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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第22話 知らない呪文




次に覚えているのは、鐘の音だった。


近い。


頭蓋のすぐ内側で鳴ってる。


いや違う。


砦の鐘だ。


何度も、何度も。


目が開いた。


床の上だった。


窓の外が白んでる。


24日目の夜明けだ。


指が動いた。


《封縛》の痺れは消えてた。


寝床のまわりの床に、焦げた円が残ってる。


毛布の端が焦げて固まってる。


入口を見た。


エルマがいなかった。


昨日の夜、あそこに倒れてた。


いない。


「……エルマ?」


石の床に転がってたはずの影が、もうない。


靴の先が、冷たい床石を擦った。


返事はない。


喉の奥が、きゅっと縮んだ。


目の端が熱くなる。


ここにいてくれよ。


もう一度、呼んだ。


「エルマ……」


声が震えた。


さっきより、小さかった。


床に黒い染みが広がってた跡だけが残ってる。


その跡が、入口から廊下へ続いてる。


引きずった跡だ。


立ち上がった。


膝が笑った。


背負子の肩紐を拾った。


大剣の柄が揺れた。


懐の手袋が重い。


廊下に出た。


血の跡が石の床を這ってる。


黒い線だ。


曲がって、角を回ってる。


跡を追った。


鐘の音が近くなる。


灰が床に薄く積もってる。


血の跡が灰の中に黒く刻まれてる。


階段を降りた。


石段にこすれた跡がある。


一段一段。


降りきった先に、礼拝堂の扉が開いてた。


礼拝堂の中は暗い。


灰の光が薄く差してる。


床に血の跡が続いてる。


祭壇の前まで。


祭壇の前に、黒いものが置いてあった。


黒い外套だ。


それで何かをくるんである。


細長い包みだ。


顔は見えない。


ぶかぶかのローブの裾が、外套の端からはみ出してるだけだ。


鐘が鳴った。


また鳴った。


包みに手をかけた。


そこに、手が来た。


横からだ。


右手だ。


手袋がない。


俺の手首を、握った。


骨がきしむ。


「見るな」


勇者さまだ。


手首を握る指に硬いタコが当たる。


剣を握るタコだ。


昨夜、エルマの背中から刃を押し込んだ、この手だ。


でも、思いは変わらない。


犯人はこの手だ。


いつもの黒い外套がない。


肩が細く見えた。


黒くない勇者さまを、初めて見た。


「なんであんたが――」


声が出た。


掠れてた。


「後にしろ。来るぞ」


それだけ言って、手を離した。


理由は言わない。


そのときだ。


鐘楼の階段から、足音がした。


速い。


セレナさんだ。


息が切れてる。


顔が青い。


「大広間です。あの方が――」


言い切らないうちに、向こうで音がした。


金属が石を擦る音だ。


鎧が軋んでる。


◇


礼拝堂を駆け出した。


足音が3つ分になってた。


大広間の扉が開いてた。


セレナさんが止まった。


扉の枠に手をついて、息を止めた。


勇者さまは止まらなかった。


俺の横を過ぎた。


大広間の奥に、立ってるものがあった。


椅子に座ってたはずだ。


30年間。


錆びた金縁の鎧が、立ってる。


玉座の前に。


空の眼窩に、青白い光がともってる。


蛍のようだ。


いや違う。


もっと冷たい。


もっと虚ろな光だ。


刃こぼれした剣が、鎧の手に握られてる。


鎧が軋んでる。


声はない。


呼吸もない。


30年の埃を、鎧の肩から落としてる。


勇者さまが止まった。


聖剣を抜いた。


銀の刃が、灰の光を弾いた。


「下がれ」


セレナさんに言った。


俺には目もくれなかった。


東の壁の穴が、黒い。


その向こうから、来てる。


灰色のものが。


屍鬼だ。


数が違う。


壁を埋めてる。


床を覆ってる。


波のように流れ込んでくる。


石畳を爪が叩く音が、雨みたいに重なってる。


俺の背中が冷たくなった。


腰の短剣に指が伸びた。


トビの短剣だ。


足が動かない。


骸が、剣を上げた。


屍鬼の波が、止まった。


まるで水門を下ろしたみたいに。


それから、音がした。


何百個もの膝が、石床に打ちつけられた音だ。


屍鬼が膝をついてた。


一斉に。


灰色の頭が伏せてる。


骸の前に。


……主だ。


21日目の夜に倒した屍鬼の主は、主じゃなかった。


こいつが、本当の主だ。


俺の喉が、鳴った。


骸の振り下ろした錆びた剣が、空気を裂いた。


鈍い風切り音が、大広間の天井まで届く。


その音が合図だった。


伏せていた灰色の頭が、一斉に持ち上がる。


白い目が、俺たちを向いた。


膝が石床を擦る音。


立ち上がる屍鬼たちが、波のように押し寄せてくる。


骸が踏み込んだ。


石床が、割れた。


粉塵が舞い上がる。


その中から錆びた刃が突き出た。


勇者さまが動いた。


聖剣が横に薙がれる。


銀の線。


その線と、錆びた刃がぶつかった。


火花が散った。


青白い光の火花だ。


剣筋が、同じだ。


21日目の夜。


砦の中で、屍鬼を斬ってたときの。


勇者さまの剣筋と、骸の剣筋が、同じだ。


勇者さまの顔が歪んだ。


初めて見た。


頬の古い傷が、皮膚ごと引きつってる。


何でだ。


分からない。


骸が二撃目を振り下ろした。


勇者さまが受ける。


押されてる。


勇者さまの靴が石床を削って後ろに滑る。


「勇者さま!」


セレナさんの声がした。


振り向いた。


彼女は両手を前に突き出してる。


指先から薄い光が広がってた。


屍鬼の波がそこにぶつかって、弾かれてる。


《聖域》だ。


爪が光を引っかく音がした。


セレナさんの肩が震えてる。


「勇者さまが……押されてる」


掠れた声だった。


骸が腕をひねった。


聖剣が弾かれた。


右肩が、裂けた。


赤いものが飛んだ。


勇者さまの血だ。


「っ……!」


骸は止まらなかった。


剣を振り上げた。


振り下ろした。


聖剣で受けた。


でも、刃が滑った。


勇者さまの体が、浮いた。


弾き飛ばされた。


壁に背中を打ちつけた音がした。


動かない。


聖剣だけが、床に落ちて光ってた。


空の眼窩の青白い光が、ゆっくり動いた。


倒れた勇者さまを見下ろしてる。


いや。


違う。


もっと向こう。


セレナさんだ。


錆びた剣が、持ち上がった。


体が動いた。


考えるより先だった。


「無理だ」と口が言った。


言いながら、足が出てた。


背中の大剣の柄に手が伸びてた。


両手で柄を握る。


セレナさんの前へ出た。


骸の剣が来てた。


振り下ろしだ。


合わせた。


金属がぶつかる音が、骨の芯まで響いた。


押される。


靴の裏が石を滑る。


でも、止まった。


俺が、受け止めてた。


なんで。


分からない。


考えない。


考えると、手が震える。


骸の肩口が、目の前にあった。


ガルドさんが教えてくれた。


兜割りは、担いで、腰で落とす。


肩に担ぐ。


腰を落とす。


刃が、骸の肩口に叩き込まれた。


鈍い音がした。


鉄の音だ。


亀裂が走った。


肩口から胸へ、ひびが広がる。


でも斬れない。


返しが来た。


見えなかった。


鎧の腕が、剣ごと俺の胴を薙いだ。


大剣を手放した。


体が浮いた。


背中に衝撃。


石の柱に、背中から。


息が全部出た。


大剣が床に落ちて、跳ねた。


床に座り込んだ。


「ノアさん!」


セレナさんの声が、遠くで聞こえた。


耳が、鳴ってる。


骸は、もう振り返ってた。


錆びた剣が、また持ち上がってた。


俺の体は、動かなかった。


指一本。


指一本、動かなかったはずの体が、勝手に起き上がった。


腰が落ちる。


つま先が石を撫でる。


滑った。


音がない。


トビの声が耳の奥で笑った。


――つま先で撫でろ。


できなかったはずだ。


でも足が、勝手に動いた。


考えない。


骸の背中が目の前にある。


鎧と兜の継ぎ目。


首筋。


腰の短剣が、手の中にあった。


トビの短剣だ。


突き上げる。


刃が、兜の下の隙間に沈む。


手が離れた。


短剣は刺さったまま、刃だけが鎧の隙間から光ってる。


でも骸は止まらない。


死者だからだ。


錆びた刃が、大広間の天井を指す。


その下に、セレナさんがいた。


膜の向こうで、琥珀色の目が俺を見てる。


唇が動いた。


「逃げて」と言ってる。


剣が、振り下ろされようとしていた。


口が動いた。


俺の口だ。


でも、俺が動かしてない。


知らない言葉が出てた。


知ってる声だ。


エルマの声の、調子だ。


「赤く、細く、貫け――《炎槍》」


俺の声だ。


でも、節回しがエルマだ。


手のひらが熱い。


掌の真ん中に点ができた。


赤い光だ。


細い。


槍の形だ。


炎の槍が飛んだ。


骸の首筋へ。


トビの短剣が刺さってる、あの隙間へ。


炎が刃に触れた。


短剣の刃を這った。


刃が沈んでたあの隙間から、炎が入った。


鎧の内側で、何かが燃えた。


じゅ、と。


エルマの杖の炎がくすぶってた音と同じだ。


でも、もっと大きい。


錆びた金縁の隙間から光が漏れた。


肩口の亀裂から火が噴いた。


ガルドさんの兜割りでできたひび割れから。


炉の口みたいだ。


熱い空気が顔を撫でた。


骸が止まった。


剣を振り上げたまま。


空の眼窩の青白い光が揺れた。


膝が折れた。


鎧の関節から灰が漏れる。


錆びた鎧が崩れた。


刃こぼれした剣が石を叩く。


空の眼窩の青白い光が、消えた。


一斉に、だった。


《聖域》に群がってた屍鬼が、全部。


糸が切れたみたいに。


立ってた体が崩れた。


灰になった。


大広間に灰が舞い上がった。


舞い上がって、落ちる。


もう、何もない。


《聖域》の光が、細くなって消えた。


セレナさんが、両手を下ろした。


指先が震えてる。


俺を見た。


「ノア……あなた、魔法まで……」


声が掠れてた。


「さん」がついてない。


でも、誰もそれに触れなかった。


壁際で、音がした。


勇者さまが、壁に手をついて立ち上がってた。


右肩の服が裂けてる。


布を押さえてる手が赤い。


氷みたいな薄青の目が、俺を見てた。


「……行けるな」


それだけだった。


理由もない。


褒め言葉でもない。


俺、今、何した。


「俺、今、何言ったっすか」


声が震えた。


誰も答えなかった。


勇者さまは聖剣を拾い上げて、背を向けた。


錆びた金縁が、床に散ってる。


その中に、光るものがあった。


トビの短剣だ。


しゃがみ込んで、柄をつかんだ。


刃はまだ温かい。


鞘に戻した。


大剣を拾って、背中に戻した。


それから、手を見た。


両手のひらを、上に向けた。


赤い。


皮膚がめくれてる。


水ぶくれになってる。


《炎槍》を放った手だ。


痛い。


遅れて、痛みが来た。


◇


24日目の昼。


礼拝堂。


祭壇の石段に座らされて、手を出した。


セレナさんが、その上に手をかざした。


いつもの《祝福》だ。


……痛い。


前より、ずっとひりつく。


焼けた上を、もう一度焼かれるみたいだ。


奥歯を噛み締めた。


「大丈夫っす」


声が出た。


掠れてた。


セレナさんの指先が止まった。


琥珀色の目が俺の手を見てる。


「……前より、効きが悪いですね」


小さい声だった。


手のひらはまだ赤い。


水ぶくれは半分しか引いてない。


勇者さまが、祭壇の前に置いてあった包みを抱え上げてた。


背中を向けて、礼拝堂を出ていった。


中庭は、相変わらず灰が降ってた。


ガルドさんの墓の隣に、勇者さまが剣の柄で地面を割った。


土が出てきた。


俺は荷物持ちだ。


穴を掘るのは、慣れてる。


手を貸した。


指先がまだ痛い。


でも、構わなかった。


掘り終わった。


勇者さまが立っていた。


穴の縁に。


黒い包みを抱えていた。


歩み寄って、俺に差し出した。


何も言わない。


さっき大広間で、この人と並んで背中を預けて戦った。


犯人は、この人だ。


俺は手を出した。


焼けた掌が布に触れた。


ひりついた。


受け取った。


両腕に抱えた。


顔は見ない。


見ない。


セレナさんが少し離れたところでロザリオを握ってる。


唇が動いてる。


祈ってるんだ。


穴の縁に膝をついた。


隣にガルドさんの墓石がある。


穴の底に、下ろした。


そっと。


布が土に触れた。


手を離した。


指が震えてる。


外套ごと埋めた。


軽かった。


誰も何も言わなかった。


勇者さまは背を向けて、砦の壁を見てた。


北の小部屋に戻った。


入口の石床に転がってる。


とんがり帽子だ。


つばに灰が積もってる。


拾い上げた。


エルマが寝てた部屋の前に立った。


寝台の上に、鞄が置いてあった。


黒い革の鞄だ。


持ち上げた。


「スス」


声に出した。


返事はない。


呼んだ。


もう一度。


出てこない。


どこにもいない。


鞄の底を探った。


指先が何かに触れた。


引き出した。


掌に乗るくらいの、薄い手帳だった。


赤い紐で綴じてある。


エルマの髪留めと、同じ赤だ。


表紙に、名前はなかった。


赤い紐がほどけた。


指先がひりつく。


表紙をめくった。


最初の頁に、日付が書いてあった。

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