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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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23/31

第23話 12歳になるんで




荷馬がいないので、荷は全部俺が担いだ。


3人分。米俵、4つ分くらい。


いや5つに近いかもしれない。


25日目の朝。


背負子に水筒と糧食の包みを詰め、黒い鉄の箱を紐で固定した。


開けるなと言われている箱だ。


重い。


底が背骨に当たる。


ガルドさんの大剣は背負子の横に括りつけた。


身の丈ほどの刃だ。


括りつけると、背負子が横に傾いた。


肩紐を締め直す。


革がきしんだ。


腰にトビの短剣を2本。


鞘が腿を叩く。


懐にエルマの手帳を入れた。


赤い紐で綴じた薄い手帳だ。


最初の頁の日付しか見ていない。


続きを読むのが怖い。


指先が冷たくなる。


それでも、懐に入れた。


布越しに角が当たる。


廊下を歩いた。


背負子の黒い箱がこつん、と鳴る。


大剣の柄が揺れる。


石段を降りる。


靴の裏が灰を踏む。


中庭へ出た。


灰はもう降っていない。


石畳に薄く積もった灰だけが残っている。


空は白く、薄い陽が差していた。


風はない。


息が白い。


中庭の隅に、2つの土の盛り上がりがあった。


ガルドさんの墓の前に、酒の革袋を置く。


どさ、と鈍い音がした。


その隣の小さい墓に、エルマのとんがり帽子を置いた。


ぶかぶかだった帽子だ。


つばの縁が少し擦り切れてる。


風が吹けば飛んでいきそうだ。


でも、この砦の風は止んだ。


セレナさんが膝をついた。


白い法衣の裾が灰を払う。


ロザリオを握り、目を閉じている。


祈りの言葉はない。


ただ、唇が微かに動いてるだけだ。


俺はその横で、黙って立っていた。


門の外に、勇者さまの背中が見えた。


黒い外套を失った背中は、いつもより細く見える。


右肩の包帯が、薄い陽の光で白く光ってる。


一度も振り返らない。


俺たちを待つ気もない。


……あの背中を斬れるだろうか。


トビの短剣が腰で揺れる。


荷崩れした荷物の下敷きになってるみたいに、胸の奥が重い。


「行きましょう」


セレナさんが立ち上がった。


目は赤かった。


俺は最後に、2つの墓を見た。


土の上に置かれた帽子と革袋。


これが、あの2人分の荷物だ。


俺は背を向けた。


門をくぐる。


冷たい空気が肺に入った。


勇者さまが歩き出す。


俺たちはその後ろをついていく。


灰の森の中に、黒鉄砦が沈んでいく。


白い空と、灰色の地面の間に、黒い影が小さくなっていく。


俺は前を向いた。


◇


25日目の夜。


灰の荒野に風はなかった。


焚き火が小さい。


石を囲んで、枝を組んだだけの火だ。


火の粉が舞わない。


真っ直ぐ上に上がって、消える。


空に星はない。


月もない。


闇は濃い。


勇者さまは見張りだと言って、岩の上にいる。


焚き火から20歩くらい離れたところだ。


灰の岩の上に座ってる。


聖剣を膝に置いてる。


こっちは見てない。


背中を向けてる。


いつものように、輪から離れてる。


声もかけない。


セレナさんが火を見てる。


焚き火の橙色が、琥珀色の目に映ってる。


銀の髪が肩から落ちる。


法衣の裾が地面を這ってる。


灰が積もってる。


「……逃げましょうか。2人で」


声が小さかった。


セレナさんの目は火を見てた。


俺を見てない。


唇が動いた。


もう一度。


「2人で。今なら」


俺は頷こうとした。


首が動きかけて、止まった。


理由が、頭の中に並んだ。


勝手に並んだ。


魔王城の結界は、聖剣でしか開かない。


聖剣は、勇者さまが持ってる。


俺たちじゃ開けない。


開かない壁の向こうに、魔王はいる。


行かなきゃ、終わらない。


終わらなきゃ、灰がまた広がる。


灰の森が広がる。


次の遠征が来る。


次の6人が、同じ道を歩く。


その6人に、荷物持ちがいるか分からない。


でも、誰かが、この箱を背負う。


王都には、ミナがいる。


肺病の、妹だ。


薬代が要る。


灰が王都まで来たら、ミナが咳き込む。


口を開いた。


「逃げられないっす」


声が掠れた。


「結界が、聖剣じゃないと」


セレナさんが俺を見た。


火の光が、目の中で揺れた。


「それに、灰が広がったら……次の遠征が来る。王都には、ミナが」


言いかけて、止まった。


セレナさんが火から目を離さない。


ロザリオを握ってる。


指の節が白い。


「……それに」


セレナさんの声が、また小さくなった。


「トビさんと、ガルドさんと、エルマさんの分も」


名前が3つ並んだ。


火の粉が1つ、上がって消えた。


3つの名前の分だけ、重い。


背負子の肩紐が食い込むみたいだ。


俺は火を見た。


橙色が揺れてる。


小さい火だ。


でも消えてない。


「……行くっす」


声が出た。


小さかった。


でも、掠れてなかった。


セレナさんが頷いた。


ゆっくりと。


銀の髪が揺れた。


「行きましょう」


声は静かだった。


焚き火の光が、2人の影を闇に落としてた。


岩の上の影は、動かなかった。


焚き火の薪が、ぽきりと折れた。


橙の光が一瞬、揺れる。


セレナさんの影が、細く伸びた。


しばらく、火の音だけがしていた。


「……砦で、呼び捨てにしちゃいましたね」


ぽつりと、言った。


俺を見てる。


焚き火の向こうから。


銀の髪が、肩を滑り落ちた。


「このままで、いいですか。ノア」


俺の名前だけが、闇に浮いた。


喉が詰まる。


頬が強張った。


「は、はいっ。……いや、俺なんかに、そんな」


言葉がつかえた。


セレナさんが、ふっと笑った。


火が揺れたみたいに、目元がやわらいだ。


「ノア。あなたは、もう『なんか』じゃないです」


静かに言った。


否定しようとした。


でも、言葉が出なかった。


代わりに、焚き火を見た。


橙色の炎が、じっと燃えている。


「……帰ったら」


セレナさんが、また口を開いた。


声が、少しだけ明るくなってる。


「ミナちゃんに、会わせてください」


「ミナ、12歳になるんで、生意気盛りっすよ」


焚き火の光が揺れてる。


「たぶん俺のこと、もう兄貴と思ってないっす」


セレナさんが首をかしげた。


「前は、9歳って……」


言いかけて、目が俺を覗いた。


「あれ、そうでしたっけ」


笑ってごまかした。


顔が引きつったかもしれない。


でも、嘘はついてない。


9歳と言ったか、12歳と言ったか。


どっちが本当か、分からなくなった。


帰って顔を見れば分かる。


そう、ほんとうに思った。


セレナさんはしばらく俺の顔を見てた。


何も言わなかった。


ただ、目が少しだけ細くなった。


微笑んでる。


それから、肩に重みが来た。


銀の髪が肩に落ちた。


軽い。


温かい。


焚き火の橙色が2つの影を落としてる。


火の音だけがしてる。


しばらくして、肩の上で呼吸が変わった。


規則的だ。


寝息だった。


◇


26日目。


灰の荒野を歩いた。


朝から歩いた。


昼も歩いた。


夕方も歩いた。


歩くだけだった。


灰が地面を覆っている。


平らだ。


どこまで行っても平らだ。


靴の裏が沈む。


勇者さまが先を歩いている。


聖剣を腰に差している。


右肩の包帯が薄い陽に白い。


背中が遠い。


俺とセレナさんはその後ろを歩いている。


誰も喋らない。


灰を踏む音。


沈む音。


風の音すらない。


静かだ。


耳が鳴る。


セレナさんが横にいる。


白い法衣の裾が灰を払う。


歩幅が俺より半歩狭い。


銀の髪が揺れない。


風がないからだ。


琥珀色の目が前を見てる。


勇者さまの背中を見てる。


ずっと見てる。


俺も前を見てる。


勇者さまの背中を見てる。


黒い外套がない背中だ。


細い。


あの背中についていく。


それしかない。


夕方になった。


光が変わった。


白い空が、薄く黄ばんだ。


灰の地面が、少しだけ色を変えた。


影ができる。


ものの形が戻る。


俺の影が長く伸びる。


セレナさんの影も。


勇者さまの影も。


勇者さまが止まった。


俺も止まった。


セレナさんも止まった。


勇者さまの腕が上がった。


右手だ。


手袋のない手だ。


地平線を指してる。


灰の平らな地平線の向こうに、何かがある。


黒い。


細い。


尖っている。


3本。


塔だ。


「あれだ」


勇者さまの声がした。


低い。


理由は言わない。


説明もしない。


俺は目を凝らした。


灰と空の境に、黒い尖塔が3本突き刺さっている。


遠い。


まだ遠い。


でも、もうそこにある。


魔王城だった。

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