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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第20話 うまかった




主を倒したのに、勇者さまは「出ない」と言った。


22日目の朝。大広間。


エルマの話は、聞けないまま朝になった。


暖炉の火が細い。


窓の外で灰が横に走ってる。


風の音が低い。


壁に当たって唸ってる。


扉の隙間から灰が入ってくる。


床に薄く積もってる。


誰も払わない。


大広間の長卓に、4人が座ってる。


いや、座ってるのは3人だ。


勇者さまは立ってる。


暖炉の前に背を向けて。


窓を見てる。


エルマが先に口を開いた。


「主が死んだ。今のうちに出よう」


帽子のつばの下で紫の目が光ってる。


杖を握ってる。


昨日の夜からずっと握ってる。


「群れは散った。昼のうちに森を抜ければ――」


「灰の嵐が抜けるまで動かない」


勇者さまが窓を見たまま言った。


声が低い。


振り返らない。


エルマの指が杖に食い込んだ。


「嵐、ね」


声が硬い。


目が勇者さまの背中を睨んでる。


「昨日の夜は嵐じゃなかった。屍鬼が来た」


勇者さまは答えない。


窓の外で灰が渦を巻いた。


風が壁を叩く音が強くなった。


セレナさんが立ち上がった。


白い法衣の裾が灰を払う。


「勇者さま、ここに残る理由は」


声は静かだ。


でも、いつものやわらかさがない。


琥珀色の目がまっすぐ勇者さまに向いてる。


「嵐だ」


それだけだった。


セレナさんは動かなかった。


ロザリオを握った。


握った指の節が白くなってる。


唇が一度開いて、閉じた。


俺は長卓の端で手を組んでた。


巻いた布の上から指が当たる。


痛い。


でも、それどころじゃない。


嵐が抜けるまで、か。


頭の中で、あの紙が浮いた。


燃え残りの、薄い紙だ。


『器が育つまで、同行者を絶やすな』


灰の中に残ってた1行。


勇者さまが握りつぶした。


でも、俺の目に焼きついてる。


ここに留まって、何を待ってるんだ。


嵐を?


本当に嵐を?


嵐が抜けたら、出るのか?


それとも、嵐が抜けるまでに何かが終わるのか。


エルマが立ち上がった。


椅子が石を擦る音がした。


杖を横に構えたまま、勇者さまに背を向けた。


俺の方に来る。


帽子のつばが近づいて、影が俺の顔に落ちた。


紫の目が俺を見た。


一瞬だけ、勇者さまの方に戻った。


それから、顎でしゃくった。


「来て」


声は小さかった。


でも、はっきりしてた。


俺は立ち上がった。


膝が少し笑った。


背中の大剣の柄が揺れた。


肩紐が食い込む。


セレナさんが俺を見てる。


何も言わない。


でも、目が「行きなさい」と言ってる。


勇者さまは窓を見たままだった。


一度も振り返らない。


エルマが大広間の扉を開けた。


灰が舞い込んだ。


俺は黙ってついていった。


……嵐が抜けるまで、か。


廊下に出ると、エルマは早かった。


とんがり帽子の先が、廊下の角を曲がるたびに揺れる。


杖が石を打つ。


小さい音だ。


でも、それ以外は何も言わない。


靴音だけが2人分、冷えた廊下に跳ねてる。


俺は小走りで追った。


背中の大剣の柄が、肩紐ごと揺れる。


背負子の黒い箱がこつん、と鳴る。


……静かすぎる。


耐えられなくなって、口を開いた。


「あの、どこ行くんすか」


答えない。


「昨日、怪我とか、なかったっすか」


答えない。


もっと早くなった。


ローブの裾が翻る。


回廊に出た。


風が吹き抜けた。


灰が横に流れる。


顔に当たる。


ざらつく。


目を細めた。


中庭の隅に、石が1つ置いてある。


小さい石だ。


ガルドさんの墓だ。


掘り返した土の色がまだ違う。


井戸の近くに、荷馬が倒れてる。


腹が裂けて、内臓がこぼれたままだ。


灰色の屍鬼の腕が何本も食い込んで、そのままちぎれて残ってる。


傷口から黒ずんだ血が石畳に広がってる。


風が吹くたびに、灰が死骸の上に積もる。


栗毛の脚が白っぽくくすんで見えた。


目をそらした。


東の壁の穴が見えた。


黒い口が開いてる。


穴の向こうから灰が吹き込んで、回廊の床に薄く積もってる。


風の音が低く唸ってる。


壁の割れ目を抜けるときに、音が変わる。


遠吠えみたいだ。


エルマが書庫の前で立ち止まった。


古い木の扉だ。


鉄の取っ手が錆びてる。


エルマは扉に手をかけなかった。


杖を持ち直した。


紫の目が俺を振り返った。


帽子のつばの下で、目だけが光ってる。


「ここ、開けるの手伝って」


それだけだった。


取っ手をつかんで、肩で押した。


書庫は、古い紙の匂いがした。


エルマが書庫の扉を閉めた。


埃の匂いが部屋の空気を重くしてる。


エルマが杖を棚に立てかけて、振り返った。


ススを腕に抱えてる。


黒猫の目が金色に光ってる。


「日記、全部覚えてる」


エルマの声は小さかった。


「あたし、一度読んだら忘れないの」


喉が渇いた。


なんのことか、すぐに分からなかった。


でも、エルマの目を見て、分かった。


燃やされた手帳だ。


「サイラスって荷物持ちの、日記」


昔の、荷物持ちの。


頭の中で、手帳の表紙が浮かんだ。


端に、紋があった。


荷役ギルドの紋。


俺の腕章と同じ。


「ギルドの……先輩っすか」


声が小さくなった。


エルマは帽子のつばを上げなかった。


「知らない。30年前の人」


それだけだった。


俺は背負子の肩紐を握った。


革がきしむ。


この廊下を、この中庭を、背負子を担いで歩いた人がいた。


30年前に。


俺と同じように。


……先輩、いたんすか。


エルマが目を閉じた。


まぶたの下で、目の玉が少し動いた。


暗唱が始まった。


「15日目、砦に着いた」


声は平坦だった。


「夜ごとに1人ずついなくなる」


「勇者さまは魔物の仕業だと言った」


「騎士の1人が、地下の壁に何か書いていた」


背中が冷たい。


荷物を積みすぎた背負子の紐が、肩に食い込むみたいだ。


息を止めてることに気づいた。


でも、口を開けない。


開けたら何かが壊れる気がした。


エルマの声が続く。


間があった。


長い間だった。


まぶたの下で、目が動いてる。


それから、最後の頁が来た。


「勇者さまに聞かれた」


「お前、最後に何を食べた、と」


「思い出せなかった」


エルマが目を開けた。


紫の目が、まっすぐ俺を見てる。


書庫の空気は、動かなかった。


エルマの腕の中で、ススが尻尾を振った。


黒い毛が、古い紙の匂いを巻き上げる。


「壁の文字、書いたのはその騎士」


エルマが言った。


声は平坦だ。


「何も食べない奴がいるって、気づいたの」


地下の壁の文字が浮かんだ。


『食べない者を信じるな』


俺は唾を飲んだ。


音がした。


喉が鳴った。


エルマの紫の目が、俺を見た。


「あんたが、それだと思ってる」


息をのんだ。


胸の奥が冷たくなった。


背負子の肩紐を握る。


指が、革に食い込む。


エルマが帽子のつばを下げた。


影が顔の半分を隠す。


「……でも、違うといい」


声が、小さくなった。


つばの下で、唇が少しだけ歪んでる。


泣くのを我慢してるみたいだ。


それから、エルマが顔を上げた。


紫の目が、まっすぐ俺を向いた。


「ノア」


名前を呼ばれた。


荷物持ち、でも、あんたでもない。


ノアだ。


エルマが、俺の名前を呼んだ。


初めてだ。


体が固まった。


足の裏が石に張りついたみたいだ。


指先が、じん、と痺れる。


「あんた、川であたしを助けたでしょ」


エルマの声が、震えてる。


「あたし、借り作るの嫌いなの」


帽子のつばに影が落ちて、目が隠れた。


「だから、確かめさせて」


俺は何も言えなかった。


口が開かない。


開いたら、変な声が出る。


エルマが、ローブの懐に手を入れた。


ごそごそと動く。


出てきたのは、黒パンだった。


小さい。


配給の黒パンだ。


固い。


エルマの手のひらに乗ってる。


昨日の分だろうか。


いや、今朝の分だ。


手つかずのまま、懐に隠してたんだ。


エルマが、それを俺に差し出した。


手が伸びた。


細い指が、黒パンを握ってる。


指の先が白い。


「あんた、いつも食べないでしょ」


声が上ずってる。


俺は手を出した。


勝手に動いた。


エルマの手から、黒パンを受け取る。


そのとき、指が触れた。


エルマの指先だ。


氷みたいに冷たい。


いや、違う。


俺の指が冷たいんだ。


エルマが、びくっと指を引いた。


自分の指先を、もう片方の手で握った。


紫の目が、俺の手を見てる。


黒パンを持つ俺の手を。


「……やっぱ、冷たい」


エルマが言った。


声が、消えそうに小さい。


ススが、エルマの腕の中で喉を鳴らした。


金色の目が、俺を見てる。


書庫に、風が入ってきた。


どこからだ。


窓は閉まってる。


なのに、古い紙の匂いが揺れた。


俺は、黒パンを持ったまま、動けない。


固い。


重い。


指が、パンの表面にめり込んでる。


一口、かじった。


うまかった。


◇


井戸の水で、口をゆすいだ。


井戸の水は冷たかった。


桶の縁に指をかけて、手のひらですくった。


もう一度すくった。


ゆすいだ。


袖で口を拭いた。


袖の布が冷たい。


灰の匂いがした。


振り向いた。


エルマが立っていた。


少し離れてる。


3歩か4歩。


顔が固まってる。


口が閉じてる。


腕の中のススが膨らんでる。


毛が逆立ってる。


尻尾が太くなってる。


金色の目が俺を見てる。


俺は笑った。


「あ、パン、ごちそうさまっす」


声が出た。


「うまかったっす」


エルマは動かなかった。


長く黙っていた。


風が吹いた。


帽子のつばが揺れた。


エルマがつばを下げた。


影が目を隠した。


「……そう」


声は小さかった。


「分かった」


エルマが背を向けた。


ローブの裾が石畳を擦った。


杖が石に当たる音がした。


足音が遠ざかる。


中庭を横切って、書庫の方へ。


エルマは一度も振り返らなかった。


ススだけが、腕の中から俺を見ていた。


瞬きを、しなかった。

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