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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第9話 見張りは、誰だった




目が覚めたら、毛布の中にいた。


毛布に入った覚えがない。


最後の記憶は、焚き火の前で膝を抱えていたところまで。


火の粉を数えていた。


4つ。5つ。


6つ目を数えた覚えはない。


それと、毛布に入った覚えもない。


体を起こした。


灰色の光が森の枝の間から落ちている。


焚き火は消えていた。


灰だけが残っている。


膝の横の椀が2つ、まだ並んでいた。


隣を見た。


トビさんの毛布があった。


丸まったままの形が残っている。


中身はない。


手を伸ばした。


触った。


冷たい。


俺は立ち上がった。


毛布が足に絡んだ。


振りほどいて2歩下がった。


野営地を見た。


ガルドさんが焚き火の跡のそばで寝ている。


毛布が盛り上がって、いびきが聞こえる。


セレナさまは荷馬のそば。


栗毛の背中に寄りかかって丸くなってる。


エルマは木の根もと。


帽子をかぶったまま。


ススが帽子の上で寝てる。


勇者さまは……いない。


倒木のところに外套の影はない。


背負子は根の上にあった。


黒い箱は据えたまま。


荷崩れはしてない。


俺はトビさんの毛布をもう一度見た。


丸まった形のまま。


中身だけがない。


人の形に灰が窪んでいる。


……どこ行ったんすか。


声に出した。


誰も起きない。


俺は鳴子のほうへ歩いた。


灰が足首まで沈む。


1歩ごとにずぶずぶと音がする。


1本目の木。


紐は膝の高さ。


張ったまま。


指で触った。


ゆるんでない。


2本目。


3本目。


4本目。


5本目。


6本目。


全部、張ったまま。


切れてない。


結び目もそのまま。


札も落ちてない。


俺は6本目の木のところで立ち止まった。


紐をまたいで、森のほうを見た。


黒い幹が並んでる。


奥は暗い。


……鳴ったら起きるって、言ってた。


紐は、切れてない。


鳴ってない。


顔を上げた。


野営地の外れ。


太い黒い木が1本、ほかより半歩だけ出ている。


その幹の下に、勇者さまが立っていた。


外套の裾が灰で白い。


木の上を見上げている。


何も言わない。


俺は、木の下まで歩いた。


ずぶずぶと灰が鳴る。


勇者さまは動かない。


氷のような薄青の目を、枝の暗がりに向けている。


俺も顔を上げた。


黒い幹を見る。


枝。


……トビさんだ。


足首を、黒い蔓で縛られている。


ぐるぐると何重にも。


逆さに吊るされている。


両腕が、だらりと垂れている。


指先は揺れない。


風がないからだ。


血の匂いがする。


灰の乾いた匂いの下に、内臓が裂けたような酸っぱい臭いが混ざっている。


足元を見た。


灰の上に、赤いバンダナが落ちている。


声が出ない。


息を吸った。


「みんな!起きてください!トビさんが!」


声が裏返った。


毛布を蹴る音がした。


「トビ!?」


後ろで声がした。


ガルドさんだ。


振り向いた。


ガルドさんが走ってくる。


熊みたいな体が灰を蹴散らして。


後ろからセレナさまとエルマも来る。


セレナさまは法衣の裾を両手で持って、転びそうになりながら。


エルマは帽子を押さえて走ってる。


ススが肩に張りついてる。


ガルドさんが俺の横で止まった。


息が白い。


「どこだ」


俺は上を指した。


ガルドさんが顔を上げた。


体が止まった。


「……トビ」


声がしゃがれた。


いつものでかい声じゃない。


ガルドさんは動かない。


首の後ろの筋が浮いてる。


手が拳になってる。


震えてる。


「トビ」


もう一度言った。


今度はもっと小さい。


セレナさまがガルドさんの後ろから来た。


顔を上げた。


セレナさまの顔から血の気が引いた。


白い法衣より白くなった。


口が少し開いた。


「あ」


それだけ。


セレナさまは膝をついた。


灰が膝まで沈む。


両手を膝の上に置いて、上を見上げたまま。


ロザリオを握ってる。


指が白い。


唇が動いてる。


声は出てない。


祈ってるんだ。


エルマが最後に来た。


ガルドさんの背中に隠れるようにして止まった。


帽子のつばの下から、上を見た。


エルマの紫の目が大きくなった。


「……っ」


エルマは口を両手で押さえた。


指の隙間から息が漏れてる。


肩が小刻みに震えてる。


エルマは1歩下がった。


2歩下がった。


3歩目で足がもつれた。


しりもちをついた。


灰が舞った。


口を押さえたまま、動かない。


誰も喋らない。


蔓がきしんだ。


ギシ、と。


エルマが小さく息を飲んだ。


セレナさまの祈りが、まだ声になってない。


ガルドさんは拳を握ったまま、上を見てる。


トビさんが言ってた。


酒場ができたら、お前を一番に呼ぶ。


一番いい席、空けとく。


約束な、って背中を叩いた。


じんじんした。


まだ、じんじんする。


なあ、トビさん。


酒場、できたら。


俺、行っていいんすか。


……返事、ないな。


ガルドさんが大剣を抜いた。


重い音がして黒い蔓が2本、灰の中に落ちた。


トビさんの体が落ちてくる。


ガルドさんが両腕で受け止めた。


膝をついて、灰の上にそっと下ろす。


音がしない。


重さが、ないみたいに。


トビさんの腹から胸まで、縦に裂けている。


服が裂けて、中が見える。


空っぽだ。


え。


空っぽって、なんだ。


裂け目の縁が乾いて黒い。


その奥に、灰が積もっている。


詰まっているんじゃない。


積もってる。


降った灰が、内側に。


「……トビ」


ガルドさんがまた言った。


声が、もう出てない。


口が動いてるだけ。


セレナさまが立ち上がれない。


膝をついたまま、灰の中に指を突っ張ってる。


エルマはしりもちをついたまま、口を押さえてる。


俺は、動けた。


荷役の5年が、勝手に体を動かした。


トビさんの足のほうに回った。


革のブーツ。


片方、脱げかけてる。


俺は両手を出した。


右の足首と、左の足首。


持った。


冷たい。


もう、冷たい。


持ち上げる。


ガルドさんが上半身を支えた。


俺は足を持ったまま、後ろに歩いた。


灰がずぶずぶと沈む。


1歩。


2歩。


トビさんの体が、ついてくる。


軽い。


軽すぎる。


水死体を運んだことがある。


3年前、荷揚げ場で。


川に落ちた荷役が1人、上がってきた。


あれは重かった。


水を吸って、倍以上あった。


2人がかりで、やっとだった。


水死体の方が、まだ重かった。


俵1つ分も、ない。


干した豆の袋2つ分くらいだ。


いや、もっと軽いかも。


中身が、ないからだ。


中身がないと、こんなに軽いんだ。


人間って、こんなに軽いんだ。


やめないと、たぶん、叫ぶ。


トビさんを、灰の上に下ろした。


勇者さまは木の下から動かない。


ガルドさんの手がトビさんの腰に伸びた。


腰の鞘に収まった短剣が2本。


ガルドさんの指が柄に触れた。


止まった。


ガルドさんの声が割れた。


「……短剣、抜いてねえ」


俺は視線を落とした。


灰の上。


赤い点があった。


バンダナだ。


トビさんの頭から落ちたやつだ。


俺は手を伸ばした。


拾った。


布が冷たい。


ざらざらする。


灰を吸って重くなってるかと思ったけど軽い。


握りしめた。


手の中でじんわりと体温が逃げていく気がした。


◇


勇者さまが、木の下から歩いてきた。


俺の前で止まった。


氷の薄青の目が俺を見た。


何も言わない。


外套の裾から灰がぱらぱら落ちた。


「魔物だ」


勇者さまの声だった。


低い。


「森の主がいる」


エルマが口を押さえていた手を下ろした。


「……魔物が人を吊るの?」


勇者さまはエルマを見ない。


俺も見ない。


森の暗がりを見てる。


「吊る奴もいる」


エルマの紫の目が野営地の周りを走った。


6本の木。


紐が膝の高さに張ってある。


全部、張ったまま。


エルマが立ち上がった。


灰が膝からぱらぱら落ちる。


「鳴子は?」


声が割れた。


「一つも鳴ってないけど」


ガルドさんは腕を組んだまま、動かない。


口が開かなかった。


いつもなら何か言う人だ。


がははって笑う人だ。


何も言わないのは、あの人の声じゃないみたいだった。


エルマの紫の目が野営地を1周して、6本の木を見て、止まった。


俺の顔を見た。


「……見張りは、誰だった?」


声が小さかった。


生意気な声じゃない。


割れてた。


エルマの肩にススが張りついたまま。


尻尾が膨らんでる。


俺は口を開いた。


「お、俺と、トビさんで」


自分の声が自分のじゃないみたいだった。


「俺が先で、それで……トビさんと交代して、寝た、はず」


はず。


そう言ってから、胸の底が冷たくなった。


交代。


交代したか?


いつだ。


トビさんが「蹴っていいぜ」って言って、毛布にくるまった。


それから。


それからどうした。


焚き火の前に座って。


火の粉を数えて。


4つ。5つ。


6つ目を数えた覚えはない。


それで、毛布に入ってた。


毛布に入った覚えがない。


「……いや、交代したんす。したはずっす。トビさんが、じゃオレ後半なって言って、それで俺が前にいて、後半はトビさんが」


早口になってる。


自分で聞いてる。


交代した。


したはずだ。


したはずなんだけど。


「……俺、前にいたんです。焚き火の前で。だから、後半は、トビさんが起きてたはずで、俺が寝たから、だからトビさんが見てたはずで」


声が震えた。


「……俺、寝たんす。寝ちゃったんす。すんません。起きてるはずだったんすけど、気づいたら毛布の中で、俺、入った覚えないんすよ」


目が熱くなった。


鼻の奥が痛い。


「……いや、でも、トビさんが起きてたはずっす。だって交代ってそういう……」


言葉が途切れた。


トビさんは起きてたはず。


だって。


鳴子が鳴らなかったから。


トビさんが鳴子を張ったから。


でもトビさんは。


トビさんは。


木の上にいた。


蔓で縛られて、逆さに吊るされて、中身が空っぽで。


「……俺、見張りだったんす。先に立ってたんす。それで、それで……」


涙が出た。


止まらなかった。


拭っても拭っても灰が混じって目が痛い。


「……すんません。すんません、俺が、俺が先だったから、俺が寝たら、トビさんが、その」


言えない。


言ったら本当になる。


エルマの紫の目が俺を見てる。


真っ直ぐに。


疑ってる。


最初から疑ってた。


あの川の時から。


俺の手が冷たいって。


セレナさまが俺とエルマの間に立っていた。


口が開かない。


手が法衣の裾を掴んでる。


指が白い。


ガルドさんが腕を組んだまま動かない。


目を閉じてる。


6本の紐。


全部張ったまま。


1つも鳴らなかった。


俺が見張りだったのに。


エルマが1歩近づいた。


灰が沈む音だけがした。


「毛布に入った覚えがない?」


紫の目が上を向いた。


俺より背が低いのに見下ろしてる。


「見張りが寝て、気づいたら朝で、トビだけが死んでる」


エルマの声が震えてる。


怒りか。


恐怖か。


「それ、本気で言ってるの?」


俺は口を開いた。


何も出ない。


舌が動かない。


喉が詰まってる。


「……本気、っす」


自分の声が遠い。


「じゃあ聞くけど」


エルマが1歩また近づいた。


ブーツの先が俺のブーツの先に触った。


「途中で、意識、途切れたんでしょ」


「寝落ちしただけっす。見張りで、やってて、ちょっと……」


「ちょっと?」


エルマが繰り返した。


声が尖ってる。


「ちょっと、って何。どのくらいのちょっと」


わからない。


わからないけど。


「トビはそのちょっとの間に、木の上に吊るされたの?」


俺は何も言えなかった。


「あんたが起きてたなら、何も聞こえなかったの?」


聞こえなかった。


蔓のきしむ音も。


トビさんが引きずられる音も。


何も。


「鳴子は6本とも張ったままだった」


エルマがゆっくり言った。


「トビが自分で外して、自分で木に登って、自分で蔓で縛って、自分で自分の腹を裂いて、自分で自分の中身を出して、また鳴子を張り直したの?」


「そんなこと、あるわけないでしょ」


ススがエルマの肩で低く唸った。


牙を見せてる。


「……エルマ」


セレナさまが小さく言った。


エルマは振り向かない。


「聖女さま、ちょっと黙ってて」


セレナさまの口が閉じた。


ガルドさんは動かない。


腕を組んだまま。


目を開けた。


トビさんのほうを見てる。


俺のほうじゃない。


勇者さまは木の幹に背中を預けたままこっちを見てる。


氷の目が動かない。


止めない。


誰も止めない。


「見張りが何も覚えてなくて、鳴子は鳴らなくて、トビだけが死んでる」


エルマが俺の目を見た。


真っ直ぐに。


瞬きしない。


「あんた、何もおかしいと思わないの」


思う。


思うけど。


思うけど、俺は。


俺は。


風がなかった。


灰が降っていた。


静かに。


俺の肩にも。


トビさんの赤いバンダナを握った手が、だらりと下がっていた。


エルマが、杖の先を俺に向けた。


先端に、赤い火が灯っていた。


「答えて。あんた、昨日の夜、何してた」

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