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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第21話 こいつが、お前を殺そうとした




23日目のエルマは、変だった。


優しかった。


23日目の昼。大広間。


窓の外は白い。


灰が横に流れてる。


長卓に3人がいる。


勇者さまの姿はない。


セレナさんは卓の端で本を開いてる。


ページはめくられない。


ただ目を落としてるだけだ。


エルマが席を立った。


ススを椅子に残して、奥の方へ消える。


湯気が見えた。


戻ってきたとき、両手に木椀を持ってた。


「はい」


差し出された。


茶だ。


湯気が立ってる。


薬草の匂いがした。


「え、あ、はい」


受け取った。


指先に熱が伝わる。


冷たい手が、ほんの少しあたたかくなった。


エルマは何も言わない。


椅子に戻る。


ススを腕に抱いて、座る。


紫の目が俺を見てる。


帽子のつばの下で、じっと。


「……ありがとうございます。後で飲みます」


そう言って、茶を脇に置いた。


卓の縁から少し離れたところに。


エルマは動かなかった。


目を逸らさない。


でも、何も言わない。


唇が一度だけ、わずかに動いた。


でも声にはならなかった。


ススが小さく喉を鳴らした。


金色の目が、俺と、茶椀の間を行ったり来たりしてる。


大広間に、灰の音が響いてる。


湯気だけが、細く上がってた。


エルマが膝の上のススを撫でた。


黒い毛が指の下で波うつ。


金色の目が細くなってる。


エルマにだけ喉を鳴らす猫だ。


「ススのこと、撫でてみなよ」


エルマが言った。


声は小さい。


帽子のつばの下で紫の目が俺を見てる。


「慣れたら平気だから」


そう言って、ススを両手で持ち上げた。


エルマの腕から離れた。


ススが俺の方に来る。


黒い毛が近くなる。


金色の目が俺を見てる。


俺は手を出した。


膝の上にススが置かれた。


爪が膝の布に引っかかる音がした。


ススが動いた。


体をよじった。


まるで熱い鉄の上に乗ったみたいに。


背中の毛が逆立った。


尻尾が太くなる。


「シャッ」


ススが鳴いた。


俺の膝から飛び降りた。


全速力だった。


黒い影が床を滑る。


石畳を爪が叩く音がした。


小さくて、速い音だ。


ススは廊下に消えた。


エルマは動かなかった。


俺も動かなかった。


ススの足音が遠くなった。


それが止まった。


階段のところだ。


降りてくる足音があった。


革靴の音だ。


石を叩く音が1つずつ近くなる。


勇者さまだ。


ススが鳴いた。


「シャッ」


まただ。


毛を逆立てて鳴いた。


勇者さまの足音が止まった。


一瞬だった。


ススの足音がまた走り出した。


廊下の奥に消えた。


勇者さまの足音が再び近くなる。


大広間の扉が開いた。


黒い外套が見えた。


勇者さまは俺を見なかった。


セレナさんを見なかった。


エルマを見なかった。


暖炉の前に立った。


エルマが小さく笑った。


「……ごめん」


声は小さかった。


帽子のつばの下で、唇だけ動いた。


夕方。


暖炉の火が細くなってた。


風の音だけが、ずっと壁を叩いてる。


勇者さまの分は、先に隅へ持っていってある。


セレナさんが、長卓に椀を並べた。


木の椀が石に当たる、こつこつという音が3つ。


4つ目の音がした。


手が止まった。


4つ目の椀が、卓の端にぽつんと置かれてる。


ガルドさんがいつも座ってた場所だ。


「がはは、食え食え」って、声を張り上げてた席。


誰も口を開かなかった。


セレナさんの指先が、一瞬だけ宙に浮いて、止まった。


それから、静かに椀を1つ、下げた。


石の卓に、円形の水痕だけが残った。


誰もそれを見なかった。


見ないふりをしてた。


暖炉の火が、ぱちりと鳴った。


俺の椀の中身は、薄い粥だった。


匙を持つ手が止まってる。


大広間の隅で、勇者さまが背中を向けて粥をすすってる音だけがしてた。


「あんた、今夜どこで寝んの」


エルマの声がした。


俺を見てる。


帽子のつばの下で、紫の目が光ってた。


ススを抱いたまま、匙は動かしてない。


「え、北の小部屋っすけど」


声が裏返った。


エルマは頷かなかった。


「ふーん」


それだけだった。


食卓が静かだった。


匙が椀の底をこする音が、やけに大きく響いた。


しばらくして、エルマが立ち上がった。


椅子が石を擦る音がした。


杖を握って、ローブの裾を払う。


俺の横を通り過ぎたとき、杖の先が、俺の肩を軽く叩いた。


痛くはない。


布越しに、硬い木の感触がした。


「おやすみ、荷物持ち」


そう言って、エルマは大広間を出ていった。


足音が遠ざかる。


帽子の先が、廊下の角で揺れた。


湯気が、もう薄くなってた。


◇


23日目の夜更け。


北の小部屋の寝床に横になると、すぐに眠れた。


背負子を肩紐ごと外して、黒い箱と大剣を壁際に立てかけてから、毛布を被った。


石の冷たさが布越しに伝わる。


肋骨の奥はまだ少し痛む。


でも、瞼が重かった。


悲鳴で目が覚めた。


女の声だ。いや、違う。喉が引きつるような、鋭い音だ。


目が開かない。


いや、開けた。


開けたのに、何も見えない。


真っ暗だ。


次に分かったのは、体が動かないことだった。


手首に、足首に、縄のような光が巻きついてる。


黒い光だ。


じりじりと、蛇が蠢くみたいに波打ってる。


でも、消えていく。


光が細くなって、闇に溶けていく。


《封縛》だ。エルマの魔法だ。


なんで。


なんなんだ。


指が動かない。肩が動かない。


起き上がろうとしただけだ。


それなのに、体が言うことを聞かない。


まるで米俵を縛り直したときみたいに、固く縛られてる。


鼻の奥に、焦げた匂いが刺さる。


布の匂いだ。


寝床のまわりの床に、焦げた円がある。


黒い跡だ。床石が焼けたんだ。


毛布の端が燃えてる。


小さい火だ。


赤い光が、暗い部屋に揺れてる。


橙色の明かりが、石の壁を舐める。


何が起きてる。


分からない。


分からないけど、喉の奥が乾いた。


冷たい空気が、部屋の入り口から流れ込んでる。


目が入り口を向いた。


入り口に、人が立ってる。


2人だ。


いや、1人がもう1人を抱いてる。


いや違う。


刺してる。


ぶかぶかのローブが手前にある。


エルマだ。


その後ろに、黒い外套。


勇者さまだ。


エルマの背中に、勇者さまが腕を回してる。


いや腕じゃない。


剣だ。


聖剣だ。


刃がエルマの背中から入ってる。


胸から出てる。


銀の刃が、暗い部屋の中で光ってる。


先端に、黒いものが滴ってる。


血だ。


ゆっくり落ちてる。


石の床に、小さい音がした。


杖が床に転がってる。


エルマの杖だ。


杖の先の炎が、くすぶってる。


橙色の小さい火だ。


床石を焦がしてる。


じゅ、じゅ、と音がする。


湿った音だ。


エルマが動かない。


腕が垂れてる。


指先が石床に触れてる。


触れてるだけだ。


力がない。


杖を握ってた手だ。


もう握ってない。


勇者さまの右手が見えた。


剣を握ってる手だ。


素手だ。


手袋がない。


俺の懐が重い。


右の手袋がある。セレナさんから返してもらった、片方の手袋。


勇者さまが剣を抜いた。


ゆっくりだ。


刃が肉を擦る音がした。


濡れた音だ。


じゅり、と。


エルマの体が揺れた。


膝が折れた。


床に崩れた。


ローブが石を擦る音がした。


帽子が転がった。


とんがり帽子だ。


影の中に転がって、止まった。


動かない。


エルマは動かない。


石の床に、黒いものが広がってる。


杖の炎が、それを照らしてる。


勇者さまは動かない。


剣を握ったまま立ってる。


刃に、黒いものがついてる。


暗くて分からない。


でも分かる。


血だ。


何も言わない。


エルマも何も言わない。


「ノア。こいつが、お前を殺そうとした」


名前を呼ばれた。


荷物持ちじゃない。


俺の名前だ。


勇者さまが、俺の名前を呼んだ。


初めてだ。


体が動かない。


《封縛》の光は消えた。


でも指が動かない。肩が動かない。


勇者さまが剣を下ろした。


刃の血が、石床に落ちる。


黒い音がした。


「トビもガルドも、こいつだ」


声は低かった。


理由は言わない。


説明もしない。


荷札に品名を書くみたいに、事実だけを置いた。


……こいつだって。


何が。


杖の炎が、じゅ、とくすぶってる。


何が起きてる。


何も分からない。


廊下の向こうで、足音がした。


速い。


法衣の裾が石を擦る音が混じってる。


ランプの光が、廊下の角を回った。


橙色の光が、暗い廊下を切り裂いて近づいてくる。


セレナさんだ。


扉の枠に手をついた。


息が切れてる。


ランプの光が、部屋の中に滑り込んだ。


石の床を照らす。


黒いものが広がってる。


エルマのローブの裾。


とんがり帽子。


動かない。


セレナさんは、何も言わなかった。


ランプの光が揺れてる。


息の音だけが、廊下に響いてる。


「嘘……エルマさんが?」


セレナさんの声が、割れた。


ランプの火が揺れた。


橙の光が、石の床を滑る。


焦げた円が黒い。床石が焼けて、ひび割れてる。


そこから伸びてる、黒い光の跡。


手首に足首に巻きついてた縄みたいなやつだ。


まだ薄く残ってる。


「でも、これは……確かにエルマさんの……」


セレナさんの目が揺れた。


琥珀色が、ランプの光を映してる。


俺と、床の焦げ跡と、エルマを見比べてる。


信じたくない目だ。


でも、否定できない目だ。


「違う」


声が出た。


掠れてた。


でも出た。


「違うっすよ!」


喉が裂けるみたいだった。


体が動かない。


指が動かない。


でも、口だけは動いた。


「エルマは……エルマは、俺にパンくれたんすよ」


涙が出た。


目が熱い。


頬を伝って、石の床に落ちた。


「茶も……淹れてくれて……」


あのパンは固かった。


でも、うまかった。


「なのに、なんで……!」


体を起こそうとした。


痺れがまだ残ってる。


肩が動かない。腕が動かない。


背中が石を擦る。


肋骨の奥が痛い。


でも、這った。


肘で石を引っかいて、膝を引きずって。


床の冷たさが服越しに伝わる。


焦げた匂いと、血の匂いが混ざって、鼻の奥が痛い。


「エルマ!」


近づいた。


とんがり帽子が転がってる。


影の中で、つばだけが光ってる。


エルマの腕が伸びてる。


指先が石に触れてる。


動かない。


ローブの背中に、黒いものが広がってる。


染みてる。


じわりと。


橙色の光が、それを照らしてる。


「エルマ……?」


「起きてくれよ……お願いっすから……」


声が震えた。


涙で何も見えない。


エルマは、何かに気づいてた。


それを確かめようとしてた。


だから、パンをくれた。茶もくれた。


でも、この人はそれを止めた。


懐の手袋が重い。


ガルドさんの血。


燃え残りの紙。


『器が育つまで、同行者を絶やすな』


……犯人は、レイドだ。


前にも考えた。


でも、「まだ、分からない」って、自分で打ち消した。


今度は、打ち消さない。


犯人は、レイドだ。


勇者さまは何も言わない。


弁明もしない。


セレナさんの声にも、俺の涙にも、何も言わない。


ただ立ってる。


薄青の目が、何も映してない。


聖剣を握ったまま。


刃を一振りした。


血が飛んだ。


黒い点が、石の床に散った。


ランプの光が、それを舐める。


そのときだ。


足首に、ぬるいものが触れた。


熱かった。


石みたいに冷たかった俺の足に、火がついたみたいに熱い。


見た。


エルマの手が伸びてる。


石床を引っかいてた指先が、俺のくるぶしを掴んでる。


細い指だ。


杖を握ってた指だ。


力がこもってる。


爪が、革の靴の上から食い込む。


唇が動いた。


音がない。


声が、出てない。


何か言ってる。


俺の名前か。


違う。


分からない。


指先が、わずかに震えた。


それから、力が抜けた。


手が、足首から滑り落ちた。

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