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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第10話 坊主に、人間の腹が裂けるか




「答えなさいよ」


エルマの声が灰の中で尖った。


杖の先の火が俺の鼻先で揺れている。


熱い。


俺は一歩下がった。


灰がずぶっと沈んだ。


背中が黒い木の幹に当たった。


冷たい。


もう下がれない。


「答えなさいってば」


エルマの紫の目が火の色で赤く染まっている。


帽子のつばの陰で、顔が白い。


「……俺、何もしてないっす」


声が裏返った。


「ただ、見張りしてただけで」


「してただけで、なんで途中から覚えてないのよ」


エルマの声が割れた。


怒ってる。


怒ってるのに震えてる。


「寝落ち、しただけっす。たまに、あるんすよ。夜番で、ちょっとだけ、意識飛ぶの」


「飛んだら、トビが木に吊るされるの?」


「そんなの、俺が知るわけないっすよ!」


叫んだら、涙がぼろっと落ちた。


「俺じゃないっす。俺、トビさんに、酒場に一番に呼んでもらうって、約束して……」


「じゃあ、なんで覚えてないの」


エルマの声が低くなった。


杖の火が大きく揺れた。


答えられなかった。


覚えてない。


俺が一番、それを知りたい。


「エルマさん、落ち着いて」


セレナさまが俺とエルマの間に割って入った。


法衣の裾が灰で汚れている。


ロザリオを握った手が、エルマの袖に伸びた。


「聖女さまは黙ってて」


エルマはセレナさまの手を振り払った。


紫の目が俺から離れない。


杖の火がまた揺れた。


「落ち着いてるし」


落ち着いてる声じゃなかった。


火が俺の前髪をちりっと焦がした。


焦げた匂いがした。


動けない。


動けって。


そのとき、大きな手が上から伸びてきた。


ガルドさんだった。


腕が太い。


ブーツの底が灰を蹴散らした。


ガルドさんは、エルマの杖を上から握って下ろさせた。


もう片方の手で、俺の細い腕をつかんだ。


高く掲げた。


俺の腕がみんなに見えるように。


つま先が灰から浮きかけた。


「見ろ、この細腕だ」


ガルドさんの声は、いつものでかさじゃなかった。


しゃがれていた。


「持ってる刃物は、荷紐切りのなまくら1本。トビの腹は、肋ごと裂けてた」


ガルドさんがエルマを見下ろした。


「坊主に、人間の腹が裂けるか」


エルマが口を開いた。


「でも――」


ガルドさんがかぶせた。


「トビは盗賊ギルドの斥候だ。坊主が一歩近づいたら、寝てても気づく」


「じゃあ、なんで鳴子が鳴ってないのよ」


エルマが杖を握り直した。


「トビが張ったのよ。6本全部。なのに1つも鳴ってない」


ガルドさんの腕が止まった。


俺の腕をつかんだまま。


「短剣だって抜いてない。寝てても気づく奴が、なんで抜いてないの」


ガルドさんは答えなかった。


答えられないんだと思う。


今朝、それに最初に気づいたのは、ガルドさんだ。


「それに」


セレナさまの声だった。


細くて、でも、まっすぐだった。


「ノアさんの手にも服にも、血は1滴もありませんでした」


セレナさまが、バンダナを握ったままの俺の手を取って、手のひらを返した。


ロザリオの鎖がかちゃりと鳴った。


「今朝、ノアさんが毛布から出てきたとき。手も服も、きれいでした」


エルマの紫の目が俺の腕に移った。


俺も自分の手を見た。


汚れてはいる。


荷役の汚れだ。


でも、血はない。


エルマの、杖を握る指から力が抜けた。


ススがエルマの肩で尻尾を揺らした。


「……それでも」


「二度言わせるな」


勇者さまだった。


木の幹から、背中を離していた。


「魔物だ」


それだけだった。


理由は言わない。


いつもと同じだ。


エルマが杖の火を消した。


火の色が消えて、杖がただの木の棒になった。


エルマは唇を噛んで、帽子のつばを深く下げた。


「……覚えとくから」


それだけ言って、後ろに下がった。


灰が小さく舞った。


俺はガルドさんに握られた腕を見た。


ガルドさんの手はまだ離れない。


力が強い。


痛くないけど、動かせない。


あったかかった。


手のひらが分厚くて、あったかい。


それで、また泣けてきた。


「あの」


ありがとうございます、って言おうとした。


言えなかった。


喉の奥で、ぐしゃっと潰れた。


ガルドさんが俺の腕を下ろした。


頭の上に手が1回だけ乗った。


重かった。


◇


トビさんを、埋めた。


昼になっていた。


盛り上がった土の上に、黒い木の枝を1本立てた。


墓標のかわりだ。


俺はトビさんの赤いバンダナを、枝の先に結んだ。


指先が震えてうまく結べない。


何度かやり直した。


バンダナの端を枝に巻きつけて、固結びにする。


ぎゅっと引っ張ったら、手のひらがずきっとした。


見たら、豆が1つ、潰れていた。


血が出ていた。


でも今はそれがありがたかった。


痛いのが、ちゃんと、俺が生きてる証拠みたいで。


灰の下の土は凍っていた。


荷馬の荷から外した板切れと、素手で掘った。


そのときに潰れたんだと思う。


赤い布が灰の風でちょっとだけ揺れた。


「坊主」


後ろから、ガルドさんの声がした。


振り向くと、ガルドさんが俺の前に立っていた。


両手に、鞘に収まった短剣が2本、握られている。


トビさんのだ。


俺は息を飲んだ。


「……それ」


「トビの短剣だ」


ガルドさんが2本の柄を俺の前に突き出した。


「持っとけ。お前が一番、あいつに教わってた」


「……俺、使えないっすよ」


口から出たのはそれだけだった。


「使えなくていい」


ガルドさんが短剣を俺の胸に押し付けた。


「持っとけ」


鞘が胸に当たった。


冷たい。


「……俺、ほんとに、使えないっす」


「知ってる」


ガルドさんはそっぽを向いて鼻をすすった。


無精ひげの横顔が赤かった。


俺は2本の短剣を受け取った。


軽い。


荷物で言ったら、干し肉ひと包みもない。


なのに腕が下がった。


少し離れたところで、エルマが見ていた。


ススを抱いて。


短剣が俺の手に渡るのを最後まで見ていた。


「ノアさん、手を」


セレナさまが俺の横にしゃがんだ。


短剣を左手に持ちかえた俺の右手を、両手で包んだ。


ロザリオの鎖がまたかちゃりと鳴った。


「さっき、血が出ていました」


「あ、これは」


俺は慌てて手を引っ込めようとした。


セレナさまの指が、柔らかく、でも離さなかった。


「じっとしていてください」


小さな声だった。


それでも命令みたいに聞こえた。


セレナさまが目を閉じた。


唇が何かを呟いた。


聞いたことのない言葉だった。


《祝福》の光が手のひらに降りてきた。


ひりついた。


光が触ったところから、じりっと熱くなる。


火の粉が落ちたみたいに。


「っ」


声が出かけて、噛んだ。


光が消えた。


手のひらを見た。


傷は、半分しか塞がってなかった。


「やっぱり、効きが悪いですね……」


セレナさまが困ったように眉を下げた。


「すんません、体質で」


「謝ることじゃないですよ」


セレナさまは少しだけ笑った。


目の下が赤く腫れていた。


「今夜はここに留まる」


勇者さまの声がした。


黒い木の下に1人で立っていた。


「明日、森に入る」


それだけ言って、勇者さまは背を向けた。


◇


夜の見張りは勇者さまとガルドさんだった。


「荷物持ちは寝ろ」


勇者さまが短く言った。


ガルドさんが俺の肩を叩いた。


「休んどけ。明日、動けなくなるぞ」


俺は焚き火の横に毛布を敷いた。


トビさんの毛布は、畳んで、荷馬の荷にくくりつけた。


まだ、トビさんの髪の油の匂いがした。


毛布に入ると、冷たかった。


セレナさまが干し肉を配った。


俺の分は袋に戻した。


誰も何も言わなかった。


エルマも今夜は言わなかった。


眠れなかった。


毛布の中で、トビさんの短剣を1本、抜いた。


親指は柄頭にかけなかった。


刃を寝かせて、指で持った。


手に、しっくりきた。


トビさんの手の形が、まだ柄に残っている気がした。


「……酒場、できたとき」


毛布の中で、声が漏れた。


「俺、行っていいんすか」


返事は、ない。


返事はもう、どこにもない。


酒場ができたら、お前を一番に呼ぶ。


妹も連れてこいよ。


約束な。


背中を叩かれた手の重さを、まだ覚えてる。


俺は短剣を鞘に戻した。


2本まとめて、胸の前に抱いた。


毛布の中で、声を殺して泣いた。


焚き火の向こうで、ガルドさんが1回だけ咳払いをした。


聞こえてたんだと思う。


何も言わなかった。


俺は短剣を抱いたまま、目を閉じた。


◇


「起きろ」


ガルドさんの声だった。


毛布を跳ねのけた。


トビさんの短剣が胸の上でずるっと滑った。


鞘の先が鳩尾に当たって痛かった。


空は灰の色だった。


まだ夜が抜けきっていない。


短剣を2本、腰の紐に差した。


荷紐切りのなまくらの隣だ。


腰がちょっとだけ重くなった。


セレナさまが毛布を畳んでいた。


エルマは帽子をかぶり直して、森の方を見ていた。


勇者さまはもう森の方を向いて立っていた。


俺は箱の背負い紐に腕を通した。


エルマの肩で、ススが毛を逆立てた。


森の方を向いて、動かない。


荷馬も森の方を見て、鼻を鳴らした。


そのとき。


ばきり、と森の奥で何かが折れた。


骨の音だった。


荷揚げ場で、牛の骨を割るときの音だ。


それから、咆哮が来た。

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