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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第11話 火事場の馬鹿力っす




13日目。


森の奥へ進むほど、足もとの骨が増えた。


鹿の角。


狼の顎。


踏むたびに、灰の下でかさりと鳴る。


「主を殺す」


先頭の勇者さまが、振り向かずに言った。


「殺さなければ、森を抜けられない」


誰も何も言わなかった。


答えがわかってるみたいに、みんな黙って足を出した。


灰がずぶずぶ沈む音だけが5人分と荷馬1頭分。


背負子の肩紐が食い込む。


黒い箱は重いまま動かない。


後ろでエルマが3歩間隔でついてくる。


ガルドさんが最後尾で荷馬の手綱を引いてる。


セレナさまは荷馬の隣。


ロザリオを握ったまま、歩幅を合わせてる。


森の木は全部黒い。


枝に葉がない。


幹だけが並んでる。


昼近くになった。


風はない。


なのに灰が降ってる。


「止まれ」


勇者さまの声でみんな足が止まった。


前を見た。


地面が切れてる。


窪地だ。


森の中にぽっかりと口が開いてる。


直径は……荷馬を5頭横に並べたくらいか。


いや6頭か。


丸い。


底まで灰が埋めてる。


でも灰の上に、白いものが突き出してる。


骨だ。


鹿の骨。


角が折れて曲がってる。


狼の骨。


顎が2つ、重なってる。


牛の骨。


肋骨が3本だけ立ってる。


その隣に錆びたものがあった。


兜だ。


半分土に埋まって、縁が欠けてる。


……いつの兜だ。


「荷車3台分」


口から勝手に出た。


ガルドさんが振り向いた。


「なんだって、坊主」


「いや、その……骨の量っす。全部かき集めたら、荷車3台分くらいに」


言ってからやめた。


今、それ測ってどうする。


でも目が勝手に量ってた。


5年目の荷物持ちの目だ。


積み荷は見たらわかる。


これは骨でも同じだった。


荷馬の手綱を、窪地の外にある岩陰の根に結んだ。


栗毛が鼻を鳴らした。


ここなら荷崩れしない。


背負子を下ろした。


肩紐が肩から外れるとき、ずしんと背中が軽くなった。


軽くなった分だけ腰が沈む。


5年目の肩は、荷が下りるとひるむ。


……癖っすね。


荷馬も、箱も、ここに置く。


荷物持ちの仕事はここまでだ。


あとは見てるだけだ。


「坊主は荷の番だ。出てくんなよ」


ガルドさんの声だった。


振り向いた。


ガルドさんが大剣を抜いていた。


背中の鞘から、重い音がして、銀の刃が灰色の光を拾った。


熊みたいな背中が、窪地の縁に立っている。


「あ、はい」


言ってから、腰が重いのに気づいた。


トビさんの短剣が2本。


腰の紐に差してある。


荷紐切りのなまくらの隣。


鞘と鞘がぶつかって、かちゃりと鳴った。


……俺、これ、刺してるだけで使えないっすよ。


言わなかった。


言う必要もない。


勇者さまは窪地の反対側にいる。


聖剣を抜いている。


銀の刃が灰の色の中で白い。


セレナさまが、窪地の縁から1歩下がったところに立っていた。


ロザリオを握っている。


両手で。


指の節が白い。


唇が動いている。


声は出てない。


《聖域》をいつでも張れるようにしてるんだと思う。


エルマは、帽子のつばを握っている。


両手で。


帽子の端が指で丸まってる。


エルマも怖いんだ。


怖いってわかって、少しだけ安心した。


俺、何様っすか。


誰も喋らない。


そのとき。


底の骨が動いた。


かさり、と。


灰の下で骨と骨が擦れた。


最初は音だけだった。


次に、骨の山が下から盛り上がった。


ぐぐ、と。


まるで土の中から何かが持ち上がるみたいに。


鹿の角が傾いて、灰の上を滑った。


狼の顎が、2つ重なったまま、ごろりと転がった。


牛の肋骨が、きしむ音を立てて立った。


錆びた兜が、骨の上から滑り落ちた。


下から。


何かが下から。


骨の山が割れた。


内側から。


真ん中が持ち上がって、白い破片が四方に飛んだ。


灰が舞った。


舞った灰の向こうから、何かが出てくる。


まず、頭だった。


骨を押しのけて、ぐっと持ち上がる。


灰色だ。


鱗だ。


鱗がびっしりと並んでる。


1枚1枚が、俺の手のひらより大きい。


その上に白いものが生えてる。


骨みたいに白い。


棘だ。


背中に沿って、何列も。


棘の列が、頭から尾の先まで続いてる。


尾はまだ灰の中だ。


頭だけで荷馬1頭分はある。


目が開いた。


黄色い。


濁った黄色だ。


夜の焚き火を、ずっと見ていた後の目みたいに濁ってる。


でも光ってる。


こっちを見てる。


口が開いた。


牙が何列も。


1列じゃない。


何列も奥へ奥へと並んでる。


鮫の歯が、何重にも重なってるみたいに。


前の列が抜けたら、後ろの列が前に出るんだ。


……あれ、骨を、喰うのか。


骨の山を喰ってたのか。


だから、骨喰い、か。


「骨喰い竜(ボーンイーター)……」


エルマの声だった。


震えてる。


帽子のつばの下で、紫の目がまん丸になってる。


「なんで、こんなところに」


亜竜が前脚を出した。


骨を蹴散らして、灰の上に置く。


前脚だけで俵10個分はある。


いや、もっとだ。


爪が4本。


それぞれ、鎌みたいに曲がってる。


尾が、灰の中から、ずるずると出てくる。


長い。


体の倍はある。


先端が鞭みたいに細くなってる。


全部、出た。


窪地の底に亜竜が立ってる。


頭の高さは俺の背の3倍。


体の長さは荷馬車3台分。


いや、4台分か。


3台と半分。


……測ってる場合じゃない。


足が震えてる。


腰の短剣が、鞘の中でかちゃかちゃ鳴ってる。


「坊主、下がれ」


ガルドさんの声だった。


窪地の縁に、熊みたいな背中がある。


大剣を肩に担いでる。


「あ、はい」


言ったけど、動けなかった。


足が、灰に刺さったみたいに動かない。


亜竜の黄色い目が、ガルドさんを見た。


首がゆっくり動く。


鱗が擦れて音を立てる。


じゃり、じゃり。


「がはは!」


ガルドさんが笑った。


笑ったんだ。


「いい面だな、トカゲ!」


大剣を担いだまま、窪地に飛び込んだ。


灰が爆ぜた。


熊みたいな体が、灰を蹴散らして走る。


亜竜が前脚を振り上げた。


鎌みたいな爪が灰色の光を拾う。


前脚の下に潜り込んだ。


大剣を振り抜いた。


銀の刃が前脚に当たった。


食い込んだ。


鱗を割って。


「おらあ!」


ガルドさんの声が窪地に響いた。


大剣が前脚の半分まで入ってる。


血が出た。


赤いのが鱗の間から。


亜竜が声を出した。


地の底で鳴る、太い音だ。


窪地の底が揺れた。


灰が跳ねた。


亜竜の前脚が振り抜かれた。


ガルドさんが、大剣ごと持ってかれた。


体が浮いた。


熊みたいな体が、灰の上を、横に飛んだ。


太い黒い木に叩きつけられた。


どん、と音がした。


木が折れた。


ガルドさんの体が、幹と一緒に倒れた。


大剣が、手から離れて灰の中に落ちた。


「ガルドさん!」


俺の声だった。


岩陰から、叫んでた。


ガルドさんは動かない。


折れた木の下で、うつ伏せに倒れてる。


背中がぴくりともしない。


灰がガルドさんの上に降ってる。


「動くな!」


エルマの声だった。


「あんたが行ったって何もできない!」


わかってる。


わかってるっす。


でも、足が、動かない。


岩陰から出られない。


出たら、足が灰に沈んで、もう動けなくなる気がした。


勇者さまが動いた。


黒い外套が灰を蹴る。


聖剣が振り下ろされた。


竜の首筋に。


銀の刃が鱗に当たった。


きぃん、と金属が擦れる音がした。


火花が散った。


白い火花が灰色の空に消える。


刃は入ってない。


傷1つ、ついてない。


勇者さまは表情を変えず、もう一度振るった。


首を狙う。


また、火花。


また、弾かれる。


何度目だ。


「下がって!」


エルマの声が飛んだ。


杖を突き出す。


先端に赤い光が集まる。


《炎槍》だ。


炎が槍の形になって、竜の胸元に突き刺さった。


鱗がじゅっと焼ける音がした。


焦げた匂いがここまで来た。


でも、槍は、弾かれた。


炎が砕けて、赤い破片が灰の中に消える。


鱗は黒く焦げただけだ。


傷はない。


エルマが唇を噛んだ。


杖を握る指が白い。


竜がエルマを見た。


黄色い目が細くなる。


首が下がる。


牙が見える。


何列もの歯が、エルマのほうを向く。


尾が灰の中で動いた。


じり、と音がする。


「来る!」


エルマが叫んだ。


尾が鞭みたいに振り上がる。


エルマの頭上に影が落ちる。


風圧だけで灰が巻き上がる。


俺は声が出なかった。


叫ぼうとしたけど、喉が動かなかった。


セレナさまが前に出た。


法衣の裾が翻る。


ロザリオを掲げた。


「《聖域》!」


光がエルマを包んだ。


透明な膜みたいに。


膜の中にエルマとススがいる。


尾が振り下ろされた。


膜に当たった。


きぃん、と高い音がした。


膜がひび割れた。


蜘蛛の巣みたいに。


ひびが広がる。


セレナさまの顔が歪んだ。


唇が震えてる。


「持って……」


言葉が途中で途切れた。


膜が割れた。


音がしなかった。


光が砕けて、赤い破片みたいに散った。


尾がセレナさまの体を薙いだ。


体が浮いた。


法衣が風をはらんで、灰の上を転がった。


3回。


4回。


木にぶつかって止まった。


どん、と鈍い音がした。


セレナさまの体が、木の根元に崩れ落ちた。


動かない。


「セレナさま!」


エルマの叫び声が響いた。


でもエルマも動けない。


足が灰の中に沈んでる。


杖を握ったまま、震えてるだけだ。


竜が首を向けた。


セレナさまのほうへ。


黄色い目が倒れた体を見下ろす。


口が開く。


セレナさまのほうへ、首が伸びる。


勇者さまは動かない。


聖剣を構えたまま、立ってる。


何かを待ってるみたいに。


俺も動けない。


岩陰から、指一本、出せない。


助けなきゃ。


セレナさまが喰われる。


トビさんのときみたいに。


中身が空っぽになる。


竜の顎が、セレナさまの頭上に来た。


牙が法衣の肩にかかる。


灰色の舌が頬に触れた。


セレナさまのまつ毛が、ぴくりともしない。


まだ、息はあるのか。


わからない。


足が動かない。


「動けって」


口で言った。


声が震えてた。


手の中に、トビさんの短剣があった。


いつ抜いたのか、覚えてない。


体が動いた。


灰の上を足が出た。


右足。


左足。


音がしない。


灰が沈まない。


つま先で撫でろ。


頭の中でトビさんの声が鳴った。


教わったときの声だ。


足が灰を撫でてる。


振り返ると足跡がなかった。


ほとんど、ない。


トビさんの浅いくぼみみたいに、点々とだけ。


俺が、灰の上を、音もしないで、走ってる。


「坊主!」


折れた木の下で、ガルドさんが顔を上げていた。


「出てくんな!」


声が途中で止まった。


目を見開いていた。


竜の顎が、セレナさまの肩にかかってる。


牙が法衣の布を裂こうとしてる。


俺の足が、竜の顎の下に滑り込んだ。


鱗の匂いがする。


腐った骨と灰の匂い。


首の付け根が見えた。


鱗がそこだけ薄い。


首と胴の、継ぎ目みたいに。


荷車の車台と輪止めの継ぎ目だ。


俺の足がそこを蹴った。


体が浮いた。


左の目が見える。


黄色い。


濁った黄色。


俺の右腕が動いた。


トビさんの短剣が1本目。


刃が左目に入った。


湿った、柔らかい手応え。


干し豆の袋を刺したみたいに。


刃が根元まで入った。


俺の左手が動いた。


2本目。


もう1本の短剣が、同じ目に入った。


深く。


柄まで入った。


「……え」


エルマの声だった。


小さくて。


杖を握ったまま。


帽子のつばの下で、紫の目がまん丸になってる。


竜が叫んだ。


さっきの咆哮じゃない。


もっと高い。


甲高い。


窪地の底が揺れた。


灰が跳ねた。


竜の体がのたうった。


尾が灰の上を叩きつける。


どん。どん。


骨が砕ける音がした。


竜の首が横に振れた。


俺は短剣を握ったまま、振り落とされた。


刃が2本とも目から抜けた。


灰の上に落ちた。


背中から。


どん、と灰が舞った。


肺の中まで灰が入った。


「げほっ」


咳をしたら、口の中がざらざらした。


竜の左目から、赤いものが吹き出した。


雨みたいに。


俺の顔に降ってきた。


熱い。


生温かい。


鉄の匂いがする。


腐った骨の匂いの下から。


竜の前脚が灰を掻いた。


体が傾いだ。


左へ。


左目を潰された側へ。


重心がそっちに寄ってる。


荷車と同じだ。


片輪が外れたら、そっちに倒れる。


竜が倒れる。


左へ。


ゆっくりと。


竜の頭の向こう。


左目の、潰れた側。


死角だ。


右目はまだ見えてる。


でも左は潰れた。


血が左半分を塞いでる。


その死角から。


黒い外套が跳んだ。


勇者さまだった。


聖剣を両手で握って。


灰を蹴らない。


音もしない。


跳ぶというより、滑るみたいに。


竜の首の、横。


潰れた左目の、すぐ隣。


聖剣が上から振り下ろされた。


銀の刃が、赤い血を吸ってまだ白い。


刃先が潰れた目の中に入った。


奥へ。


奥へ。


根元まで。


柄の付け根まで。


竜の頭の中に聖剣が埋まった。


竜が止まった。


のたうつのをやめた。


体が硬直した。


首が天を向いた。


口が開いた。


牙が何列も見えた。


でも、声は、出なかった。


前脚が折れた。


膝から。


がくん、と。


体が崩れた。


窪地の底へ。


どん、と落ちた。


骨の山が崩れた。


竜の体が窪地の底に横たわった。


頭は俺のほうを向いてる。


黄色い目はもう光ってない。


俺は、尻もちをついたまま、動けなかった。


顔が濡れてる。


竜の血だ。


左目から吹き出したやつ。


口の中にも入った。


苦い。


さびた釘を舐めたみたいに。


手が震えてる。


トビさんの短剣を2本とも、握ったまま。


竜の最後の息が漏れた。


喉の奥から。


ふう、と。


長い息だった。


その息で灰が舞い上がった。


俺の顔の高さまで。


舞って、また落ちた。


◇


窪地の底に竜が横たわっている。


ぽたり、と短剣の先から血が落ちた。


灰の上に赤い丸が広がる。


握ったまま離せない。


……離さないんじゃない。


離せないんだ。


ガルドさんが動いた。


「坊主」


ガルドさんの声が掠れた。


「いつの間に……」


言葉が途切れた。


俺も何も言えなかった。


「お前、あそこを」


ガルドさんの目が俺の腰にいった。


短剣がない。


俺の手の中にある。


「いや、俺なんかは」


口から出たのがそれだけだった。


声が裏返ってた。


セレナさまが動いた。


木の根元に崩れてた体が、ゆっくり起き上がった。


法衣の肩が裂けてる。


灰がついて白くなってる。


目を開けた。


琥珀色の瞳が俺を見てる。


「ありがとう」


セレナさまの声が小さかった。


唇の端が少しだけ上がった。


笑ってる。


なんで笑えるんすか。


俺、何もしてないっすよ。


「……今の」


エルマの声がした。


灰の中に足を取られて、立ち上がったまま動けないエルマが、こっちを見てた。


紫の目が俺の手元を、トビさんの短剣を、見てる。


「トビの構えだった」


杖を握った手が震えてる。


帽子のつばの下で、エルマの唇が動いた。


「か、火事場の馬鹿力っす」


口が勝手に動いた。


「トビさんに教わってたんで、見よう見まねで、あの、つま先で撫でるみたいにって言われてたんで、でも俺、全然できなかったんすよ、あの時は、灰に潜るだけで」


早口になってる。


自分でも何言ってるかわからない。


「だから、たぶん、気迫、というか、必死、というか」


セレナさまの前に膝をついた。


「あの、大丈夫っすか」


「ええ、大丈夫です」


セレナさまが俺の手を取った。


短剣を持ったままの手。


ロザリオの鎖がかちゃりと鳴った。


「……ノアさん」


セレナさまの指が、俺の指を開かせた。


短剣の柄から、白くなった指が離れた。


血の跡が柄に残ってる。


トビさんの短剣だ。


「ありがとう」


セレナさまがもう1回言った。


「すんません」


俺はそれしか言えなかった。


ガルドさんが立ち上がった。


片足を引きずって、灰を蹴りながらこっちへ来る。


途中で、灰から大剣を引き抜いた。


折れた木の下から、ずぶずぶと音を立てて。


熊みたいな体が、片側だけ沈んで歩いてくる。


俺の前で止まった。


灰まみれの顔で歯を見せた。


「がはは!」


笑った。


腹の底から。


窪地の底に響いた。


「見よう見まねで亜竜の目ぇ抜く荷物持ちがいるかよ!」


言った瞬間、俺の脇の下に手が入った。


「え」


体が浮いた。


ぐん、と持ち上がる。


世界が逆さになる。


ガルドさんの肩の上だ。


「ちょ、ちょっとガルドさん!」


じたばたした。


足が宙でばたばたする。


手が灰を掴もうとして空を切った。


「下ろして、下ろしてっす!」


「がははは!」


セレナさまが口もとを押さえて笑ってる。


肩が震えてる。


法衣の裾に灰がついたまま。


「坊主、軽いな!」


「軽いっす!中身、入ってるんすけど!」


「入ってるか?これっぽっちか?」


「入ってます!干し豆2袋分は!」


「軽い軽い」


ふと窪地の底を見た。


竜の頭。


動かない。


そのそばに、勇者さまが立っていた。


聖剣を抜いたまま。


血のついた刃を下げている。


氷の薄青の目が、こっちを見ていた。


まっすぐに。


俺を見てる。


肩の上に乗った俺を。


ガルドさんも気づいた。


「大将」


勇者さまは何も言わない。


聖剣を鞘に収めた。


かちん、と音がした。


それから、俺を見たまま。


一度だけ。


うなずいた。


ほんの少しだけ。


首が動いた。


俺は息を止めた。


「今の」


口から出た。


「うなずいたよな」


勇者さまはもう背を向けていた。


竜の頭のほうへ。


でも。


うなずいた。


俺に。


勇者さまが俺に。


……初めてだ。


胸の奥がじんじんする。


トビさんに背中を叩かれたときと、同じ感じだ。


ガルドさんが俺を肩から下ろした。


足が灰に沈んだ。


ずぶりと。


膝まで。


セレナさまがガルドさんの肩に《祝福》をかけて、それから俺のほうへ来た。


セレナさまが俺の手を取ろうとした。


俺は手を引っ込めた。


「あ、俺は」


「ノアさん」


「俺は竜の血だけっす」


言った。


「豆が開いたくらいっす。だからいいっす」


セレナさまは困ったように眉を下げて、荷馬のほうへ歩いていった。


灰の上に短剣が2本落ちていた。


拾った。


刃にも柄にも血がついてる。


竜の血だ。


乾きかけて、黒ずんでる。


1本目を袖で拭いた。


ごしごしと。


もう1本も同じように拭いた。


鞘に戻した。


かちん、と音がした。


2本とも腰の紐に差し直した。


なまくらの隣。


腰がちょっとだけ重い。


それから、灰の上に両手をついた。


顔を上げた。


窪地の縁のほう。


黒い幹の向こう。


もう見えないけど。


トビさんが埋まってるほう。


「トビさん」


小さく言った。


「見てました?」


灰が降ってる。


静かに。


俺の肩にも。


誰も答えない。


◇


夕方になっていた。


獣道は灰を被った黒い木の根が這い、一歩ごとにずぶりと沈む。


前を勇者さまが歩いている。


荷馬の手綱をガルドさんが引いて、セレナさまがその隣にいる。


みんな、黙っている。


勝ったのに誰も何も言わない。


背負子の肩紐が食い込む。


黒い箱の重さだけが変わらない。


俺はその後ろを歩いた。


灰が足首まで積もる。


エルマは、いつも俺の3歩後ろを歩く。


振り返らなかった。


でも足音が聞こえた。


近づいてくる。


1歩。2歩。3歩。


並んだ。


右隣。


エルマだ。


杖は腰の紐にくくりつけたまま。


帽子のつばの下で、紫の目が横を向いている。


こっちを見てる。


好意じゃない。


何かを確かめる目だった。


俺は前を向いたまま、何も言わなかった。


エルマも何も言わなかった。


2人の足音だけが、灰の上でかすかに鳴った。


エルマが前を向いた。


小さな声で言った。


「おとといまで灰に埋まって転んでたでしょ。トビの動きを、なんであんたが知ってんの」

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