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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第5話 明日も遊ぼうね




ミナくらいの子どもを見ると、俺は駄目になる。


ミナのせいだ。たぶん。


行程表の話はあれきり一度も出なかった。


勇者は紙を懐にしまったまま、黙って歩いた。


6日目の昼。


森を抜けると、低い石垣と、麦を刈った後の畑が見えた。


国境の村ハルム。


行程表に名前があった村だ。


石垣の陰とか、畑の向こうとか、つい見てしまう。


荷を狙うなら、まず道の細いとこだ。


村の入口に人が集まっていた。


「あれが勇者さま一行か」


「本物の勇者さまだ」


「聖女さまだ、拝んどけ、拝んどけ」


婆さんが本当に拝みだした。


セレナが困った顔で会釈を返す。


「荷物持ち、ちっこいな」


ちっこいって。背は低めだけど、肩幅はあるんすよ。


「あの魔法使い、まだ子どもじゃねえか」


「は?」


エルマが一歩前に出た。


「あたし、子どもじゃないし」


「子どもだろ」


「違うし」


ガルドが笑いながら、エルマの頭を上から押さえつけた。


「ちびはちびだろうが」


「ちび言うな!」


エルマがそっぽを向いて、頬をふくらませた。


人垣が割れて、白いひげの爺さんが杖をついて出てきた。


村長だった。


「よう来てくださった、勇者さま」


村長は勇者の前で頭を下げてから、声を落とした。


「実は、ひとつお願いがございまして」


村長が胸の前で手を組んだ。


「森で、家畜が消えておりましてな」


「いつからだ、爺さん」


ガルドが聞いた。


「先月から。羊が3頭。先週は、牛も1頭」


牛1頭。荷にしたら、背負子4つ分は軽く超える。


それが消える。


「魔王領が近い。よくあることだ」


勇者はそれだけ言った。


村長の眉が下がった。


トビが顎をかいた。


「狼か、もっとでかい奴だな」


「やめてよ、そういうの」


エルマがトビの脇腹を肘で突いた。


そのときだった。


人垣の足の間から、小さいのが1人、もぞもぞと這い出してきた。


赤毛のおかっぱ。


くりっとしたはしばみ色の目。


その目がまっすぐ俺を見ていた。


女の子は俺を指さして、ぴょん、と飛び跳ねた。


「お兄ちゃん、そばかす! あたしとおそろい!」


え?


そばかす?


見ると、その子の鼻の上にも、茶色い点がぱらぱら散っていた。


「……おそろいっすかね」


「うん! おそろい!」


女の子が俺の袖をぎゅっと握った。


大人の前掛けを紐を2重に巻いて着ている。裾が膝の下まである。


首から木彫りの小鳥が紐で下がっていた。


足は、赤い布靴。


「こら、リタ! 勇者さまの前で!」


人垣の奥で、女の人の声がした。


リタ、と呼ばれた子は聞こえないふりをした。


「お兄ちゃん、名前は?」


「え、あ、ノア」


「ノア! かっこいい! あたしリタ、10歳!」


かっこいいって言われたのも、たぶん初めてだ。


リタが俺の腕をぐいぐい引っぱった。


「ねえ、井戸、こっち!」


「え、ちょ、待って」


振り返ると、ガルドがでかい手をひらひら振っていた。


行ってこい、ってことらしい。


◇


井戸は広場の端にあった。


リタの家の水汲みは、リタの仕事なんだそうだ。


桶が2つ。天秤棒が1本。


10歳の子が担ぐには、どう見ても重い。


「貸して」


俺は釣瓶で水を汲んで、桶を2つとも満たした。天秤棒にかけて、ひょいと担ぐ。


「ほいっす」


「え、軽いの?」


「まあ、荷に比べれば」


「すごい!」


リタの目がまん丸になった。


「すごい、すごい! お兄ちゃん、力持ち!」


いや、俺なんかは。荷役じゃ下の方っすよ。


言っても聞いてない。


リタの家の水瓶をいっぱいにして、広場に戻ってくると、リタが俺の背負子をじっと見ていた。


黒い箱は背負子から外して、広場の真ん中に置いてある。背負子の方は、今は空だ。


「ねえ、それ、乗れる?」


「え」


「乗りたい!」


「え、いや、これは」


「乗りたいの!」


「……1回だけっすよ」


リタを背負子に座らせて、立ち上がった。


軽い。


麦の袋の半分もない。


リタが背負子の枠を握って、声を上げた。


「高い! すごい!」


箱が見えるように、広場の真ん中をぐるっと回る。


荷は命より先に離すな。親方の口癖だ。


離してはいない。目の届くとこに置いてるだけだ。


「お兄ちゃん、これ1貫いくら?」


背中から、リタが聞いた。


「お客さんは銅貨1枚っす」


「じゃあ、ツケで!」


ツケって。


どこで覚えてくるんだ、そういうの。


広場の端の木箱に、ガルドが腰かけて腹を抱えている。


「坊主は荷物持ちより子守りの方が向いてんな、がはは」


「いや、俺、荷物持ちなんで」


「ツケで乗せてたぞ、今」


「……乗せてましたね」


ガルドの横で、セレナが口元に手を当てて笑っていた。


エルマは井戸の向こうの柵に腰かけて、こっちを見ていた。


足元に、黒猫がいた。ススは森から戻っていたらしい。


ススはこっちへは来なかった。


目が合うと、エルマが口だけ動かした。


子どもには優しいんだ、って言ったように見えた。


黒い箱を背負子に戻して、荷紐を締め直した。


日が傾くころ、リタのお母さんが広場まで迎えに来た。


リタと同じ赤毛を後ろで1つにまとめた人だった。


「すみませんねえ、うちの子が。勇者さまのお連れさんに」


「いや、俺なんかは、ただの荷物持ちなんで」


「よかったら、うちで夕飯でも。黒パンしかないけど」


断る前に、リタが俺の手を引いていた。


リタの家は広場から少し外れたところにあった。


狭い土間に、木の卓が1つ。


お母さんが黒パンを切って皿に載せてくれた。


俺の皿と、リタの皿と、お母さんの皿。


俺はパンに手を出さずに、自分の皿のパンをリタの皿に移した。


「俺、腹減ってないんで」


「ほんと?」


リタが俺の顔とパンを交互に見た。


「じゃあ、半分こ」


「いいって、全部」


「半分こ!」


リタがパンを2つに割って、大きい方を俺の皿に押しつけてきた。


俺はそれをそのままリタの皿に戻した。


リタがまた押しつけてくる。


戻す。


ミナも、いつもこうやって俺の皿にパンを戻してきた。


お兄ちゃんが食べなきゃ駄目、って。熱があるくせに。


ミナは8歳だから、リタの2つ下だ。


背はリタの方が頭半分高い。


「すみませんねえ、この子、言い出したら聞かなくて」


お母さんが困った顔で笑った。


結局、パンは全部リタの皿に残った。


リタは口をとがらせて、ちびちびかじり始めた。


それでいい。


窓の外が暗くなりかけたころ、リタが顔を上げた。


「お兄ちゃん、夜、見張りなんでしょ?」


「え、なんで知ってるんすか」


「でっかいおじさんが言ってた」


ガルドだ。


「寒いよ、夜」


◇


村長の家の前に、6人が集まった。


今夜は、村長の家の離れを貸してもらえることになった。屋根の下で寝られるのは、ベルク以来だ。


その代わり、と村長が言いにくそうに切り出した。森の家畜のことだ。


勇者が村の入口の方を顎で指した。


「俺は入口に立つ」


それから、俺を見た。


「荷物持ち。お前は森に一番近い家畜小屋の見張りだ」


「はいっす」


羊が消えている、あの森の小屋だ。


「大将、坊主1人でか」


ガルドが聞いた。


勇者は答えない。


ガルドが、俺の肩を軽く叩いた。


「危なくなったら、すぐ叫べよ」


「はいっす」


勇者は村の入口の方へ歩いていった。


小屋の中は藁の匂いと獣の匂いが混ざっていた。


柵の中に、羊が2頭だけ残っている。


白くて、首の辺りだけ茶色い毛が混じっている。


俺が入ると、2頭とも柵の隅に寄って、目だけをこっちに向けてきた。


柵の横に、椅子が1つ置いてあった。木の板を釘で打ちつけただけのやつだ。


俺はそこに座った。背負子は足元に置いて、黒い箱に片手を乗せておく。


戸の隙間から、森が見えた。


日が沈むと、森はすぐに黒い塊になった。


ぱたぱたと、軽い足音がした。


リタが小屋の戸を開けて、走りこんできた。


毛布を抱えている。


「お兄ちゃん、これ!」


リタが俺に毛布を押しつけた。


「お母さんの。あたしのでいいって言ったんだけど、ダメって」


「え、いや、悪いっすよ」


「ダメなの。寒いの。夜は寒いんだよ」


リタが毛布を広げて、俺の肩にかけた。


柔らかくて、ちょっと重い。


「……ありがとうっす」


「うん!」


リタが俺の隣の藁の上に、ぺたんと座った。


「ねえ、お兄ちゃん、王都から来たんでしょ?」


「そうっすよ」


「あたしね、大きくなったら王都に行くの!」


リタが両手を広げた。


「でっかいお城とか、キラキラの服とか、たくさんあるんでしょ?」


「まあ、あるっすよ。服は、あんまりキラキラじゃないけど」


「うそだあ」


「ほんとっすよ」


リタが柵の中の羊を眺めた。


「お兄ちゃん、王都におうちあるの?」


「あるっすよ。ちっちゃいけど」


「誰かいるの?」


「妹が、いて」


言ってから、口が勝手に続けていた。


「8歳で。ミナっていうんすけど。胸が悪くて」


リタが毛布の端をぎゅっと握った。


「……病気なの?」


「うん。咳が止まらないんすよ。だから、あんまり外に出せないんで」


「じゃあ、遊べないの?」


「あんまり」


「あたしが、お姉ちゃんだったら、お外に連れてってあげるのに」


リタが俺の顔を覗きこんだ。


「ね、あたし、ミナちゃんのお姉ちゃんになってあげる!」


「え」


「ミナちゃんに、あたしがお姉ちゃんだよって、言ってあげる!」


言葉の順番がぐちゃぐちゃだ。


でも、言いたいことは分かる。


「……じゃあ、王都に来たら、会ってやってください」


「うん!」


遠くで、お母さんがリタを呼ぶ声がした。


リタが立ち上がって、前掛けの藁をはたいた。


戸口で、くるっと振り返る。


「お兄ちゃん。明日も遊ぼうね。約束」


小指がこっちに突き出されていた。


俺は椅子から立って、戸口まで行った。


しゃがんで、小指をからめる。


リタの指は熱いくらいにあったかかった。


「約束っすよ」


「うん! 指切った!」


リタが指を離して、走り出した。


赤い布靴がぱたぱたと土を蹴る。


前掛けの裾が膝の下でばたばた跳ねる。


1回だけ振り返って、手を振った。


俺も振った。


赤い靴が家の灯りの方へ小さくなっていった。


毛布は、干し草の匂いがした。


羊が1頭、鼻を鳴らした。


次に聞いたのは、鶏の声だった。


小屋の戸の隙間が、白い。


……え。


俺、見張り。寝てた?


遠くで、戸が開く音がした。


ばたん、と乱暴に。


それから、裸足みたいな足音が、土の道を走っていく。


1軒。また1軒。


戸を叩く音が村の中を回っていく。


なんだ。


なんすか、これ。


女の人の声だった。


昨日、黒パンを切ってくれた声だった。


「リタが、いないの!」


俺の膝の上に、リタが持ってきた毛布があった。

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