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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第8話 酒場ができたら、お前を一番に呼ぶ




夢を聞かれたら、俺はたぶん「薬代」って答える。


それは夢じゃないって、ミナに怒られたことがある。


11日目、灰の森の入口。


黒い幹の木が隙間なく並んでいる。


昼なのに、森の中だけ夕方の色だ。


ここから先は魔王領。


……入ったら、出てこられるんだろうか。


背負子の肩紐が急に食いこんだ気がした。


「今夜はここで野営。明日から森に入る」


勇者の声だった。


それだけ言って、勇者は荷馬から離れていく。


「了解、大将。がはは、やっと足が休める」


ガルドが荷馬の手綱を手近な枝に結んだ。


栗毛の荷馬が俺のほうを見て耳を寝かせる。


俺は馬の後ろを大回りして、背負子を下ろした。


地面に足をついたら、ずぶりと沈んだ。


灰だ。


足首まで積もってる。


俵を担いだまま歩いたら、2歩目で膝をつく。


俺は黒い箱を背負子ごと太い根の上に据えた。


荷車の轍に溜まった土埃みたいな、乾いた匂いがする。


「おい、荷物持ち。手ぇ空いてんなら来いよ」


トビが手招きした。


腰の袋から、細い紐と木の札をじゃらじゃら出してくる。


「鳴子っすか」


「そ。紐に足引っかけたら、札が鳴る。夜中に何か来たら、オレたちが先に起きる」


「あ、はい。持ちます」


紐の束を受け取った。


トビは木から木へ、膝の高さに紐を渡していく。


俺は紐がたるまないように、端を引いて押さえる。


3本目の木まで来たところで、トビが振り返った。


「なあ。今の、オレの足跡、見てみ」


見た。


灰の上にはほとんど何も残っていない。


浅いくぼみが点々と。


「……え。歩いてました?」


「歩いてたぜ。音もしなかっただろ」


俺の足跡は穴だ。


「灰の上はな、つま先で撫でるんだぜ。こう、体重を前に逃がしてさ」


トビが灰の上をすうっと歩いた。


腰も肩も揺れない。


「やってみ」


「いや、俺なんかは」


「いいから」


つま先で。


撫でる。


体重を、前に逃がす。


ずぼっ。


右足がすねまで消えた。


「うわ」


抜こうとして左足に体重をかけた。


左足も消えた。


前のめりに、顔から灰に突っこんだ。


口の中がざらざらする。


「ぶはっ」


トビが腹を抱えて笑った。


「お前、今、沈んだぞ!撫でろって言ったのに、潜ったぞ!」


「げほっ……灰、深いんすよ、ここ……」


「オレも同じ灰の上にいるんだぜ」


ぐうの音も出ない。


「お前は一生、荷物持ちだな」


「それでいいっす」


「いいのかよ」


いいっす。


荷物持ちで、金がもらえるなら。


少し離れた木の陰で、ふん、と鼻で笑う音がした。


エルマだ。


膝の上でススが丸くなってる。


俺が顔を向けると、ススの耳がぴんと立った。


エルマの腕の中に、もっと深くもぐりこんだ。


……俺、灰まみれなだけなんだけどな。


トビが最後の紐を結んで、ぱん、と手を払った。


「鳴子、これで6つ。猫1匹通さねえぜ」


「ススは通るでしょ」


エルマが言った。


「ススは身内だからいいんだよ」


トビが胸を張った。


◇


11日目の夜。


セレナが鍋をかき回してる。


干し肉と、乾かした豆のスープ。


ガルドが鍋の前にあぐらをかいて、木の椀を並べた。


「食え食え。明日から森だ。食える時に食っとけ」


勇者は焚き火の明かりが届くぎりぎりの所にいる。


倒木に腰かけて、1人。


「なあ」


トビが椀を膝に置いた。


「帰ったら、何する?」


「何よ、急に」


エルマが帽子の下で眉を寄せた。


「いいだろ。明日から森だぜ。景気のいい話しとこうぜ」


トビが指を1本立てる。


「オレは、王都で酒場。名前は『灰かぶり亭』」


「なんで灰かぶりなのよ」


「……いや、今決めた」


「今決めたんかい」


ガルドが膝を叩いた。


「ここの灰見て決めただろ、お前」


「縁起いいだろ?魔王領の灰かぶって帰ってきた男の店だぜ。客が話聞きたがる」


「話盛るでしょ、どうせ」


「盛る盛る。鰐は舟の3倍だ」


「2倍もなかったわよ」


エルマが豆をかきこみながら言い返した。


「ガルドの旦那は?」


トビが顎で促した。


ガルドが椀を持ったまま、少し火を見た。


「俺か」


いつもの、でかい声じゃなかった。


「息子の墓に、勝ったって言いに行く」


それだけだった。


ガルドは椀のスープをひと息に飲んで、黙った。


焚き火の枝がぱきんと折れた。


誰も、続きを聞かなかった。


ガルドさんに、息子さん、いたんだ。


墓、ってことは。


「セレナは?」


トビが少しだけ声を軽くした。


セレナが鍋をかき回す手を止めた。


「……誰も、死なせないことです」


小さい声だった。


ハルムの村の、赤い布靴。


セレナの声は、あれから少し小さい。


ガルドが空になった椀を地面に置いた。


「言えるうちは言っとけ、聖女さま」


「……はい」


セレナがまた、鍋をかき回し始めた。


さっきより、ゆっくり。


「で、ちびは」


「ちびって言うな」


エルマが椀を置いた。


「学院のジジイどもを見返す」


「でかく出たな」


「飛び級のちびって言った奴、全員。魔王倒して帰って、全員の前で《火球》撃ってやる」


「撃つなよ。学院燃えるだろ」


トビが言った。


「燃やすのよ」


「こええな、ちびは」


ガルドが太い腕をさすった。


ススがエルマの膝の上で、しっぽを1回だけ振った。


誰からともなく、みんなが焚き火の向こうを見た。


勇者は倒木に腰かけたまま、こっちを見ない。


「……大将はいつもこれだ」


ガルドが肩をすくめた。


「知ってた」


トビが頭の後ろで手を組んだ。


「でも聞くのがオレの仕事だぜ」


勇者さまは、なんで魔王を倒しに行くんだろう。


「で」


トビの顔が俺のほうを向いた。


「荷物持ち。お前は?」


「え、俺っすか」


「お前以外に誰がいるんだよ」


みんなの目がこっちに来た。


勇者以外の、4人分。


「あ、えっと」


膝の上で椀を持ち直した。


「妹がいて」


「妹か。いいな」


「9歳で、肺が悪くて」


「……肺か」


ガルドが低く言って、トビは黙ってうなずいた。


「薬がないと、夜、咳が止まらないんす。だから」


「ミナが大人になるまで、薬代を切らさないこと」


トビが椀を持ったまま止まった。


焚き火が鳴った。


エルマが首をかしげた。


「それ、夢じゃなくない?」


「……ミナにも言われたっす」


「妹に言われてんのかよ!」


「言われたんすよ。お兄ちゃんのは夢じゃなくて、お財布の話だって」


「しっかりした妹じゃねえか」


ガルドが顎をなでた。


「9つでそれ言うか。お前より頭いいだろ、坊主」


「たぶん、そうっす」


「否定しなさいよ、そこは」


エルマが呆れた顔をした。


セレナまで、口もとを押さえて笑ってた。


ミナに、この話、してやりたいな。


怒るだろうな。


トビが焚き火越しに身を乗り出した。


「じゃあさ」


緑の目が、火の明かりできらきらしてる。


「酒場ができたら、お前を一番に呼ぶ」


「え」


「妹も連れてこいよ。タダで食わせてやる」


「タダ、っすか」


「おう。灰かぶり亭の、最初の客だぜ。一番いい席空けとく」


「いや、でも、最初の客ってのは、もっとこう、お金持ってる人とかのほうが……」


「バカ。最初の客は、自分で決めんだよ。店主の特権だぜ」


茶化してない。


「……あ、ありがとう、ございます」


「礼は来てから言え」


ミナ、酒場、行ったことないな。


窓の明るい店をいつも外から見るだけだった。


……やばい。


なんか、泣きそうだ。


「ノアさん」


セレナが湯気の立つ椀を差し出してくれた。


「どうぞ。まだ温かいですよ」


「あ、すんません。後で食います」


椀を受け取って、膝の横に置いた。


さっきの椀の隣に。


エルマの目がその椀に止まった。


「あんた、いつも後でじゃん」


紫の目が、椀から、俺の顔に上がってくる。


「え、いや、あの」


「エルマは食いしん坊だからな」


トビがすかさず言った。


「人の椀まで見張ってやがる」


「は?見張ってないし」


「3杯目だろ、それ」


「2杯目よ!」


エルマはぷいと横を向いて、自分の椀をかきこんだ。


トビが立ち上がって、俺の後ろに回った。


ばしん、と背中を叩かれた。


「約束な」


背中が、じんじんする。


「……はい。約束っす」


トビは、鼻の下をこすった。


それから、自分の毛布のほうへ戻っていった。


◇


11日目の深夜。


焚き火が小さくなっていた。


みんな、毛布を出し始める。


俺も背負子のほうへ行きかけた。


いつもなら、ここで勇者に呼ばれる。


見張りは、勇者と俺の2人だ。


ずっと、そうだった。


「今夜の見張りは、荷物持ちとトビだ」


倒木の所から、こっちも見ずに。


「お?」


トビが毛布を広げる手を止めた。


「大将が休むなんて、珍しいな」


勇者は答えない。


外套の前を合わせて、木の根もとに背中を預けた。


「……ま、いっか。明日から森だもんな。大将も寝とかねえと」


トビが肩を回した。


なんで今夜だけ、なんだろう。


聞けない。


聞いても、たぶん、何も返ってこない。


「じゃ、オレ後半な」


トビが毛布にくるまって、焚き火のそばに転がった。


「交代の時間になったら起こせよ。寝起き悪いから、蹴っていいぜ」


「蹴らないっすよ」


「遠慮すんなって。お前の蹴りなら、灰に埋まるだけだしな」


「それ、さっきの話っすよね」


くっくっ、と毛布の中で笑う声がした。


そのうち、笑い声が寝息に変わった。


俺は焚き火の前に座った。


膝を抱える。


膝の横に、椀が2つ並んだままだった。


スープはとっくに冷めてる。


森の奥は真っ暗だ。


鳴子の紐は、暗くてもう見えなかった。


でも、トビが6つも張ったんだから、何か来たら鳴る。だから大丈夫だ。


トビの寝息とガルドのいびきの向こうで、勇者のほうからは何の音もしない。


灰かぶり亭の一番いい席で、ミナは何を頼むんだろう。


あいつ蜂蜜の菓子が好きだから、高いけど、たぶんあれだ。


焚き火がはぜた。


火の粉が上がっていく。


黒い枝の間へ。


ひとつ上がって、消える。


また上がって、消える。


火の粉を数えていた。


4つ。


5つ。


6つ目を数えた覚えは、ない。


鳥が鳴いていた。


灰の色をした、朝だった。

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