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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第19話 知らない方がいい




振り向くと、勇者さまは手袋をしていなかった。


右手が素手だ。


左手にだけ、黒い革の手袋。


銀の縫い目。


懐の中で、もう片方が急に重くなった。


朝、セレナさんから返してもらったやつだ。


鞄の底に手を戻した。


文入れをつかみ出した。


指が動いた。


燃え残りの紙を抜き取った。


薄い。


王家の封蝋がついてる。


『器が育つまで、同行者を絶やすな』


読みたくなくて、読んでしまった文字だ。


灰が指につく。


懐に手を入れた。


血の手袋が出た。


黒い革だ。


ごわごわに固まってる。


乾いた血だ。


勇者さまの目が、手袋に落ちた。


手を伸ばした。


手袋を突きつけた。


「これ、なんすか」


声が震えた。


喉が引きつってる。


勇者さまは手袋を見た。


薄青の目が、動かない。


口を開いた。


「その血は、ガルドのだ」


荷札に品名を書くみたいな声だった。


指の力が抜けた。


手袋が落ちそうになった。


握り直した。


革がきしむ。


乾いた血がひび割れる音だ。


「……殺したんすか」


声が裏返った。


勇者さまは俺を見た。


まっすぐ来た。


「俺ではない」


それだけだった。


理由はつけない。


説明もしない。


背後で、白い法衣が動いた。


セレナさんが1歩前に出た。


「では、誰が」


声が低い。


石の床に落ちるくらい、低い。


「答えてください、勇者さま」


琥珀色の目が、勇者さまを向いてる。


勇者さまはセレナさんを見た。


それから、俺を見た。


氷の目だ。


感情がない。


「知らない方がいい」


口調が変わらなかった。


命令だった。


間があった。


石の廊下に、風が流れた。


ランプの火が揺れた。


影が動いた。


勇者さまが1歩近づいた。


腰の聖剣が鳴った。


俺は下がった。


腰が引けてる。


足が勝手に下がった。


勇者さまの目が、俺に止まった。


「お前は特にな」


文入れの紙を前に出した。


指先が震えてる。


灰がまた1粒、落ちた。


「同行者を絶やすなって」


喉が渇いた。


声が掠れる。


「俺たちのことっすよね」


勇者さまは答えなかった。


俺の手から紙を取った。


指が触れた。


冷たい。


石より冷たい。


握りつぶした。


封蝋が割れた。


薄い紙が、指の間でしわくちゃになった。


それだけだった。


息が詰まった。


胸の奥で何かが跳ねた。


分からない。


でも、止まらなかった。


「知らない方がいいって!」


声が出た。


廊下に響いた。


自分の声じゃないみたいだった。


「トビさんも、ガルドさんも、死んでんすよ!」


言い終わってから、体が止まった。


声が大きかった。


耳が痛い。


口が開いたまま、閉まらない。


セレナさんが息を呑んだ音がした。


振り返ると、琥珀色の目が俺を見てる。


驚いてる。


俺を見てる。


勇者さまは動かなかった。


俺を見ていた。


それから、俺の背中を見た。


大剣の柄を見た。


一瞬だけだった。


「今夜は、その剣を手放すな」


命令だった。


「……は?」


間抜けな声が出た。


喉が変な音を立てた。


勇者さまは何も言わなかった。


背を向けた。


扉に向かった。


石が擦れる音がした。


廊下に革靴が鳴った。


遠ざかる。


灰が、床に黒い点になって残ってる。


……なんなんすか、それ。


◇


21日目の夕方。


俺とセレナさんは、礼拝堂にいた。


何も話さなかった。


灰の空が暗くなった。


鐘が鳴った。


礼拝堂の壁を伝って、重い音が降りてくる。


続いて、轟音。


石の床が揺れた。


床に手をついた。


荷崩れの震動だ。


でも荷じゃない。


壁が崩れた音だ。


廊下を駆ける足音がした。


革靴が石を叩く。


勇者さまだ。


戸口の前で、足が止まった。


黒い外套が翻る。


聖剣の柄に手がかかっている。


抜いた。


刃が橙色の灯りを弾いた。


「……来た」


それだけだった。


背中が闇に消える。


俺は立ち上がった。


足が震えてる。


でも走った。


背中で大剣の柄が跳ねる。


肩紐が食い込む。


セレナさんの足音が後ろにある。


法衣が石を擦る音。


ランプの光が揺れる。


廊下に風が吹き込んだ。


外の匂いだ。


腐った匂い。


東の壁が開いているのが見えた。


黒い口みたいに。


……来たって、何が。


東の壁の穴から、それが入ってきた。


腐った匂いが、風になった。


壁の穴の向こうで、何かが屈んだ。


天井が低く見えた。


人の2倍はある。


灰色の肉の塊だ。


いや、肉じゃない。


何体もの屍鬼を縫い合わせたみたいだ。


縫い目が見える。


胴と腕の継ぎ目が黒い糸みたいに裂けて、そこからぬるい血が垂れてる。


肉に鉄片が食い込んでる。


30年前の騎士たちの鎧だ。


胸当ての破片、肩当ての半分、歪んだ兜の縁。


大広間の骸と同じ紋だ。


錆と腐肉がくっついて、剥がれない。


頭の上に、冠がある。


骨の指で編んである。


指の骨を輪にして、ぐるぐる結んでる。


白い。


冠の下の顔に、目があった。


目が6つ。


白い。


瞳がない。


全部、こっちを見てる。


こいつが、群れの頭だ。


屍鬼の主(グールロード)。


口はある。


でも、開かない。


声もない。


ただ、6つの白い目が、揺れない。


手に、鉄の棒を持ってる。


閂だ。


門の閂だ。


太い鉄の閂を、まるで棍棒みたいに握ってる。


指が食い込んでる。


指の骨が見えてる。


閂を、ゆっくり振り上げた。


風が割れた。


空気が重い。


東の壁の穴の周りで、屍鬼の波が押し寄せてる。


灰色の頭がうねる。


屍鬼の群れが、壁の穴を塞ごうとしてる。


勇者さまがいる。


聖剣が光った。


屍鬼を1体、斬った。


倒れた隙間に、次が這い上がる。


斬る。


倒れる。


また這い上がる。


止まらない。


勇者さまは動けない。


穴を埋める屍鬼を斬り続けてる。


主は、もう勇者さまの後ろにいる。


閂を振り上げたまま。


こっちを見てる。


6つの白い目が。


足が動かない。


膝が笑ってる。


荷崩れの前みたいに、足元が揺れる。


口が勝手に開いた。


「無理だ」


声が出た。


掠れてた。


中庭の方で、馬が鳴いた。


崩れた東の塔の瓦礫を越えて、屍鬼が中庭に流れ込んでる。


屍鬼の波が、荷馬を飲んだ。


栗毛の脚が跳ねた。


石畳を削る。


蹄の音が何度も鳴った。


でも止まらない。


脚が止まらない。


灰色の腕が、4本、5本、脚に絡みついてる。


肉が裂ける音がした。


荷馬の腹から、熱いものが垂れた。


白い湯気が上がった。


夜気が蒸気を歪める。


腐った匂いの上に、血の匂いが乗る。


生臭い。


荷馬が鳴いた。


喉が裂けるみたいな声だ。


前脚が蹴る。


空を切る。


でも、また絡まる。


首がのけぞった。


目が白い。


助けを呼ぶ目じゃない。


ただ、何が起きてるのか分かってない目だ。


湯気が、白い塊になって中庭に広がった。


……あいつ、俺には懐かなかったのに。


口の中で、それが浮いた。


次の瞬間、背筋が凍った。


今、何を思った。


思った自分が、分からない。


分からないのに、ぞっとした。


城壁の石段から、とんがり帽子が駆け下りてきた。


夕方からの見張りは、エルマだった。


エルマだ。


大きすぎる帽子の下に紫の目がある。


杖を握ってる。


屍鬼の主に向けて突き出した。


「赤く、細く、貫け――《炎槍》」


杖の先から炎が伸びた。


細い。


槍みたいに真っ直ぐだ。


主の胸に刺さった。


灰色の肉がじゅっと鳴った。


湿ってる。


ぬるい血の上で火が蠢く。


でも消えた。


白い湯気になっただけ。


胸に穴はない。


焦げた跡だけ残った。


「嘘、効かない……!」


エルマの声が裏返った。


杖を握る手が震えてる。


主の6つの白い目が動いた。


ゆっくりと。


エルマに向いた。


全部。


閂が振り上がった。


鉄が空を切った。


風が割れた。


勇者さまは壁の穴にいる。


背中が見える。


聖剣を振ってる。


屍鬼を斬ってる。


間に合わない。


エルマの足が止まった。


動かない。


帽子の下の顔が白い。


閂の影が落ちた。


動けって。


足が、前に出た。


体が動いた。


考えるより先だ。


背中の大剣の柄を両手で握った。


抜いた。


重い。


いや、軽いはずだ。


なのに振れない。


体がついてこない。


荷物持ちの振り方しか知らない。


腕だけで振った。


腰なんて入ってない。


刃が閂に当たった。


鉄と鉄がぶつかる音じゃない。


もっと鈍い音だった。


肉が裂ける音に近い。


弾かれた。


手首がねじれた。


痛い。


でも、それより先に体が浮いた。


背中から石の壁に叩きつけられた。


荷車が落ちたときの音みたいだった。


肺の空気が全部出た。


咳もできない。


口が開いてる。


空気が入ってこない。


肋骨の間が痛い。


痛いのに息ができない。


目の前が白い。


白い粒が飛んでる。


埃じゃない。


目の中だ。


息ができない。


息ができないっす。


……あ、やべえ。


声が出ない。


唇が震えてるだけだ。


目の端に紫が見える。


エルマだ。


尻もちをついてる。


杖を握ったまま動かない。


無事だ。


良かった。


そう思ったら、肋骨の奥が痛くなった。


良かったじゃなくて痛いだけだ。


屍鬼の主が向き直った。


6つの白い目が、俺を向いた。


閂が下がった。


鉄が石床に垂れた。


ゆっくりだ。


重い。


あれが振り下ろされたら。


背中が壁に張りついたまま動かない。


膝が笑ってる。


息が、できない。


腕で振るな。


ガルドさんの声を、思い出した。


城壁の上で、見張りの夜に聞いた声だ。


「腕で振るな。担いで、腰で落とす。荷物と同じだろうが」


壁から体を起こした。


背中が痛い。


息がまだ浅い。


でも手は動いた。


大剣の柄を握り直す。


米俵を担ぐときと同じだ。


肩に乗せる。


重さが背骨に伝わる。


腰を落とした。


右足を踏み込む。


柄を握る手のひらが、革の手袋みたいに固くなる。


主の頭が下がる。


冠が揺れた。


白い目が6つ、俺を見てる。


閂が振り下ろされる。


その前に。


担いだ剣を、腰で落とした。


兜割り。


荷物を積み下ろすときの、一番強い力の出し方だ。


刃が骨の冠に当たった。


硬い音がした。


でも止まらない。


冠が割れる。


指の骨が飛び散った。


白い破片が宙を舞う。


刃はそのまま下りる。


頭頂から額へ。


額から鼻へ。


鼻から顎へ。


首の付け根まで。


縦に割れた。


灰色の肉が裂ける。


縫い目がほどける。


中から黒い血が噴き出した。


腐った匂いが倍になる。


目が6つ、別々の方向を向いた。


白い目が、ゆっくりと濁る。


首が傾いだ。


ぐきり、と音がした。


そのまま後ろへ落ちる。


地面に当たって、冠の残りが砕けた。


骨の輪が転がる。


主の体が膝をついた。


閂が手から滑り落ちる。


鉄が石床を打つ。


鈍い音が1つ。


それきりだ。


動かない。


屍鬼の群れが止まった。


壁の穴を埋めていた灰色の群れが、波打つようにざわめく。


一斉に後ろを向く。


縫い目がほどけたように、群れが崩れる。


1体が森の方へ走る。


2体、3体。


波が引いていく。


灰の中へ沈む。


風が通る。


腐った匂いが薄れる。


石床に、黒い血だまりだけが残った。


冠の破片が転がってる。


指の骨が1本、俺の足元に落ちた。


白い。


乾いた骨だ。


俺は剣を下ろした。


切っ先が石に当たる。


手が震えてる。


握りが緩まない。


指が固まってる。


息を吐いた。


肋の奥が痛い。


……荷物と同じっす。


そう思った。


思ったら、膝が笑った。


立てない。


大剣の柄に体重を預ける。


剣が支えてくれた。


セレナさんが立っている。


エルマも立ち上がってた。


2人の視線が、俺の上に止まってる。


言葉がない。


白い法衣の裾が、夜風に揺れる。


紫の目が、俺の手元を見てる。


大剣の柄を握ったままの手だ。


「……ガルドの、型」


エルマの声がした。


小さい。


震えてる。


あの兜割りは、ガルドさんの型だ。


米俵を下ろす荷物持ちの真似事だ。


エルマはそれを知ってる。


俺は何も言えなかった。


壁の穴の前に、黒い外套がある。


勇者さまだ。


聖剣を下ろした。


刃が橙色の灯りを吸ってる。


俺を見てる。


薄青の目が、動かない。


口の端が、わずかに上がった。


「それでいい」


それだけだった。


勇者さまはそれ以上何も言わない。


背を向けた。


壁の穴の向こうを、灰の空が流れてる。


褒められたんだろうか。


違う。


背筋が冷えた。


冷たいものが、首筋から下りてくる。


手の感覚がない。


指が動かない。


血が戻らない。


握りが、緩んだ。


ずしり、と重みが外れた。


大剣が石畳に落ちた。


鉄が石を打つ、鈍い音が1つ鳴った。


……ああ、やべえ。


◇


22日目の明け方。


城壁の上は、灰の匂いしかしなかった。


セレナさんが、俺の手を膝に載せてる。


セレナさんが、俺の手のひらの潰れた豆を布で巻いてくれてる。


指先が細い。


包帯みたいにきつくはない。


でも動かない。


「すんません、俺、勇者さまに怒鳴っちまって……」


声が掠れた。


セレナさんの手が止まらなかった。


「怒っていいときです」


それだけ言って、布の端を結んだ。


風が吹いた。


灰の空が白くなっていく。


東の森の線だけ黒い。


下の石段で、足音がした。


杖が石に当たる音じゃない。


革靴の音だけだ。


エルマが上がってきた。


とんがり帽子のつばが、目を隠してる。


杖を持ってる。


俺の方に向けてない。


横だ。


真っ直ぐ立ってる。


口が閉じてる。


何も言わない。


セレナさんが手を離した。


俺の手が膝の上に残った。


エルマは1歩も動かない。


風が帽子を揺らした。


紫の目が、一瞬だけ見えた。


すぐ、また帽子の影に消えた。


つばの下で、唇が動いた。


「荷物持ち、話がある。2人で」

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