけなのだが、実際そうなので霞のツッコミに何も言葉を返すことができず、少し恥ずかしさを感じながら立ち尽くしていた仁であった。
「何か騒がしいけど、お客さん? 」
雛、ナイスタイミングっ、と仁は心の中で2、3回万歳をして雛に現在の状況を説明する。
「あぁ、お客さんというか不法侵入者というべきか」
「え、え、どういうこと? 」
雛は仁の説明に目が点になって聞き返す。
「んま、そういうことだ」
仁はこれ以上説明のしようがないのでこう言うしかない。
「いや、だから、それじゃわからないよ・・・あ」
と、仁に更なる説明を促そうとした雛が例の女性に目が合う。
「花宮 心さん・・・? 」
「そうだろ、本当にそっくり・・・すいませんでした」
殺気にも似た何かを感じた仁は無意識に謝罪の言葉を口から漏らしていた。
「こんにちは、確か雛ちゃんだったよね」
先程の殺気のようなもの発生源から花宮 心(仁、遂に認める)の声がした。
「は、はい、久しぶりです。覚えてくださったんですか」
その言葉を聞いた雛はいつになく嬉しそうな顔をして、嬉しそうな声を出した。
そういえば、雛は花宮 心の大ファンとか言ってたっけな、と思う仁であったが何かにひっかかる。
「もちろん忘れるわけないじゃない」
心の声をぼやっと聞きながら仁はその何かに気づく。
「あれ、久しぶりって雛は花宮さんと初対面じゃないのか? 」
あれ? 仁は思った。
この言葉を言った瞬間、心の顔が泣きそうになっていたからだ。
それと同時に心なしか霞と雛が少し冷たい目でこちらを見ている気がした。
「ん、どうしたの? 」
仁は内心焦りながらもいつも通り冷静に口を開く。
「うぅ、かすみーん。私ってそんなに影薄いのかな」
心が泣きながら霞の胸の中に飛びこんで行ったのを見ながら、うわ、やっちまったな、と、思う仁。
しかし、もう全て手遅れで仁には周りからの冷たい視線に耐え抜くことしかできなかった。
続くことができるのか?




